第178話「うきうきイリスを正気にしてから、ゆっくりじっくり強化してみた」

「……お兄ちゃん。イリスは……イリスは……」


 馬乗りになったイリスが、僕の顔を見下ろしてる。


 いつもの彼女とは違う。大きく見開いた目は、ぎらぎらと輝いてる。鼻息も荒いし、呼吸も速い。


 なにより、いつものイリスなら、僕の部屋に忍び込んだりしない。


「イリス、どうやってここに?」


「シロさまにお願いいたしました」


 横を見ると、ベッドの側にある椅子に『りとごん』が置いてある。


 なるほど。イリスはシロのスキル『れびてーしょん』を使って、窓から入ってきたのか。


 そういえば窓の鍵はかけてなかったっけ。


「イリス、聞いてもいい?」


「はぁい。お兄ちゃんに隠しごとなんか、なんにもございませんよ?」


 イリスはふわふわした表情のまま、首をかしげた。


「イリスはお兄ちゃんを愛しております。それをわかっていただくために、イリスは母さまの形見のドレスを着て、お部屋に忍んできたのです。すべての不安はもう、ありません。イリスはなにものも恐れず、お兄ちゃんとひとつになりましょう……」


「こら、イリス。安心刀『心安丸こころやすまる』、何回使った?」


「4回……いえ、5回でしょうか……」


 やっぱりかー。


 あのアイテムを『再構築』したとき、直感だけど、使いすぎはまずいような気がしたんだよな。だからイリスに預けたとき『用法・用量を守るように』って言ったんだけど、説明不足だったか。


 もっと詳しく、使用上の注意について説明するべきだったな……。


「あのね、イリス」


「なんでしょう。愛しいお兄ちゃん」


「イリスは今、躁状態そうじょうたい──というか、ハイになってるんだと思う」


「そうじょうたい?」


「わかりやすく言うと、よっぱらった状態みたいなものかな?」


「イリス、お酒は飲んでおりませんよぉ?」


 不思議そうな顔で、じーっと僕の顔をのぞき込むイリス。


「おかしなことをおっしゃるお兄ちゃんです」


「つまりね。『安心刀 心安丸こころやすまる』で、すべての不安が吹っ飛んだ状態になっちゃってるんだ。だから、心の制御が効かなくなってる」


「それになんの問題があるのでしょう?」


「あるだろ。イリスが正気に戻ったときに」


 イリス、まじめだからなぁ。


 理性が吹っ飛んだ状態で僕に迫って……それに僕が応えてしまったら、あとで頭抱えてごろごろ転がっちゃうような気がする。それだけならいいけど、トラウマにでもなったら大変だ。


「こういうことは、イリスが正気のときにしようよ」


「ふふふ……でも、イリスはもう止まりません」


 イリスはそう言って、ドレスの胸に手を当てた。


「今、ここで、イリスは、お兄ちゃんと深く深く繋がりたいと感じております。多少、無理をしても構いません。迷いも後悔も、絶対にございません!」


「正気に戻ったあとでも?」


「もちろんでしょう!」


「じゃあ、正気に戻すよ?」


「どんとこーいです、お兄ちゃん!!」


 イリスが自信満々でうなずいたから、僕は彼女の身体を引き寄せた。


 ちっちゃな頭を自分の胸に押しつけて、スキルを発動する。




「発動! 『救心抱擁ハートヒーリング・ハグLV1』!!」


「はぅっ!!」




 イリスの身体が、びくん、と震えた。


 まるで電気が走ったみたいに、イリスは大きく目を見開く。


救心抱擁ハートヒーリング・ハグ』は対象者の睡眠・麻痺・混乱を解除することができる。


 イリスの『安心刀の過剰摂取』も混乱のうちだから効くはずだけど……どうなる。



「……おにいちゃん……?」



 イリスは何度もまばたきをしてから、僕を見た。


 それから、自分が着ている純白のドレスを、眺めて。


 開いたままの窓と、椅子におとなしく座っている『りとごん』──シロに視線を向けて。


 これまで、自分がなにをしてきたのか思い出すように、上を見て。


 そして──




「ふええええぇぇぇぇぇぇぇぇん! イ、イリスはなんてことをおおおおおおおお!?」




 ほっぺたを押さえて、絶叫した。


「こ、こともあろうにお兄ちゃんの寝所に忍び込むなんて! しかも、母さまの形見のドレスを着て……領主家のものに……あんなことをおおおおおを!?」


あんなこと・・・・・?」


「愛しい方との『魂約蜜月スピリット・ハネムーン』のために出かけます。戻ったときイリスは『愛で染められた竜の娘アニム・ドラグーン』となっているでしょう……と」


「それは……」


「『安心刀』を使いすぎたあと……師匠の『ポエムノート』を読んだのが間違いでした……」


 ラフィリアのポエムノートか……。


 それはまずいな。たぶん、僕が読んでも確実に精神汚染されるやつだ。


「……お兄ちゃん。ごめんなさい」


「いや、僕も説明不足だったからね。しょうがないよ」


『安心刀』を使いすぎると理性が吹っ飛ぶことまでは予想してなかった。


 というか……あの刀、精神汚染兵器に使えるんじゃないか?


 敵に4回当てると、相手を『精神的に』無敵状態にすることができる。


 相手は一切の不安を捨ててかかってくるだろうから、防御や、細かいスキルなんか使わなくなる。カウンターを喰らわすこともできるし、大魔法を直撃させることもできる。


 上手く使えば同士討ちや、貴族への反乱を起こさせることだって可能だ。


 ……やばい。


 僕はおそるべきアイテムを、この世に出現させてしまったのかもしれない。


「とにかく、『安心刀』の危険性がわかったのはイリスのおかげだからね。今回のことは気にしなくていい。それで、どうする?」


「……どうする、とは?」


「『安心刀』、持って来てるだろ?」


「……はい」


 イリスはドレスの帯の挟んでいた『安心刀 心安丸こころやすまる』を取り出した。


 僕はそれを受け取り、イリスに示す。


「僕はこのチートアイテムを安定化させなきゃいけない。それと、手元には『概念』も余ってる。イリスが望むなら、その過程で『魂約エンゲージ』を成立させることもできるよ?」


「……よいのですか?」


「言っただろ。イリスが正気の時にするなら構わないって」


 今回の『次期領主ロイエルド新人研修事件』のようなこともある。


 パーティを分散して動くことが多くなった今だから、イリスを更に強化しておきたい。


 それに……『魂約エンゲージ』すれば、『安心刀』を使わずに、イリスの不安をゆるめることができるからね。


「これも『勇者対策』のひとつだ。イリスと『魂約』して、さらにスキルも強化して、誰もイリスを拘束できないようにする。いいかな?」


「いいですけど……ひとつ間違っていらっしゃいますよ、お兄ちゃん」


 イリスはそう言って、僕の頬に手を当てた。


「イリスはすでに『愛の鎖』でお兄ちゃんにつながれております。この心地よい拘束は、イリス自身にも、解くことができないものでしょう。それだけは……覚えておいてくださいね」


 イリスはそう言って、僕の手を握ったのだった。








「よいしょ、と」


「……んっ」


 僕はいつものように、背後からイリスを抱きかかえた。


 小さな身体は、僕の腕の中にすっぽりと収まる。


 イリスには『安心刀 心安丸』を握っておいてもらって、と。


「チートアイテムの状態を確認」


 僕は『安心刀』のステータスを呼び出す。





『安心刀 心安丸こころやすまる



『振るたび』に『心配事』が

             『小さくなる』刀






 ほとんど不安定化してない。


 これならスキルの『再構築』と一緒に、『再調整』しても大丈夫だ。


「イリス」


「はい、お兄ちゃん」


「今回は、イリスの『竜種共感』を『再構築』しようと思う」


 イリスの『竜の血』に関わるから、今まで手をつけてこなかった。


 けど、今は僕の手の中に概念『目覚める』がある。これなら、本来の能力を変化させずに、新たな効果を付け加えることができるはずだ。


「これを使って、なにがあってもイリスが生き残れるように、超絶強化してみたいんだ。いいかな?」


「むろんです。お兄ちゃん」


 イリスは肩越しに僕の方を見て、ガッツポーズ。


懸案けんあんの『魔竜のダンジョン』を1秒で攻略できるように、イリスを『ちょうぜつきょうか』してくださいませ!」


「1秒はさすがに無理だけど……うん、わかった」


 僕は『能力再構築』のウィンドウに、イリスの『竜種共感』を呼び出す。




竜種共感りゅうしゅきょうかんLV4』


『竜』と『意識』を『響き合わせる』スキル




 まずは、スキルをほぐすところからだ。


 僕は『竜種共感』に指を当てた。ゆっくり、力を入れずに、概念に触れていく。


「……ふわ」


 イリスが小さなため息をついた。


 竜関係のスキルは、イリスの血に関わるものだから、慎重に行こう。


「……だいじょぶ……です……お兄ちゃん」


 小さなの肩が、ぴくん、と震えた。


 イリスは力を抜いて、身体を全部、僕に預けてくれてる。


「……イリスは、きょうは……おにいちゃを……ぜんぶうけいれるかくご……ですので……」


「わかってる。でも『超絶強化』だからね、ゆっくり時間をかけてやりたいんだ」


「……ふぁい」


 イリスは、とろん、とした目で、僕を見た。


「でも、ですね……おにいちゃん」


「うん」


「あんまり時間をかけると……しあわせすぎて……イリスは……このまま……溶けてしまうかもしれませんよ?」


「いいよ。そしたら、ちゃんと『再調整』して直してあげるから」


「……イリスは、なにを不安がっていたのでしょうね……」


 イリスは、自分の身体に触れている僕の手を、ゆっくりとさすった。


「お兄ちゃんとこうしているだけで、すべての不安が……溶けていくというのに……」


 そうして覚悟を決めたように目を閉じたから──


 僕は、ゆっくりと時間をかけて、イリスの『4概念チートスキルの構築』と『安心刀』の調整……そして『魂約』を進めることにしたのだった。






 ──2時間後──




「……おにぃ……ちゃ……ん」


 僕の手を、ぎゅ、と握りしめて、イリスは言った。


「…………イリス……もぅ……とけて……ます……か?」


「大丈夫。ちゃんとここにいるよ」


「…………ふしぎ……ですぅ。イリス……おにいちゃの……まりょくのなか……とけてる……みたい。おちついて…………やすらいで……ふわふわして……イリスは…………っ」


 イリスは僕の手を握りしめて、身体を震わせた。


 そしてまた「はふぅ」と、熱っぽいため息をついて、脱力する。


 僕はイリスの額に手を当てて、汗で貼り付いた緑色の髪をなでた。


 身体はもう汗びっしょりで、お母さんのドレスも、半分以上はだけてる。


 イリスの『竜種共感』は、思った以上にてごわかった。


『概念』を動かすまでに1時間以上かかった。やっぱり、特殊なスキルだから『再構築』には時間がかかる。場所も関係しているのかもしれない。たとえば『海竜の聖地』だったら、もっと簡単だったのかも。あそこには海竜の魔力が満ちているし、竜にとっても、海はなじみの深い場所だから。


「……おにいちゃ、ごえんりょ、いらないです」


 口を半開きにしながら、イリスは小さな声でつぶやいた。


「イリスは……へいき…………おにいちゃとこうしてるだけで……しあわせ。……おにいちゃと魂がつながるって思っただけで……心もからだも……しあわせになっちゃ……んっ。から……」


「うん。イリス」


 僕はまた、イリスの頭をなでた。


 イリスは完全に、僕に身体を預けてる。背中と胸が汗でくっついて、まるで僕たちが、ひとつの生き物になったみたいだ。僕にはイリスの状態がわかるし、イリスも自分が、どれくらい僕とつながってるのか、たぶん、わかってる。


「もうすぐ、イリスのスキルの『再構築』は終わるよ。準備して」


「ふぁい……もう『魂約エンゲージ』の……ちかいは……言いました……から」


 時間はかかったけど、それだけの価値はあった。


 イリスはかつて自分を襲った『神命騎士団』も『ハイスペックスリ軍団』も敵わないくらいの力を手に入れられるはずだ。


「いくよ。イリス」


「はい……おにいちゃ……して……ください」


 僕は『能力再構築』のウィンドウで、イリスの状態を再確認。


 彼女の全身には、僕の魔力が行き渡ってる。スキルの『概念』の入れ替えも終わってる。『安心刀』も安定させた。あとは『再構築』と『再調整』を実行するだけだ。


 ……本当に、大丈夫かな。


『竜の血』に関わるものだからね。念には念を入れて、安定してるか確認しないと。


「……んっ」


 ひとつ目の概念はOK。ふたつ目も、安定してる。


 次は──


「……や、あ。ちょ、おにいちゃ……おにいちゃ……おにいちゃ…………」


 4つの『概念』は確認した。大丈夫だ。


 あとはイリスが僕の、魔力でたぷたぷになってるかどうか、と。


 一応、魔力をもう少し注いでおこう。


「…………おにい、ちゃ」


「うん。イリス」


「…………さっきの、ちかいのことば……いらなかったような気がいたします……」


「いやいや。あれは『魂約エンゲージ』には必要なことだから」


「…………イリスがおにいちゃのものになってるのは……もう、わかりきってることでしょう……?」


 イリスはそう言って、自分の首輪を指さした。


 次に胸を、続いて、お腹を。足先まで、つーっと。


 まるで自分のすべてをスキャンするみたいに、イリスは指を動かしていく。


「ちかいのことばは、もしかして、不要なのかもしれません。だって……イリスはずっと……言葉にしないで……心の中でちかっております……イリスと……おにいちゃは、ひとつ。みんな……どれいなかまは……ひとつ……って」


 そう言ってイリスは、僕の唇に指先で触れた。


 僕の返事も不要──そう言ってるみたいに。


 そして、僕は『能力再構築』の仕上げにかかる。


 イリスのスキルは、すでに『4概念チートスキル』に組み替え済みだ。

 



『竜』と『意識』を『響かせる』『目覚める』スキル





 僕はウィンドウに表示された『実行』の文字に指を当てた。


 イリスはもう片方の手を、じっと、自分の胸に押し当ててる。


 互いの鼓動と、呼吸が伝わってくる。


 イリスがうなずくのにタイミングを合わせて、僕はウィンドウの文字を押した。




「『4概念チートスキル』の作成と『安心刀 心安丸』の再調整を行う。

 実行! 『能力再構築スキル・ストラクチャー』!!」


「──────っ!」


『能力再構築』を実行すると同時に、イリスの小さな身体が、びくん、と跳ねた。


 それでもイリスは呼吸を整えて、僕と同じ言葉を唱和する。




「「『魂の結び目の約束を』──『魂約エンゲージ』!!」」




 光が、あふれた。


 イリスのドレスの胸から、魔力でできた輪が生まれ、その中から、小さなイリスが現れる。



『しゅくめいにとらわれていたたましいをすくいだしてくれたひと。

 ささえあうひと』



 小さなイリス──イリスの魂は言った。



『「けいやく」よりもふかいえにしを、あなたに』



 イリスの魂には、竜のような角が生えていた。


 首筋と腕には、水晶のような鱗がある。


 とても……きれいだった。



『「うなばらのりゅうのむすめ」を、おねがいします』



『りゅうは、このせかいのかなめ』



『りゅうがひとをあいするのは、うつくしいこと』



『ひとと、りゅうが、そのおもいをわすれないように。せかいが、やさしくありますように』



 そうして魂のイリスは、髪を僕の薬指に巻き付けてから、消えた。


魂約エンゲージ』成立だ。





 僕はイリスのステータスを表示した。


『再構築した』イリスの『4概念チートスキル』は──




竜種覚醒共感ドラゴニック・ブレイブ・シンパシーLV1』



『竜』と『意識』を『響かせ』『目覚める』スキル



 竜と、意識を通じ合わせるスキル。


『4概念チートスキル』になったことにより、共感できる距離が長くなっている。

(その範囲は、旧『竜種共感』の倍 (LV8) 程度)


 また、近くにいる竜とふれあうか、会話した後は、イリス=ハフェウメアは竜の力を使うことができる。その効果は一定時間継続する。


 効果:竜の鱗による防御力。竜の血による筋力強化。魔法抵抗力の上昇。水中生活。





「…………すごいな」


 発動すると攻撃力と防御力が強化。その上、水中生活……って、危なくなったら海に飛び込めばいいってことだよな。イリスは水泳スキルを持ってるから、どこまでも泳いで逃げられる。筋力強化と鱗による防御力もあるから、水中のイリスを捕らえることは、たぶん、魔物にだって無理だ。


 リスクは、発動条件が難しいこと。竜と触れ合うか、会話しなきゃいけないこと……か。


 …………って、あれ?


 もしかして、これ『天竜シロの腕輪』を着けてれば、いつでも発動できるんじゃ……?



 


 それはさておき。


 もうひとつ、イリスには『魂約エンゲージ』スキルが増えてる。


 こっちは武器やスキル、魔法を強化エンチャントするものみたいだ。




竜の祝福ドラゴニック・ブレス



『竜の血』の加護により、武器、スキル、魔法に『物理強化』を与える。


 対象は1回につき1個のみ。


 違う対象を『強化』した瞬間に、前の『強化』は消滅する。




 最後に、僕の方もスキルがひとつ増えてた。


 これは……対象のスキルを分析するものだ。




能力接触分析スキル・アナライザー


 自分が受けたスキルや魔法を『分析』することができる。


 対象の効果と概念を知ることができる。


 ただし、自分の身体か、自分の身体の延長となるもの(武器や防具など)で接触しなければいけないので、とても危険。無理しないこと。




『柔水剣術』と相性がすごくいいな。剣術スキル全般なら受け流して分析できるから。


 あとは……『身体の延長』っていうルールには、付け込む隙がありそうだ。


 これは落ち着いたら研究してみよう。



「……お兄ちゃん……えへへ」


「気がついた? イリス」


「……イリス……おふろ、入りたいです……」



 イリスはそう言って、毛布を手に取った。


 それを頭の上から被って、なぜか僕に背中を向ける。



「さ、さすがに2時間の長丁場は……その、イリスも……色々、汗とか、かいてしまいまして……この姿をお兄ちゃんにお見せするのは恥ずかしいかと……」


「お風呂はちょっと時間がかかるな。お湯ならすぐにわかせるから、先にそれで身体を拭くのは?」


「は、はい。それでお願いいたします」


「わかった。すぐに準備するよ」


 僕はイリスを残して、部屋を出た。


 キッチンに行くと……あれ? かまどの上にヤカンが置いてある。


 お風呂場に行くと……普通に、沸いてた。まるでタイミングを測ったみたいに。


 ……あれれ?


 よく見ると、玄関にはラフィリアのコートが掛けてある。


 領主家からこっちに来るとき、姿を隠すために着ているものだ。


 この情報から分析すると……


「ラフィリアが家に来て、イリスの様子を伝えてくれた。それを聞いた察しのいいお姉ちゃんとセシルが、お風呂の準備をしてくれた……かな?」




 がたがたがったんっ!



 アイネの部屋のドアから、なにかがぶつかるような音がした。


 3人とも、僕が部屋を出てくる気配をうかがってたな。たぶん。


「ありがと。みんな」


「「「………………」」」


 僕はアイネの部屋をノックした。


 返事はなかったけど、通じたと思う。






「イリス、お風呂の準備はできてるよ。すぐに入れる」


「ありがとうございます。お兄ちゃん」


 部屋に戻ると、イリスは身支度を調えて、待っていた。


 ドレスはしわだらけになっちゃってたけど、きちんと帯をとめて、リボンを結んで。


 イリスは『りとごん』を抱きしめて、まじめな顔で僕を見ていた。


「それと、ひとつお願いがあるのです。明日の朝、イリスと……セシルさまとアイネさま、師匠も一緒に、行って欲しいところがあります」


「行きたいところ?」


「『海竜の聖地』へ」


 イリスは立ち上がり、僕に向かって、領主家の正式なお辞儀をして──


「お兄ちゃんがくださった『竜種覚醒共感』に反応がありました。『海竜ケルカトル』が、イリスにお話があるそうです。重大なことかもしれません。できれば、皆さまもご一緒に──」


 緊張した声で、イリスは僕にそう告げたのだった。

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