第167話「リタの誓いと、『新しい自分のみつけかた』」
「この宿舎を、自由にお使いください」
獣人のノノトリさんは、僕たちを新しい宿舎に案内してくれた。
そこは大きな狼の彫像が置かれている樹の下で、幹にくっつくように、立派な屋敷が作られてた。入ると広いリビングで、中央に2階に通じる階段がある。階段を登ると寝室があって、4人分のベッドと、
リビングの壁には、大きなタペストリーがつり下げられてる。
そこには狼と、人と、獣人の赤ちゃんを抱いた女性の姿が描かれてた。
「これが『森林を駆ける獣』──はじまりの獣人の記録……」
「はい。女性の隣にいるのが、『森林を駆ける獣の主』です。狼の主人であり、人の姿に変わっても少女を愛した、優しい男性だった、という伝説が伝わっています」
「女性が抱いてるのが『はじまりの獣人』ってことかな」
「はい」
ノノトリさんはそう言って、タペストリーの裏側から、木製の箱を引っ張り出した。
「種族を超えた愛情に感動した超越存在──竜とも、神とも言われていますが──それが2人を祝福するために与えたのが、この村の秘宝だとされています」
彼女は胸元から鍵を取り出し、箱の側面に差し込んだ。
ぎりり、と音がして、錠前が開いた。
「これがうちの村に伝わる秘宝『従者の鈴』です」
箱の中に入っていたのは、金色の鈴だった。
大きさはピンポン球くらい。表面に不思議な模様が描かれてる。
ノノトリさんが軽くそれを振る。けど──音はしなかった。
「壊れてるんですか?」
「いいえ」
茶色の獣耳を揺らして、ノノトリさんは言った。
「この鈴は持ち主を選ぶんです。適格者が使えば、隠された場所をあばきだすことができると言われています。でもまぁ、普通の獣人には音は聞こえないんですけどね」
「聞こえないんですか?」
「鳴らすと、適格者にしか聞こえない音が広がっていくんだそうです。それが跳ね返ってくるのを聞いて、獣人は隠された場所を見つけるのだと言われています」
僕の世界で言えば、ソナーみたいなものかな。
音を反射させることで、敵の場所を探知したりするやつ。そういうのに似てる。
「これは恩人のあなたたちに差し上げます」
「…………はい?」
なんかとんでもない言葉を聞いたような──
「ちょっと待ってください」
「なんでしょうか。恩人さま」
「これ、村の秘宝なんですよね?」
「ええ」
「僕たちにあげちゃっていいんですか?」
「うちの村は、人を大切にする村ですので」
ノノトリさんは、くったくのない笑顔で言った。
「子どもが誘拐される原因になるようなものは、ないほうがいいです」
「いや、でも……こんなものもらっちゃったら」
「あなた方が狙われることになる、そう言いたいのでしょう?」
「はい」
「大丈夫です。『元賢者ゴブリン』が持っていったことにしますから」
……なかなかやるな、『ネルハム村』
確かに、それなら安心だ。
『元賢者ゴブリン』は、これから森の生き物たちの裁きを受けることになる。
奴はもう、変身スキルは使えないし、普通に
どっちにしても奴の手元にあることにしてしまえば、村が狙われることはないし、僕たちが狙われることもない。
「僕たちも冒険者ですよ? あちこち移動します。だから、無くすかもしれませんよ?」
「かまいません」
あっさりだった。
「無くしたら、報告に来てくれればいいです。持っているのが嫌になったら、返しに来ていただければ」
そう言って獣人の少女は、笑った。
「長老さんも、トトリもルトリも言ってました。そうすれば、ナギさまやリタさまも、他のみなさまも、また訪ねてきてくれるでしょう、って」
……そこまで信用してくれるなら、しょうがないな。
「そういうことなら……わかりました」
僕はうなずいて、ノノトリさんから『従者の鈴』を受け取った。
アイネの『お姉ちゃんの宝箱』に入れておこう。そうすれば無くすことはないし、誰かに奪われることもない。しばらく預かっておいて、ほとぼりが冷めたら返しに来よう。
「それでは、わたくしはこれで」
ノノトリさんは深々と頭を下げた。
茶色の獣耳と、細い尻尾がぱたぱたと揺れてる。
「今回は本当にありがとうございました。ゆっくりとお休みください」
そう言って、ノノトリさんは宿舎を出て行った。
宿舎に残ったのは、僕とリタの2人。
僕は椅子に腰掛けて『従者の鈴』を見つめていた。
「これが『元賢者ゴブリン』が探してたアイテムか……」
これがあれば『魔竜のダンジョン』を見つけ出すことができるらしい。
たぶん、普通に探したら見つからないダンジョンを、音波で探知できる、ってことなんだろうな。
そのダンジョンを攻略すると、魔王に出会うことができる……みたいだけど。
「……場所くらいは特定しといた方がいいな」
間違って近寄ったりしないように。
『来訪者』と『勇者クエスト』を受注した貴族なんかとは、絶対に出会いたくない。あいつら、人の迷惑考えないし。
もしも『魔竜のダンジョン』の場所が特定できたら、パーティ全員で『絶対に近づかない場所』として、地図に印をつけておこう。あとで聖女さまにも『魔竜のダンジョン』についての話を聞きに行って、と。
今後の方針はこんなもんかな。
僕は『
壁に掛かってる『はじまりの獣人』のタペストリーの前に移動する。
正確には──この宿舎に入ってからずっと、タペストリーを眺めてるリタの隣に。
「『森林を駆ける獣は、願いによって人の姿に変わった。その少女と人間がまじわって生まれたのが、はじまりの獣人』……ってことか」
僕は言った。
「……うん」
リタはぼんやりとつぶやいた。
胸に手を当てて、穏やかな表情で、タペストリーを見上げてる。
「初代の獣人は、人の姿にも獣人の姿にもなれたみたい」
「ハイブリッドだったんだね」
「『はいぶりっど』?」
「人と
「……そう、なのかな」
リタの獣耳は、ぺたん、と寝そべってる。
そのままリタは、首をかしげて──
「なんだか、ピンとこないなぁ。昔のことだもんね」
「でもさ、これってリタは優秀な先祖返りってことじゃないのか?」
リタは獣人と人間、両方の姿を取れる。『完全獣化』のスキルを使えば、きれいな狼の姿にもなれる。つまり、『はじまりの獣人』と、その母親の能力を受け継いだようなものだ。
「それって、リタにとってはうれしいことじゃないの?」
「……それが、ね」
リタは僕を見ながら、困ったように首をかしげた。
「不思議なくらい、どうでもよくなっちゃってるのよ。これが」
「どうでもいい?」
「たぶん、私が教団の神官長やってた頃なら、大喜びしてたと思う。でも、今は違うの。自分が優秀な獣人だとか、できそこないの獣人だとか、そんなことどうでもいいって思ってる自分がいるの」
リタは不意に、僕の手を取った。
それを自分のほっぺたに押しつけて、目を閉じてる。
あったかい。リタの体温が直接伝わってくる。なんだか、僕も不思議な気分になる。
外の音が、すごく遠くに聞こえる。まるで、この村には僕とリタしかいないみたいに。
「私がうれしいのは……ね。ナギと一緒に、このお話を聞けたこと」
「……リタ」
「大好きなご主人様に、自分のご先祖さまのお話を聞くことができたこと。他の誰にも、私がどんな獣人だなんて知ってもらわなくていいの」
「そうなの?」
「『私が優秀な先祖返り』だって知って、ナギはどう思った?」
「リタが喜ぶと思ったよ」
「ナギにとっては?」
「リタがすごいのは知ってるし、リタはリタだよ。僕の大事な『
「ほら、なぁんにも変わんない。でしょ?」
リタは肩をすくめて、笑ってみせた。
ほんとだ。
はじまりの獣人がどんな生き物でも、リタがその血を濃いめに引いていても、僕たちにとってはなにも変わらない。
当たり前のことだけど……でも、これって結構すごいことなのかもしれない。
「でもさ、リタ」
「なぁに、ナギ」
「たくさんの獣人の中にいても、もう怖くなくなったんじゃないかな?」
昨日の夜、リタが部屋に来たとき『獣人の村にいると、自分を捨てた家族を思い出して怖い』って言ってたけど、今のリタは落ち着いてる。震えも、止まってる。
「……どうしてわかるの?」
「それは……リタがぴったりとくっついてるからじゃないかな」
「……そうかも」
いつの間にか、リタは僕の肩に身体を寄せてる。
隙間もないくらい、ぴったりと。
「……じゃあ、怖くなくなったついでに、お願いをしてもいいですか。ご主人様」
「いいよ」
「まだなにも言ってないけど」
「さすがにそれくらいわかるよ。ご主人様だから」
「じゃあ、言ってみて」
「わかった」
「……や、やっぱり待って!」
リタは、こほん、とせきばらいした。
「……やっぱり……こういうこと言うのは、私の方から……ね」
それから、桜色の瞳で、僕をまっすぐに見つめて──
「……ご主人様。私のすべてを、ご主人様のものにしてくれますか?」
真っ赤な顔で、そう言った。
「セシルちゃんにしたことを、私にも、して。心も魂も──身体も、ナギのものに。私、もう大丈夫だから。獣人の人たちは怖くないし、家族に出会っても、落ち着いていられるから。私はもう、身も心も魂もナギのもので、過去になんかこだわってないって、言えるから──」
「いいよ……もちろん」
僕はリタの髪をなでた。
リタはくすぐったそうに、目を閉じる。
「ごめんね。こんなおねだりするの、よくばりかな?」
「そんなことないだろ」
なんだか、むちゃくちゃ気恥ずかしかったから、僕は軽く視線をそらした。
「僕だって……その、リタとのそういうこと、考えたりしてたから」
「あのね、ご主人様」
「なんだよ。リタ」
「それは、ちゃんと私の目を見て言って欲しいな。あと、もうちょっと……ぐ」
「ぐ?」
「……ぐ、具体的、に……」
「それ、かなりハードルが高くないかな……」
「わ、私だってちゃんと言ったもん」
「言ったけど」
「トトリちゃんとルトリちゃんのアドバイスにも、ちゃんと従うつもりだもん」
「トトリとルトリのアドバイス……って」
獣人の奴隷は──本当に信頼しているご主人様とふたりっきりの時は……下着をつけない……だったっけ。
「無理しなくていいんじゃないかな……」
「むー」
リタは上目づかいで、僕をにらみつけて、
「努力してる
「……うん、わかった」
降参だった。
僕は、ぽん、と、リタの両肩に手を乗せた。
リタの肩が、びくん、と震える。でもリタは気をつけの姿勢のまま、まっすぐ僕の視線を受け止めて──
「「…………」」
ぼっ。
僕とリタの顔が、真っ赤になった。
おたがいの顔が近すぎる。息をする音まではっきり聞こえる。
僕が深呼吸すると、リタもタイミングを合わせて深呼吸。
リタが僕の胸に手を当てたから、僕も同じようにする。
そうして互いの心臓の鼓動を確かめ合って、なんとなく呼吸がシンクロしてきたのを確認してから、僕たちはもう一度、しっかりと視線を合わせた。
「じゃあ、言うよ」
「はい。言ってください」
リタは一言も聞き取らすまい、とするみたいに、獣耳をぴん、と立てた。
僕とリタはもう一回深呼吸。
それから──
「僕はリタを抱きたいと思ってる。『
「は、はいっ! ……してください……ご主人様……って、あれ? 『結魂』もするの?」
「うん。やり方を見つけたんだ」
「そうなんだ……でも、それって私にもできるの?」
「たぶん、大丈夫だと思う。リタと『
「……え?」
リタが不思議そうな顔をしてるから、僕は説明した。
『結魂』を成立させるには、僕とリタが魔力で繋がる必要があること。
そして『意識共有』系のスキルで、心も繋がる必要があること。セシルとしたときは通常版の『意識共有』だった。でも、同じことが『意識共有・改』でもできるはずだ。
それで、リタとも『結魂』が成立する。
「だから……その……リタの方から、僕にどんなふうにして欲しいのかメッセージを送りながら……って感じになるんだけど…………」
「え、え、えええええええっ!?」
リタの顔が、ぼっ、と音が出そうなくらい真っ赤になった。
「わ、わたしから? ナギに?」
「リタの方は『送りたい』って思うだけでメッセージが送れるはずだから、とにかく僕に『伝えたい』って思い続ければいいんじゃないかな」
『結魂』は、身体と魔力だけじゃなく、心でも繋がる必要がある。
なのでリタの考えてること──してほしいこと──全部を僕に送ってもらわなきゃいけないんだ。
「そ、そんなの……」
リタはほっぺたをおさえて、うつむいた。
獣耳がぴくぴくと震えてる。尻尾はぶんぶんと揺れて、今にも飛んでいきそうだ。
「…………う、うぅ。恥ずかしくて死んじゃいそう……」
「…………そうなりそうだったら言って。止めるから」
「それはだめ」
リタは涙目だったけど、きっぱりと告げた。
「私、へっぽこだもん。こんなときでないと、ナギに……して、なんて言えないもん。だから、がんばる。ナギと、私のぜんぶで繋がって『結魂』もできるようにがんばるから……だから……」
リタが僕の背中に腕を回す。
そして、きれいな桜色の目が、ゆっくりと近づいてきて──
「──永遠の忠誠と、魂の結び目の約束を──
そうして僕たちは目を閉じて──くっついて──息苦しくなるまで──そのままで。
それから、僕たちは寝室で
リタが「自分だけされるのは恥ずかしい」と言うから──
お互い──いろいろ──ちゃんと──確かめて──
照れかくしで笑って、はしゃいで──それからゆっくりと──時間をかけて──
リタが一生懸命に『メッセージ』を送ってきてくれたから、僕はリタが願ってる通りにして──
いつの間にか、リタの言葉が意味をなさなくなって、途切れ途切れになって──
終わったあと──
「…………ナギぃ」
「うん。リタ」
「………………だいすき……」
リタはすべての不安が消えてしまったみたいに、安らいだ顔で、眠ってしまった。
そして──
・一定時間以上の『
・一定時間以上の魔力的結合──条件クリア。
・一定時間以上の、互いを完全に信頼した状態での抱擁──条件クリア。
・一定深度以上の精神的な結びつき──条件クリア。
『
僕の目の前に『結魂成立』を示すメッセージが表示された。
ソウマ=ナギ
『
高速再構築の強化版。
再構築後のスキルの不安定化までの時間の延長。
(これまで『高速再構築』を使った回数はリセットされる)
また、これまでは『高速再構築』のあと、奴隷と魔力の糸で繋がっていたが、それも解消される。奴隷が自分の見える場所、あるいは声が届く場所にいれば、遠隔操作でスキルを安定化させることができる。とても便利。
リタ=メルフェウス
『
魔力(あるいは神聖力)で自分の分身を2体まで作り出す。
分身はそれぞれの意思を持って行動することができる。そのため、バックアタック、牽制、誘導、さまざまな行動をさせることが可能。分身は一定以上のダメージを受けると消滅する。
同じ『
たとえば『炎』属性を与えられた分身は、すべての攻撃に炎属性がつく。
「……がんばったね。リタ『結魂』成立したよ」
「…………ナギ……ずっと……いっしょ」
「ここにいるよ。今日は充分に働いたから、ゆっくり寝てて」
「…………すぅ」
リタの寝息を聞きながら、僕は『魔竜のダンジョン』のことを考えてた。
どう考えてもハイレベルなダンジョンだから、絶対に近づかないようにしないとな。みんなを危ない目に遭わせるわけにはいかないから。
……やっぱり、聖女さまにあって情報を聞くべきかな。うん。
「…………むにゅ。鈴をつけるの……わすれてた……」
「……それはマニアックすぎるから却下で」
僕はリタの髪をなでて、言った。
うん。僕ももうちょっとしっかりしないと。ご主人さまとして。
それから僕は、ぼんやりとリタの寝顔を見続けて──
そろそろ、ってころになってから、リタを起こして、身支度をととのえて──
そして、
「…………なぁくん、リタさん、晩ご飯ができたの」
「…………お、お食事を届けに来ました。お、おそとに置いておきますから……」
「「はいはい起きてまーす! 今ドアを開けるからねっ!!」」
セシルとアイネに同時に答えた僕とリタは、思わず顔を見合わせて笑ったのだった。
──────────────────
今回登場したスキル
『
リタの『
分身を2体まで作り出すことができる。
それぞれ分身には意志を持たせることができるので、オートで動かすことも可能。
また、セシルと(ナギを通して)繋がっていることから、彼女の『属性変更』の力を借りることもできる。たとえば『炎』を借りれば分身の攻撃にはすべて『炎属性』がつくし、『氷』を借りれば『氷属性』がつく。ただし、その間はセシルが、その属性の魔法を使えなくなる。
ちなみに分身もある程度の感情を持つので、うっかりするとリタ本体と分身でケンカしてナギを取り合う、ということも起こるかもしれません。そうなると止めるのがすごくたいへん。使用するのは機嫌のいい時にしましょう。
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