第92話「超越存在があいさつに来た。そしてそのまま戻って行った」

「さ、さきほどは取り乱しました。天竜の幼生体、シロだよ」


 さっきとはうってかわって大人びた口調で、シロは言った。


 なぜか僕の膝の上に横座りした状態で。


 あれから僕はセシルと一緒に、彼女を屋根裏部屋からおろして、服を着せた。


 敵意はなさそうだったから、とりあえずみんなに紹介することにした。


 僕たちがいるのは、別荘のリビング。


 セシル、リタ、イリス、ラフィリアはそれぞれの椅子に座り、興味しんしんで僕たちを見てた。


 アイネは、みんなにお茶を煎れてくれてる。


 いきなり知らない少女が現れたのに、まったく動じてない。元ギルドマスター見習いだけあって、こんなときでも冷静だ。試着中だったのか、水着姿だけど。


 でも、すごくよく似合ってる。オレンジを基調にしたワンピースタイプの水着だ。


 そっか、アイネはひらひらした飾りがついてるのが好きだったのか。いつもとはちょっと雰囲気違うけど、可愛くていいよね。


 ここでべた褒めしたら話が進まないから、お茶をもらうついでに「ぐっ」って親指を立てるだけにするけどさ。


「これ……お茶? いいにおい。あったかい……」


 シロはカップをなでて──指をつっこもうとしたから慌てて止めた。


 不満そうに「むー」って顔してるけど、危ないからね。


「うまれたてのシロの『こうきしん』をじゃまするのは、よくないかと?」


 そう言って、シロはまったいらな胸を張った。


「もちろん、そっちの好奇心を、シロで満たすのもありですが?」


「じゃあ聞くけど。シロは天竜なんだよね」


「いかにも。幼生体ではありますが」


「どうして天竜が人の姿で生まれたきたんだ?」


「なんて言ったらいいのかなぁ。シロは、生まれてるけど本物じゃないからだよ」


「本物じゃない?」


「シロの身体は『天竜の卵』に問題が起こったときに目覚める、かりそめのもの」


 細い手を僕の前で開いて、閉じて、シロは言う。


 かりそめのもの、って言うけど、実体はある。


「つまり、さわれる幽霊、みたいなもの?」


「それそれ。この身体は緊急時のもので、魔力がつきると卵に戻るの!」


 言って、自分の口調が子供っぽくなってたことに気づいたのか、シロは慌てて首を振る。


「シロは天竜の『ぎじけいたい』で、この身体が『まりょくしょうひ』が少ないので、それで」


「無理に大人っぽい口調にしなくていいから」


「ひ、ひとさまの前で、ちっちゃいこみたいな口調では、て、天竜の権威がー」


「それ、いまさらだから」


 すっぱだかで卵から出てきて、甘えて抱きついてきた時点で、権威とかないから。


「疑似形態。ってことは、シロの本体はまだ卵の中にいて、今のシロは魔力で作った仮の姿ってこと?」


「その通り。おみごと」


 正解らしい。


 シロの腰に鎖がまきついてて、そこに『天竜の卵』がぶらさがってるのはそういうわけか。


「シロが現れたのは、目覚めさせてくれたみんなにあいさつをするため」


 彼女はセシル、リタ、アイネ、イリス、ラフィリアを順番に見回して、ていねいにお辞儀。


「改めて、シロだよ。みんなのおかげでシロは外にでることができたよ」


 まじめにお礼を言うちっちゃな子に、奴隷のみんなはお辞儀を返す。


 シロはそれから、僕の方に向き直り。


「シロはそのうち卵の姿にもどるから、迷惑はかけません。だから、一緒にいさせて」


 そう言って、僕の方を見た。


「あのね、シロちゃん。私も言いたいことはいっぱいあるんだけど……」


 リタが椅子から立ち上がり、僕たちの方に歩いてくる。


「……とりあえず、なでなでしていい?」


「してもいいと思うけど、はぁはぁすんな、リタ」


 リタは両手をわきわきさせて、ついでに獣耳をぴくぴくさせて、シロを見てる。


 シロはそんなリタに向かって、お日様みたいな笑顔で、


「構わないかと。リタさんは、シロの『おかーさん』みたいなものだから」


「おかーさんっ!?」


「シロはみんなの『ご主人様好き好き』って想いに反応して生まれたんだよ? だから、あなたは言うならば『リタおかーさん』」


「はぅっ!」


 リタは胸を押さえてのけぞった。


「な、なんなの。この破壊力。ちっちゃい子が私を『おかーさん』って呼んでるだけなのに……」


「シロ、卵になってたとき、ちゃんと聞いたよ?」


「聞いた、って……なにを?」


「どんなに強くなっても、リタおかーさんの忠誠はゆるがなくて、シロがナギおとーさんのことを気に入ってたって、リタおかーさんの想いには敵わないんだよね?」


「わぅうううううううう!」


 あ、逃げた。


 そっか、リタは『天竜の卵』に話しかけてたのか……。


 で、どうしてアイネも静かにリタと一緒に遠ざかっていくのかな?


 ふたりとも『天竜の卵』になにを言ってたの?


「あのねあのね、他のみんなの魔力も感じたよ。優しくて、あったかかった」


 シロは祈るように手を組み合わせて、セシル、ラフィリア、イリスを見た。


『天竜の卵』は僕たちとずっと一緒にいた。


 そういえば、イリスとラフィリアを『再調整』してるときも、近くに来てたっけ。


「もうちょっと話を聞かせてくれるかな、シロ」


「承知だよ」


 シロは僕の隣に腰掛けた。


 手足は細くて、真っ白。プラチナブロンドの髪は、腰まで届きそうなほど長いから、セシルが軽くお団子にしてる。見た目はセシルよりちょっと幼いくらい。


 竜っぽいのはただひとつ、耳の後ろにある短い角だけ。


「シロは、自分のことをどれくらいわかってるの?」


「自分が非常事態のための、かりそめの身体だってことくらいだよ」


 シロは膝に手を乗せて、僕たちに向かってうなずいた。


「天竜は生まれたあと、先代の天竜から魔力を引き継ぐの。でも、今は先代せんだい天竜の魔力が入ってこないんだよ。だからシロはこの身体で生まれたの」


 シロの話だと、天竜は死んだあと、次の世代にすべての能力を引き継ぐらしい


 まず、死期を悟った天竜は、ちょうどいい土地を選んで、そこで死ぬ。


 死んだあと、魔力や力はまわりの地面に溶けて、次の天竜が生まれて来るのを待つ。


 そして卵は、土地から魔力をゆっくりと吸収して、竜の姿で孵化ふかする。


 そうやって次の天竜になって、人や竜の守り神になる。


 でも、今は先代天竜の魔力が、自分シロの中に入ってこないそうだ。


 シロが「どっひゃー」「すぱぱーっ!」「ぶおーおおお」って、ジェスチャー交えてるから、すっごくわかりにくかったけど。


「つまり、こういうことです、ナギさま」


 僕と、イリス、ラフィリアのために、セシルが説明してくれる。


「天竜にとって、竜の身体を維持するためには先代天竜の魔力が必要。でも、今は、なにかの理由でそれを得ることができない。だから、シロさんは魔力消費の少ない、今の姿で生まれた、ということです」


「今の姿の方が燃費がいいってことか」


「『ねんぴ』ってよくわからないですけど、そういうことだと思います」


 確かに、あの巨体を維持するには、かなりのエネルギーが必要になるだろうし。


「ラフィリアの記憶の中には、こういう事態は想定されてる?」


「ないですねぇ」


「だよねぇ」


「そもそも天竜は神様みたいなものですから、神様が『ちゃんと生まれない』って想定外ですよぅ。それは世界の方がおかしくなってるってことなのです。もしかして、世界はすでに滅んでいて、あたしたちは走馬燈を見てるって可能性もあるですけど」


「ねぇよ。いくらなんでも話が飛びすぎだろ」


 僕はイリスに向き直る。


「イリスの『竜種共感LV4』に、シロは反応してるの?」


「はい。このお方が竜の一族であることは間違いありません」


「そっか」


「こうしてると、お仲間だって感じます。むしろ友達になりたいです」


「イリスは海竜の末裔だからね。天竜とは親戚みたいなものか」


 シロの方も、イリスをちらちらと見てる。なにか感じるものがあるみたいだ。


「シロ。もうひとつ聞いても、いいかな」


「はい。『おとーさん』!」


 シロは両手を広げて、僕を見た。


 うん。確かに破壊力あるね。『おとーさん』って。


「……『おとーさん』ってのはおいといて、シロは生まれたとき『外がこわい』『無理して働かされる』って言ってたよな。あれは……ごめん無理に思い出さなくていいから!」


 僕が聞いた瞬間、シロの目からぽろぽろと涙がこぼれはじめた。


 白い手の平で目をぬぐって、ひっく、ひっくってしゃくりあげながら、シロは必死で言葉を探そうとしてる。


「あのねあのね」


「うん」


「こわいから、さわってもらうの、了承りょうしょう?」


「いいよ。こっちきて」


 僕は震えるシロの背中をさすってみた。


「シロは生まれる前に、夢をみたかと」


「……夢?」


「まっしろな竜の身体に大きな杭が打ち込まれて、動けなくなってるの。怖い人が言うの『人の守り神であるなら、より効率よく働けるようにしてやる。さあ働け』って。先代の魔力を取り戻そうとすると、その夢を見るの。怖いものが、シロの中に入って来ようとするの」


 それは『封印』のようなものかもしれないって、シロは言った。


「本当はシロも、先代の魔力をちゃんと吸収したいよ? だけど、うかつに近づいたら、シロまで封印されるようでこわくて……そんなものがある世界がこわくてこわくて……生まれ……られなかった……」


「シロ?」


「……でも、リタおかーさんやアイネおかーさんの『好き好き』って言葉を聞いたら、ちょっとだけ怖くなくなったから……みんなにあいたくなったよ……。一緒にいれば、こわいの、だいじょうぶみたいだ……から」


 ちっちゃなからだが揺れはじめてる。


 僕はシロのおでこに手を当てる。普通にあったかい。


 目がとろん、としてる。眠る直前みたいだ。


「これは提案なんだけどさ」


「……ふぁい。おとーひゃん」


「シロは、その『怖いの』をなんとかできたら、魔力を取り戻したい?」


「…………うん」


 シロは小さくうなずいた。


「…………シロを産んでくれた先代天竜の魔力、だから……使命とか関係なく……取り戻したいよ……」


 すぅ


 シロは目を閉じて、眠ってしまった。


 細い身体を白い光が包んで──それが消えると、シロは卵に戻っていた。


 本人が言った通りだ。


 人の姿になったのは、僕たちにあいさつをするため。


 そして「一緒にいさせて」ってお願いをするため、ってことか。


「魔力不足のせいです。幼生体さんは魔力が足りなくなると卵に戻るんですね」


 セシルが教えてくれる。


 僕の知識で翻訳すると、今のシロは基本OSが動いてないセーフモードで、おまけに電力不足。


 このままじゃ天竜の力は得られないし、完全に生まれることもできない。


「おまけに悪い夢を見たから、怖がってる、か」


『効率よく働けるようにしてやる』って。どんな夢だよ。


 そういえば僕も見てたな、元の世界で。


 ブラックバイトでくたくたになった日の夜に。


 もっと接客は効率よく。かつ、すべてのクレームを解消しろ、って。


 そのせいで夜になっても夢の中で電話応対と接客と、クレーム対応をやってたっけ。


 おかけで次の日に起きたときは、ぜんぜん寝た気がしなかったし、寝言でしゃべってたせいか声まで涸れてた。


 シロは卵の状態でそういう夢を見てるのか。


 えぐいな。いやだなー。


 それに、シロが見てる夢の内容も気になる。


『効率良く働け』って声と『封印』が、ラフィリアにかかってた『不運招来』のスキルとかぶるんだ。あれもラフィリアに使命を果たさせるための呪いみたいなものだったし。


 シロのこれも詳しいことがわかれば、対処できるかもしれない。


「やってみるか」


 どのみち、竜や古い種族を復活させるのは、僕の趣味みたいなもんだし。


 シロをむりに働かせるつもりはないけど、悪夢をなんとかするくらいいいだろ。


「みんなに相談がある。リタもアイネも、こっち来て」


 僕はリビングにみんなを集めた。


 リタとアイネは、まだ赤い顔してたけど、椅子に座ってくれた。


「僕はチートスキルを使って、天竜にかけられてる封印について調べてみたい。みんなにも力を貸してほしいんだ」


「なるほど、考えましたね、お兄ちゃん」


 イリスは、にやり、と笑みを浮かべた。


「悪夢を見ているシロさんを助けることで、将来的に天竜を完全な味方にするつもりですね?」


「え?」


「……え?」


「あ、うん。そうそう。天竜を味方にするの大事。すごくだいじ」


「あ、あの、お兄ちゃん?」


「イリスの言う通りだよ。天竜の幼生体を助ければ、僕たちが竜の遺産を手に入れることができるかもしれない。そうなれば『働かないで生きる』助けにもなるはずだ。みんなはお休みだから、今回の件は僕がメインでやるけど、ちょっとだけ力を貸して……って」


 あれ? なんでみんなそんな温かい目でこっちを見てるの?


 セシルとリタは顔を見合わせてうなずいてるし、アイネは黙って僕の前にお茶を置いてる。イリスとラフィリアは『天竜の卵』をなでて、なんか優しい顔してる。


「わかりました。古き血を持つ魔族として、わたしも協力します」


「このリタ=メルフェウスが、ちっちゃいこの危機を見逃すなんてできないもん」


「シロさんの面倒を見るのは、アイネにとって将来の予行練習にもなるの」


「イリスは竜の眷属として、手伝います」


「あたしの知識も必要になるですよぅー」


 全会一致。


 でも、筋を通すため、今回は僕がみんなに依頼するクエストってことにする。


 目的は、天竜のトラウマ解消と、原因の特定だ。




『天竜の幼生体、救済クエスト


 目的:シロの悪い夢の原因究明。


 期限:『天竜の卵』と一緒にいる間。


 担当:なにか対策を思いついたときに、対応するスキルを持ってるひと。


 報酬:ソウマ=ナギにお願いを聞いてもらえる権(奴隷1人につき1回ずつ)』




 シロは僕たちと一緒にいる間は、怖いのもやわらぐって言ってたっけ。


 だったら『天竜の卵』を持ち歩いていれば、悪夢に対抗できるはず。


 その間に、シロの恐怖の正体を特定することにしよう。


「さっそくだけどイリス、明日から手伝ってくれる?」


「はいっ! わかりましたお兄ちゃん!」


 ばっ、と立ち上がってイリスが手を挙げる。


「それで、イリスはなにをすればいいのでしょう?」


「僕と一緒に寝て」


「はい、よろこんでー…………え?」


「これは、イリスにしかできない仕事だ。僕と抱き合って、くっついて、眠ってほしい」


 シロの夢が、イリスにどういう影響を与えるかわからないから、できるだけ僕との接触面積を大きくした方がいい。抱き合って眠るのがベストだ。


 イリスには、竜と意思を通じ合わせる能力があるから、それを借りよう。


「しょ、承知いたしました。イリスは『海竜の勇者』のお言葉に従います」


 イリスは覚悟を決めたように、ぐっ、と天井に向かって拳を突き上げた。


 なんだか悪いな。イリス、ちっちゃいのに。あんまり身体がつらくならないようにしないと。


 僕のご主人様としてのうつわが試されるな。


「無茶はしない。できないことはしない。これは大前提だ」


 シロは、僕たちと一緒にいると落ち着く、って言ってた。


 僕たちの思念や魔力が、悪夢を弱めるのかもしれない。


 彼女ことはまだわからないことだらけだけど、こんな状態でほっとくのは、後味が悪い。


 それに、竜の生態や遺産について知りたいってのもあるし。


 チートスキルで、できるだけのことはしてみよう。あくまでも、できる範囲で。


「もちろん、ご主人様として『天竜の幼生体 救済クエスト』と『奴隷たちのお休み』は両立させる。

 繰り返しになるけど、今回のクエストは僕がメインでやる。

 みんなは、ちょっとだけ手伝ってくれればいいから」

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