第93話「『天竜の卵』を助けるために、巫女を抱きしめて一緒に眠った」

「ふ、ふつつかものですが、よろしくお願いいたします。お兄ちゃん」


 イリスは床に正座して、深々と頭を下げた。


 ラフィリア直伝の土下座だった。


 ここは、僕の部屋。


 今は、あれから1日経った日の夜。


 白い寝間着姿のイリスは床に座り、緊張した顔で僕を見てる。


 イリスは、ここでは僕の奴隷どれいあつかいすることになってるから、他のみんなと同じ寝間着を着てる。元の世界の浴衣に似た、布を身体の前で合わせて、帯で留めるタイプのものだ。


 すっきりした体型のイリスにはよく似合ってる。でも、きゅうくつなのが嫌いなのか、ちょっと帯をゆるめにしてる。そのせいか、鎖骨の下、ひろびろしたあたりまで見えちゃってるけど。


「これから、僕とイリスで『天竜の卵』に干渉して、シロの悪夢の原因を探ってみる」


 僕はベッドの枕元に置いた、『天竜の卵』に触れた。


「やりかたは、さっき説明した通りだけど、いいかな」


「はいっ。イリスが、お兄ちゃんとく、口づけして、抱き合って眠って……あとは、お兄ちゃんにすべてをお任せすればよいのでしょう?」


「具体的にはイリスの『竜種共感LV4』と、僕の『意識共有マインドリンゲージ』使うんだけど」


「表現が事務的すぎるとイリスの中の乙女が泣きますよ?」


 イリスは不満そうに、両手の指をつんつんとつきあわせた。


 それから寝間着の帯を結び直して、襟元を整えて、準備完了、ってうなずく。


 僕はイリスの細い腕を引っ張って、立たせた。


 緊張してるイリスを洗い立てほわほわ(アイネのいい仕事)のシーツの上に横にする。


 イリスは、もうどうにでもしてください、って感じで、腕と脚を伸ばしてたけど、じーっと見られてるのが恥ずかしくなったのか、寝間着の襟元を握って横を向いた。


「……これは、イリスにしかできない仕事、なのでしょう?」


 耳たぶまで真っ赤にして、イリスはぽつり、とつぶやいた。


「イリスは、自分だけが竜の血を引くことを、恥ずかしい……って思ってました。でも、そのおかげで、お兄ちゃんのものになれました。だから、この力も、お兄ちゃんが使うためのもの……」


「ありがと、イリス」


「それは他人行儀でしょう? イルガファのことわざにもあります。『同じ船で荒波を越えるものは……も、もっとも近しいものであり、そ、そのしんらいわ、あいしあう家族にもひとしい……もの……で』」


 ばっ。


 限界だったのか、イリスは向こうを向いたまま、顔をおおってしまった。


「まぁ、僕たちのパーティは家族みたいなものだから」


「うぅ。お兄ちゃん……」


「そんなわけで、無理させるつもりはない。限界だって思ったら遠慮しないで言うこと」


 僕の問いに、イリスはこくん、とうなずいた。


 これから僕たちは『竜種共感』を使って、卵状態のシロとリンクする。


 そのイリスと僕が『意識共有マインドリンケージ』で繋がって、シロの悪夢の原因を確かめる、という手順だ。


 そのことについては、昨日のうちにみんなに説明してある。


 そして今日、夕飯を食べたあと、僕はそのままイリスと一緒に部屋に行こうとしたんだけど──


「その前にお掃除なの!」


 アイネのストップがかかった。


「雰囲気って大事なの。なにがあるかわからないの。イリスさんにも『いい思い出』になるようにしないといけないの! みんなの『お姉ちゃん』として、仲間にとっていい環境を整えるのは義務なの!」


 そんなわけで僕の部屋は、さっきアイネをリーダーに、みんなが掃除してくれた。


 シーツも枕も洗い立てになってるし、窓際では魔力で光るランプが、薄赤い光をともしてる。


 テーブルの上には温かいミルクと、身体をあっためて眠りやすくするハーブティー。


 僕の寝間着だって、アイネが洗って、セシルとラフィリアが魔法を駆使して乾かしてくれたものだ。


 イリスはリタと一緒にお風呂に入ったあと、髪を結ってもらった。


『天竜の卵』はベッドの枕元。


 ふたりぶんの頭が乗せられそうな枕の向こうで、クッションに乗っかってた。


 シロの反応はないけど、ふれると、あったかい。


 生きてるのは間違いない。


「……これがシロの本体……要するに、魔剣のレギィと同じってことか」


 レギィのスキルを書き換えたときは、彼女の本体 (魔剣)に触れたら干渉できた。


 今回もシロの本体 (卵)にリンクすることで、封印に近づけるかもしれない。


 イリスと僕のスキルで、神話レベルの問題がなんとかできるかどうかはわからないけど、やってみよう。


「それじゃイリス、この状態のシロとリンクできるかどうか、やってみて」


「はい。発動します『竜種共感りゅうしゅきょうかんLV4』」


 イリスは『天竜の卵』にふれて、スキルを発動させる。




『竜種共感LV4』


 竜の血を引くイリス=ハフェウメアの固有スキル。

 海竜、飛竜などと意志を通じ合わせることができる。

 その共感能力は、対象との距離が近くなるほど強くなる。

『海竜の勇者』と接触すると鱗の色が変わるのと、海竜ケルカトルを呼ぶことができるのも、この能力によるもの。




「感じます。シロさん、この中で夢を見てます。ここまで接近するとわかります。一緒に眠れば、同じ夢を見られそうです」


「わかった。僕も夢が見られるように『意識共有』をお願い」


「は、はい」


 イリスは寝間着の胸を、ぎゅ、と握って、目を閉じた。


 ……緊張するな。二度目だけど。




「発動『意識共有マインドリンケージLV1』」





「……はぅ。はー、あふ、はふ」


 顔が離れた瞬間、ずっと息を止めてたイリスが、胸を押さえて息をついた。


「こ、これであとはお兄ちゃんと一緒に眠るだけ、ですね」


「眠るのはイリスだけだよ。僕はイリスの夢を観察しないとだから」


「……え?」


 イリスが、ぽかん、って感じで目を見開いた。


 あれ? 説明しなかったっけ?


「お兄ちゃんは、起きてるんですか?」


「うん。僕は夢を観察する方だから」


「眠るのは、イリスだけ?」


「一緒だと落ち着かない?」


「そういうことじゃありません──っ! おにいちゃああああん!」


 ぱん、ぱぱん


 小さなてのひらで枕を叩くイリス。


「じゃ、じゃあ、イリスは寝顔も、夢も、全部、お兄ちゃんに一方的に見られちゃうだけなのでしょうか?」


「そう」


「お、思ってたのと違います──っ!!」


 イリスは涙目になってるけど、でも。


「僕が眠っちゃったら、シロの夢に干渉する人間がいなくなるだろ?」


 みんなで無意識状態になるわけにはいかないからね。


「……うぅ」


「変なことはしないから」


「それは別にいいのですけれど……お兄ちゃん」


 起きあがったイリスが、ぐっ、と、僕の肩をつかんだ。


「今夜、イリスがお兄ちゃんの前でどんな寝言を言っても、どんな寝顔を見せても、どんな夢を見ていたとしても、実際のイリスとは無関係であり、すべて虚構のものだということを信じてくれますか?」


 無茶言うな。


 でもまぁ、しょうがないか。


 今回の『天竜の幼生体 救済クエスト』は僕の仕事だから。


 イリスの希望は、できるだけ叶えよう。


「わかったよ、イリス」


「しょうがないのでしょう。イリスも眠った方が、シロさんの夢と共有しやすくなるのですから」


 今回は『竜に話しかける』じゃなくて『竜と一緒に夢を見る』のが目的だ。


 なので、イリスも眠った方が、意識をリンクさせやすくなるらしい。イリスのスキルは、竜と共感するためのスキル、だからね。


 イリスもそれは納得してくれてたんだけど。


 あっちを向いて身体を丸めて黙っちゃったってことは、抵抗があるみたいだ。


『──────でもでも、どうしましょう』


 イリスは、ぎゅ、とシーツを握りしめてる。


『──イリスの寝相が悪いとこ、お兄ちゃんに見られてしまいます。汗で鱗が浮き出ると、寝間着がこすれるのが嫌ではだけちゃうことも。もしかして、枕に「ナギおにいちゃん」って名前をつけて抱きしめてることも!?』


 ……うん、やっぱり。抵抗はあるみたいだ。


『あ、あとあと。イリスが子どものころ、お母さんにしてもらったように、頭をなでなでされると落ち着いて眠れることも……』


「はい」


 なでなで


「お、お兄ちゃん?」


 なでなで、なでなで。


「はっ、しまった! い、今は『意識共有』してました。だ、だめですお兄ちゃん。イリスは、お兄ちゃんの前で恥ずかしい姿をさらすわけには──」


 なでなで、なでなでなでなでなでなで……。


「だ、だめ……ぇ」


 なでなで(以下略)。


「…………すぅ」


 イリスはそのまま、ぱたん、と眠ってしまった。


 よし、これで第一段階は完了。


『天竜の卵』をイリスの身体に近づけて、と。


 あとは念のためイリスと手を繋いで、僕も横になって目を閉じれば──きっとイリスとシロが見てる、夢の中に──





『────グガアアアアアアアア────────っ!』





 見えた。


 イメージが、頭に直接流れ込んでくる。


 そこは暗い暗い、地の底。


 地面に横たわってもがく真っ白な竜に、巨大な杭が刺さっていた。


「お、お兄ちゃあああああん!」


 先に夢に入ってたイリスが抱きついてくる。


『竜種共感LV4』と『意識共有』の合わせ技は成功みたいだ。


「大丈夫、イリス?」


「イリスはお兄ちゃんがいるから大丈夫です。でも、これが『天竜の卵』が見てる夢……?」


 真っ暗な世界だった。


 空は黒い雲におおわれてて、遠くで雷が鳴ってる。


 まわりは黒い岩に覆われた盆地で、その底に白い竜が倒れてる。


 長い首と、角と、巨大な翼。


 真珠色の角は、シロの耳の後ろに生えてるのと同じ色。


 これが『天竜ブランシャルカ』──いや、先代天竜の魔力か。


 魔法使いじゃない僕にも、強大な魔力がびりびりと伝わって来る。


 まさに、超越存在だ。


「……シロは?」


 いた。


 盆地の端っこで、膝を抱えて眠ってる。


 まわりは岩に囲まれてて、竜の声と魔力を遮ってるみたいだ。


「イリスは伝説とかに詳しかったよね。この夢には、どういう意味があると思う?」


「は、はい」


 イリスは僕の胸に抱きついたまま、顔を上げた。


「以前、同じような伝説を聞いたことがあります。夢の中で、神さまと繋がったひとの話です。

 その人は、魔力で超越存在と繋がってて、力を借りてたそうです。そして、その超越存在の夢を見て、力を借りられるように交渉していた、とか。

 それと似たものだと考えると、シロさまは現実でも先代天竜の魔力と繋がっていて、この夢は繋がってる先代魔力の意識……残留思念のようなものが、流れ込んでいるのでしょう」


 僕も、イリスと同じ意見だ。


 ミイラ飛竜のライジカは言ってた。天竜は天地の魔力を吸収して孵化する。自分が死んだ場所が一番相性がいい、って。


 あれは先代天竜の魔力のことを言ってたんだろうな。


 で、僕たちが決められた場所に『天竜の卵』を運んだから、先代天竜の魔力と繋がった。


 それがはっきりした夢になって出てきたんだろうな。


「それにしても……なんだよ、これ」


 天竜は人や竜の守り神だったはずなのに、どうしてこんな状態に?


 まるでこれじゃ……悪竜が封印されてるみたいじゃないか。


「天竜は人間の味方で間違いないんだよな」


「はい。あまたの伝説もそうなってますし、歴史書にだって記録が残ってます」


 天竜がいい者だってのは、シロを見ればわかるけど。


 だとすれば、この封印をした方が悪いってことになるのか。


 声が聞こえる。


 天竜に刺さってる杭からだ。




『お前は天竜』


『人間の味方』


『ならば、もっと効率よく働け』


『意思も身体も必要ない』


『不確定要素もいらない』


『ただの道具となればいい』


『すべてを差し出せ』


『効率よく、働けるように』




 ……うわー。


 耳をふさぎたくなるようなセリフだ……。


 僕はイリスと、イリスはシロと繋がってるから、ブラック過ぎる思念がダイレクトに伝わって来る。


 イリスは僕に抱きついてる。


 ぎゅ、って感触がするのは、現実のイリスも抱きついてきてるからだろう。


 僕はイリスの背中に手を回し、さすった。


 無理だと思ったら『救心抱擁ハートヒーリング・ハグLV1』で『睡眠状態解除』する準備はしてる。


 でも、イリスは「だいじょぶです。海竜の巫女として、困ってる天竜を放っておけません」って言ってくれる。




「天竜ブランシャルカに告げる!」




 だから、僕は倒れた天竜に向かって叫んだ。


「こちらは海竜の勇者と、海竜の末裔である巫女だ! 縁あって飛竜のライジカより『天竜の卵』を預かることとなった!」


 選ばれた勇者っぽいセリフを。


 ぎぎ、と、盆地の底で天竜が目を開けた。


 紫色の瞳。シロと同じだ。


「そして幼生体よりこの悪夢のことを聞き、救済のために夢に入った。話を聞かせて欲しい!」


『…………海竜…………あの小蛇の縁者…………ですか』


 気づいてくれた。


 というか、海竜ケルカトルが小蛇って。


 当時の天竜からすれば、そうなのかもしれないけどさ。


『……我が子を…………古き血の者が……預かってくれた……とは』


「あなたが、天竜ブランシャルカで間違いないのか?」


『……私は天竜の魔力に宿った、残留思念でしかない。天竜はとうにほろび、地に還った』


「でも、あなたの翼はまだ地上に残っている」


『天竜は死の瞬間、翼にも残留思念を残した。助けを求めるために』


「シロ──じゃなかった、天竜の幼生体が言ってた。先代天竜の魔力が封印されているって」


『私が死んだあと、魔力を宿した地に、誰かが封印を施したのです』


 それが、身体に刺さってる杭の正体らしい。


 天竜は超越存在だけど、死んだあとは隙ができる。


 その隙をついて、誰かが天竜の魔力に封印をほどこした。


 それが、シロに流れ込むはずの『先代天竜の魔力』を固定して、動かないようにしてる。


 現実では、それはモノリスとかオブジェになっているはずで。


 封印した魔力は、誰かが勝手に使ってるんじゃないか、って話だった。


「その誰か……って?」


『わかりません』


 無理もないよな。天竜、死んでるもんな。


『天竜は、予定していたのとは違う場所にで死にました。腹心であるライジカに卵を託し、最後の地を目指して飛び立ったあと……翼が断ち切られたのは覚えています。その後、なにがあったのかまでは……わかりません』


「どうしましょう……お兄ちゃん」


 イリスが僕の手を握った。


「イリスは、竜の仲間がこんなふうに利用されてるところを、見たくありません」


「同感だよ」


 死んだあとも他人を働かせようとするんじゃねぇよ。


 そもそも、天竜は人間の味方をしようとしてるのに、なんで効率まで考えなきゃいけないんだよ。


『……なんでこんなことに。私はひとが可愛くて助けただけなのに……』


 天竜はぼやいた。


『ひとはちっちゃくて、可愛くて、ほっとなくて、だから守り神をやってただけなのに。なんで死んだあとも効率よく働けなんて言われてるのでしょうか……次世代の天竜は……守りたければひとを守るでしょうし、守りたくなければ放っておくでしょう。それなのに魔力として使うとか、強制とか……ちょっと意味わかりません』


「僕もそう思う」


『天竜として、一応は人格者ですので、残留思念たる私はあまり怒らないようにしてます。ですが、さすがにこれだけ年数が経っていれば……少しは怒りも現実にも漏れ出しているでしょう……それが周囲に影響を与えていなければいいのですが……』


「影響が出ると、どうなるんですか?」


『魔物が凶暴化バーサークします』


「……凶暴化」


『凶暴化した魔物は、普段あまりしない行動を取ります。具体的には、人の砦を襲って占拠したり……』


「……へー」


 なんだか聞き覚えのある話だった。


『私自身も、こんな状態が長く続けば……正気を失うかもしれない……それが次代の天竜にも移れば、人を襲う魔竜となってしまう可能性も……あなたが竜の味方なら…………助けてほしい……』


 見上げる天竜の目は、とても優しくて。


 どこか泣きそうな顔をしてるようにも、見えた。


 誰が作った『封印』かは知らないけど、死んだあともこんなことされたら、天竜が頭に来るのは当然だよな。超越存在の怒りなら、まわりに影響をおよぼすだろうし。最悪、シロにもその怒りが乗り移る可能性がある、ってことか。


 ……嫌だな。


 シロは、リタやアイネにも、あんなになついてた。それが凶暴化して、人を襲うところなんかみたくない。というか、なんで生まれてすぐにそんな目に遭わなきゃいけないんだよ。


『封印』──誰かが施したもの。天竜の残留魔力の中にあるもの。


 そして、シロにも繋がってるもの……。


 ……ってことは。


「あのさ、天竜。いくつか質問があるんだけど、いいかな」


 聞いてみた。


『いくらでも……それが、我が子を救済する手がかりとなるなら』


 天竜のかたちをしたものは、僕を見て、ゆっくりとうなずいた。


「まず第一の質問。あなた──『天竜の残留魔力』は、卵と繋がってるってことでいいんだよな」


『はい』


 首をもたげた天竜は、軽くうなずいた。


『私が死んだ地に近づくことで、卵との繋がりが強くなっています。本当ならそれを通して魔力が流れ込んでいくはずでした』


 よし、第一条件はクリア。


「第二の質問だ。あなたと天竜の幼生体が繋がってるってことは『封印』も、幼生体と繋がってるって考えてもいいのか?」


『その問いにも「はい」と答えます。そうでなければ、卵が影響を受けることもありません』


「第三の質問。あなたに刺さってる封印は、あなたの魔力に干渉するもの。つまり『ロックスキル』のようなものなのか?」


『正確なところは不明ですが……言われてみれば……それに近いものではあります』


 だと思った。


 リタも以前『神聖力封印』を受けてる。


 それにラフィリアにかかってた『不運招来』も同じようなものだった。


「だったらなんとかなるかな?」


『あの、あなたは、海竜の勇者……ですよね? 海竜の縁者なのですよね?』


「来訪者でもあるけどね」


『……腹心であるライジカが卵を託したのなら、信じられることはわかります。それに……』


 天竜の魔力は、そばで眠るシロを見た。


『幼生体が、安らいでいるのを感じます。あなたのそばで……』


「なりゆきだけどね。できることはするよ」


『海竜の血縁者も、あなたを信じているようです』


「はい。もちろん!」


 イリスは、しゅた、と手を挙げた。


「このイリス=ハフェウメアはお兄ちゃんに人生を切り開いていただきました。イリスの望みは、終生、お兄ちゃんと共にあることです。そのお兄ちゃんが助けたいと思っているなら、イリスだってシロさんを救うのに手を尽くします」


『シロ……それが幼生体の名前……ですか』


 天竜は、片方だけになった翼で、軽くはばたいた。


『いいでしょう。天竜ブランシャルカの残留思念は、あなたを全面的に信じます。他に訊きたいことは?』


「この世界に『竜の船』ってある?」


『…………は?』


 天竜は、あきれたみたいに口を開けた。


 竜がぽかん、とするの、初めて見たよ。異世界初じゃないかな。


『いえ、そんなものはありませんが……それがなにか?』


「ごめん。これは『あったら困るな』ってだけだから」


『天竜はときおり、人の姿を取り、人と交わって暮らしてきました』


 封印された天竜は、小さく口を動かして、言った。


『それは小さな生き物たちが可愛くて、助けたいと思ったから。時にはこちらに刃を向けることもあったけれど、大抵の人やデミヒューマンとはわかりあえました。あなたのように。そんな人のことをもっと知りたくて、物を集めたこともあったけど、竜の船、というのは……』


「気にしないで。これは念のため聞いただけだから……もうひとつだけ、聞きたい」


 これが最後の質問だ。


 緊張するな……下手をしたら、天竜の魔力を怒らせる可能性だってあるから。


 僕はイリスに耳打ちする。


 天竜が怒ったら、すぐに『竜種共感』を解除するように。


 こっちもイリスの背中に手を回して『救心抱擁LV1』をすぐに発動できるようにしておく。


 深呼吸して……よし。


「天竜の残留思念に問う」


 僕は言った。




「あなたの幼生体こどもを、僕の奴隷どれいにしてもいいかな?」

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