第169話「番外編その15『レティシアとカトラスとフィーン(+1)のぼうけん(後編)』

「あれが問題の洞窟ですわね……」


 次の日。


 レティシアたちは魔物が占拠せんきょした洞窟のある、山の中腹に来ていた。


 先頭はレティシア、後衛はカトラス。中央にフィーンと、聖女さま入りゴーレムという隊列だ。


「でも、あんなところに魔物がこもるなんて……不自然ですわね……」


 木の後ろに身を隠しながら、レティシアは言った。


 目的の洞窟は木々の向こうに見えている。けれど、うかつに近づくのは危険だ。中にどれくらいの魔物がいるかわからない。


 レティシア、フィーン、聖女さま入りゴーレム、カトラスは額を近づけて、小声で作戦会議を開始した。


「わたくしは、なにか作為的さくいてきなものを感じますわ」


「同感であります」


 レティシアの言葉に、カトラスがうなずく。


「洞窟に魔物が住み着くようになったのは、つい最近ということでありましたよね? 確かに、急すぎるのであります」


『しかも、決まった場所に魔物が集まるなんてことがあるのでしょうか?』


『デリリラさんも、なにか奇妙な気配を感じるね……』


 4人は顔を見合わせた。


「すいませんフィーンさん」


 レティシアは顔を上げ、フィーンの方を見た。


「ちょっと飛んで、まわりを偵察ていさつしていただけますか?」


『それだったらデリリラさんが──』


「聖女さまだとつばさの音で魔物が気づくかもしれませんので、じっとしててくださいな」


『はい』


 聖女さま入り鳥型ゴーレムは、素直に翼をすぼめた。


『でも、困ったときは言ってね。デリリラさん、みんなの役に立ちたいからね!』


「もちろんですわ。尊敬する聖女さまですもの」


『ふっふーん。いい子だな君は。ではこの場では、デリリラさんを保護者ほごしゃだと思うといいよ!』


 聖女さまは言った。


 さっき「聖女さまを引率いんそつ」って言ったのを気にしてるみたいだった。


「ええ、いざというときは頼らせていただきます」


 そう言って、レティシアは聖女さま入りゴーレムに頭を下げた。


 それから、フィーンの方を見て、


「では、フィーンさん、偵察をお願いいたしますわ」


『はい、行ってまいります』


 フィーンが地面を蹴って飛び上がる。


 彼女の身体はアーティファクト『バルァルの鎧』で作った魔力体だ。カトラスからそんなに離れることはできないが、木の上くらいまでなら飛んでいくことができる。


「フィーンから連絡がありました」


 しばらくして、カトラスが言った。


「……怪しいものを見つけたそうであります。なにか、護符ごふのようなものだとか」


「フィーンさんに、持ってきてもらえるように伝えてくださいな」


了解りょうかいであります!」


 カトラスはレティシアの指示をフィーンに伝えた。





────────────────────




──一方そのころ、山のふもとでは──





「ついに追いつめたぞ! 悪い魔法使いめ!」


 初心者パーティ『宵闇よいやみ番犬ばんけん』たちは、それぞれの武器を構えた。


 彼らが受注した『悪の魔法使い討伐クエスト』は、大詰めを迎えていた。


 山のふもとで堂々と怪しい実験を行っていた魔法使いを発見したのは、1時間ほど前。


 その後、逃げ出した魔法使いを、彼らは崖の前まで追い詰めていたのだった。


「観念して降伏するんだ! こちらの実績のためにも!」


「ははっ! ふはははははっ!」


 悪い魔法使いは喉を反らして高笑いした。


 魔法使いは黒いローブを身につけ、ねじくれた杖を持っている。


 白いヒゲをなでながら、口元でなにか呪文を唱えているようだった。。


「ばかめ、追いつめられたのはどっちかな?」


 悪い魔法使いは杖で地面を突いた。


「なにぃ!?」


『宵闇の番犬』たちは、思わず飛び退く。


 彼らを囲むように、まわりの地面が光り始めていた。




「いでよ! 我が下僕しもべ! クレイゴーレムよ!!」


 ずももももっ!




『宵闇の番犬』たちのまわりの土が盛り上がっていく。


 気がつくとそれは人間の倍くらいの身長を持つゴーレムとなり、彼らを取り囲んでいるのだった。


「な、なんだと!? こんなものがぁ!」


「見たか。これが我が土地の魔力を集めて作り上げたクレイゴーレムたちだ!」


「土地の魔力……だと?」


「貴様らが知る必要はない。この山の魔力をこめて練り上げたこのゴーレムにより、絶望とともに朽ちるがいい!!」






────────────────────






──同時刻、レティシアたち──



『あー、これは土地の魔力を集めるための護符ごふだねぇ』


 地面に置かれた三角形の板を見て、聖女さま(入りゴーレム)は言った。


『たぶん、この山の魔力をむりやり引き出して、誰かが利用してるんだと思うよ?』


「魔物が洞窟に引きこもっているのも、もしかしてそのせいですの?」


『こんなおかしな魔力の流れがあったら、魔物たちだって近づきたがらないよ。でも、魔物としてはナワバリを捨てる気もない。だから落ち着くまで洞窟に引きこもった、って感じかな。たぶん、同じ護符は他にもあるんじゃないかな』


こわしてもかまいませんわよね?」


『もちろん』


 レティシアと聖女さまはうなずきあう。




「『やっちゃえ! カトラスさん(くん)、フィーンさん(くん)』」


「了解であります!」『承知いたしました!!』




 あとはフィーンが木の上から護符をたたき落とし、カトラスとレティシアがたたき割るだけの、簡単なお仕事だった。






────────────────────




──一方そのころ、山のふもとでは──




『──オオオオオオッ!!!』


「「「……あれー?」」」


 突然、異音をあげはじめたクレイゴーレムに『宵闇の番犬』と魔法使いは目を丸くしていた。


 見る間にクレイゴーレムの形がゆがみはじめ、ふらつきはじめて、そして──




 ぺちゃっ




「ばかな! 我が精魂せいこんを込めたクレイゴーレムが崩れただとぅ!?」


 土くれへと戻ったゴーレムたちを見て、悪い魔法使いは叫んだ。


「ばかな、ばかな。ばかなあああああっ!!」


「……えっと」


 ぽかん、としていた『宵闇の番犬』たちは気を取り直して、


「も、もう終わりだな。悪い魔法使いよ!」


「ば、ばかめー。我が切り札はこれだけではないわ!」


 黒いローブをまとった魔法使いは、杖をかかげた。


「来るがいい! 我が最強の使い魔よ! 我が敵を討ち滅ぼすのだ!!」


 そして奴は、強大なる召喚呪文を唱えたのだった──





────────────────────




──同時刻、レティシアたち──





「いいですか、魔物が洞窟から出てきたところを叩きますわよ!!」


「わかったであります!!」


 魔物がいる洞窟の入り口の横──中からは見えない位置に待機したレティシアとカトラスは、それぞれの武器を構えた。


 護符ごふはすべて破壊した。


 あとは入口の影に隠れて、出てくる魔物を左右から叩くだけだ。


「出てきましたわ……って、虫ですの!?」


 洞窟から飛び出してきたのは、無数の足を持つ大ムカデだった。


 さらに巨大ダンゴムシ。翼を広げたドラゴンフライ(大トンボ)もいる。


「まぁ、なんでもいいですわ……わたくしたちの使命は洞窟の魔物を追い出すことですから!」


 レティシアの剣が、大ムカデの頭を切り落とした。


 青黒い血を噴き出し、胴体だけになったムカデがのたうちまわる。


 さらにレティシアはドラゴンフライの羽根を切り落とし、次の魔物に立ち向かう。


「全滅させなくていいのは楽でありますな……でも数が多いであります」


 地面に落ちたドラゴンフライを倒したカトラスが、フィーンの方を見た。


「チートスキル、使っていいでありますか? リーダー!」


「わたくしはリーダーではありませんわ。でも、フォローはします。存分におやりなさい!」


 カトラスとレティシアは視線を交わし、笑った。


『飛んでる魔物はデリリラさんにまかせて! おどすくらいはできるからねっ!』


 聖女さまの鳥型ゴーレムは大きく翼を広げ、逃げようとする魔物たちを威嚇いかくする。


『なんだかよくわからないけど、やっちゃえ!!』


『お言葉に甘えさせていただきます! では、カトラス!!』


「いくでありますよ。フィーン!! 『覚醒乱打かくせいらんだ』!!」


 カトラスは灰色の髪をなびかせ、魔物の群れに突っ込んでいく。


「魔物たちよ! その前にこちらをごらんなさい──────っ!!」


 そしてレティシアはめいっぱいに胸を反らして、魔物の群れに向かって叫んだ。


 巨大ムカデが、ドラゴンフライが、丸まりかけていた『大ダンゴムシ』が──


 一斉にレティシアの方を向いた、瞬間!




「発動『強制礼節マナー・ギアス』! 森の虫さんたちにごあいさついたします! こんにちわ! レティシア=ミルフェですわあああああああっ!!」




 森の中に、レティシアの声が響いた。




『ギギギ、ゴゴアアアアギギギ(これはこれはどうもごていねいに)……ギァッ(はっ)!?』




 虫系の魔物たちが動きをとめ、同時に頭を下げる。


 その動作を、彼らの急所を──『覚醒乱打』使用中のカトラスとフィーンは、完全に捉えていた。


「1匹目! 2匹目! 3と4と5匹目!!」


 カトラスの剣が、大ムカデとドラゴンフライの頭部を、そしてダンゴムシ3匹の腹をまとめて切り裂く。ばしゅ、と、青黒い体液が噴き出す。それもまた、カトラスの感覚はとらえている。彼女はそれを巧みに避けて、次の魔物を切り伏せていく。


『大ムカデは頭を落としてもしばらく動いてるから近づかないように! ドラゴンフライはあごが強いよ! でも、一番気をつけなきゃいけないのは大ダンゴムシだ! 体液はすっごい刺激臭しげきしゅうがあるからねっ!!』


 聖女さま入りゴーレムが叫んだ。


『服についたらなかなか落ちないんだよ! 特に今の聖女さまは……鳥の姿をしてるからさらに気になるよ。ダンゴムシの体液は、鳥けにも使われてるくらいなんだよ』


『……だいじょぶですわ。フィーンが、フォローしていますもの……』


 空中に浮かんだまま、フィーンは唇をかみしめていた。


『あるじどのが愛でるカトラスの身体に、魔物の血などあびせはしませんわよ──っ!』


『よっしゃ! デリリラさんもやるよー! 保護者だからねっ! ほ・ご・しゃっ!!』


 聖女さまゴーレムは、翼をすぼめて急降下。カトラスを背後から襲おうとした『巨大ダンゴムシ』の目の前ではばたく。その音におどろいたのか、『ダンゴムシ』は身体を丸めて防御体勢に。ボール状になった『ダンゴムシ』はそのまま、レティシアに向かって転がっていく。


「ええい、うっとうしいダンゴムシですわねっ!」


 ざくん。


 レティシアの剣が、堅い外皮を切り裂いた。


 けれど致命傷にはならない。何度切りつけても、ダンゴムシは球体になって向かってくる。


『そいつの外皮は固いからね! 吹っ飛ばして、地上に落っことして潰した方がいいよ!』


「わかりましたわ聖女さま! 発動『卵類反射カウンターエッグLV1』」


 ぽしゅん。


 レティシアに向かって突っ込んできた『巨大ダンゴムシ』の向きが、変わった。


 盾に球体の身体が触れた瞬間、ダンゴムシは急に方向転換。そのまま山のふもとに向かって飛んでいく。遠くで、べちゃ、という音がした。同時に、別の魔物の悲鳴も。


「……運の悪い魔物もいたものですわね」


 落ちてきたダンゴムシに当たるなんて、よっぽど日頃の行いが悪いのだろう。


 ダンゴムシの身体は落下途中、樹に当たってちぎれかけてた。


 ぶつかっても、致命傷にはならないだろう。


 ただ、ダンゴムシの体液はかなりにおいが強い。聖女さまの言う通り、鳥系の魔物はダンゴムシの体液が大嫌いだ。直撃を受けたらたぶん、鳥系の魔物には近づいてもらえないはず。そういう魔物を捕食する者だったら……。


「……気になりますわね」


 ここが片付いたら見に行こう。


 そう思いながら、残りの魔物を斬り伏せていくレティシアなのだった。




────────────────────





──時間は戻って数分前、山のふもとでは──





『ギィエエエエエエエエ!!』


 悪い魔法使いの使い魔が、冒険者たちを圧倒していた。


「ふはは! 逃げてばかりではどうにもならぬぞ! 冒険者どもよ!」


 杖を振り上げ、悪い魔法使いは叫んだ。


「命乞いをするなら許してやってもいいがな! 武器を捨て、我が下僕となるか!?」


「だ、誰が!」


 初心者冒険者『宵闇の番犬』は叫んだ。


「お前なんかの下僕になるなら、死んだ方がましだよ!」


「ならば願いを叶えてやろう! いけい! 我が下僕。召喚獣コカトリスよ!!」


『ギィエエエエエエ!!』


 コカトリス──蛇の尻尾を持つ巨大な怪鳥は叫んだ。


 毒色の翼を広げ、黒い目で、怯える冒険者たちを見据える。コカトリスにとって、冒険者は餌だ。主人の召喚に応じた魔物の目には、もはや餌しかうつらない。コカトリスは冒険者たちを威嚇いかくするように叫び、そのまま一気に走り出すと──




 べちゃ。




 山の上から降ってきた巨大ダンゴムシが、その頭部に激突げきとつした。





『……ギェ?』


 コカトリスには──なにが起こったのか、わからなかった。


 頭を伝うのは、青黒い体液。鼻を突くのは刺激臭しげきしゅう


 それは自分の真横からもにおっている。隣にいる、黒いローブをまとった主人。その者も青黒い血をかぶっている。


 大嫌いなにおいが自分と、主人からにおっている。消えない。なくならない。


 コカトリスの頭の中が真っ白になる。元々鳥頭とりあたまの脳からは、すでに主人の命令なんか消え去っている。あるのは『巨大ダンゴムシ』のにおいへの嫌悪感。それだけ。


 そのにおいを消し去ることしか、今は考えられないのだった。


『ギアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


「──ちょっ!?」


 誰かに呼ばれたような気がしたけれど、そんなことは気にする余裕ない。


 コカトリスは大嫌いな『におい』から逃げようと、必死に走り続け──




 どぼん




 そのまま川に飛び込み、どこへともなく流れていったのだった。






「………………」


「「「………………」」」


「ふはははははっ! これで勝ったと思ったか!」


 ばっ。


 悪い魔法使いは、おもむろに黒いローブを脱ぎ捨てた。


 というか、くさくて着ていられなかったのだろう。脱ぎ捨てて、丸めて、さらに遠くへと蹴り飛ばす。


「我まだ、ふたつの切り札を残している! 貴様らを殺すなどたあいもないことだ! 勇気ある者は向かってこい! この地域をこれから支配する、悪の大魔法使いである我を恐れぬのなら──────っ!!」


「……ふーん。あなたが悪い魔法使いですの……?」


「え?」


 悪い魔法使いは振り返った。


 見ると、剣を手にした青い髪の少女が、彼の背後に立っていた。


「……えっと」


 コカトリスと『ダンゴムシのにおい』に気を取られていたせいだろう。すでに青い髪の少女は間合いに入っている。呪文を唱える余裕はない。どうしようどうしようどうしよう。


「あら、あなたたちは冒険者ギルドにいた……『宵闇の番犬』さんですわね。邪魔してしまいましたかしら?」


「「「…………」」」


『宵闇の番犬』の冒険者たちは、青い髪の少女を見た。


 彼女の剣には青黒い体液がついている。そして、後にいる灰色の髪の少女が持っているのは、割れた護符のようなものだ。


『宵闇の番犬』たちは、思わず目をかがやかせた。


 なんてことだろう。自分たちは、知らないうちに守られていたのだ。


 単独ではこの『悪い魔法使い』には歯が立たなかった。この方たちはたぶん、熟練じゅくれんの冒険者だ。自分たちが身の程知らずのクエストを受けたことを心配して、サポートしてくれていたんだ。なんて……なんて優しい……。


「「「いいえ! その魔法使いは先輩が倒してください!!」」」


「ちょ!? お前ら?」


「はぁ、では」


 ばこん


「ぎゃふんっ!!」


 鞘に入ったままの少女の剣が、『悪い魔法使い』の後頭部を殴りつけた。


『悪い魔法使い』はそのまま気絶して、動かなくなる。





『悪い魔法使い』をたおした!







────────────────────






「ありがとうございました! 先輩!」「どうしたらそんなふうに強くなれるんですか!? 先輩!」「まるで敵の動きがわかっているかのような行動でした、先輩!」


「……なんですの、これは」


 レティシアには、意味がさっぱりわからなかった。


 山のふもとに落っことした『巨大ダンゴムシ』が気になって降りてきたら『悪い魔法使い』が初心者冒険者をおどしていて、倒したら大歓迎されたのだ。


 悪い気分ではないけれど、なんだか納得できない状況だった。


「つまり……わたくしたちが、この方たちを知らない間に助けていたと……?」


「どうもそういうことらしいであります」


『さっぱりわけがわかりませんですわ』


 レティシア、カトラス、フィーンは思わず首をかしげる。


 話が大きくなるのは困る。


 自分たちは、ちょっぴり人助けをしたくなっただけなんだから。


「わたくしたちは、なにもしてはおりませんわ」


「……え? でも、護符をこわして、『ダンゴムシ』を落としてくれましたよね?」


「……それはきっと」


 レティシアは記憶をたどってく。


 魔力を集める護符のことを教えてくれたのは──?


『ダンゴムシ』の体液のにおいについての情報をくれたのは──?


 思い出す、つまりそれは……。




「すべては……人知れずわたくしたちを見守ってくださっている、『聖女デリリラ』さまの導きですわ」




 レティシアはとりあえず、あさっての方向を指さして宣言した。




『ちょっ!?』




 背後で聖女さま入りゴーレムが声をあげ──ようとして、止める。


 人前で堂々と話すわけにはいかないからだ。


「……いえ、でも、護符のことも、ダンゴムシのことも、全部聖女さまのおかげでありますよ?」


『……そうだけど! カトラスくんの言うのももっともだけど!』


『……聖女さま、フィーンに「自分は今回のクエストの保護者」って言いましたわよ』


『……言ったけどおおおおぉ』


 じたばた、じたばた。


 カトラスとフィーンの腕の中で、あばれだす聖女さま(入りゴーレム)。




「……そうですか、聖女さまは、私たちを見守ってくださっているんですね」


「……ありがとうございました。聖女デリリラさま」


「……ああ、あの空の向こうから、聖女さまの歌声が聞こえるような気がします……ありがとう……デリリラさま……」




 遠い空に向かって『宵闇の番犬』たちは呼びかけはじめる。




『……やーめーてーっ! なんか気恥ずかしいからやーめーてーよーっ!』




 感動に打ち震える『宵闇の番犬』たちが、こっそりもだえる聖女さま入りゴーレムに気づくことはなく──


 その後も彼らは、町に戻るまで聖女デリリラをたたえ続けたのだった










『…………うう。精神的ダメージがすごいよ……おそとこわいよ……』


 別荘に戻った聖女さま(入りゴーレム)は、ぐったりと椅子に沈み込んだ。


「でも、わたくしは尊敬してますわよ。正義の聖女さまですもの……ふふっ」


 その隣に、レティシアは、ちょこん、と腰掛けた。


 あれから、4人はゆっくりと(途中、昼寝休憩きゅうけいをはさんで)町に戻ってきた。


覚醒乱打かくせいらんだ』の影響で眠ってしまったカトラスとフィーンを見守りながら、聖女さまと話す時間も、レティシアにとっては楽しくて──


 ごろごろ転がりながら駄々をこねる聖女さまゴーレムを見ながら、やっぱり笑ってしまうのだった。


「それに謙遜けんそんすることありませんわ。聖女さまがわたくしたちを見守ってくれてるのは本当のことでしょう?」


『……ほんっとにいい子だね、君は』


 聖女さま入りの鳥型ゴーレムは、くちばしでレティシアの手のひらを、つん、と突っついた。


『君なら正しい王様になれるかもしれないよ。よければ、デリリラさんがいろいろ教えてあげようか?』


「興味はないことはないですけれど……」


『王も聖女も孤独なものだけどね。ぼっちになるのが平気なら──』


「絶対に嫌ですわっ!」


『断言されたよ!?』


「……それに、わたくしは今が楽しいんですのよ?」


 レティシアは椅子に腰掛けたまま、ふんわりと笑った。


 キッチンから水音が聞こえる。カトラスとフィーンが、料理をしているのだろう。


 カトラスの作るものは野性味あふれているけれど、それはそれで悪くない。ちょっと前まで男の子をやってたにしては上出来だ。というか、それに文句を言えるほど、レティシアは料理の腕に自信はない。


 フィーンは「あるじどのがいないと腕のふるいがいがないですわよ」とぐちってる。ときどき、カトラスをかわいく着飾らせるにはどうすればいいか、なんてことをレティシアに聞いてくる。不思議で、優しい女の子だ。カトラスを女の子っぽくする方法を考えて、2人で頭を悩ませる時間だって、悪くない。


「この時間と引き替えにするには、王位や爵位しゃくいでは足りませんわ。かけがえのないものってあるんですのよ、聖女さま?」


『ふっふーん。そんなこと知ってるよーだ』


 そう言って、鳥型ゴーレムは翼をはばたかせた。


『それじゃ、帰るね。あの子たちとご主人さまによろしく』


「聖女さまは、もう旅に出るんですの?」


『それはもうちょっと、君たちと遊ぶのを楽しんでからかな?』


 鳥型ゴーレムは、かちち、とくちばしを鳴らして、片目をつぶってみせた。


『旅立つときはちゃんと挨拶にくるよー。そしたら、お別れを惜しんでね! 泣いてね。止めてもいい。でも、止めても旅立つんだからね。いや、君たちがどうしてもって言うなら数日延ばしてもいいけどさっ』


「ふふっ。ナギさんたちに言っておきますわ」


『ふっふーん。じゃあねー!』


 そう言って、聖女デリリラの魂が入った鳥型ゴーレムは、窓から飛び去っていった。


「レティシアさまー。あるじどのからメッセージが来たであります!」


『お帰りはもうじき……ですわ!』


「はいはい。では、お迎えの準備をいたしましょうか!」


 そう言ってレティシアは席を立った。


 ナギさんたちが戻ったら、向こうでの事件の話を聞こう。それと、アイネたちとの関係が進展したかどうかも。セシルさんは真っ赤になっちゃうし、アイネとレギィさんは聞いてないことまであらいざらい教えてくれちゃうから、やっぱりリタさんに聞くのが正解かな。


「今回のクエストで、少しはナギさんたちに追いつけたならいいんですけれどね」


 そんなことを考えながら、カトラス、フィーンと一緒に夕食の準備をはじめる、レティシアなのだった。






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