第168話「番外編その15『レティシアとカトラスとフィーン(+1)のぼうけん(前編)』

今回は番外編です。


保養地でるすばん中のレティシアたちも、ナギたちの話を聞いて、なにか思うところがあるようで……。





──────────────────



「レティシアさま、あるじどのより『メッセージ』がまいりました!」


 ここは保養地ほようちミシュリラの別荘。


 夕食を済ませたあとのレティシアの部屋を、カトラスとフィーンが訪れていた。


「やっとですの!? まったく……ナギさんもアイネたちも……心配させて……」


 素早くドアを開けたレティシアは、カトラスたちの前で、ほぅ、とため息をついた。


「それで、ナギさんたちはなんと?」


「は、はい。無事に『悪の賢者けんじゃゴブリンを倒した』だそうであります」


獣人じゅうじん同士の争いも、ゴブリンたちの「ぶらっくろうどう」も、防いだそうですわよ』


 手を握りあい、笑顔で報告するカトラスとフィーン。


「…………」


 なぜかそれを聞くレティシアは真顔だった。


「なんでも『賢者ゴブリン』は自由に姿を変えるスキルを持ち、それで魔物を操っていたそうであります」


『魔物たちはその者を自分たちのリーダーだと思い込んで従っていたようですわね』


「もしかしたら、以前にボクが護衛していたキャラバンを襲ったのも、『賢者ゴブリン』に率いられた魔物だったのかもしれないでありますな」


『ありえない話じゃないですわね』


「それを倒してしまうなんて、さすがはボクの『あるじどの』であります!」


『あ、ずるいですわカトラス! フィーンの「あるじどの」でもありますのよ!』


「…………ふ、ふふ」


 手を取ってはしゃぐカトラスとフィーンは、気付かない。


 レティシアの表情が、だんだんとこわばっていくことに。


「……やってくれますわね。ナギさん」


「『レティシアさま?』」


「『正義の貴族』をめざすわたくしをのけものにして、またこっそり功績を上げるなんて。しかも今度は、獣人の部族ふたつの争いを防ぎ、魔物まで助けて……まったく、あなたってひとは、まったく……」


「あ、あの、レティシアさま」


『落ち着いてくださいませ。あるじどのは、フィーンたちのリーダーでもあるのでしょう?』


「もちろんそうですわ。でも『正義の貴族』を目指すわたくしにとって……ナギさんのように人を救うというのは、あこがれのようなものでもありますの」


 レティシアは『貴族とは人を助けるもの』だと思っている。


 だから彼女は庶民と同じ冒険者ギルドに所属し、町の人のために戦ってきた。


 権力を求める他の貴族たちからは浮いてきたけれど、それは気にしていない。代わりにアイネとも親友になれたし、ナギたちとも出会うことができたのだから。


 そして、そのナギはアイネやや、海竜の巫女イリス、ほわほわエルフのラフィリアを救ってきた。


 すごい。かっこいい。尊敬できる。


 でも……。


「なんいうかこう。なんというか……その。落ち着かないのですわ。ナギさんのことを考えると……その。置いていかれている感じがするというか、追いつきたい……並び立ちたい、という感じがするというか……」


高貴こうきかたは複雑なのでありますな」


王家の姫君カトラスさんに言われたくないですわ!」


「ボクは単純でありますからね」


 カトラスは寝間着の──あんまりふくらんでない胸を、めいっぱい張った。


「それに、特にとりえも特長もないであります。でもそういう自分が、最近は気に入っているのでありますよ」


『ですわね。フィーンも、最近こうしてるのが落ち着いてきてますので』


 隣で、同じ顔をした少女が、カトラスの肩に手を乗せる。


「『あたりまえの自分というものも、いいものであります(ですのよ)!』」


(いえいえあなたたちほど不思議な方はいないでしょう!?)


 レティシアは声に出さずに突っ込んでみた。


 カトラスは王家の『失われた姫君』で、フィーンはその中にあるもうひとつの人格だ。最近ではアーティファクト『バルァルのよろい』を使って、日常的にフィーン用の身体を作り出している。


 レティシアにとっては二人は、双子の友だちのようなものになってしまっているのだった。


 というか、貴族だったら大金はたいてでも欲しがるアーティファクトを、普通に廊下に飾ってあるのはどうなんだろう……?


「とにかく、こうしてはいられません。明日、冒険者ギルドに行きましょう。カトラスさん。フィーンさん」


「クエストを受けるのでありますな」


「ええ。ナギさんたちが戻ってくる前に、わたくしもちょっとくらいは人の役に立つことをしたいんですの。でないと……」


 でないと、ナギの顔をまっすぐ見られないような気がする。


(……なんでしょう。もやもやしますわ)


 親友が人のために活躍かつやくしてるのに、ぼーっとしてるのは性に合わない。


 そういうことだと納得して、レティシアはカトラスとフィーンの方を見た。


「もちろん、無理にとは言いませんわ。わたくしのクエストに付き合ってくださいますか? カトラスさん、フィーンさん」


「もちろんであります!」


 カトラスは、ぎゅっ、と、レティシアの手を握った。


「ボクも、元は正義の騎士を目指すものであります。レティシアさまの気持ちもわかるのであります!」


『フィーンも、お手伝いいたします』


 その手に、フィーンの白い手が重なる。


『あるじどのが戻ってきたとき、自慢話じまんばなしができますものね』


「決まりですわね!」


 レティシア、カトラス、フィーンは、「「『おーっ』」」と、天井に向かって拳を挙げた。


 おるすばん組の少女3人は、冒険への期待でもりあがっていたせいで──




 窓の外にいる、あやしい鳥の影には、気づくことはなかったのだった。







「これなんかどうでありますか?」


 冒険者ギルドでカトラスが見つけたのは、こんなクエストだった。





洞窟どうくつの魔物追い出しクエスト』


 山の中腹ちゅうふくに、旅人やキャラバンが休むための洞窟があります。


 けれど、最近そこに魔物が住み着いて困っています。


 魔物を退治するか、追い出してください。





「これなら時間もかからないでありますし、レティシアさまのめざす『正義』にもぴったりでありましょう?」


「そうですわね……」


 レティシアは少し考えながら、


「わたくしとしては『悪の魔法使い討伐とうばつクエスト』の方がよかったのですけれど」


「そっちは別のパーティが受注してしまったそうでありますから」


 カトラスはギルドの奥を指さした。


 少年少女のパーティ……『宵闇よいやみの番犬』と言うらしい──が、酒盛りしながら盛り上がっていた。


 彼らが受注したのは、洞窟がある山のふもとに住み着いたという、悪い魔法使いを捕まえるクエストだ。


 レティシアとしてはそっちの方がよかったのだが、本当にわずかな差で、先に受注されてしまったのだった。


「『悪の魔法使い討伐』──心躍るクエストだったのですけれど……はぁ」


 レティシアは冒険者ギルドを出て、ため息をついた。


「仕方ありませんわね。わたくしのうつわでは、これくらいがちょうどいいのでしょう」

「やりましょうレティシアさま、これも人助けであります!」


『ですわよ。正義のため、フィーンもお手伝いいたします』


『そうだよ、いんちきご主人さまの仲間たち! がんばろう。デリリラさんがついてるからね!』





「「『どうしているんですか聖女デリリラさま!?』」」





 いつの間にかレティシアの肩に乗っていた鳥型ゴーレムに、3人まとめて突っ込んだ。






────────────────────






「どうしてこんなところにいらっしゃいますの、聖女デリリラさま?」


 町の路地に移動して、レティシアは聖女さま入りゴーレムにたずねた。


 レティシアは以前、デリリラダンジョンを訪ねたとき、このゴーレムについて教えてもらった。


 その話はカトラスとフィーンにもしたから、当然2人も、これが聖女デリリラの魂の入れ物だってことは知っている。


 聖女デリリラは魂をこのゴーレムに入れて、近場を移動したりしているらしい。


「ナギさんはただいまおるすですけれど、急なご用件ですの?」


『いやいや君たちに用があってさ……』


 鳥の形をしたゴーレム(デリリラさんの魂入り)は、照れくさそうに翼で頭を掻いて、


『……ここに来たのは実は、重大な理由があるんだよ』


「重大な理由、ですの?」


『デリリラさんは、そのうち──君たちの仲間のダークエルフ少女のご先祖さまの作った町の遺跡を探す旅に出かけようと思ってるんだけど……』


「まわりくどいですわ──」


 レティシアは、言いかけた言葉を途中で止めた。


『仲間のダークエルフ少女』というのはセシルのことだ。セシルが魔族だということは、親しい間だけの秘密になっている。聖女さまは他の人間にそのことを聞かれないようにしているんだろう。聖女さまの昔の友だちに魔族がいたことは、レティシアも聞かされているから。


「わかりました。聖女さまは昔の友だちの思い出を探す旅に行きたいのですわね」


『うん、だけどひとつ問題があってね……』


「と、言いますと」


『デリリラさんは、ずっと洞窟の奥でダンジョン作りをしてたじゃないか』


「はい。存じていますわ」


『だから……その……あんまり外に出たことがなくてね』


「ええ、それも存じておりますが……」


『だからね……』


 不思議そうなレティシアを、鳥型ゴーレムの目でじーっと見つめて、




『だから、遠出するのが恐いから、ここで練習しておきたいんだよ!』




 聖女デリリラ(入りゴーレム)は宣言した。


 きっぱりはっきり、でもちょっと照れくさそうに。


「それはつまり、あんまりおうちから出たことがないので旅に出るのが不安。なので、その前にご近所きんじょで旅の予行練習をしておきたい。でも、ぼっちは嫌なので知り合いと一緒がいい、ということですの?」


『もうちょっと言葉を選んでよ!』


 ばたばた翼を動かす聖女さま。


 レティシアは思わず額を押さえた。


 聖女デリリラ……人を救い続けた聖女さまが『ぼっち』……。


 一人旅が苦手で、さみしいのが嫌い……。


「……友だちになれそうな気がしますわ」


 レティシアは、ぐっ、と拳を握りしめた。


「わかりました。このレティシア=ミルフェが聖女さまとご一緒いたしましょう!」


『おお、話がわかるね! さすがデリリラさんが認めた貴族少女だ!』


「みなさんも、いいですか?」


「もちろんであります!」


『フィーンにも、異存いぞんはありませんわよ』


 レティシアの言葉に、カトラスとフィーンは迷わず同意する。


「それでは参りましょう。わたくしたちの使命は『洞窟を占領した魔物の討伐』そして『聖女デリリラさまの引率いんそつ』ですわ。いいですか!」


「『はーいっ!』」


『ちょっと待って引率いんそつってなに? デリリラさんってば子ども扱い? ねぇ、デリリラさんそんなに社会不適合者しゃかいふてきごうしゃかなぁ? ねぇってばねぇ!』


 そんなわけで──


 レティシア、カトラス、フィーンに聖女さま入りゴーレムの4人パーティは、魔物討伐クエストに向かうことになったのだった。

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