第88話「『4概念チートスキル』には、安全装置がかかってた」

 洞窟の入り口は、背の高い木々に隠れてた。


 ラフィリアの(うろ覚えの)記憶によると、この洞窟も「霧の谷プロジェクト」のひとつとして作られたものらしい。目的は、谷を作るのに関わった古代エルフと魔族の「福利厚生」のため。周囲の魔力を吸収して、清浄な状態を保つようになってる休憩室だ、とか。


 もっとも『霧の谷』ほどすごいものじゃなくて、魔力を注ぐと壁がほんのり温かくなるのと、魔物が近づかないような仕掛けがしてあるだけ。普通の人には見つけにくくなってるのも、『霧の谷』のシステムのひとつ。あとは付属施設として、山のもうちょっと上の方に、お風呂専用の洞窟があるくらい。


 僕たちは一晩過ごすだけだから、それで十分だ。


 ラフィリアは「『霧の谷』本体が壊れたから、そのうち機能を失って、ただの洞窟になるでしょう」って、どや顔で説明してくれた。


 中を調べてみたけど、洞窟には通路と、いくつかの小部屋があるだけ。遺物や魔法の道具はなにもなし。本当にからっぽだった。


 唯一の収穫は、壁に書いてあった『天竜の壁画』だけ。


 描かれていた絵はみっつ。翼を広げた真っ白な竜が天を舞うところと、プラチナブロンドの少女に姿を変えるところと、翼を斬られて落ちるところ。


 最後の絵の下には、天を睨んだ巨大兵器と、それに群がる黒い人影が描いてあった。


 なんだろうな、これは。


 落ち着いたら、天竜の伝説についても調べる必要がありそうだ。


「じゃあ、しばらく休憩して、それから野営の準備をしよう」


 洞窟の入り口で荷物をおろした僕たちは、それぞれの仕事を決めた。


 リタは洞窟のまわりの見回り。


 アイネは食事の支度。


 セシルは洞窟の入り口で見張り。サポートとして魔剣のレギィを置いていく。


 そして僕の仕事は──






「そ、それじゃ、お願いします……お兄ちゃん」


「あたしを……マスターの好きなようにしてください……です」


 僕の仕事は奥の部屋で、イリスとラフィリアを『再調整』すること。


 今回はイリスとラフィリアに『高速再構築クイックストラクチャー』を使っちゃったからね。


 それに『4概念チートスキル』を作ったのは初めてだから、不安定化までにどれくらいの時間があるかわからない。早めに安定させておかないと。


「あたしにとっては、マスターと繋がってるこの感覚も悪くないですよぅ?」


 ラフィリアは自分の胸に繋がってる『魔力の糸』に触れた。


『魔力の糸』は『高速再構築』の副作用で出てくる奴で、長さは3メートル。


 これがある間は、僕とイリス、ラフィリアは離れることができない。ぶっちゃけ、お風呂も着替えも一緒になってしまう。


 それはそれでいいんだけど……いや、やっぱり落ち着かないな。


 イリスは恥ずかしそうにほっぺたを押さえてるし、ラフィリアは……なんだか幸せそうだけど、それはそれ。


「じゃあ、イリスさま、お先にどうぞ」


「イリスが先でいいのでしょうか?」


 自分を指さして、イリスは首をかしげた。


「お兄ちゃんに……していただいたのは師匠が先でしょう? だったら」


「あたしはレプリカとはいえ『古代エルフ』ですよぅ。マスターの一部が身体の中で震えるなんてのはごほうび……じゃなくて、望むところ……でもなくて、どってことないのですよぅ」


「とりあえずこっち向こうか、ラフィリア」


 いいセリフなんだけどさ、なんでいつの間にか背中を向けてるかな、ラフィリア。


 首筋は真っ赤だし、地面にぺたん、と座って、両手で耳を押さえてるし。


「あたしが見てるとイリスさまが恥ずかしいはずですー。なので後ろを向いてるですー」


「師匠……」


「『魔力の糸』のせいで、あたしはここを離れるわけにはいかないですから。イリスさま、はじめてですので、色々緊張するかもしれません。なので、あたしはいないことにして……いない……イリスさまもマスターも、この状態のあたしを放置…………ふふ、ふふふふふ」


 ラフィリアは、動こうとしない。


 しょうがない。ここは本人の意思を尊重しよう。


 実際のとこ、イリスは『能力再構築』したのがはじめてだし、それに竜の血がどう反応するかわからない。それに、まだ小さいから体力も少ない。早めに『再調整』しておきたい。


「じゃあイリス。こっちきて」


 洞窟の部屋の壁に寄りかかるようにして、僕は腰を下ろした。


「…………はい。お兄ちゃん」


 イリスはおそるおそる、って感じで僕に背中を向けて、両脚の間に膝を揃えて座った。


 ちっちゃな頭は、僕の肩のあたり。


 イリスが着てるのは、クエストの前に買った『旅人の服』だ。厚みがある布で出来てて、いつものドレスよりは防御力がある。


「……お兄ちゃんに『はじめて』をしていただくなら、いつものドレスの方がよかったのでしょうね」


 イリスは服の胸をつまんで、はぅ、ってため息をついた。


「……イリスは、みなさんほど大人ではありません。ぺたぺたです……。なのにこんな格好では、お兄ちゃんもがっかりいたしましょう……」


「どんな格好だって、イリスはイリスだよ。僕の仲間だろ」


「でも……この姿だと、貧相なイリスが、ますます貧相に見えてしまいましょう……」


「そんなわけないってば」


 しょげてるイリスの髪を、僕はぽんぽん、と撫でた。


「この姿は、イリスが僕たちの仲間になったって証拠みたいなもんだよ。それともイリスは、館の奥で、毎日ドレスを着る生活に戻りたいのか?」


「────っ!」


 ぶんぶんぶん、って、イリスは首を左右に振った。


 首についた、竜の鱗のチョーカーに触れて、僕を見上げながら、


「イリスは、お兄ちゃんのものです」


「うん」


「ちっちゃくても、どんな服を着てても。どんな姿でも」


「そういうこと」


「服なんて関係ありませんよね? 生まれたままの姿のイリスこそ、お兄ちゃんに差し上げるものなのですから」


 イリスは僕の手をにぎって、にやり、と笑った。


「それに、お兄ちゃんに……していただければ、イリスも少しは成長するかもしれません」


「急がなくていいよ。イリスは、そのままで」


 妄想で暴走したりもするけど、それだってイリスの能力みたいなもんだし。


「いいえ。それではお兄ちゃんとの距離を縮めることができないでしょう?」


「距離なんかもうないと思うんだけど」


 イリスは僕の腕の中。僕の胸に身体を押しつけて、くすぐったそうにしてる。


 ぶっちゃけ密着状態。ゼロ距離だ。


「ひとつになってません」


 でも、イリスは不満そうに、首を横に振った。


「そっか。じゃあ、ひとつになってみようか」


 僕はイリスの胸に、手を当てた。


「いいな。イリス」


「はい……お兄ちゃん」


 イリス、耳まで真っ赤になって、うなずいた。


「イリスの中に、入ってきてください。『魂のお兄ちゃん』」


 どくん、と、イリスの心臓が鳴った。


『旅人の服』の布ごしに、体温が伝わって来る。僕はその中に感覚を伸ばしていく。




「発動。『能力再構築スキル・ストラクチャーLV4』」




 スキルを起動。ウィンドウに、イリスの『幻想空間LV1』を表示させる。




『幻想空間LV1』


『イメージ』 を 『頭の中』 と

                『まわり』に

                      『浮かべる』スキル




 やっぱり、文字がちょっとずれてる。


 不安定化の前兆だ。


「…………イリスのお胸から……お兄ちゃんが入って来てます……」


 イリスは赤い顔で、ぽつり、とつぶやいた。


「いま、イリスの胸の中央にいらっしゃいます。ゆっくりと、さがってきてます。おなか……あし……ぽかぽか。腕も…………手も…………ずっと、深いところ……さわってくださってます」


 イリスはぼんやりした目で、つぶやきはじめた。


「胸……おなか……ぴりぴりしてまいりました。おへそのあたりが、むずむずいたします。いやな感じ……じゃ、ありません。優しくて、やわらかくて…………お兄ちゃんがしみこんでくるみたい……」


「イリス?」


「…………はっ?」


 イリスが閉じかけてた目を見開いた。


「イ、イリスは今、なにを?」


「僕の魔力がどこに入ってきてるか解説してた」


「う、うそ……や、やだ。はずかし…………」


「別に解説しててもいいけど、これからイリスのスキルに触れるよ。大丈夫?」


「も、もちろん」


 恥ずかしそうに両手で口を押さえたイリスは、何度もうなずいた。


「このイリス=ハフェウメア。ちっちゃくても海竜の巫女です。同じ失敗はいたしません!」


「ゆっくりやるから、辛かったら言うように」


「……は、はい」


 イリスの中にあるのは『4概念チートスキル』だからな。いつもと感触が違うのかもしれない。


 できるだけ負担をかけないようにしないと。


 まずは下の方から行こう。


 ずれてる『浮かべる』を持ち上げて──


「ひゃぅっ!」


 イリスの両脚が、びくん、と、震えた。


「あ…………あん…………つまさき…………ぷるぷる……しちゃ……ぅ。なんでしょう……これ」


 イリスは、きれいな足の指を、ぎゅ、っと握って、開いて──


「お兄ちゃんがイリスの……脚……さわさわしてらっしゃいます……指のあいだ……すりすり……じんじん……いたし……ます」


「脚?」


 もう一度『浮かべる』に触れると──


「や、やん……同じとこ……だめです……イリス……そこ……よわい……ゆびのあいだ……やぁ……」


 ほんのり桜色になったイリスの脚に、鳥肌が立ってる。イリスは切なそうに、膝をこすりあわせてる。ときどき、ぴくん、って爪先を逸らして、脚を伸ばして、腰を浮かせて──それから、かくん、と力を抜いて──。


 自分が声を出してることに気づいて、口を押さえて──押さえきれなくて──


 また、膝をこすりあわせて──その繰り返し。


 僕が触れてるのは4つ目の『概念』だけど、イリスは両脚をくまなく撫でられてるって感じてるみたいだ。


 いつもの『再調整』と反応が違うな……確認してみよう。


「イリスの状態を詳細開示」


 指示すると、別ウィンドウにイリスの全身図が表示された。


 魔力の流れをチェックすると……両脚の魔力が強くなってる。


 今、いじってるのは4つめの概念『浮かべる』だ。


 じゃあ、ひとつ上の『まわり』を指で軽くつん、っと──すると?


「ふわぁあああああああんっ!」


 イリスのお尻が、ふるふると震えた。


「お、おにいちゃん……だ、だめ。イリスのよわいとこ…………ばっかり……いけません。や……頭のなか……ちかちか…………ひゃぅあああっ!」


 イリスが細い喉を逸らして、声をあげた。


 ずれた概念『まわり』を軽く指で押しただけなんだけど。


 イリス、両脚の付け根を押さえて、身体を縮めてる。


 丸めた背中が痙攣けいれんしてる。ちょっと触れただけなのに。


 僕はイリスの全身図を再確認。


 3つ目の概念に触れた瞬間、イリスの膝上から下腹部までの魔力が強くなった。具体的には、肌色だったのが桜色になってる。じゃあ、2つ目の概念──『頭の中』に触れると?


「…………んっ! あ……はぁ」


 今度ははおへその上から胸の下あたりまでが桜色に染まる。


 確認のために、1つ目の概念『イメージ』を指で軽くつまんでみると──


「ん────っ! ん────っ! ひぅ! あ…………」


 反応が変わった。


 イリスは胸を反らして、僕の上着の裾を、ぎゅ、って掴んだ。うつろな目で、口をぱくぱくと開いて──心配だから首筋に触れると──「ひゃんっ」って、甘い声を出してる。


 ──『4概念チートスキル』の秘密がわかった。


 4つの概念は、それぞれイリスの身体の一部とリンクしてるんだ。


 下から『爪先から膝』『膝上からお腹の下』『お腹の上から、胸の下』『胸から頭』って具合だ。まるで、スキルがイリスの分身になってるみたいに。


 そして4つの『概念』に触れると、イリスの身体の対応する場所が反応する。


 そこに集中して魔力が流れ込み、イリスを刺激してる──ってとこか。


「……これが『能力再構築LV4』の力か……かなり危険だよな」


 ぶっちゃけると、奴隷を完全に支配する・・・・・・・・・・能力だ。


『4概念チートスキル』が奴隷の分身なら、それを支配することで、ご主人様は奴隷のすべてを自由にできてしまう。もっとも『能力再構築』スキルを持ってるってのが前提だけど。


 奴隷を強くする代わりに、そのたずなもしっかり握る。


『能力再構築』には……そういう安全装置が装備されてるんだ。


 …………別にこっちは、奴隷を完全支配なんかするつもりないんだけどな。


 あくまでこの効果は、スキルを効率よく安定させるだけものものってことにしとこう。


 スキルの『概念』がイリスの身体とリンクしてるなら、どこに刺激が行くか教えられるから。そうすれば、イリスだって心の準備ができるはずだ。


 今、不安定化してるのは3つめの『まわり』と4つめの『浮かべる』だから……。


「イリス、ちょっと聞いて」


「…………ふぁ……はい。おにい、ひゃん」


 イリスはうつろな目で、僕を見た。


 すりすり、って、伸ばしたふとももと、爪先をこすりあわせてる。


「……ばれちゃいました……イリスの……よわいとこ…………ぜんぶ。どうしましょう…………はずかし…………ふれて…………ほしぃ…………でも……」


「大丈夫。もうそんなに負担はかからないと思う」


「…………ふぇ? んっ、あ……」


 安心させるように首筋をなでると、イリスは気持ちよさそうに目を閉じた。


「スキルを効率よく安定化させる方法がわかった。イリスは3番目と4番目の『概念』が不安定化してるから、そこに魔力を集中すればいい」


「…………そう、なのですか……?」


「うん。そこはイリスの爪先からおへそのあたりまでに対応してるから、イリスはそのあたりの刺激に備えててくれればいい。あとは任せて」


「はいぃ……おねがいします……って、お兄ちゃん!?」


 イリスは真っ赤な顔で、僕を見た。


「……つまさきから……おなかは……イリスの一番よわい──あ。待って。いまされたら……イリスは──」


「……イリスは?」


「……………………し、知りませんっ!」


 ぷぅ、って、ほっぺたを膨らませるイリス。


「……もう……わかりました。イリスは爪先から頭のてっぺんまで、お兄ちゃんのものって決まってますから……どうぞ、好きにしてください。い、いやじゃありません………………ち……ぃぃ、ですから……」


「そっか」


 イリスの意識ははっきりしてる。大丈夫そうだ。


『再調整』を再開。僕は『概念』をふに、って押して、魔力を注ぎ込む。


「……おにいちゃ……おにい、ちゃんんんんっあっあっあっああああっ!」


 イリスの脚ががくがくと震えだす。


「やだ。はしたない……おもってたのと、ちが…………すごぃ……イリスわ……イリスは…………ぁんっ」


「続けても平気? イリス」


「んっんっんっんっ!」


 イリスは口を押さえながら、何度も首を縦に振る。


 よし。できるだけ効率良く行こう。


 時間をかけると、イリスの体力がもたないかもしれないから。


 ウィンドウでモニターしているイリスの状態を見ながら、下の方の『概念』に集中して──


「────んっ」


 次に4つめの概念『浮かべる』を、指先でとんとん──って。


「おに──ちゃ。それ、イリスの……ゆび……ひとつひとつ…………ふにふに……さわさわ……あ。だめ……」


 よし『浮かべる』が少しだけ元の位置に動いた。


 次は3つめの概念──イリスの膝上からおへそのあたりまでに対応してる『まわり』を──


「んぁ────────っ!」


 びくん、びくびくんっ!


 イリスの小さな身体が、跳ねた。


「おにいちゃ! イリスを──まっしろに──だめ。やめ────やめ……なくて────や──また、また────あ──────っ!」


 イリスは背中を反らして、僕の身体に小さなお尻をこすりつける。


「や────おにいちゃ……イリスのふかいとこ──つっついてるのに──イリス──おにいちゃと──離れて──ます──ふく────じゃま────いらない。もっと──もっと──くっつきたい──だめ。はしたない。イリス……おかしい……ぁ」


「もうちょっとだけ我慢して、イリス」


「とけちゃう──イリス──とかして──おにいちゃの──なかに──ひとつに────して────」


 ずれていた『概念』が戻っていく。


 ウィンドウの中に『再調整』の文字が、ゆっくりと浮かび上がっていく。


「おにいちゃの魔力があがってまいります……つまさきから……脚……イリスのよわいとこ…………さわさわして……お腹のふかいとこ…………ん、あ、やあああああ──────っ!」


 汗で、イリスの肩に『竜の鱗』が浮き上がる。


 僕とイリスの魔力に反応して、真珠色に輝きはじめる。


 イリスは小刻みに身体を揺すってる。魔力が深いところまで流れ込んでいく。モニターしてるイリスの全身図に魔力が行き渡る。スキルが安定する。今だ──!


「スキルを『再調整』する! 実行『能力再構築LV4』」


 がくん、がくがくん


 イリスの小さな身体が、こわれちゃうんじゃないかって思うくらい、震えて。


 それから、くたん、と脱力した。




『幻想空間LV1』


『イメージ』を『頭の中』と『まわり』に『浮かべる』スキル




 よし。スキルは安定した。


 一応、ゆるいところがないか確かめるために、全体を指でつーっと──


「…………はぅっ。あ…………」


 イリスの身体がまた、ぶるぶる、って震えた。


『4概念チートスキル』は、奴隷本体とすごく近いものになってる。


 組み合わされた『概念』が、彼女たちの身体そのものになってるみたいに。


 一度『再構築』したら……もう取り出さない方がいいな。このまま安定させておこう。


「おにいちゃ……イリス……からだ……あつい……」


「うん。じゃあ、セシルにお願いして水を持って来てもら──」


「あつぃ……やぁ。あついよぉ…………」


「イ、イリス?」


 ぷちぷちぷちぷちっ!


 イリスは『旅人の服』のボタンを、ひきちぎるみたいに外した。


 それからスカートの部分に手をかけ、頭まで一気に──


「………………こんなの着てたら……おかしくなっちゃ……います……あつぅい……」


 服を脱ぎ捨てたイリスは、壁際に、横になった。


 ウィンドウでイリスの状態を確認すると──『魔力残滓放出中』──ってなってる。


『再調整』のために注ぎ込んだ魔力を、放出する必要があるみたいだ。


「風邪ひかないように、と」


 僕は横たわったイリスに、上着をかけた。


 イリスは、ていっ、って感じで、脚にからみついた下着を振り払って、そのまま僕の上着を抱きしめて──すぅ、って寝息を立て始めた。


 状態は……『魔力残滓放出中:順調』


 問題はないみたいだ。


「さて、と、ラフィリア」


「あ、あ、あたしは平気ですぅ。なんともないですよぅ」


 絶対嘘だ。


 首筋に汗の粒が浮いてるし、ピンク色の髪は額にはりついてるし。


「ラフィリア=グレイスはマスターの優秀な奴隷ですぅ。スキルが不安定になるくらい、どってことないです。もう一日くらいこのままでも──」


「はいはい。ちゃっちゃと『再調整』しようねー」


 問答無用でラフィリアの胸に触れて、スキルの状態をチェック。


 ラフィリアの『竜種旋風LV1』は、どんな状態かというと──




『竜種旋風LV1』


『『『竜竜竜巻巻巻』』』を『『『自自自由由由』』』に     『操る』

             『『『作作作りりり出出出ししし』』』』   魔法




 かなりフリーダムな状態になってた。


「……こら、ラフィリア」


「ど、どうってことないですよぅ。これくらい。まだまだまだまだ……」


「だからなんで逃げようとするの?」


「も、もうちょっと……放置プレイというのはそれなりに味が」


「なに言ってんだ伝説種の末裔まつえい。こら、逃げるな!」


 僕は『魔力の糸』をウィンドウから召喚して、ラフィリアの『竜種旋風LV1』を縛り上げる。


「あ、あれ? 動けないです。身体。ぴくりともしませんよう?」


 同時に、逃げようとしてたラフィリアの動きが、止まった。


 四つん這いになったまま、ぴたり、と硬直してる。


「で、ですがこれもまた一興いっきょう……ふふ」


「一興じゃねぇ。大人しく『再調整』されろってば」


『4概念チートスキル』は、持ち主と深く繋がってる。


 だから、スキルの方を拘束すれば、本体も動けなくなるみたいだ。


 そう説明すると、ラフィリアはほんのり濡れた目を細めて、


「なるほど。強力なスキルを手に入れた奴隷でも、マスターには絶対逆らえないような仕組みになっているですねぇ」


「人聞きが悪い」


 でも、まぁ、そうなんだけどさ。


「たち悪いよな、レベル4」


「あたしとしてはごほうびですけどねぇ」


 ラフィリアは尖った耳の先っぽまで真っ赤にして、照れくさそうに言った。


 僕は動けないラフィリアを、壁際に座らせる。両手は膝の上。僕が密着できるように、ラフィリアの両膝を開かせる。


 汗で濡れたラフィリアの身体は、まるで見えない糸で操られてるみたいに、僕の思う通りに動いてくれる。なんだか命令でむりやりしてるみたいだ。


 これは、本当に抵抗された時だけにしよう。


 というか『再調整』に抵抗するのなんてラフィリアくらいだろうけど。


「ねぇ、マスター」


 ラフィリアは、なぜかさみしそうな目で、僕を見た。


「あたし、作られたものですよぅ?」


「知ってるよ。別に気にしないってさっき言っただろ」


「知ってます。でも、同型のあたしが、他にもいるかもしれないですよ?」


「それは、見つけたときに考えるよ」


 同時代に動き出すようになってるかどうかはわからないし、他に何人いるのかも不明だ。


 もちろん、見つけたら保護するつもりでいるけど。


「ラフィリアの姉妹がブラック労働してたら、できるだけ助ける。心配しなくていいよ」


「マスターなら……そうですよねぇ。でもね、同型のあたしが他にもいても、一番しあわせなのはこのラフィリア=グレイスだけなのですよぅ?」


 そう言ってラフィリアは、僕の手に、真っ白な手のひらを添えた。


「だって、マスターに触れていただくよろこびを知ってるのは、同型の中で、あたしだけです。だから、このラフィリア=グレイスは最強なのですよぅ」


「最強なんだ?」


「それはもう最強です。超絶無敵なのですよぅ!」


 むん、と、ラフィリアはこぶしを握りしめた。


「それにラフィリアはもう『過去に作られたもの』じゃないからな」


「え? マスター?」


「ラフィリアは僕がちゃんと書き換えてる。古代エルフがなにを考えてたかは知らないけど、そんなのはもう、ラフィリアには関係ない」


 僕が言うと、ラフィリアはびっくりしたみたいに、目を見開いた。


「ラフィリアは僕がカスタマイズした、僕の奴隷だ」


 ラフィリアを作った『古代エルフ』がなにを考えてたのかなんて知らない。


 だけど、あいつらが作った不運招来スキルは破壊した。ここにいるラフィリアはもう別のものだ。自分の意思で考えて、自分の意思で動いてる。ブラックな使命から解放された、新しいラフィリアだから。


「だから、もう『作られたもの』とかこだわらなくていい。それだけは言っておく」


「マスター……」


 ぽろん、と、ラフィリアの目から、涙がこぼれた。


「で、でも、あたし。あたしを今の姿に作ってくれたひとには、感謝しているですよ?」


 ラフィリアは僕の手を握って、やわらかい……大きな胸に、押しつけて、


 まるで僕の手を包み込もうとしているみたいに──


「あたしの胸をおっきく作ってくれたから、こうしてマスターの手を抱きしめることができるです。それは、とてもしあわせなことです……」


「……そっか」


 ラフィリア、すっきりした顔してる。ふっきれたみたいだ。


 よかった。それだけでも『霧の谷』を攻略した成果が──


「ところでマスター。おっきな胸とちっちゃな胸、どっちがお好きですかぁ?」


「いい話が一瞬でだいなしになったよ!?」


「大事な話ですよぅ? 奴隷のみんな、知りたがってると思うですよー」


「……えー」


「ほらほら、教えてくださいよぅ」


 僕の耳元に顔を近づけて、はふはふ、って息を吹きかけてくるラフィリア。


 この状況がそういうこと聞くかな。


「…………どっちでいいだろ。みんなのものなら、そんなの」


「あ、マスターが照れたですぅ!」


 ラフィリアが、ぱぁ、と、笑顔になる。


 スキルが身体の中で震えてるってのに、ふっふーん、って勝ち誇るみたいに鼻を鳴らして、僕の顔をのぞき込んで、不敵な笑みを浮かべる。そしてイリスの方を見て、


「イリスさま聞いてください! って、イリスさま、まだふわふわしてるですねぇ。ねー、こっち見てくださいよぅ。マスターが照れてます。とっても貴重な──あ──ああんっ!?」


 よし『再調整』を開始しよう。


 このままだと話が進まないから。迅速かつすみやかに。


「や、マスター!? いきなり大量の魔力をそそぐのだめです! ずるいです! 強くするの、だめ。あたしのスキルの下の方の文字、いっきに揺さぶるのだめです。かりかりもこりこりもだめです。や、あ、持ち上げられちゃ──────もう────まっしろになっちゃうです────! や、あ、ああああああああ────────────────────────────っ!」


 問答無用。


 これ以上、不安定化した『4概念チートスキル』を放置するわけにはいかないからね。




 そんなわけで『安定化』のやり方がわかったから──


 僕は最速・最大効率でラフィリアの『4概念チートスキル』を安定化させたのだった。







「ふにゃ……………………………………」


 脱力したラフィリアは、イリスの隣で横になった。


 ウィンドウで状態を確認したけど、問題なし。イリスより身体が大きい分だけ、ラフィリアは『魔力残滓放出』の効率がいいみたいだ。まだちょっと、ぴくぴくしてるけど。


「おつかれさま。ふたりとも」


「…………おにいちゃ…………イリス……これ……すき……」


「……マスター…………ふへ。へへへぇ。すきすきかける800万、ですよぅ……」


 ふたりとも『安定化』後の経過は良好、っと。


 じゃあ、見張りを交代しよう。レギィ(『再調整』を見学したいってのたまってたから、セシルに剣ごとあずけてきた)も、じりじりしてるだろうし。


 僕が部屋を出ようとすると──




 ころん




 足に、なにかが触れた。


 固くて、丸いもの──


『天竜の卵』だった。


「…………お前さ、荷物と一緒にセシルのところに置いてきたよね? どしたの?」


 卵は答えない。


「もしかして、様子を見にきた、とか?」


 やっぱり返事はない。


 大丈夫かなぁ。これ。悪い感じはしないし、嫌われてるような気もしないんだけど。


「僕はこれから見張りをして、見回りにも行くけど、どうする?」


 歩き出すと……ついてくる。ころころ、って。


「わかったよ。でも、一緒にいるのはお前を別荘に安置するまでだからな」


 そう言って、僕は『天竜の卵』を拾い上げた。


 横を見ると、通路の壁に天竜の壁画。真っ白で翼を広げた竜。


 この卵が、あの巨大な翼を持つ竜になるところは想像できないけど。


「その代わりお前が成長したら、味方になってくれる?」


 そう言うと『天竜の卵』は、ちょっとだけ温かくなった。


 イエスってことでいいのかな。


「こらー。主さまー。我を放っておくとはなにごとかー」


「お疲れさまです。ナギさまー」


 洞窟の入り口では、セシルと、人の姿になったレギィが見張りをしてた。


 ときどき、思い出したようにじゃんけんを始めてる。退屈しのぎと、疲れてるから眠らないように、ってことかな。チップ代わりに、折った小枝をやりとりしてる。今のところ、セシルの圧勝みたいだ。


「さっき、リタさんが一度戻って来ました」


 僕に向かって身を乗り出して、セシルは言った。


「まわりに魔物はひとは、まったくいないそうです。念のため、もう少し遠くまで見回りするって言ってました」


「それと、巨乳エルフ娘が言っていた『お風呂がある洞窟』を見つけたそうじゃ。あとで行ってみるとよいじゃろう……というか、連れてけ、主さま」


 むー、っとうったえかけるみたいに、レギィはそんなことを言ったのだった。

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