第112話「真実を引っぱり出すために、聖女と大地の力を借りてみた」

 雨は弱まりはじめていた。


 ギルドの建物の前に集められた冒険者たちにとっては、どうってこともない小雨だ。


 彼らはそれぞれの武器を手に、冒険者ギルドの入り口に立つ少女を見ていた。


 少女は子爵家令嬢エデングル=ハイムリッヒ。


 彼女を守るように並んでいるのは町一番のパーティ『暁の猟犬』だ。


 雨のせいだろうか。彼らは一様に青い顔をしていた。


 今にも走りだそうとしているかのように、小刻みに足踏みをしている。


 それに、ギルドに馬がつないであるのは、どうしてだろうか……?


「わ、われわれ『暁の猟犬』は、エデングルさまの代理として、冒険者すべてに告げる!」


『暁の猟犬』のリーダーの女性が、前に進み出た。


「『砦攻略クエスト』で討伐するはずだった魔物が、今、町に向かってきている!」


 声は雨をつらぬいて、響き渡った。


「賢明なる諸君にはおわかりだと思うが、あの『天竜の代行者』なるものの情報はいつわりだったのだ! 砦には凶悪な魔物がいた! それがこの町をほろぼそうとしているのだ!」


『暁の猟犬』のリーダーは叫び続ける。


「あの『天竜の代行者』の騒ぎさえなければ、とっくに砦は攻略されているはずだったのだー! なんということであろーかー! だがー、われわれはせきにんをとらなければいけないー!」


 声が、だんだん張りのないものになっていく。


「さー、たちあがれぼうけんしゃよ。ぶきをとり、このまちをまもるのだー」


『暁の猟犬』の言葉は終わった。


 冒険者たちはしばらく、口を開かなかった。


 町一番のパーティの言葉に気圧されたように、静まりかえり、そして──





「「「いいかげんにしろおおおおおっ!!」」」





 一斉に、拳をつきあげて、叫んだ。


「なにが偽りだ! 『天竜の代行者』の方が、どう考えても話の筋が通ってるだろうが!」


「魔物が近づいてるなら、せめて名前くらい言え!」


「敵の情報もないのに命が張れるか!」


「だいたい、なんであんな離れた砦から魔物が来るんだよ!」


「あんたたちがなにかしたんじゃないの!?」


 冒険者たちは武器を振り上げながら『暁の猟犬』に食ってかかる。




「じゃあ、このまま魔物を放っておく? 理解できないんだけど」




 子爵家令嬢エデングルが、彼らを見ながらぽつり、とつぶやいた。


「説明はあとでするんだけど。今は、責任をとやかく言ってる場合じゃないんだけど。細かいことは、町を守ってからでもいいと思うんだけど!? こっちは親切で情報を持ってきたんだけど!?」


「偵察によると、魔物が町に到達するまで、あと2時間弱です。撃退するには、みなさんの力が必要なのです。冒険者なら迷っている暇などないはず!!」


 子爵家令嬢のセリフに冒険者がひるんだ隙を『暁の猟犬』の女性は逃さなかった。


 たたみかけるように状況を説明する。


 敵の正確な姿はわからない。偵察兵が夕方に見ただけだから。ただ、巨大だということはわかる。


 倒せなくてもいい。目的は町を守ることだ。追い払えばいい。


「責任問題はについては後でお話します。今は、力を合わせて町を守ってください」


『暁の猟犬』は、そう言って話をしめくくった。


 冒険者たちは考えはじめる。


 今の話が、どこまで本当かはわからない。


 けれど、町の住人たちがこちらをうかがっている。自分たちに注目している。ここで逃げたら、冒険者としては赤っ恥だ。二度と仕事を依頼してもらえなくなるだろう。


 それに、責任問題についてはあとで話す、と『暁の猟犬』は言った。彼らは子爵家の代理人だ。


 成果を上げれば、正規兵にするという話も本決まりになるかもしれない。


「……わかった。今はあんたたちに従おう」


 冒険者の一人が言うと、まわりの者たちも一斉にうなずいた。


「お願いします。魔物は西方から近づいています。町の門を出て迎え撃ちましょう! 『暁の猟犬』は準備ができしだい、前線に立ちます! 先に門の前に集合していてください!」


 指示を出して、子爵家令嬢と『暁の猟犬』が馬に乗ろうとした──とき、





『嘘をつくな。おろかなる貴族と、その下僕どもよ!』





 保養地の中央通りに、巨大な人影が浮かび上がっていた。




「────聖女──デリリラ!?」




 叫んだのは、子爵家令嬢エデングルか『暁の猟犬』か、それとも伝説に詳しい冒険者だっただろうか。


 薄紫の髪をなびかせ、純白のローブをまとった聖女が、彼らを見つめていた。




『子爵家令嬢エデングル=ハイムリッヒ、そして冒険者パーティ「暁の猟犬」よ。

 嘘をつくな。

 お前たちは聖女の迷宮に挑戦し、失敗した。

 そして他の者が、我が迷宮を見つけられないように、入り口を魔法でふさいだのではないか!』




 聖女は怒りに満ちた目で、両腕を広げた。


 白い身体に、深紅の稲妻が走った。


 まるで彼女の怒りそのものであるかのように。




『その行いが、岩山の主であるヒュドラを怒らせた!

 ヒュドラがこの町に向かっているのは、お前たちがここに逃げ込んだからだ。

 冒険者に守って欲しいのであれば、真実を語れ!

 この期におよんで偽るな!

 すべてを隠して、自分たちだけ逃げられるとでも思ったか!

 なめんな! 冒険者なめんな! デリリラさんをなめんな──っ!!』




 聖女デリリラは語り続ける。


 エデングル=ハイムリッヒと『暁の猟犬』たちが聖女の遺跡を探していたこと。


 迷宮を攻略しようとして、失敗したこと。


 魔法で迷宮の入り口を塞ごうとして、ヒュドラを呼び寄せたこと。仲間を見捨てて、逃げたこと。馬でいちもくさんにこの町に逃げこんだこと。そのせいで、ヒュドラが町に近づいていること。


 まるで見てきたかのように、細かく、ひとつひとつ。


 聖女が言葉を口にするたびに、子爵家令嬢エデングルと『暁の猟犬』の冒険者たちの顔色が真っ白になっていく。身体が小刻みに震え出す。恐怖からか、聖女の言葉を否定することもできない。




「ヒュドラ……岩山の主を怒らせた!?」


 冒険者たちが、叫びはじめる。


「町に近づいているのはそいつか!? なんでことを!」


「というか聖女さまの迷宮がこの近くにあったの?」


「聖女さま、怒るとこんな口調になるの!?」


 冒険者たちも、『暁の猟犬』たちも、宙に浮かぶ聖女の姿を見つめていた。




「なにを言ってるのか…………わからないんだけど?」




 視線を逸らしたのは、子爵家令嬢エデングルだけだった。




「でたらめ。ぜんぶでたらめ。私は知らない。帰る」


「エ、エデングルさま。聖女……迷宮の、あるじ……が。すべて、知られて……」


「知らないと言ったら知らない! 相手してられない! 私、急いでるんだけど!!」





─────────────────────────





「やっぱり素直には認めないか」


 僕たちは路地から、ギルド前のようすを伺っていた。


 子爵家令嬢エデングルは、髪を振り乱して叫んでる。


 このままだと平行線だな。しょうがない。作戦を続けよう。


 僕はイリスにメッセージを送ることにした。




『送信者:ナギ


 受信者:イリス


 本文:「幻想空間」でエフェクトを追加。聖女さまの幻影のまわりに、雷を落として』




『送信者:イリス


 受信者:おにいちゃ


 本文:わかりました! 聖女さまも合わせてポーズを取りましょう!』




 路上に浮かぶ幻影の聖女さまのまわりに、深紅の雷が落ちた。


 子爵家令嬢と冒険者たちが、一斉に耳を押さえる。


 みんな、僕たちに背中を向けて、聖女さまの幻影を見つめてる。


 ちなみに、叫んでるのは聖女さま自身だ。彼女の声を、イリスの『幻想空間』で響かせてる。


 イリスも僕たちのように路地に隠れて、こっそり幻影を操ってるはずだ。




 この作戦をはじめたとき、僕たちはパーティを3つに分けた。


 イリス、アイネ、ラフィリア、そして聖女さま(ゴーレム)。


 僕とセシル、レギィ。


 そして遊撃部隊として、リタ。


 イリスたちは聖女さまの幻影に、みんなの注目を集めるのが役目だ。


 僕たちはその間に、ギルドから少し離れた路地に隠れてる。


 正体がばれないように、全員黒いフードを被ってる。いつのまにか『天竜の代行者』やるときのコスチュームみたいになってるな。これ。


「時間がない。そろそろ作戦の第二段階に移行しよう」


「はい。ナギさま」


 僕の隣で、セシルが聖杖ノイエルートを握りしめた。


 貴族と『暁の猟犬』がなにをしようとしてるのか、予想はついてる。


 だけど、それはあいつらの口から言わせなきゃ意味がない。


「セシルにあげたのはそのための魔法だ。頼むよ」


「わかりました。使わせていただきます」


 セシルは胸を押さえて、ゆっくりと深呼吸。


 今回の作戦のために、僕はセシルとラフィリアを『高速再構築』した。


 ラフィリアに『高速再構築』したのは二度目だから、すぐに『再調整』したけど、セシルとはまだ繋がってる。さすがに2人を『再調整』する時間はなかった。


『再構築』に使ったスキルは『真実告白』『魔物召喚』『匍匐防御』──『聖杖ノイエルート』の概念。


 そして完成した魔法は──




「ナギさまが作ってくださった魔法、ご覧に入れます! 発動『真実のくちLV1』!!」




 セシルは地面に『聖杖ノイエルート』を突き立てた。


 濡れた土に、漆黒の亀裂が生まれる。


 それは蛇のように地面を走り、僕たちに背中を向けている子爵家令嬢エデングルの足元で、輪を描く。




『お前たちは冒険者をあざむき、ヒュドラへのいけにえにするつもりか。真実を語れ! 貴族よ!』




 同時に、聖女さまの幻影が、地面を殴りつけた。




 そして、子爵家令嬢エデングルの足下の地面が、ずん、と、盛り上がった。




「──なにこれ!?」


 エデングルが悲鳴をあげた。





 この魔法は、聖女さまの『真実告白LV1』の再構築版だ。


『魔法陣』の文字を、ロックリザードの『匍匐防御』にあった『地面』と入れ替えてある。





『真実のくち LV1』



『地面』で『嘘』を『封じる』魔法


 対象を石と土で作った山の上に幽閉する。


 相手が嘘をつく限り、その山はどんどん高くなり、檻となって相手を閉じ込める。


 そして、最後には──




『子爵家令嬢エデングル=ハイムリッヒよ! お前は冒険者をおとりにして、ヒュドラから逃げるつもりであろう!』


「ちがうんだけど! ヒュドラのことなんかしらないんだけど!!」


 ずん、ずずん!


 地面が再び、盛り上がった。


 高さはすでに数メートル。子爵家令嬢エデングルを、手の届かない高みへと押し上げる。


 さらに彼女を取り囲むように、牙のようなトゲが発生する。


 石でできた檻だ。ちょっとやそっとじゃ破壊できない。


『これがわが力である。聖女デリリラが患者を診るとき、真実のみを語らせていたことは知っているだろう?』


 聖女さまの言葉に、冒険者たちがざわつく。


 まったく無名の僕たちが「この魔法は真実を語らせるものですー。これを喰らったエデングル=ハイムリッヒが言った言葉だから真実です。はい、こいつは悪い奴」って言っても、信じてもらえるとは限らない。


 だから『真実を語らせる魔法を使っていた』聖女さまの伝説を利用する。


 そうすればエデングル=ハイムリッヒがこれから口にすることが真実だって、みんなにもわかるはずだ。


『お前が真実を告げれば、この魔法は消滅する』


 雷をまとった聖女さまの幻影が、叫んだ。


『真実を語れ。正しい情報がなければ、人は戦うことも働くこともできぬ!

 それとも、お前は自分の目的のために、冒険者に「宿屋待機」を強制していたのか? 彼らを正式に雇うつもりなどなかったのか!? その場その場で、便利な道具として利用しようとしているだけなのか!?』


「しらないし、ちがうし! なんでこんなめにあってるかわからないんだけど!」


 ずん! ずずん!


 土と岩が盛り上がり、さらにエデングルを無数のトゲが取り囲む。


「エデングルさま!?」


『動くな、貴族の下僕よ!』


 聖女さま(幻影)に一喝されて、エデングルに近づこうとした『暁の猟犬』の動きが止まる。


『真実を告げるのはお前でも構わない。すべてを告げよ──』


「わ、わたしたちは……」


「余計なこと言わなくていい! 黙ってて欲しいんだけど!!」


 ぱきん


 岩山の中央に、亀裂が走った。


 まるで、竜が真上に口を開いたように。


 彼女の身体が、そこに飲み込まれていく──


「あ、あ、あ、あああああああああああああああっ!!」


 これが『真実の口』の効果だ。


 嘘をつくたびに、高く持ち上げ、最後に岩山に開いた亀裂が、相手を飲み込んでいく。


 でも、あの貴族が嘘さえつかなければ、岩山は消える。それだけの魔法だ。



「わたしは──わるくない──きぞくだもん────やくめをはたした──だけ!」



 岩山に下半身を飲み込まれたエデングル=ハイムリッヒが、声をあげた。


「子爵家の使命は王子様に投資すること! 冒険者はそのための道具! 砦に魔物がいれば倒して、それを王子様の成果にするし、そのあとは使い捨てるだけ。

 だって、砦にもう魔物はいないんだからしょうがないじゃない! 聖女の遺産を手に入れるくらいしかないじゃない! なんで私がこんな目にあわなきゃいけないの!?」


『それはお前が岩山で魔法を乱発したからであろうが! ヒュドラのいる山で! なぜそのような愚かなことをした!?』


「大丈夫かもしれないじゃない。ヒュドラ、出てこないかもしれないじゃない!!」


 岩の檻の隙間から必死に手を伸ばしながら、エデングル=ハイムリッヒはわめきつづける。


「それに、でてきても私はわるくない! この国は王と貴族のもの! それなのに、空気読まずに現れたヒュドラがいけないんじゃない!」


『だとしても、冒険者を捨て石にして自分だけ逃げるやつがいるかーっ!』


「そんなことしないけど!? 『暁の猟犬』が護衛としてついてくるに決まってるじゃない! ばかじゃないの!? 王子様はもう王都に戻った! ここにいるのは────私が借りた力、だけ!」


 がくん


 子爵家令嬢エデングルの腕から、力が抜けた。


 岩山がゆっくりと小さくなっていって、子爵家令嬢を解放する。


 彼女の身体には、傷ひとつない。


 本当のことを話せば『真実の口』は相手を解放する。これは相手に嘘をつけなくするための魔法だから。最後まで嘘をつき続けたりしなければ、命を奪ったりはしないんだ。


『町の衛兵に告げる。子爵家令嬢を拘束せよ』


 聖女様の幻影は言った。


『そして冒険者たちには、町を守るために動いて欲しい。

 剣士や盗賊は、町のひとたちを避難させるように。遠距離戦ができる者は、城壁の上に集まって、準備を。ただし、西の壁は空けておくように。ヒュドラの正面に立つのは危険であるとデリリラさんは思うんだよ!』


 地が出てますよ、聖女さま。


『ヒュドラ撃退のために戦ってくれる冒険者への報酬は、もちろん子爵家が出してくれるよね?』


 びくん、と、子爵家令嬢エデングルの身体が震えた。


『すべては君の欲が生み出したことだ。冒険者に命をかけさせるなら、それだけの対価を支払わなければいけない。君の罪をそそぐには、それしか方法はないだろう?』


「…………もう、わかったけど」


 がっくりを肩を落としたまま、子爵家令嬢エデングルは言った。


「払えばいいんでしょうが、払えば」


『では冒険者の代表と「契約」したまえ。今回のヒュドラ襲来の責任を取り、適切な報酬をちゃんと払うと』


「わかった! わかったから!」


 エデングルはもう、うずくまったまま動かない。


 まわりを囲む『暁の猟犬』も肩を落としてる。


 冒険者たちはもう、あいつらに見向きもしない。町のひとたちだって白い目で見てる。町に魔物を呼び込んだんだ。いくら貴族でも、それなりの責任は取らされるだろうな。




『それでは、冒険者たちよ、この町を守るために動いてほしい。このデリリラさんも力を貸そう!』


 聖女さまの宣言に応えるように、冒険者たちは一斉に武器をかかげた。



 



──────────────────────────────






『やーっと貴族にひとあわ吹かせることができたよーっ!』


 聖女さまのゴーレムは、羽根をばたばたさせてる。


『君たちと一緒に来てよかったよ。生きてるうちにやりたかったー、こういうの!』


 うれしそうだな。聖女さま。


 子爵家令嬢エデングルが冒険者と『契約』したあと、僕たちは急いで集合した。イリスたちの方は、大通りに幻影の雷を落として、注意を引いて、その隙に路地の奥へ。


『意識共有・改』で連絡を取りながら合流して、僕たちは人目につかない場所へ移動した。


 誘導してくれたのは、偵察に出てくれてるリタだった。


 彼女はまだ、どこかで町の様子をうかがってるはず。


「……まだ終わってないですよ、聖女さま」


 僕は言った。


 一番、警戒しなきゃいけない奴が、まだ現れていない。





『送信者:リタ


 受信者:ナギ


 本文:現れました、ご主人様!』




 ──そう思ったとき、リタからメッセージが入った。





『狼の使い魔を従えた、黒髪の少年が現れたわ。今、ギルドの方に向かってる。注意して!』






 黒髪の少年。狼使い。


 僕の予想通りなら──来訪者──『チートスキル』の持ち主のおでましだ。




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