第119話「ちいさな騎士志望者による、資格習得マニュアル」

「それじゃ、デリリラさんはこれから魔族の遺跡を探すため、長距離移動型ゴーレムでも作ることにするよー」




 入り口が塞がれた『デリリラ迷宮』の前で、聖女さまは言った。


 鳥型のゴーレムの中から、ふわり、と、薄紫の髪の女性が現れる。着てるのは白いローブ。身体は半透明に透けてる。聖女さまのゴーストだ。


 聖女さまは、なんだか満たされたような笑顔で、僕たちの方を見た。


「デリリラさんのこと、忘れちゃやだよ?」


 半透明の指で、洞窟を塞ぐ岩に触れる。聖女さまの視線は僕たちを見つめたまま。


 そうして聖女さまは、ゆっくりと洞窟へと入っていく。


 入り口は『暁の猟犬』たちが崩した岩でふさがれてるけど、ゴーストには関係ないみたいだ。


「きっとまた会いに行くからねっ! それまで元気でね! 変なご主人様とそのご一行さま!」


「ありがとうございました。聖女さま」


 セシルは杖を手に、いつまでも頭を下げてた。


 聖女さまの声が遠ざかって──完全に聞こえなくなるまで、ずっと。






 そのあと、僕とセシル、リタ、レギィは別荘に戻った。


 アイネ、イリス、ラフィリアは昨日のうちに、港町イルガファに向けて出発してる。


 馬車に乗って、港町からやってきた兵団に囲まれながら、僕たちにひたすら手を振ってたっけ。


 本当はちょっとだけ心配だけど、イリスも強化したし、アイネとラフィリアが一緒だから、大丈夫だろ

と思う。


 残った僕たちはこれから、別荘の後片付けだ。


 表向き、僕たちはイリスの護衛ってことになってる。ここにいるのは巫女さまが帰ったあとの片付けと、お世話になった人たちへのあいさつのためだ。聖女さまとのお別れは済ませたから、2日遅れで僕たちも出発することになる。


 本当はもう少しゆっくりしてもいいんだけど──


 ……急に、がらん、とした別荘を見てると、なんだか……落ち着かない。


「また雨になると面倒だから、天気がいいうちに出発しようか」


「賛成です。ナギさま」


「別荘もいいけど、やっぱり我が家が一番だもん」


「やーい、主さまのさびしんぼー」


 セシル、リタは同意見。まとわりついてくるレギィは、ほっぺた引っ張って黙らせて、と。


 僕は、別荘の掃除をはじめた。


 そのうちまた休暇を取るかもしれないから、次に来たときも使えるように。


 旅に必要なものは、アイネたちと市場に行ったときに買い込んである。来るときに乗ってきた馬車は、僕たちが使えるように置いてってもらった。あとは、商人のドルゴールさんにあいさつをするだけだ。


 あの人にはお世話になったし、これから別荘の管理もお願いすることになるから。


 そんなわけで夕方、僕はリタと、魔剣状態のレギィを連れて出かけることにしたのだった。






「おお! 護衛の方々はゆっくり帰ってくるように、とは、海竜の巫女はなんと慈悲深いのでしょう!」


 商人のドルゴールさんは、僕の手を握って感激してる。


 そういえばこの人『海竜ケルカトル』マニアだったっけ。部屋の中、人形だらけだし。


「イリスさまが厚遇をされるのも、あなたの能力と忠誠を買ってのことでしょう。こうしてイリスさまの代わりに、ごあいさつにこられるほどですからな!」


「イリスさまに感謝しております」


 僕は言った。


「イリスさまは常に僕を評価してくれる上、ご自身も常に高みを目指して努力されております。あの小さな身体でいろいろなものを受け入れ、自分が変わることにもおびえません。

『知らない場所』にもためらわず踏み込み、粘り強く『欲するもの』を手に入れようと『障害』を排除してたくみに目的を果たすあの姿には感動しました。イルガファ領主家は、もっとイリスさまを評価すべきだと思っていますよ」


「おおお! まさに! まさに」


 ドルゴールさんは、得たり、とばかりに首を振ってる。


 リタは僕の後ろで、口を押さえて、なにか言いたそうなのをこらえてるみたいだ。


 正しく翻訳すると『知らない場所市場』で『欲するものせっけん』のために『障害スリ』を排除して、イリス大活躍! って話だからね……。


「ですが、そんなイリスさまのご厚意に甘えてばかりというのも落ち着きません」


 僕はドルゴールさんの手を離して、イリスの代理っぽく、軽いお辞儀を返した。


「というわけで僕たちも明日、出発することにしました」


「そうですか……名残はつきませんが、仕方ありませんな……そうだ」


 商人のドルゴールさんはぶっとい腕を振り、なにかを思いついたように、


「実は私も明日、王都の方に荷馬車を送り出す予定なのですよ。もちろん、護衛の冒険者は雇ってあります。よろしければ同行されては?」


「僕たちが?」


「街道を進むには、多人数の方が安心でしょう。いかがですかな? なぁに、遠慮はいりませんよ。同行する者は、他にもおりますからな」


 ドルゴールさんはヒゲをなでながら、目を細めて言った。


 いい人だな。やっぱり。


 街道には魔物が出るから、大勢で進んだ方が安全だ。魔物だって知恵はあるから、勝てないと思ったら襲ってこない。他の人がいたらチートスキルが使えないけど、そもそも魔物がいなければ、その必要もないわけだし。


 僕たちの他にも同行する者がいるってのが気になるけど……。


「わかりました。ご厚意に甘えます」


「なんのなんの、私は海竜をあがめる者ですからな。これくらい当然のことですよ」


「出発時間が決まったら教えてください。僕たちの方で合わせますので」


「わかりました──では──」


 ドルゴールさんが言ったとき、ノックの音がした。


 ドアが開いて、娘さんが顔を出す。「来客です」ってつぶやく。


 潮時かな。


「それじゃ、僕たちはこれで」


「おお、お待ちください。せっかくなのでご紹介いたしましょう」


 立ち上がろうとする僕とリタを制して、ドルゴールさんは言った。


「あなたがたと同様に、荷馬車に同行予定の者が来たようです。

 お入り、カトラス」


「……失礼いたします。ドルゴールさま」


 入ってきたのは──小柄な── あれ?


「カトラス=ミュートラン、出立の前のごあいさつに参りました」


 その人物は、ドルゴールさんにと僕たちに深々と頭を下げた。


 背は僕より、頭ひとつと半分、低いくらい。


 髪は白に近い灰色で、首の後ろで結んでる。


 胸には分厚いブレストプレートをつけてる。穿いてるのはズボンだけど──


 ……ごめん、男の子か女の子かわかりません。


「ご紹介いたしましょう。この者はカトラス=ミュートラン。騎士候補生を目指す──────少年です。知人の紹介で、このたび、王都への荷馬車に同行させることとなりました」


 なぜか微妙な表情で、ドルゴールさんは言った。


「カトラス。こちらは『海竜の巫女』イリスさまの護衛であるソウマ=ナギさまと、その奴隷の方だ。どちらも腕が立ち、イリスさまの信頼が厚い方々だよ」


「は、はじめまひゅっ!」


 あ、噛んだ。


 カトラスさんは恥ずかしそうに首を振って、胸を押さえて、深呼吸、


「はじめまして、カトラス=ミュートランであります。あなたがたのお話はうかがってます。海竜という超越存在と対等に話ができる巫女──その護衛の方とお話ができるなんて、光栄なのであります!」


「こちらこそ。騎士になられる方とご一緒できるのは幸いです。騎士といえば──」


 そういえばこの世界の騎士について聞いたことなかったな。


 元の世界の騎士だったら……


「高潔にして主君への忠義を重んじ、貴族にも近い地位である方と聞いたことがあります」


「いえいえ、ボクなんか、まだ候補生の見習いでありますから!」


 カトラスさんは真っ赤になって、ぱたぱたを手を振った。


 正解らしい。


「じ、実戦を経験されている冒険者と比べられるのは、恥ずかしいのであります!」


「でも騎士候補となれば、かなり腕も立つのでしょう。ここで出会えたことが光栄です。いずれ僕たちなど、手の届かない方になられるのでしょうから」


「ボクはまだ西の田舎町から出てきたばかりです。騎士の候補生になれるかどうかも、まだわかりませんでありますし……」


「騎士になるのって、難しいんですよね?」


 とりあえず、話を合わせてみた。


 騎士についての詳しい情報は、あとでみんなに聞いてみよう。


「自分は遠くの地方から来たもので、このあたりの情報には疎いのですが……やはり厳しい条件などがあるのでしょうか?」


「はい。騎士を目指す者は、年に一度王都で試験を受けなければいけないのであります。それをくぐり抜けてはじめて、騎士という資格が得られるのであります!」


 カトラスさんは背筋を伸ばして宣言した。


「試験、ですか。大変ですね」


「その前に面接があります」


 ……どこの世界も同じだな。


 ちゃんとした企業に勤めるようなものだからね。それなりの手続きがいるのは当り前か。


「面接というと……やっぱり、偉い人相手に?」


「はい。まずは先輩騎士の面接を受け、次に中堅騎士の面接を受け、引退騎士の面接を受け、貴族の方々の面接を受け、最後に宰相閣下の面接を受けなければいけないのであります!」


 ちょっと待って、なにその一般面接から役員面接への華麗かれいなコンボ!?


「そもそも面接を受けるためには、王都近くの町で受ける説明会に参加しなければいけません。倍率はかなり高いのですが、なんとか滑り込むことができました」


 説明会の段階でハードルが高すぎた。


「最初に申し込んだときは『受付期間終了』と言われたのですが、ドルゴールさまのご協力で住所をこの町に変えたら『受付期間延長』ということで申し込むことができました」


 出身地差別があからさまだった。


「説明会に参加するにも、規定の鎧、武器、防具をそろえる必要があります。その規定は厳しく、楯の長さが小指くらい短かったり、剣の柄が太かったりするだけでも落とされるそうです。また、楯の上辺を『右肩上がり』にしておくと、縁起がいいので採用されやすくなるのであります。

 どうぞ、ご覧下さい」


 そう言ってカトラスさんが見せてくれた楯は……鋭角に右側が上がってた。ナイフみたいに。


 これ……下手すると自分に刺さるんじゃないかな。利き腕の方だし。


 カトラスさん本人は気づいてないのかもしれないけど──


「戦うときに楯が利き腕に刺さることがあるのですが、心証をよくするためには……」


 気づいてたのかよ!?


 戦いやすさより心証が大事なの? 騎士の審査基準ってそれでいいの?


「ちなみに『円形の楯ラウンドシールド』を使ってる人はどうなるんですか?」


「門前払いになります」


「確かに、集団戦をやる以上、装備は統一する必要がありますからね」


「いえ、協調性がない、ということで」


 ルールが厳格げんかくすぎた。


 でも、カトラスさんは不思議そうに首をかしげて──


「そもそも楯の角度がバラバラなのに、装備の統一にこだわるわけがないではありませんか。ソウマさまはおかしなことをおっしゃるのでありますな!」


 それはこっちのセリフだ。


 騎士資格取得の話だよね。騎士って、高潔な仕事だよね?


 なのに……どうしてこんなにブラックなにおいがするんだろう……。


「それでも、ボクは騎士になりたいのであります。国を守り、正規兵の先頭に立って剣を振るうのは、亡き母の夢でしたから。ボクは商人のドルゴールさまに支援していただいて、やっと説明会に出られるようになりました。それだけで、幸せでありますよ……」


「……そうですか」


 そんなきらきらした目をされたら、なにも言えない。


 僕は騎士についてほとんど知らない。もしかしたら素晴らしいメリットがあるのかもしれないし……。


 せめて、カトラスさんが──レティシアのような──立派な貴族に採用されることを祈ろう。


「人を育ててこその商人です。若い者の支援は、私の望むところでもあります」


 そんなカトラスさんを見ながら、商人のドルゴールさんは満足そうにうなずいてる。


「礼などはいりませんよ。私も冒険者をやっていたころは、他の者にいろいろと助けてもらいましたからな」


 ドルゴールさんの話によると、カトラスさんも明日、荷馬車と一緒に出発するらしい。


 荷馬車を守る冒険者はやとってあるけど、彼はその補助の役目をするんだとか。そうすることで旅費と食費を負担してもらうことになってるらしい。


 説明が終わったあと、カトラスさんは僕とリタを見て、


「た、たびゅのあいだっ!」


 ──また噛んだ。


「……旅の間はいろいろとご迷惑をおかけするかもしれません。それに、腕の立つ冒険者の戦いを見ることで、参考になることもあると思います。どうか、よろしくお願いするのであります!」


「いえ、僕たちはあくまで、イリスさまの護衛の冒険者ですので」


「いえいえ。実践を知っている冒険者の方でありますから」


「騎士って、貴族に次ぐくらい高位の存在なんですよね?」


「地位など関係ありません。騎士は人を守るためにいるのでありますよ」


 カトラスさんは、僕の目を見ながら、むん、と、小さな拳を握りしめた。


「亡き母は、ボクにも父のような騎士になれ、と命令して死にました。父とは……会ったことがないですけど、きっと民を守る立派な騎士に決まっています。ボクはそんなふうになるのが夢なんです」


「……すごいな」


 思わず本音が出た。


 こういう人もいるのか、異世界。


「応援してます。こちらこそ、旅の間、よろしくお願いします。カトラス=ミュートランさん」


「はい! よろしくであります。ソウマ=ナギさま!」


 カトラスが手を差し出してきたから、僕もその手を握った。


 細くて、柔らかい手だった。









 そして、次の日。


 旅の中継地点、翼の町『シャルカ』に向かう馬車の中で──


「──そうね。昨日、ナギが言った通りよ。騎士は貴族に仕えて、領地の一部を任される代わりに防衛の主軸となるもの。まずは王家が与える騎士資格を手に入れて、それから騎士見習いとしてのキャリアを積んで、優秀な者を貴族が採用するの」


「──そうじゃな。昨日、見たところ性別はわからなかったが、美少女である可能性を考えておいた方がよかろう。まずはその正体を主さまが確かめて、優秀であれば採用するのもよかろう」


「その他にも、騎士の資格は手に入れたけど貴族には仕えずに民を守る『自由騎士』なんてのもいるわね。冒険者のパーティに入ることもあるわ。騎乗と戦闘のエキスパートだから、頼りになるもの」


「その他にも、美少女でありながら己の本性を隠しているとすれば、悲しすぎる。ここは主さまがその本性を暴くことで、むきだしの自分を解放してやるべきであろう」


「もちろん、自由騎士は領地も、そこからの収益も得られない。けど、民の尊敬は得られるもん。その道を進むことで、民の信頼を得て、結果的に自分の領土を開拓していく騎士もいるわ。詳しい話は、イリスちゃんの方が詳しいと思うけどね」


「もちろん、男装の美少女となれば、美も快楽も得られない。けれど、押さえつけた情欲は溜まっていく。その道を進むことで、内面の葛藤に苦しみ、結果的に道を踏み外していく男装騎士の物語もあろう。詳しい話は、ちびっこ竜巫女の蔵書にあると思うのじゃが」


「ちょっと待って頭が混乱してきた」


 リタとレギィ、同時に話さないように。あとイリス万能すぎ。


「え? 騎士について聞きたいのよね?」


「うむ。騎士について聞きたいのであろう?」


 ふたりは同時に首をかしげてる。


 そりゃ聞きたいとは言ったけど。


「そもそも、レギィ──お前が言ってるのは別の話だろ」


「昨日出会った騎士候補生の話じゃな」


「僕が聞きたいのは『騎士』ってクラスの話。カトラスさんの個人情報に興味はねぇよ」


「そうか? 男装の騎士というのは美味しい存在だと思うのじゃが」


「………………ソンナコトナイヨー」


「なぜに棒読みなのじゃ?」


 ……確かに、元の世界のゲームでは男装の美少女って結構いたけどね。


「我にはあやつが、そのように見えたがのぅ」


「だとしても、一度会っただけの相手をいろいろ詮索せんさくするのは失礼だろ」


「それは申し訳なかったのじゃ」


「わかってくれたか、レギィ」


「ちびっこ魔族娘と獣耳娘に男装をさせた方が、主さまは喜ぶのじゃったな!」


「わかってくれてなかった!?」


「んー? 一度会っただけの相手に対して、男装じゃと言うのは失礼なのじゃろう? ならば、とこしえに主さまにお仕えする魔族娘と獣耳娘が、髪を短くまとめ、男性用の服を見にまとい、少年のような言葉遣いで主さまにお仕えするのなら問題はあるまい?」


「必要性ないだろ!?」


「そうか、ならばわれが男装をするとしよう。その姿になれば、主さまと四六時中一緒にいても問題あるまい。見た目は、男の子同士なのじゃからな。そして風呂も着替えも一緒、夜も主さまとしとねを共に──むにゅー! ぬしひゃまー! われのほっぺたをもふもふするのはやめるのじゃー!」


 ったく。


 僕は背中にくっついてた人型レギィのほっぺたを引っ張った。


 レギィは、昨日会ったカトラスさんのことが気になるらしい。男装の美少女に違いない、って。まぁ、確かに小柄だったし細かったし、見た感じ、男の子なのか女の子なのかわからなかったけど。でも、ドルゴールさんは『少年』って紹介してたんだから。


 それに、カトラスさんの正体は、今の僕たちには関係ない。


 あのひとは貴族に仕える騎士を目指してる。応援はしてるし、尊敬もするけど──僕たちは何度も貴族と(こっそり)敵対してる。


 たぶん、これからは別の世界の人間として、関わることはないんだと思う。


「王都行きの荷馬車、先に出ちゃったからね……」


 馬車の御者台で前を見ながら、僕は言った。


 僕たちがいるのは馬車の中。ここは翼の町『シャルカ』に続く街道だ。


 左右は森に囲まれてるけど、街道は先まで見わたせる。


 人の姿も、もちろん、先に行ったはずの荷馬車の姿も見えない。


 僕たちが保養地ミシュリラを出てから、2時間近くが過ぎてる。


 本当は、ドルゴールさんが王都に送り出す荷馬車と一緒に出る予定だったんだけど、時間通り集合場所に行った僕たちを待っていたのは、申し訳なさそうにうつむくドルゴールさんの姿と──




『申し訳ありません。雇った冒険者がせっかちで、先に出てしまいました……』




 という謝罪の言葉だった。


 正確には、彼が雇った冒険者たちが「『巫女の優秀な護衛』? 荷馬車を守るのに俺たちだけでは不安だって言われるのか? いくら雇い主とはいえ、失礼では?」っていう言葉を残して、荷馬車と一緒に出発しちゃったらしい。騎士候補のカトラスさんも引き連れて。


 まぁ……それならそれで、こっちは別にいいんだけど。


 セシルとリタとレギィがいれば、なんとかなるだろ。


 パーティの仲間だけの旅ってのも、気楽でいいからね。


「というわけで、悪いけど、帰り道もよろしく頼むよ」


 僕は馬のたずなを引いて、言った。


『おう! お任せくだせぇ、旦那!』


『このお役目を待っておりました! 文字通り馬車馬のように働きますせ、竜殺しの旦那!』


 馬車を引く馬たちから、いせいのいいセリフが返ってくる。


 でも竜殺し違う。飛竜ワイバーンのガルフェは友だちだから。


 出発前にスキル『生命交渉フード・ネゴシエーション』で話した馬たちは、やる気まんまんだ。帰りのスケジュールも伝えたし、成功時の報酬についても話してあるから、きっちり仕事はこなしてくれると思う。荷物も必要最小限で、重いものは積んでないからね。


「セシルもリタも、お休みなんだから、基本的にはのんびりしてていいよ」


「「わ、わかったよ。ナギ(さま)」」


 馬車の中を見ると、セシルとリタが髪を整えてるところだった。


 なぜか頭の後ろでまとめて、お団子にして。


 正面からだとショートカットに見えるように。


 でも、なんでリタは胸に布を巻き付けようとしてるの? どうしてセシルが必死にしめあげてるの? 無理だから。リタのその胸を、サラシで平面的にするのは物理的に不可能だから!


「…………なにしてるの、ふたりとも」


「男装すればもっとナギさまのおそばにもがぁっ!」


「な、なんでもないの。なんでもないのよーっ!」


 なにか言おうとしたセシルの口を押さえて、リタは荒い息を吐きながら、尻尾ぱたぱた。


 僕の背中でレギィが笑う。ったく、100年の時を経た魔剣のくせに、知識を変なことに使いすぎだ。


 セシルとリタに変な知恵つけんな。




「────ナギ……変な音が聞こえる」




 不意にリタが、目を見開いた。


 なにかを探るように、獣耳がぴくん、と震えてる。


 僕は馬たち(ポックルとピックル。出発前のラフィリアが命名)を止めて、馬車の音を消す。


 リタは胸を押さえて深呼吸。獣耳の横に手をおいて、目を閉じる。


「……これは……戦闘の音?」


 僕の方を見て、リタが言った。


「剣を打ち合わせる音と、魔物の声。誰かがこの先で戦ってます。ご主人様!」

 

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