第120話「省エネ使い魔をこまかく操って、『運良く』魔物を追い払った」
「……ひとの悲鳴と、魔物の叫び声が聞こえる……『待ち伏せ』って……?」
リタは獣耳を澄ませて、街道の先をじっと見てる。
「セシル。『魔力探知』をお願い。魔法の気配は感じる?」
僕はセシルに聞いた。
「……この距離ですから……まだわかりません。でも、感じ取れないということは、強力な魔法は使われてないと思います」
「『古代語魔法』や『海竜の聖地』で出会ったアイスゴーレムとか、そういうレベルじゃないってことか」
「はい。使われてたとしても、通常魔法くらいです」
ってことは、普通の魔物が襲ってきた可能性が高いな。
確か、ドルゴールさんが手配した荷馬車が、僕たちの前を走ってるはず。あっちは商品を詰め込んでる分だけ足が遅いから、追いついてもおかしくない。というか、他に心当たりがない。
で、向こうは魔物に『待ち伏せ』を受けてる、か。
「……しょうがねぇなぁ」
僕たちは、このまま待機してればなにも起こらないけどさ。
けど、結局は街道を進むことになるから、その途中でズタボロになった冒険者やカトラスさんか……もしかしたら死体を見ることになる。
……冗談じゃない。
せっかくの『働かない人生』に、そんなトラウマ付け加えてたまるか。
「セシル、リタ、レギィ。僕たちはこれから『ごくごく普通に』荷馬車の救援に向かう。いいかな」
「はいっ。ナギさま」
「当たり前の冒険者っぽくね。了解だもん!」
「ふふん。愚民どもよ、主さまの力を思い知るがよい!」
状況を確認しよう。
周辺は森。待ち伏せを受けるとしたら、そっちからの襲撃だと考えるのが自然だ。
敵の戦力は不明。だから、とにかくぶんなぐって被害を与えて、その隙に冒険者たちを救出する。
そのためには、こっちも戦力を増やした方がいいな。
「セシル。前に使った『
「はい。ナギさま」
待ちかねたように、ぴょん、と跳ねて、セシルが僕の前にやってくる。
なんだか期待してるような顔だったから、その銀色の髪をなでながら、僕は聞く。
「魔物の数がわからないから、こっちも戦力を増やしておきたい。でも、ここで魔力を使い切るわけにはいかないだろ?
それで、古代語魔法『
「そうですね……最大召喚数が18体ですから……3分の1までなら、ナギさまからの魔力供給をいただかなくても、なんとか大丈夫です」
さすがセシル、飲み込みが早い。
僕のやろうとしていることをわかってくれてるみたいだ。
「一般魔法の『火精召喚』でも3体まで呼び出せますから、残りを隠すようにして戦えば、わたしたちの秘密もばれずにすむと思います」
それと、古代語魔法『火精召喚』のメリットは細かい指示ができることだ。
普通はサラマンダーに『みんながんばれ』『あいつをねらえ』くらいの指示しかできないけど、古代語で召喚したものはパラメータ設定と、ターンごとの命令ができる。
それを利用しよう。
「それじゃ、馬たち──ピックルとポックルと、馬車をつなぐハーネスをはずして」
僕はセシルとリタに、指示を出す。
魔物が暴れ回ってる世界だから、いざというときのために、馬車と馬を繋ぐハーネスは外しやすくなってる。馬たちに鞍が乗ってるのは、最悪の場合、荷物を捨てても素早く逃げられるように、という商人さんの知恵らしい。
「リタも馬に乗る? それとも──」
「獣人の速度をなめないこと! 馬になんか負けないんだから!」
リタは、ぷんすか、って感じで尻尾を膨らませた。
「了解。じゃあ悪いけどポックル、僕とセシルを乗せてくれないかな」
『がってん!』
『旦那! おいらは!? おいらは用なしですかい!?』
「ピックルには別の役目があるよ。もちろん、危なくなったら逃げていいけど……」
僕は3人と2頭に、作戦を伝えた。
さて、と。
旅もはじまったばっかりだし、無理せず普通に救援しますか。
「行くのであります! 『豪楯撃破(シールドチャージ)』!」
どごん
右肩上がりの楯に突き飛ばされ、ゴブリンが街道に転がった。
カトラスは荒い息をつきながら、ショートソードを構えた。
自分の小さな身体が恨めしい。体重が足りない。全力の突撃スキルでも、決定打にならないなんて。
カトラスの後ろには荷馬車がある。商人のドルゴールさんに『守ってくれ』と頼まれたものだ。けれど、幌はたびかさなる攻撃で破れ、荷物のいくつかは破壊されている。その前には、2人の仲間が倒れている。奇襲を受け、馬車にたたきつけられて気を失ってる。
カトラスを取り囲んでいるのは錆びた剣を構えたゴブリンたち。
少し離れた森の近くでは、戦士たちとオークが戦っている。森から矢が飛んでくるのは、木の間に隠れたゴブリンの
荷馬車を襲ったのは、ゴブリンとオークの混成部隊だった。
数十分前、街道を進んでいたカトラスたちの荷馬車に、森からゴブリンが矢をいかけてきた。
冒険者たちをからかうように、遠距離から矢を射て、森に隠れて、矢を射ての繰り返し。追えば逃げる。諦めて進めば、また矢を撃ってくる。むちゃくちゃうっとうしかった。
ぶち切れた冒険者たちのリーダーが「やっちまえ!」という決断を下したのが十数分前。リーダーさんはせっかちだ。本当はソウマさまたちが同行してくれるはずだったのに、待たずに町を飛び出してしまったくらい。カトラスは……本当は「彼らを待つべきであります」と言いたかった。けど、客人のカトラスに口を出す権利はない。そして、今も。
カトラスが見ている前で、パーティは2隊に分かれ、リーダーを先頭に前衛が森に向かって突撃したら──
森から飛び出してきたオークに、不意打ちを受けた。
オークは人よりも大きな身体に、イノシシのような顔をした魔物だ。手には大きな斧を持っている。
彼らに、冒険者たちは挟み撃ちにされた。正面からはゴブリンの矢、左右からはオークの近距離攻撃。そして、奴らは同士討ちを気にしない。混戦状態になっても、ゴブリンは平気で矢を放ち、オークはその皮下脂肪で矢を防ぎながら、問答無用で冒険者を攻撃してくる。
さらに前衛を引きつけておいて、身軽なゴブリンたちによる荷馬車への直接攻撃となれば、もうそれは魔物の戦い方じゃない。パーティがパニックになるのも無理はなかった。
「……魔物がこんな戦い方するなんて……聞いたことないであります」
荷馬車を囲むゴブリンを見据えながら、カトラスは剣を握りしめた。
こちらの戦力はカトラスを含めて7人。
前衛の4人は身体のあちこちに傷を負い、それでも戦い続けている。
後衛の3人のうち、カトラスはなんとかかすり傷のみ。残り2人はゴブリンの不意打ちで気絶した。
カトラスのまわりにいるゴブリンは3体。
森の前で前衛と戦っているオークは4体。森の中に隠れている敵の数は──わからない。
「──どうすればいいのでありますか!?」
カトラスの頭の中を、思考がぐるぐると回っている。
自分の仕事は戦闘補助。報酬は食費と、旅の間の安全のみ。無理はするなと言われている。
だから、カトラス以外の全員が戦闘不能になったなら、逃げても──
「そんなの、騎士道に反するのであります!!」
カトラスは叫んだ。
危ない。
自分の中の『いないはずの自分』がよみがえってくるところだった。
「仲間を見捨てる騎士がどこにいるのでありますか!? たとえ
叫びながらカトラスが突撃しようとした、とき、
「ふつうキ────ック!!」
真横から飛んできたごくごく当たり前の蹴りが、目の前のゴブリンを吹き飛ばした!
なんのへんてつもない回し蹴りを受けたゴブリンは身体をくの字に曲げて、立木に激突。そのまま数本の枝をへし折って転げ落ち、動かなくなる。
「わぁびっくり! 偶然、クリティカルが入ったようね!」
金色の髪をひるがえし、獣人の少女が、カトラスを見た。
「いつもはこんなにうまくいかないんだからねっ。勘違いしないでよねっ!!」
「あ、はい」
「もっとちゃんとうなずいて。こっち見て。はい、注目」
「す、すいません。わかったであります。わかったであり──」
「ふつう斬り。えい」
獣人の少女に気を取られた瞬間、カトラスの真横で、もう一匹のゴブリンがまっぷたつになった。
助けてくれたのは──
──昨日でドルゴールさまのお屋敷で出会った、あのお方であります。ああ。
──馬に乗って──まるで騎士さまでありますよ。
──ボクが理想とする。正義の。
──ずいぶん長い剣を持っておられます。それに、急に伸びたような? ……そっかー。ボクも疲れているですから、視界がぼやけているのでありますな。慣れない戦いのせいで──あります。
──ああ、最後のゴブリンが燃えているであります。サラマンダー……味方……安心。
ぱたり。
気が抜けたカトラスは、路上に膝をつき、うずくまった。
「間に合った……」
馬に乗ったのなんかはじめてだけど、なんとかなったか。
馬が『
「見事な
僕の前に座ったセシルが言った。
さばいてない。奴隷と馬が優秀すぎただけだから。
僕は状況を再確認。冒険者たちの前衛は、森のそばでオークと戦闘中。おまけに矢の攻撃まで受けてる。後衛と戦ってたゴブリンは倒した。あとはオークを倒して、森で矢を放ってるやつらをおっぱらえばクリアだ。
「リタはカトラスさんたちを、矢の届かないところに移動させて。戦闘はサラマンダーに任せよう。頼む、セシル」
僕は──ちょっと苦労して──馬から降りた。
手を伸ばしてセシルを抱き上げ、地面に下ろす。
「ありがとうございます。では……ナギさまのお言葉通りに──いきます」
セシルが目を閉じて、すぅ、と息を吸い込む。
古代語魔法『
僕の前に表示されたウィンドウには6体分のパラメータが映ってる。能力は調整した通り。サラマンダーたちが見てるものは、パラメータの横に表示されてる。頭の中で全体の位置を確認して、っと。
戦闘準備、よし。
「前衛部隊。整列!」
『オオオオオオオオオ!!』
僕とセシルの前に、3体のサラマンダーが並んだ。
サイズは人間の子どもくらい。背中にコウモリの羽が生えた、2足歩行するトカゲだ。全身、深紅の炎に包まれてる。触れるとすごく熱い。というか燃える。
前衛で戦ってる冒険者とオークがこっちに気づいた。
確か、サラマンダーを3体呼べるのが普通の魔法使いだよな。そして、冒険者もオークも、
……これなら、うまくいくかもしれない。
「冒険者たちの救助に向かう。当たり前のサラマンダーたちよ! 普通に前進!」
号令に合わせて、サラマンダーが進み始める。僕は「味方ですー。当たり前の冒険者が援護に来ましたー」って叫んでから、ウィンドウに指を這わせて、サラマンダーの操作をはじめる。
魔法の維持はセシル担当。操作は僕の担当だ。
「──作戦開始!」
『オオオオオオオオオオ!』
『BUO? BUOOOOO!!』
突撃してくるサラマンダーに向かって、オーク──イノシシ頭の魔物が斧を振り下ろす。
でもそれは、サラマンダーの炎を削っただけ。
サラマンダーはオークの攻撃をなんなくかわし、その鼻先を殴りつけた。
『BUOOOOOOOOOO!!!』
顔面を襲う火炎と熱に、オークが悲鳴を上げる。
「回避ルーチンを優先。速度重視。まとわりつけ──炎を相手に叩き付けるように」
僕はサラマンダーに指示を飛ばす。
オークの攻撃を回避しながら、サラマンダー──炎をまとったトカゲは、オークの胸、背中、首筋に爪を立てる。攻撃力は向こうが上。こっちの武器はスピードと、手数。あとは身体を包む炎だ。
……さすがに
さっさと終わらせよう。
「オークは右利き。でかい斧を重力まかせに縦斬りしてくる。こっちは横方向の回避重視で! 斬られると痛そうだから、無理はするな!」
『オオオオオオオ!』
『BUUUUAAAAA!!!!』
敵のオークは4体。うち2体は冒険者たちと交戦中だ。こっちは残りを3対2で相手してる。
サラマンダーたちはオークの周りを飛び回る。力では向こうが上でも、こっちはスピードと炎のパラメータを限界まで上げてある。まとわりつく。抱きつく。脂肪がありそうなオークの身体に火を移す!
『BUOOOOO!!!! BUO! VUOOOO!!』
オークの腹に矢が当たる。
森の中にいる奴からの誤射だ。身体を包む炎のせいで、サラマンダーには当たらない。傷を受けるのはオークだけだ。
『オオオオオオオオオオ────!』
『BUOOOOOOOOOAAAAAAAGYAAAAAAA!!!』
動きがにぶったオークに、サラマンダーが抱きつく。
炎が敵に燃え移る。そして、絶叫。敵がおびえはじめてる。そろそろいいかな。
「魔物どもよ、聞け! お前らはすでに包囲されている! 森に入った我々の仲間が、火を放っているるのが見えないのか!?」
僕は叫んだ。
『BUO!?』
オークたちが動きを止めた。
森の中から、煙が上がってる。ゴブリンの矢も、いつの間にか止んでる。
『BUO? BUO? BUOOOOOOOO!!?』
オークたちが叫び出す。森から上がる煙と、サラマンダーに抱きつかれた仲間を見て、そのまま──
後ろを向いて逃げ出した。
よし、成功だ。
本当は違う。セシルが呼び出した残り3体のサラマンダーが暴れてるだけだ。
迂回してこっそり森に入り込んだサラマンダーたちは、草を軽くあぶってる。火事にならない程度に。湿ったところを選んで。セシルの助言で、煙がよく出る草を。ついでに森に隠れてた弓兵 (ゴブリン)を
そしてゴブリンの弓兵たちは、ちりぢりに逃げだした。
『BUOOOOOOOOO!』
でも、サラマンダーと戦闘中の2体は、逃げられなかった。
サラマンダーたちにまとわりつかれて、炎の塊になって燃え尽きていく。
今のうちだ。敵の戦力は奪ったし、さっさとここから離れよう。
『旦那ー! お待たせしやした! 見つけてまいりやしたぜ!』
一般人には「ひひーん」としか聞こえない声がして、僕たちの馬──ピックルが走ってくる。その後ろには、別の2頭の馬が続いてる。荷馬車を曳いてた馬たちだ。僕たちが戦ってる間、ピックルには馬の捜索をお願いしてた。同じ馬同士、逃げそうな場所はわかるし、話も通じる。さっすがイルガファ領主家の馬車馬。すごく優秀だ。
「いやぁすごい偶然だねー」
「わたしたちの馬が、荷馬車の馬を見つけてきたみたいですよー。ナギさまー」
「こんなことってあるのねー。びっくりー」
「…………お、おぅ」
冒険者パーティのリーダーの目が点になってるけど、とりあえずスルー。
彼らをせかして、馬たちを荷馬車につないでもらって、僕たちは自分たちの馬車のところへ。
そして──魔物が戻ってこないうちに、僕たちはさっさと出発したのだった。
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