第91話「奴隷の水着をべたぼめしたら、隣で誰かが聞いていた」
町の散策と買い物が終わるころには、日が暮れかけてた。
疲れたのか、アイネの顔は少し赤くなってた。
保養地の冒険者ギルドに寄って、市場で買い物をして、ついでに市場傾向を探って、水着を買いに行ったのは最後だった。予算を考えるとそんなに選択肢はなかったし、アイネも特にこだわりはないみたいで、水着選びはスムーズに終わった。
「アイネが水着を着たところを、見てみたかったけど」
「だめなの……それは……うん。今はだめ」
海沿いの道を並んであるきながら、アイネは荷物を抱きしめた。
「お姉ちゃんだから、後回しでいいの。アイネの水着は、みんなの後に……ね」
アイネは満足そうにうなずいた。いつもの、おだやかな笑顔で。
そして、僕たちが別荘に戻ると──
屋根裏部屋に『天竜の卵』用の祭壇ができてた。
「……趣味です」
「……仕事なんかじゃないもん」
「暇つぶしでしかありません」
「遊びなのですぅ」
いや、そんな言い訳しなくても。
祭壇を作ったのはセシル、リタ、イリス、ラフィリア。
イルガファ領主家の別荘は、石造りの2階建てで、廊下にハシゴをかけると、屋根裏部屋に上がれるようになっている。
もともとは、領主さんが外に出せない書類を隠していた場所だったんだけど、僕たちが来ることになったからか、今はからっぽ。高さは、人がぎりぎり立って歩けるくらい。壁には小さな窓がついている。
セシルたちはそこに『天竜の卵』を置くための祭壇を作った。
もちろん、そんな立派なものじゃなくて、『霧の谷』から回収してきた小さな宝箱の中に柔らかい布を敷いて、卵が転がらないようにしただけ。
あとは花瓶に、海の近くで摘んできた花を生けて、宝箱の前には『あなたを歓迎します』って書いた板が置いてある。
この世界で子どもが生まれたときに、最初にかける言葉らしいけど、天竜にも通じるのかな……?
「どうでしょうか……ナギさま」
僕と天井裏に上がってきたのは、セシル。
リタたちはそれぞれの部屋に戻っていった。これから水着の見せあいっこをするらしい。できれば僕が戻るまで続けてて欲しいところだけど──『天竜の卵』のことは、ミイラ飛竜のライジカに頼まれた仕事だからね。できることはしておかないと。
僕は祭壇のまわりをチェックしていく。
箱はしっかりしてる。蓋は軽くて、中から開けられるようになってる。
布の束はしっかりと『天竜の卵』が転がらないようにしている。
「そういえば天竜の子どもって、どれくらいのサイズなんだろうな?」
「人間くらいのサイズだって、ラフィリアさんは言ってました」
布の位置を調整しながら、セシルは教えてくれた。
「それから魔力をどんどん吸って大きくなるそうです。ですから、孵化したら自分で蓋を開けて、窓から外に飛んでいけるってお話です」
「そっか」
ぱふ、と、僕はセシルの頭に手を置いた。
「よくできてる。今は、これでいいと思うよ」
「……よかったです」
僕が髪を撫でると、セシルは安心したような息を吐いた。
『天竜の卵』が孵化するまでには、1年くらいかかるってミイラ飛竜は言っていた。
だから、一時的な置き場としては、これでいい。
窓はあとでカーテンをつけておこう。直射日光が入らないように。
別荘の管理は、この町の商人さんに頼んである。イルガファと関係が深い人らしいから、余計な詮索はしないはず。『契約』を交わしておくって手もある。
ここを数年単位で使わせてもらうことは、領主さまと交渉中。僕とイリスが海竜の勇者と巫女ってこともあるから、断れないはずだ。
そして、僕たちが『天竜の卵』を預かってるってことは誰にも知られてない。
できれば侵入者避けのトラップを仕掛けておきたいけど、それはもらった宝石を換金して、専用のスキルを作ってからだ。
僕たちは一週間はここにいるから、その間に問題点を洗い出して修正しよう。デバッグは大切だからね。
最終的には、床下に卵を隠すためのスペースを作るつもりでいる。誰にも気づかれず、かつ、孵化した天竜が簡単に地上に出てこられるように。
というわけで。
「じゃあ、孵化するまで、ここで大人しくしてて」
僕は布の上に『天竜の卵』を置いた。
純白の卵は、人肌くらいの温かさだった。
ギルドにいたときは、小さく鼓動していたけど、今は静かになってる。
僕はそれを両手で捧げ持って、セシルたちが作ってくれた『祭壇』の中央に置いた。
「それじゃ、ナギさまはみなさんのところに行ってあげてください」
セシルは細い指を伸ばして、『天竜の卵』の位置をチェック。祭壇から、屋根裏部屋の窓までの間に、邪魔なものがないかチェック。床に尖ったものがないかチェック。
魔族は天竜と縁が深いせいか、慎重になってるみたいだ。
「わたしはしばらくここで、『天竜の卵』さんを見てます」
「セシルは休んでていいよ。これは、僕がミイラ飛竜のライジカから受けた仕事だ」
でも、セシルは真面目だからなぁ。
無理にでもお休みをあげないと、細かい仕事を見つけては働こうとするから。今だって、普段着の奴隷服に着替えてはいるけど、ゾウキンで屋根裏の掃除をしてたみたいだし。
「セシルだって、みんなと水着の試着をしたいだろ?」
「…………そ、それは大丈夫です。ぬかりはありません!」
そう言ってセシルは、奴隷服の裾を握りしめた。
上目づかいで、僕を見て。唇をぐっと結んで。
それから目を閉じて、服を一気に持ち上げ、頭の上からすぽーんと抜いて──
「こ、こんなこともあろうかと、わたしは水着を試着済みです!」
褐色の肌と、白い布地が視界に飛び込んできた。
銀色の髪が、翼のように広がり、細い身体にからみつく。
セシルが着ていたのは──白ビキニだった。
正確には、白ビキニ風の異世界水着だった。
上は胸の周りに布を巻き付けるようになってる。いわゆるチューブトップってやつだ。下は脚の付け根ぎりぎりまで切り詰めたショートパンツ状のもの。布地は、前にアイネが買った「ちょうこうきゅうなゆあみぎ」に似てるけど、あれよりも厚そうだ。というか、厚くないと透けるよね。白だから。
勢いにまかせてすぽーん、と服を脱ぎ捨てたセシルは、恥ずかしそうに胸を押さえ──かけて、覚悟を決めたように、気をつけの姿勢になった。
「……あ、あの……ナギさま。どう、ですか……?」
言葉が出てこなかった。
うん……いい。すごくいい。
むちゃくちゃ似合ってる。
前から思ってたけど、セシルの褐色の肌には白がよく似合う。無垢な色が、セシルの可愛さを引き立ててる。それに銀色の髪が絡みついてるから、神秘的な雰囲気が普段よりも5割増しになってる。これはすごい。
「……やっぱり……似合いませんか? わたし、水着なんてはじめてですから…………?」
セシルは恥ずかしそうに顔を押さえてる。
でも、恥ずかしいのは僕の方だ。
まったく、どうかしてる。自分の想像力のなさに今頃気づくなんて。
元の世界では可愛いゲームキャラをデザインしてきたけど、目の前のセシルにはぜんぜん追いつけてない。認めよう。僕の想像力はまだまだだ。
それより重要なのは……水着を着たセシルを、外に出してもいいのかなってことだ。
アイネが試着してたときに立ち会ったのは女性だったからよかったけど、海水浴に行ったら男の人も彼女たちを目にすることになる。それってどうなんだろう。騒ぎにならないだろうか。
いっそ水着を着てる間は外出禁止で……いや、それじゃ意味がない。
この旅ではみんなで海水浴をするって決めてるんだから。
だったら……人気のない時間を選ぶべきか。セシルたちが、誰にも見られないように。
「…………ナ、ナギさま。なにかおっしゃってください……」
「『最高』以外のなにを言えと?」
「────っ!?」
「一言で言うなら『純白の衣をまとった妖精』──かな。
なるほど……『魔族』って名前の意味がわかった。セシルの一族は、こうやって人を魅了してきたのか……その魅力おそるべしって意味で『魔』の『一族』なのか。よーくわかった。その末裔のセシルには、すべての魅力が凝縮してるのか。正直、ここまでとは思わなかった」
「ナギさま……あの。ちょっと」
「万が一、元の世界に戻らなきゃいけなくなったら、セシルも連れていくつもりだったけど……考えなおなさいと駄目かな。この姿のセシルは破壊力が大きすぎる。外で水着姿になったら、局地的なパニックが起こるかもしれない。だけど、セシルに一生海水浴禁止にするわけにもいかないし……難問だな。どうすればいいんだろう……?」
「ナギさま……やだ。そんな……待って、待ってくださいっ!」
「この世界にスマホって持ち込めなかったんだよなぁ。服以外は身一つだったし。もったいない……本当にもったいない。スマホがあったらこの姿のセシルを撮って壁紙にして持ち歩けたのに……」
「…………ごめんなさいナギさまぁ……もう限界です。許してください……」
…………あれ?
いつの間にかセシルは、顔を押さえてうずくまってた。
開いた指の隙間で、真っ赤な目をうるうるさせて、恨めしそうに僕を見てる。
「…………ナギさま、いじわるです」
そう言ってセシルは、脱いだばかりの奴隷服を、ぎゅ、と抱きしめた。
「別に隠さなくてもいいのに」
「ナギさまが変なことおっしゃるから、恥ずかしくなっちゃったんです……」
「思ったことそのまま口に出してただけだけど」
「……もーっ。知りません。もーっ!」
ぷい、と、セシルは横を向いて、ほっぺたを膨らませた。
「わたし程度でそんなこと言っちゃってたら、みなさんの水着姿を見たらびっくりしちゃいますよ? ナギさま、覚悟しておいた方がいいです」
セシルは、尖った耳の先っぽまで真っ赤になってる。
じろじろ見過ぎたか。
これ以上恥ずかしがらせて、セシルが水着を嫌いになったら困るからね。奴隷たちに海水浴を楽しんでもらうためのお休みなのに、泳げなくなったら意味がない。
まだまだ僕も、ご主人様としての自覚が足りないな。
「……ナギさまってば……もー……」
セシルは抱きしめた奴隷服で、胸と顔を押さえてる。
「あんまりそういうことばかり言うと『天竜』さんが生まれたときに、いいつけますよ?」
「
「だ、だって、ナギさまはいつでも、わたしの世界を広げてくださるんです。わたしに家を与えてくださったり、海水浴に連れてきてくださったり。その幸せを『天竜』さんにも教えてあげたいんです。ナギさまと繋がることは、本当に幸せなことなんです、って」
そう言ってセシルは、喉を飾る首輪を撫でた。
「ナギさまと一緒だと、時間がどんどん過ぎていくみたいで……びっくりします。わたしが奴隷屋さんにいたのって、まだほんの少し前のことなんですよね……なんだか、思い出せないくらい昔のことのような気がします」
そういえばそうだった。
僕だって、ずっと長い間、みんなと旅してるような気になってるけど、実際はこっちの世界に来てから2ヶ月も経ってないんだよな。
王都を飛び出した頃には、こんな保養地の別荘でのんびりするなんて想像もできなかったよ。
秘密の屋根裏部屋にいるのは、僕とセシルだけ。
窓から夕陽が差し込んできて、部屋を赤く染めていく。
水着姿のセシルは、恥ずかしそうに膝をこすり合わせてる。それから、意を決したように服を床に置いて、僕を見た。
「わたしはずっと、世界って怖いところだって思ってました」
ちょっとだけ泣きそうな目をして、セシルは言った。
「こうしてナギさまや、リタさんたちと一緒に暮らして、旅をして……ナギさまと出会ってから、毎日が楽しいことであふれてます。たぶん、今、ナギさまのために死んでも後悔なんかしません」
「セシルを死なせたら僕が後悔するから、それは駄目」
「はい。だから、わたしは生きてナギさまのおそばにいますね」
そう言って、セシルは、笑った。
「自分が魔族の最後のひとりだってことも、もう、どうでもいいです。わたしは今、ナギさまのおそばで十分幸せですから。天竜さんにも教えてあげたいくらいです。世界は怖くないです。ナギさまがいるから、なにがあってもわたしは平気です──って」
『……ほんとう?』
「はい。本当です。わたしはナギさまのおかげで、世界がこわくなくなりました」
『……そとのせかい、こわくない……?』
「はい。わたしがこわいのは、ナギさまと離ればなれになることだけです──って、あれ?」
「セシル!」
僕はセシルの腕を引いた。
『天竜の卵』との間に割り込むみたいにして、細い身体を抱きしめる。
なんだこれ。
おかしい。『天竜の卵』が、鼓動しはじめてる。
どくん、どくん、って、揺れてる。
震えて、揺れて、僕でもわかるくらいの魔力があふれ出してる。
『こわくない?』
ちっちゃな子どもみたいな声が、聞こえる。
『ひどいこと、しない?』
『うまれても……だいじょうぶ?』
ぱり
卵に亀裂が入った。
中から、光があふれだす。視界が真っ白に染まっていく。
ずるり、と、なにかが出てくるような音がする。
……早すぎる。
『天竜の卵』は、前の天竜が死んだ土地から、魔力を吸収して孵化するはずだ。
それはミイラ飛竜のライジカにも確認した。ラフィリアの知識でもそうなってた。
だけど僕たちはまだ、ここに卵を置いたばかりだ。
そんなすぐに孵化するなんて…………そんなことになったら。
…………あれ? 別に困らないのかな……?
むしろ、楽でいい。
このまま生まれて飛んでいってくれれば、僕たちの仕事は完全終了だよね?
光が消えて、僕たちの目の前に、その生き物が姿を現した。
濡れた音を立てて、ゆっくりと起き上がる。
「……
最初の印象はそれだった。
真っ白。
顔も、首筋も、背中も。
手足も、ちっちゃな尻尾も。
孵化した天竜が、人間の子どもくらいのサイズって情報は正しかった。
あの小さな卵から、こんなサイズの生き物が生まれるのか──すごい。さすが異世界だ。僕の想像なんか、あっさりと超越していく。
生まれたばかりの天竜は、紫色の瞳で僕を見て──
「…………しろ? それ、なまえ?」
プラチナブロンドの髪を揺らして、たよりなさそうな顔で、ほほえんだ。
身を包む鱗も、翼もない。
あるのは耳の後ろにある、人差し指くらいの角だけ。
99%くらいは──ひとの姿をしてた。
翼のある町『シャルカ』で見た白い人の幻影を、そのまま幼女にした感じだった。
「…………ほんとだ。いたくない……こわくないよ?」
ちっちゃな人型天竜は、僕とセシルに向かって、手を伸ばした。
反射的にそれに触れると、彼女は、びく、って感じて手を引っ込めて、息を吸って、今度はしっかりと、僕の手を握った。
「ふれても…………へいき……やさしいかんじ」
真っ白な手。
丸みを帯びた、五本の指。
ひとの、子どものてのひらだった。
「ちょっと待った。君は本当に……天竜なのか?」
「シロは、シロだよ?」
そう言ってちっちゃな少女は、僕の手にほっぺたをこすりつけた。
「あなたが、そう呼んだから」
………………………………………………はい?
「みんなが、シロに『ごしゅじんさま好き好き』って想いを注いでくれたから……ここにいるひとたちはこわくないって思えたから……シロは生まれることにしたよ?」
ちょっと待って話が見えない。
想いを注いだって、誰が?
「……世界は怖くないって、シロに教えて」
シロと名乗った真っ白な少女、僕を見ながら──
「むりやりはたらかなくてもいいって、教えて?
先代天竜の魔力なんかいらないから……お願い……」
涙声で、そんなことを言ったのだった。
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