第121話「説明会に遅れそうな候補者の救済措置と、見てはいけない落とし物」

「……す、すまない。助かった…………」


 荷馬車護衛パーティのリーダーは息も絶え絶えに、僕たちに頭を下げた。


 止める暇もなかった。せっかちだ、この人。


 馬車に頭をぶつけるみたいにして、がっつんがっつんお辞儀を繰り返してる。


「恥ずかしい……お前たちを見下して……この有様だ。許してくれ……」


「いえ、こっちは敵の不意をついただけですから」


 むしろ『弱い』って思っててくれた方がいいです。目立たないから。


 あと、反省してるのわかったから、馬車に頭を打ち付けるのやめて。それ借り物だから。


 ──あれから、1時間くらいが経過してる。


 敵を追い払った僕たちは、急いでその場を離れた。


 荷馬車のパーティとはそこで別れてもよかったけど、彼らも怪我をしてるし──足が遅いせいで普通に追いついてしまったので、途中まで一緒に行動することにして。


 森を抜け、見晴らしのいいところにたどりついたところで、僕たちは馬車を止めた。


 そうして今は休憩中。傷ついた冒険者たちは、それぞれ手当をして、馬車のまわりでうずくまってる。


「俺たちは少しの間、近くの村で休もうと思う」


 荷馬車護衛パーティのリーダーは言った。


 メンバー7名のうち、半数が負傷。


 荷馬車本体も車軸がゆがんでるから、軽く修理した方がいい、ということだった。


「……本当に恥ずかしい。つまらない意地を張って危機に落ち、なおかつ助けられるとは……」


「いえいえ偶然です。運よく敵にクリティカルが入っただけですから」


「……そうなの?」


「そうですそうです」


「森から煙が上がってたのは?」


「サラマンダーがこまめに小枝を燃やして投げてました。魔法でいきなり召喚されたんで、ストレスがたまってたんでしょう。それを利用して、森の中にも冒険者がいると思い込ませました」


「……ほんとに?」


「ほんとですほんとです」


「…………わかった」


 パーティのリーダー(深紅のバンダナが似合う剣士さん)は、うなずいてくれた。


 この人たちが僕たちを待たずに行っちゃったことは、別に気にしてない。


 仮に僕たちが先行してたとしたら、魔物の奇襲を受けてたのはこっちだった。もしそうなってたら……シロの『しーるど』で矢を防いで、馬車に隠れて、セシルの古代語魔法で敵を一掃して──


 森の地形を変えた上に、それをあとから来た人たちに見られてたかもしれない。


 そう考えると、置いてかれたことなんかどうでもよくなってくるな。うん。


 もういいって言ってるのに何度も頭を下げてるし、悪い人じゃなさそうだ。


「君たちに助けられたことは、依頼主にはきっちり報告させてもらう」


 前言撤回。それはやめて。


「俺たちは近くの村で一泊するが、君たちはどうする?」


「このまま、翼の町『シャルカ』に向かいます」


 今からなら、日暮れまでにたどりつける。


 向こうから来るキャラバンがあるかもしれないし、魔物の情報は伝えておいた方がいいよな。


 もっと早く伝える方法もあるんけど──


 …………電波(?)まだ届くかな……?




『送信者:ナギ


 受信者:イリス


 本文:街道を進んでたら魔物に出会った。なんか組織的に襲ってくる奴らだった。イリスがまだ「シャルカ」の町にいるようだったら、「海竜の巫女の直感でぴぴーんときた!」って感じで、魔物の噂を流しておいて』




『送信者:イリス


 受信者:おにいちゃ


 本文:だいじょぶです。これから町を出るところで────って! まもの────っ!? だ、だいじょうぶなのでしょうか? おにいちゃ、セシルさま、リタさまにレギィさま、怪我は!? 今すぐイリスもそちらに向かいます! 離してくださいお姉ちゃん! 師匠! イリスは。イリスわ────っ!』




 って、イリスは、心配そうな顔のアイネとラフィリアの添付画像を送ってきた。


『ぐっ』って親指を立てるセシルとリタの画像を送ったら、落ち着いたけど。


「そういえば、カトラスさんはこれから、騎士資格の説明会があるんですよね?」


 ふと気になったから、聞いてみた。


「……はい。ですので、村で1泊するとなると……」


 カトラスさんは指折り数えはじめた。


「正直、日程はぎりぎりなのであります。ですが、ボクは荷馬車を守る手伝いをする約束をしているのであります。それを破るわけには…………ボクは…………」


 そんな世界の終わりみたいな顔されても。


 本気で騎士になりたいんだな……カトラスさん。


 正直、僕が口出しする筋合いじゃないけど……もしもカトラスさんがまともな貴族に仕える身分になったら、僕たちの味方になってくれるかもしれない。


 採用試験はブラックなにおいがするけど、働いてみたらなんとびっくり──ってこともないわけじゃない。荷馬車が囲まれてるのに一歩も退かなかったカトラスさんなら、まじめな貴族としか性格が合わないだろうし、そういう人に気に入られる可能性は高いはず。


 もちろん。そうじゃない可能性もあるから、ここは。


「カトラスさん」


「はい、であります」


「ノークレーム、ノーリターンでお願いできますか?」


「……はい?」


「いえ、僕たちと一緒に次の町まで行きませんか、ってことです」


 元の世界のバイト先で、就活の採用面接を受けに行く人のために、バイトのシフトを代わってあげたこともあったからね。その延長ってことにしとこう。


 ……カトラスさんが面接に行って、採用が決まっても……僕のシフトが2.3倍になるわけじゃないからね……。


「僕たちの援護が間に合ったのは、カトラスさんが必死で荷馬車を守ってたからです」


 荷馬車護衛パーティのリーダーに、僕は言った。


 カトラスさんの仕事はあくまで護衛の補助で、報酬は旅の安全と、その間の食事とかだ。


 ぶっちゃけノーギャラに近いし、ドルゴールさんもそこまでの仕事は求めてる様子はなかった。メインは「若い者の手助けしたい」だったし。


「だから……護衛の補助の役目としては、十分じゃないかと。それに僕たちはそれほど強くないですから、人数は多い方が助かります。なので、カトラスさんが本当に急ぎなら、僕と一緒に来てもらってもいいです。ぶっちゃけ助かります。もちつもたれつ、そこで貸し借りなしチャラってことで」


「あの、ボクは……でも……」


 ぽん


 左右を見回してるカトラスさんの背中を、荷馬車護衛パーティのリーダーが、押した。


「依頼主には俺から話しておく」


「リーダーどの……?」


「……お前のためじゃねぇよ。俺らのミスで、未来の騎士さまの邪魔をしたとなれば、依頼主に合わせる顔がないからだ。今回、俺たちはとんでもない恥をさらしちまった……少しは格好をつけさせてくれ」


 そう言ってリーダーは照れくさそうに、カトラスさんから目をそらした。


 決まりだった。


「それと、お前たちにも迷惑をかけた。お詫びにこれを受け取ってくれ」


 冒険者たちのリーダーは、それから、僕に小さなクリスタルを差し出した。


「スキルクリスタルだ。とある場所で手に入れたんだが、俺には合わねぇみたいだ。よかったら、使ってくれ」


「……なんのスキルですか?」


「俺の優柔不断を直すために手に入れたスキル──『果断即決せっかちLV3』だ」


 ……あの、それって。




果断即決せっかちLV3』


「行動」を「すばやく」「決める」スキル





「「「「慌てて飛び出して魔物の襲撃しゅうげき受けたのはこれのせいか────っ!!」」」」


 荷馬車護衛パーティの総ツッコミが、リーダーさんに炸裂した。


 クリティカルだった。






「な、なんとお礼を言ったらいいかわからないのであります!」


 荷馬車護衛パーティと別れた、街道の上。


 僕たちはふたたび、馬車の旅をはじめた。メンバーがひとり増えたけど、馬たちは気にしてない。カトラスさんは見た感じ、かなり軽そうだし。


 セシルとリタは僕の後ろに座って、カトラスさんを観察してる。


 レギィは魔剣状態のまま、いつの間にかカトラスさんの背後まで転がってる。性別チェックをしてるのかもしれない。レギィのことだから。


「そ、そうです! 同行していただくからには代金をお支払いしたいのであります!」


 不意に、カトラスさんは言った。


「いいですよ。貸し借りなしって言ったし」


「そんなわけにはいかないのであります!」


「どうしてもって言うなら……将来カトラスさんがすごい騎士になって領地をもらったときに、ふらりと現れてごはんをねだる権利をもらうってことでどうかな」


「それでは申し訳ないのであります! 今すぐ皆さまのご飯代をお支払いしたいかと──っ」


 カトラスさんは腰にゆわえた革袋に手を伸ばした。


 袋をとめる紐が、切れた。さっきの戦闘で切れ目が入ってたみたいだ。


 サイフ代わりの革袋が、大きく口を開けて──


 馬車の床に、十数枚のコインが飛び散った。


「わわっ。わわわっ──っ!」


 床に這いつくばってコインを集めるカトラスさん。


 転がってるのは銀貨と、銅貨と──それと、




 王冠をかぶった少女の横顔が彫られた、コインだった。




 反射的に僕は『意識共有・改』のログを表示。


 視界にあるコインと、『西風の小銭狩り』が持ってたコインを重ねる。


 ──重なった。寸分の狂いもなく。


 画像に映ってるコインは、右半分だけだけど。


 カトラスさんが持ってるのは──『王家のコイン』だ。


「……これって……王子や王女が生まれると作られる記念硬貨だよな……?」


 しかも、一般には流通しない。


 イリスの話によると、持っているのは王家だけ。他は高位の貴族。それも王家につながりがある者だけ……らしい。


 それを持っているということは──ハイスペック・スリ軍団が探してたのはこの人?


「カトラスさんって……王家の関係者。まさか王子さま……なのか?」


「な、なにを言っているのでありますか?」


 びくん、と、肩をふるわせて──心底びっくりしたような顔で、カトラスさんが僕を見た。


「ボクは王家の関係者などではないのであります! まして王子なんかであるわけがないでありましょう!? なにをおっしゃっているのですか!?」


「そうなの?」


「当然であります!」


 カトラスさんはブレストプレートに包まれた胸を押さえて、宣言する。


「神かけて誓うであります。ボクは王子などではないのであります。ええ、絶対に。ボクがそんなものであったら、なんでもソウマさまの言うことを聞いてあげるでありますよ!」


 カトラスさんは、ぶんぶんぶん、って、こわれそうなくらい首を振って──


「……仕方ありません。助けていただいた身であります。

 ソウマさまたちにはお教えするのです。どうしてボクが、このコインを持っているのかを……」


 ──目を閉じ、静かに語り始めたのだった。

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