第113話「魔物の攻撃を防ぐため、大きな絵の上で身を守ってみた」
「どうする?
フェンリル=ラグナは言った。
彼の使い魔──大人の2倍くらいの体長を持つ黒狼が──答えを求めるように、吠えた。
冒険者ギルドの前でうずくまる雇い主、エデングル=ハイムリッヒに向かって。
「どうするかと聞いてんだよ。雇い主」
「も、申し訳ないが、子爵家ご令嬢には、衛兵の詰め所まで来ていただく」
楯と槍を持った衛兵が、フェンリル=ラグナの前に進み出た。
「一連の事件について、これからお話を伺わなければならないのだ。丁重に扱うので、心配はいらない」
「どけよ」
ざくん
フェンリル=ラグナの声とともに、狼が前足を振った。
爪が、衛兵の楯をまっぷたつにした。
衝撃で衛兵の身体が吹っ飛ぶ。冒険者ギルドの壁にぶちあたり、崩れ落ちる。
「俺は雇い主に話を聞いてるんだ。どうするよ、エデングル=ハイムリッヒ」
「……なにもなかったことにして」
うずくまったまま、エデングル=ハイムリッヒは言った。
「ここにはいたくない。私の邪魔をしたものを消して、帰りたい」
「承知した」
フェンリル=ラグナがまたがる黒い狼が、吠えた。
「正気ですか、エデングルさま!」
残りの衛兵たちが槍を構える。
「町の者も見ているのです。こんなことをしたら、子爵家の名に傷が!」
エデングル=ハイムリッヒは答えない。
代わりに動いたのは、黒い狼の使い魔。
その爪と牙と手足で、衛兵たちをなぎ倒していく。
「やめろ! フェンリル=ラグナ!!」
『暁の猟犬』のリーダーの女性が、叫んだ。
「こんなことをしてなんになる!? エデングルさまは冒険者とすでに『契約』されたのだ! 責任を認めて、報酬を払うと約束したのだ!」
「その相手がいなくなったら?」
フェンリル=ラグナは、ふん、と鼻を鳴らした。
「……なに?」
「冒険者がいなくなったら? 町が壊滅したら? 『契約』になんか、なんの意味もないだろうが!」
「貴様は……なにを言っている!?」
『暁の猟犬』のリーダーは、剣を抜いた。
右手にショートソード、左手にはダガー。
2本の武器を手に、衛兵たちの前に立つ。
「そもそも、こうなったのは誰の責任だ!? 『宿屋待機』を進言したのは貴様だろう!? 聖女の迷宮の入り口を魔法で塞ぐように指示したのも! 嫌がる魔法使いの背を切り裂いたのも! その結果がこれだ!」
「宝と遺産を独占するという目的に沿った行動だ。町がつぶれれば、聖女の遺産を狙う者も、竜の遺物を探す者もいなくなる。探索の拠点を失うわけだからな」
フェンリル=ラグナの言葉に、その場のものすべてが言葉を失った。
「そうなればこの地で冒険ができるのは、食料・装備を十分に準備できる貴族の方々だけになる。冒険者に邪魔されることは、なくなる。この地にはまだ古き遺産が眠っているかもしれない。それを貴族が独占できるなら、多少の被害は目をつぶるべきじゃねぇのか?」
「愚かなことをっ!」
『暁の猟犬』のリーダーが、フェンリル=ラグナに斬りかかる。
リーダーのショートソードが、狼の爪に受け止められる。彼女は剣から手を放し、狼にダガーで切りつける──
「余計な魔力を使わせるんじゃねぇよ」
ぶしゃ
突如現れた青い狼に背中を切り裂かれ、『暁の猟犬』のリーダーは、倒れた。
「2頭も
「……味方に……ここまで……するのか?」
「悪いな。俺とお前らじゃ住んでる世界が違うんだ。それに、この仕事が終わったら、俺、奴隷をもらうんだよ。勇者の証として、人でもデミヒューマンでもないものを。まぁ、言っても理解できねぇよ」
フェンリル=ラグナは、うずくまるエデングルを見た。
「で、どうすんだ。子爵家ご令嬢」
「……あいつらを捕まえて。もしくは消してほしいんだけど?」
「聖女さまか、天竜の代行者か?」
「どっちも。あいつらが出てきてから、なにもかもがおかしくなった」
「聖女さまは『西の壁は開けとけ』って言ってたな。だったら、そっちに向かってるかもしれねぇな。町を守ってくださるためによ」
フェンリル=ラグナは楽しそうに、くっくっ、と喉を鳴らした。
「あいつらを消して! 私の失敗そのものをなくして! 私が子爵家から受け継ぐすべてをあげるから!」
エデングルは震えながら、叫んだ。
「こんなのおかしい。王子様にふさわしいものになるための教育を受けて、選ばれて、候補者となって、ここまで来たのに! 邪魔する奴を消して、やり直したい! だから!」
「わかりましたよ。子爵家ご令嬢」
フェンリル=ラグナは、残った『暁の猟犬』の冒険者に向き直った。
「手伝ってもらうぜ『暁の猟犬』」
GUAAAAAAAA!!
フェンリル=ラグナの声に反応するように、狼たちが吠えた。
「聖女さまも『天竜の代行者』も、表には出たがらねぇ。ってことは、大通りは避けるはずだ。だから、路地を進んでる奴らをかたっぱしから叩きのめせ! とどめは俺が刺す」
フェンリル=ラグナは、奇妙なくらい優しい目で『暁の猟犬』の冒険者たちを見据えた。
「そのために、子爵家のエデングルさまは、お前たちを正規兵としてやとってくださるとよ」
「……そのとおり、だけど」
フェンリル=ラグナの言葉に、エデングルがうなずいた。
「もう、私にはお前たちしかいない。お前たちもこの町では仕事はできない。ずっといっしょ。お互いに信頼するしか、ない」
『暁の猟犬』たちが動き出す。
彼らはうずくまるリーダーを横目で見ながら、西側の城壁に向かって走り出した。
「……お前はいったい、なんなのだ? わからないん……だけど」
「俺は『勇者の道』を進むものさ。子爵家ご令嬢」
フェンリル=ラグナは不思議なくらい優しい顔で、2頭の狼をなでた。
「──から呼ばれた中で、さらに選ばれたものがこの道を歩くことができる。その先にはあんたたちがうらやましがるような栄光があるのさ。それが『勇者の道』だ。それだけのことなんだよ」
「お前たちが『天竜の代行者』か!?」
「……ほんとに追いかけてきたのか……」
まじかー。そんな場合じゃないんだけど。
僕たちの前に立ってるのは、3人の冒険者。『暁の猟犬』の仲間だ。
魔法使いはヒュドラに飲まれて、回復役は聖女さまの迷宮で倒されて、まだ回復してない。残ったのは前衛の3人だけってことか。そういえば、リーダーの女性がいないけど。
「城壁の西は、あなたたちのために空けておいた」
僕はフードを目深におろして、言った。
「そこでヒュドラを撃退するのが、あんたたちにとっても最良の選択肢だと思うが。違うか?」
『暁の猟犬』たちは一斉に武器を構えた。駄目みたいだ。
ここは町の城壁に通じる細い道。雨が降って地面がぬかるんでるから動きにくい。逃げきるのは無理か。
まわりにあるのは古い家。人は住んでいない。
こっちは僕とセシルの2人。
セシルはフードで顔を隠しながら、僕の手を握ってる。
イリスとラフィリアは先に行かせた。リタとアイネは別行動を取ってる。
できれば戦闘は回避したいんだけどな。意味ないし。セシルの魔力も使いたくないし。
「町一番のパーティなんだろ、なにやってんだよ……こんなときに」
僕は言った。
「我々のミスを消すためだ」
当たり前のように『暁の猟犬』から答えが返ってくる。
「いや、たった今町がピンチだし。町そのものがなくなったら『町一番のパーティ』って肩書きも意味なくなるんだけど!?」
「そんなこと我々に聞かれても知るものか! 我々はもう、エデングルさまについていくしかないのだ!」
問答無用だった。
『暁の猟犬』たちが走り出す。
奴らはまっすぐ、こっちを見てる。
横の家の壁が崩れてることも、足下の水たまりが、壁に空いた穴まで広がってることにも気づかない。
さっき『建築物強打LV1』で壊した穴だ。その向こうには、僕の仲間が隠れてる。
奴らの足が、びちゃ、と、ぬかるみを踏んだ。
そのタイミングで、僕は叫んだ。
「我が奴隷に命じる。話を聞かない冒険者に裁きを!」
「了解なの、ご主人様。発動『汚水増加LV1』!!」
前にリタが言ってたっけ「雨の日のアイネには勝てる気がしない」って。
ファンタジー世界は路面の排水が悪い。雨の日は、あちこち水たまりだらけになる。
そのすべての場所が、アイネにとっての結界だ。
「ぐああああああああああああああっ!!」
身体中の水分を抜かれた『暁の猟犬』たちが地面を転がり回る。
どうせ襲ってくるだろうと思ってたから、廃屋の壁を何カ所か破っといたんだ。
地面に近い方を。水たまりが屋内に入るように。そしてアイネは、廃屋の中に控えてた。
だから、壁越しの『汚水増加LV1』が使えた。
水たまりがつながってさえいれば、このスキルは十分に効果を発揮するんだ。
「……ひぃ……はぁ……うぁああ」
そして『暁の猟犬』の冒険者たちは、ぱったり、と、水たまりの上に倒れた。
パーティ『暁の猟犬』はぜんめつした!(生きてるけど)
「先に冒険者が来るとは思わなかったの」
敵のパーティを『記憶一掃』でスタンさせて、アイネは言った。
「中堅キャラで様子を見て、その後ラスボスがちょっかいを出してくるってのは、よくあるパターンだけどさ」
「ナギさまの読みがぴったりでしたね……」
「当然なの。それに、セシルちゃんが一緒だったから、アイネも安心して別行動できたの」
セシルとアイネは、穏やかに手を握り合う。
追っ手が来るのは予想してた。城壁に着いてからちょっかいだされると面倒だから、先に迎え撃つことにしたんだ。
それがうまく行ったみたいだ。
リタからの通信によると『来訪者(仮)』はギルドの方に向かってた。
そこで『暁の猟犬』の冒険者を拾って、先行させてたってことか。
……人を使うことに慣れてる。めんどくさい相手かもしれないな。
僕とセシル、アイネは先に進んだ。
同時に、リタからふたたび『
狼型の使い魔を操るチートキャラがこっちに向かってる。戦闘音に気づいたか。
「急ごう。セシル、アイネ」
僕たちは走り出す。
しばらくすると、開けた場所に出た。
「お兄ちゃん!」「マスター、こっちですぅ!」
イリスとラフィリアが待っていた。聖女さまのゴーレムも一緒だ。
ここから城壁まではあと少し。
『来訪者』は、ここで迎え撃つ。
「ナギさま! 『魔力関知』に反応ありました。使い魔さんがきます!」
セシルが叫んだ瞬間──暗闇から獣が現れた。
数は2頭。
赤色と、青色の狼。大きさは大人の男性くらい。
『GURUUUUUUUUUUU──っ!』
2頭はうなりごえをあげながら、僕たちをにらんでいる。
『……フェンリルってやつの使い魔。「かみ砕く者」と「引き裂くもの」だよ』
デリリラさん(ゴーレム)が言った。なるほど。
「片方の顎が巨大化してなんでも食べて、もう片方は爪でなんでも引き裂くって感じかな」
『だからどうしてデリリラさんのセリフを取るの!?』
そして、最後の1体が現れる。ひときわ大きい──黒い狼だ。
その背中に、黒髪の少年が乗っていた。
パレードの時に、貴族と一緒にいたやつだ。こいつが『フェンリル=ラグナ(仮)』か。
「お前は聖女の使いか? それとも、『天竜の代行者』か」
「さぁ、人違いじゃないかな?」
僕は答えた。
「で、そういうあんたは、子爵家ご令嬢の下僕か」
「選ばせてやるよ」
黒い狼に乗った少年は言った。
「この場で俺に殺されて、素材として『白いギルド』に持ち運ばれるか、ここで全面降伏して、すべてを話したあとで『契約』して配下になるか」
「……えー」
「譲歩してるつもりなんだけどな、こっちは」
「その前にヒュドラ倒してくれないかな? 狼使い」
「悪いけど。俺はそういうつまらない仕事はしねぇんだよ」
「……偉そうだな」
「ああ、俺は『勇者の道』を進んでる。お前らには想像もつかない未来が待ってる」
「貴族と同等の地位について、伝説に名前が残る的な?」
「…………ああ」
「さらに聖女の遺産を手に入れて、天竜の代行者を捕らえればボーナスがついて、伝説の武器や魔法が手に入るとか?」
「…………ま、まぁ。もらえるのは奴隷だけどな」
「そっかー、すごいなー」
僕はアイネたちを背後にかばいながら、言った。
「そういう、勇者向けのギルドがあるってことなのか。きっと人間以上の存在がギルドマスターをやってるんだろうな」
「お前……なにを知っている?」
「知ってて当然だろう? こっちが本当に『天竜の代行者』なら」
嘘だけど。
これまでに手に入れた情報をつなぎ合わせて、適当にかまをかけてるだけだ。
「貴族を補佐するふりをして、別の目的で動いているギルドがあるのは知っている。その者たちは『古き血』の存在を歴史から消そうとしている。おそらくは、それと取って代わるものとして──」
異世界から召喚した勇者を、使おうとしているのかもしれない。
王様と貴族の支配権を強めるための道具として。
「──そのやり方が気に入らない。というか、どこか遠くでやってほしい」
「お前の意見なんか知るかよ。こっちは好きでやってるんだ」
フェンリル=ラグナは唇をゆがめて、笑った。
「それに、ひとつ間違ってるな。貴族が上に立っているのは、一時的なものさ」
「最終的には?」
「さぁなぁ。『勇者の道』は、そこを歩く者にしか見えねぇのさ」
「……すごいね」
「そのためには、多少の犠牲はつきもので……」
「……大変だね」
「俺たち『白きギルド』は……」
「……そんけいするねー」
「お前! 俺をばかにしてるだろ!?」
「いや、『勇者の道』っていうなら、ヒュドラ倒して欲しいと思って」
「ふん。俺はお前らとは、見ている世界が違うのさ」
……なるほどな。
こいつはつまり、貴族の補佐とするためと『古き血』の遺産の破壊と回収に動いてる。他はどうでもいいのか。町が壊れても、人がヒュドラに食われても。
「お前こそどうして俺たちの邪魔をする?」
フェンリル=ラグナは言った。
「『天竜の代行者』というから、もっと神々しい存在かと思ってた。だけどな、お前はただの人間にしか思えねぇ。フードで顔を隠して、闇をうろついてるだけだ。それがどうしてこんなまねをしてる?」
「…………」
改めて言われてると困るな。
僕たちが貴族の邪魔をしている理由、それは──
「気に入らないから。それと、雨が降っているから」
「はぁ!?」
え? 重要なことだと思うけど。
「ヒュドラが城壁を破壊したら、雨の中逃げなきゃいけないだろ? 寒いし、馬車は進みにくいし……それでみんなの服が透けたりするのは見てみたいけど、わざわざ寒い思いをするのも馬鹿みたいだろ。だから冒険者と町の人に、ヒュドラのことを知らせる必要があった。その原因を教えて、みんなをひとつにまとめる必要があった」
僕は言った。
「それだけだろ。世界とか勇者とか、あんまり興味ないからな」
もうひとつ、聖女さまが責任を感じてたってのもある。
彼女はたぶん、セシルが魔族だってことを察してて、黙っててくれてる。魔族の遺産の杖もくれた。借りは返しておきたい。
「…………わかった。お前たちは殺す」
「それが『勇者の道』をゆく者の結論か?」
僕は魔剣を振った。
届かない。当たり前だ。できるだけ派手にすればいい。
水を散らして、音を立てて、後ろでやってる作業が隠れるように──
「無駄だ! 行けよ! 『噛み砕くもの』、『引き裂くもの』!!」
『GUAAAAAAAAAA!!』
2頭の狼たちが、絶叫した。
赤い狼はその顎を、黒い狼はその爪を巨大化させて、突進してくる。
僕は後ろの作戦を再確認。
みんなラフィリアを中心に集まってる。そろって親指を『ぐっ』と立ててる。
準備はいいみたいだ。
『GUAAAAAAAA!!』
水を蹴って狼たちが近づいてくる。フェンリル=ラグナが笑ってる。
じゃあこっちはタイミングを合わせて、せーのっ。
「「「「『発動『
僕たちは声をそろえて
そして──
がいいいんっ!
僕たちを魔力のバリヤーが包み込み、狼たちの突進を跳ね返した。
「────な、なんだそれはっ!?」
うん。敵がびっくりするのも無理ないと思う。
僕たちの足下に敷いた魔法陣が光ってる。バリヤーはそこから生まれてる。
具体的には魔法陣を書いたシーツの上に、僕、セシル、アイネ、イリス、ラフィリアが伏せてる。バリヤーは、5人分の魔力の集合体だ。
敵が狼使いだってわかってたから、あらかじめ家で準備しておいた。
シーツにそれっぽい魔法陣を書いて、アイネの収納スキルに入れておいたんだ。
今回、ヒュドラ退治と来訪者対策のために、3つのスキルを『高速再構築』した。
『真実告白LV1』
『魔法陣』で『嘘』を『封じる』魔法
『
『地面』に『伏せて』『身を守る』スキル
『
『身体の一部』で『関連する魔物』を『呼び出す』スキル
この『対魔結界LV1』はロックリザードの『匍匐防御』を書き換えて、さらにアレンジを加えてある。
『対魔結界LV1』(4概念チートスキル)
『魔法陣』に『伏せて』『関連する魔物』から『身を守る』スキル
このスキルは、魔物の姿を書いた魔法陣の上で『伏せる』ことによってバリヤーを生み出す。
魔法陣に書かれている魔物(記号でもOK)は、バリヤーを突破することはできない。
ちなみに魔法陣に書いてあるのは『猛犬に注意』っぽい記号だ。僕が指導して、ラフィリアが書いた。なかなかの傑作だ。
『GUO!? GUA!? GUAAAA!!!』
がいん。がいん。がいいいんっ!
狼型の使い魔は、攻撃を繰り返してる。
けど、通らない。
これは4概念チートスキル。
おまけに対象限定のピンポイントスキルだから、おそろしく固いんだ。
「どうした? 『勇者の道』を進む者よ」
「……ぐっ」
フェンリル=ラグナは悔しそうに僕たちを見ていた。
「こんな、こんなはずはない! 勇者の俺が、こんな!」
「諦めてヒュドラ退治に行くのがおすすめだけど。こんなとこで時間を食ってないでさ」
「うるせえ! 狼ども、俺の全魔力をくれてやる! そのいまいましい障壁を破れ!」
『『『GUOOOOOOOOOOOAAAAA!』』』
赤と青、そして黒い狼が、吠えた。
3頭がそのまま、障壁へとのしかかってくる。
半透明のバリアーが、ぎし、と、揺れた。
「さすが、異世界からの『来訪者』。すごいな」
「お前っ!? どうして──を知っている!?」
うん。これで情報はだいたいそろった。
こいつの背後には『白いギルド』という連中がいる。彼らは『古き血』の遺産を集めるか、滅ぼそうとしている。そのためには、町や村を滅ぼすこともためらわない。
その報酬は『勇者の道』──勇者が貴族のようになるためのもの、らしい。
「いろいろ教えてくれてありがとう。じゃあ解放『
ぶん
巨大化した魔剣レギィが、内側からバリアを貫通した。
『GYAAAAAAAAAA!!』
魔剣の黒い刃は、3頭の狼をまとめて、まっぷたつにした。
身体を断ち切られた狼たちは、しゅる、と蒸発して、消えた。
「な、な、なんじゃそりゃああああああっ!」
フェンリル=ラグナが絶叫した。
『……敵が怒るのもわかるよ少年。いんちきだよ……』
「……そうかなぁ」
聖女さまにはちゃんと説明したよね?
これは魔法陣に
それ以外の魔物の攻撃は普通に通るんだから、当然、内側からの攻撃だって通るだろ。
「これで終わりじゃねぇぞ……」
フェンリル=ラグナが、吠えた。
「……えー。まだやるの……?」
「あと数体くらいは作れるんだよ! 来い、狼ども!」
奴のまわりに、さっきよりも小さな狼たちが現れる。
「ど、どうだ。これが『勇者の道』を進む者の力だ」
「色は薄くて、見るからに力がなさそうだけど」
「うるせぇ。お前らを殺して、その力を奪い取る。目的は変わってねぇよ。行け!」
フェンリル=ラグナの声に合わせて、狼たちが動き始める。
動きは遅いし、輪郭もふらついてる。
奴本人もふらふらになってる。だから、気づいてない。
自分が召喚した狼の群れに、いつのまにか──
きれいな金色の一頭が紛れ込んでることに。
『がるうううううううっ!』
金色の狼が、叫んだ。
言いたいことはなんとなくわかる。我慢できなくなったんだろうな。
「いいよ。やっちゃえ、リタ!」
「────なっ!?」
どごん
金色の狼──『完全獣化』したリタの突進を食らったフェンリル=ラグナが、吹っ飛んだ。
そのまま家の壁に激突して、動かなくなる。
フェンリル=ラグナをたおした!
「お疲れさま、リタ」
『……わぅん』
狼の姿のまま、リタが僕に鼻先をこすりつけてくる。
リタには『完全獣化』して、偵察に出てもらってた。狼の姿になってる間は、リタの感覚は鋭くなるし、移動速度も格段に上がる。おかげで、敵の動きは完璧に掌握できてた。
『…………ふふん。わぅ。くぅん』
リタの獣耳は倒れて、尻尾は恥ずかしそうに、ぴん、と立ってる。
僕は普通に背中をなでてるけど、今のリタってなにも着てないんだよな……。
「もうちょっとこうしてたいけど、時間がないか」
できればフェンリル=ラグナの尋問もしたかったんだけどな。
でも、もうすぐ、ヒュドラが来る。
そっちの対処法は考えてある。
セシルと相談して、聖女さまにも「それでいける」って保証してもらった。
最低でも、追っ払うくらいはできるはずだ。
「セシルとイリスとラフィリア、それと聖女さまは一緒にヒュドラ撃退に。アイネはこいつの記憶を消して……あと、リタの服を出してあげて。リタはアイネの護衛をお願い」
「「「「「『りょーかいっ!』」」」」」
ここからが、作戦の最終段階だ。
僕たちは西の城壁に向かって走り出す。
「ヒュドラ対策の主役はセシルだ。魔力はまだ、大丈夫か?」
「おまかせください、ナギさま」
セシルは銀色の杖『聖杖ノイエルート』を──
正確には『再構築』済みの──『真・聖杖ノイエルート』を握りしめた。
「わたしは、どんな相手からでも、ナギさまをお守りできるようになりたいんです。ヒュドラなんて、ちょうどいい練習相手です。『海竜の勇者』にして『天竜の代行者』のナギさまの奴隷の力を、ここでお見せします!」
「あくまでもこっそりね」
「はい! わたしのすべてをお見せするのは、ナギさまだけです!」
そうして僕たちはヒュドラ退治に向かったのだった。
あくまでも、『再構築』した『真・聖杖ノイエルート』の実験のついでに。
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