第171話「待ち合わせの時間を過ぎたので、仲間をこっそりお迎えに行くことにした」

 聖女さまから『りとごん』を受け取ってから、翌日。


 狩りで仕留めた『ダークイボイノシシ』を素材に、料理の下ごしらえをして、僕たちは『イリス・ラフィリア歓迎会』の準備を進めていたのだけれど──




「……いくらなんでも遅すぎる」




 次の日の夜になっても、イリスとラフィリアは来なかった。


 2人は残りの仕事を片付けたら、すぐに追いかけるって言ってた。今のイルガファ領主家では、イリスの立場も良くなってる。新領主のロイエルドも彼女を尊敬してる。むりやりこき使われることもないはずだ。


 ラフィリアもいるから、多少のトラブルなら問題なく突破できるはず。


 なのに予定の日を過ぎても、来ないってことは……。




「……やっぱり、不自然だな。イリス、時間には厳しいタイプなのに」


転移魔法陣てんいまほうじんは、問題なく作動しているのでありますのに」


「なにかあった、と思った方がいいですね……」




 僕とカトラスとセシルは、別荘の奥の間に描いた魔法陣を見つめていた。


 リタもアイネもレティシアも、イリスたちを心配している。


 特にレティシアは、イリスたちとあまり会ったことがないから、一緒に遊ぶのを楽しみにしてた。それが延び延びになってるせいで、なんだかがっくりしてる。


 聖女さまも「まだかなまだかな。新しい遊び相手はまだかなー」って、会うたびわくわく顔で聞いてくるくらいだ。


「僕も、パーティ全員でのんびりするのを楽しみにしてたんだけどな……」


 ……ただ待ってるのも、そろそろ限界だ。


「カトラス。フィーンにお願いして、転移魔法陣を起動してもらってくれ」


 僕は言った。


「今日転移すれば、明日には帰ってこられるよね。僕が直接、イリスとラフィリアを迎えに行く」


「あるじどのみずから出られるのでありますか?」


「ただ待ってるだけってのは性に合わないからね。2人の様子を見に行くだけだよ。状況がわかれば安心だろ?」


「そうで……ありますね」


 カトラスは納得したようにうなずいた。


「では、わたしたちの中から護衛ごえいをお選びください。ナギさま」


 そしてセシルは、びしっ、と気をつけの姿勢になって、僕に告げた。


 ……でも、護衛?


「いいよ。すぐそこだから」


 歩いて戻るなら別だけど、転移魔法陣は一瞬でイルガファに戻れる。


 1日あれば魔法陣も復活するから、別に危険なことはないと思うんだけどな。


「あのですね、ナギさま」


 セシルは僕の手を握って、間近で顔を見上げながら、


「ナギさまは、イリスさんとラフィリアさんの到着が遅れてることで、心配されていますよね?」


「うん。様子がわからないと気になるからね」


「わたしがナギさまのことを心配するのも、同じ理由からです。転移魔法陣は一度使うと魔力の充填じゅうてんが必要になりますから、再起動までに時間がかかります。その間になにかあったら……って、どうしても考えてしまうんです」


「でも、魔力の再充填には1日あれば充分だよね?」


「1日は24時間もあるんですよ?」


 セシルは、ぎゅ、と僕の手を握りしめた。


「その間、わたしたちはずーっと、ナギさまを心配していなきゃいけなくなります。わたし、自信があります。ナギさまになにかあったらって思うと、ごはんも食べられなくなっちゃいます。夜だって眠れなくなっちゃいます。そうなってやつれた顔を、ご主人様にお見せしたくなんかないです」


「……う」


「ですから、どうぞ、奴隷どれいのうちの誰かを、護衛としてお連れください。ご主人様」


 セシルは僕の目の前にひざまづいた。


 カトラスもそのとなりで同じようにする。


 ……確かに、セシルたちの気持ちもわかるな。


 この保養地と港町イルガファでは『意識共有マインドリンケージ・改』も届かない。

 一度転移したら音信不通になっちゃうわけだから、仲間──家族としては心配するよな。

 僕がイリスとラフィリアを心配しているように。


「わかった。じゃあセシルとカトラスには、護衛としてついてきてもらうよ」


「で、できれば、そこは公平に選んでいただいた方が……」


 セシルは、なぜか頬を真っ赤に染めて、首を横に振った。


「言い出したのはわたしですけど……これだと、なにか抜け駆けしたみたいで……みなさんに申し訳がないです。

 それに……わたしはナギさまから……たくさんのもの……いただいてますから。その……充分すぎるくらい。これ以上もらったら、ばちが当たっちゃうくらい……です」


「……そ、そっか」


 目が合った。


 なんだか気恥ずかしくて、僕とセシルはお互いにうつむいた。


 なんとなく、セシルの言いたいことがわかったような気がした。むちゃくちゃ照れくさいけど。言葉にしてしまったセシルの方は、目をうるませて、ほっぺた押さえたり胸を押さえたり……お腹を押さえたりしてる。


 隣にいるカトラスは、きょとん、としてたけど──


「なるほど。やはりあるじどのは素晴らしいお方でありますな」


 不意にカトラスは、ぽん、と手を叩いた。


「一番長くご一緒しているセシルどのには、特別な報酬をさしあげているわけですな!」


「……は、はい。ナギさま……わたしの望みをかなえるために……くださいました」


「なるほど! 乙女おとめの望みを叶えてさしあげるとは、あるじどのはなんと高潔こうけつな方でありましょうか! セシルどののような乙女が、全身全霊ぜんしんぜんれいでお仕えされているのがわかるのであります!」


「…………い、いえ、わたし……もう、おとめじゃ……その」


「セシルどのがこんなふうに耳たぶまで真っ赤になって感謝するほどの報酬。興味があります。ぜひ、ボクにも同じものをいただきたいところですな!」


「カ、カトラスさんも、ですか!?」


「はい! できれば、あるじどのから正しく受け取れるように、側でセシルどのに見守っていてほしいくらいであります!」


「わ、わたしが……カトラスさんがナギさまに──いただくとき、おとなりに……?」


「ボクはまだまだ奴隷として未熟でありますから。失礼がないように、セシルどのに詳しくやり方を教えていただきたいのであります!」


「そ、そんな……むりです。わたしだってまだ……いちどしか……あの、そのあの……」


 セシルの全身が真っ赤になって、ふるふると震え出す。


「ちょっと待ってカトラス。セシルはもう限界──」


「ナ、ナギさまぁ! 手を引っ張らないでくださいぃ……い、いま触れていただくのはだめです。わたし、頭のなかぐるぐるして……いろいろ思い出しちゃって……あぅ……」


「わぁっ。セシルどの、どうしてへなへなと崩れ落ちていくのでありますか!? あるじどのー! みなさまー。セシルどのがたいへんなことにーっ!」


 手遅れだった。


 というか、つっこむタイミングを見つけられなかった。


 真っ赤になったセシルは僕の腕のなかで気絶して、カトラスは慌ててアイネたちを呼びに行き──


 いつの間にか天井あたりに現れてたレギィとフィーンが、ほっぺたを押さえて笑っていたのだった。









 そんなわけで、護衛役ごえいやくはくじ引きで決めることにした。


『イリス&ラフィリアお迎え組』のメンバーは、僕を含めて3人。


 全員で行くことも考えたけど、それだとイリスが気にしそうだからね。


 そんなわけで厳正げんせいな(レティシアも含めた)くじ引きの結果、僕の護衛に選ばれたのは。




「はぅ…………当たってしまいました」




 まだ真っ赤な顔をしてるセシルと、




「せっかくなので、イルガファでお買い物をしてくるの」




 自作のマイバッグを手に、準備万端のアイネだった。




「仕方ないですわね。わたくしはリタさん、カトラスさんとフィーンさんと留守番していますわ」


「助かるよ。レティシア」


「別にわたくしは、本気でナギさんの護衛をしたかったわけじゃないですもの。みなさんがくじを引いてるのを、ぽつん、と見てるのが嫌だっただけなんですからねっ」


「ボクはこっちで、魔法陣の管理をしているのでありますよ」


 レティシアとカトラスは、はずれくじを手にうなずいてる。


 リタは──




「……私、くじ運ないなぁ」




 部屋のすみっこで、ひざをかかえて座り込んでた。


 獣耳がぺたん、と、倒れて、尻尾も力なく床の上で伸びてる。


 いや……そこまで落ち込まなくても。


「リタさん、アイネと交代する?」


「くじは公平だもん。ズルは駄目なんだもん」


 リタはこっちに背中を向けたまま、ぶんぶん、と首を横に振った。


 いじっぱりだった。


「……あの、ですね、リタさん」


 不意にセシルが立ち上がり、リタの隣に座った。


 ちっちゃな身体を寄せて、ほっぺたを近づけて、小さな声でささやきはじめる。


「……リタさんは、転移が苦手ですよね?」


「……そうだけど……ナギを守るのは私の仕事で……」


「……でも……リタさん……もしかしたら獣人の村で……ナギさまと」


「なんで……わかるの!?」


 びくんっ。


 リタの背中が震えた。


 なぜか肩越しにこっちを見て、目をうるませて──


 それからふたりは、さらに小声で話しはじめる。


「……なんとなく……おふたりの……距離……」


「…………わぅぅ……」


「…………ですから、今は身体を大切にした方が……」


「……ど、どういうこと?」


「……リタさん、転移が苦手ですから…………負担が……」


「……い、いくらなんでも……気が早す……」


「……気をつけるに越したことは……」


「そ、そうかも……」


「……だったら、ここは様子を……」


「……そ、そうね。セシルちゃんの言う通りね」




 ひそひそひそ、ふむふむふむ。


 こくこくこく、うんうんうん。




 顔を寄せ合って話し合うセシルとリタ。


 2人とも、うなじのあたりまで真っ赤になってる。ときどきリタの尻尾が、ぴくん、と跳ねたり、くたー、ってなったりしてるんだけど……なに話してるんだろう。




「は、話はまとまりました」




 しばらくしてセシルが立ち上がり、僕に向かって深々と頭を下げた。


「わたしはリタさんの分まで、一命をして、ナギさまの護衛を務めさせていただきます!」


「わ、私は、この場所と……その……い、色々と守るから。大事にするからねっ」


「……うん」


 とりあえず、話はまとまったようで、よかった。


「よくわからないけど、よかったであります」


「リタさんがいてくだされば、わたくしも安心ですわ」


「なぁくんのことは、アイネにお任せなの」


 カトラス、レティシア、アイネも納得したみたいだ。


『ふにふに、ふみ』


 足下でふわもこゴーレムが、僕を見上げてた。


「『りとごん』も一緒に来る?」


『ふみーん』


 ふわもこゴーレムの『りとごん』はうなずいた。


『ふみふみ、ふにに』


『りとごん』は白い翼で、僕の足を叩いてる。心配してくれてるみたいだ。


 別にそんな大げさな話じゃない。僕が心配性なだけだ。


 元の世界でブラックな仕事をやりすぎたせいで、家族と連絡が取れなくなると不安になるんだよな。なにか悪いものに捕まってるんじゃないか、って。イリスもラフィリアも『チートキャラ』だから、大抵のことは平気だと思うんだけど……。


 問題は、2人では手に負えないチートな自体に遭遇そうぐうしたときと──


 自分以外の『無視できない相手』がピンチになったときくらい、かな。




「……様子を見にいくくらい、いいよな」




 そんなわけで、僕とセシル、アイネは『はたらきもの2人の出迎え作戦』を実行することにしたのだった。









「──転移完了、っと」


 十数分後。


 僕たちは『転移魔法陣』を使って、港町イルガファの自宅へと戻った。


 僕の右側にはセシル、左側にはアイネ。背中には魔剣のレギィ。そしてセシルの腕の中にはゴーレムの『りとごん』。全員異常なしだ。


 数日留守にしていただけなのに、家の中はなんだかがらんとしてる。


 人の気配はまったくしない。イリスとラフィリアは、まだこっちには来てないのか?


「ううん。来てると思うの」


 キッチンに入ったアイネが、首を横に振った。


「微妙に椅子の位置が変わってるの。セシルさんとイリスさん用の、一番背の低い椅子。たぶん、イリスさんは一度、ここに戻って来てるの」


「ナギさま。リビングに羊皮紙が置いてあります」


 セシルに呼ばれて行くと、テーブルの上に、文字が書かれた羊皮紙ようひしがあった。


 イリスが書いたものじゃない。彼女の字はもっと丸っこい。


 ラフィリアの筆跡ひっせきとも違う。彼女の字はもっとこう……形容けいようしにくいくらいに個性的だ。羊皮紙の文字はすごく事務的な、格調高い文字だった。おそらく、イルガファ領主家の誰かが書いたものだろう。


 内容は──




『イルガファ新領主ロイエルド 新人研修日程表』




「……新人研修のお知らせ?」


 イルガファ領主家はいろいろあって養子を取ることになってる。


 この前、そのお披露目パーティをやって、イリスもそれに参加してた。新しい次期領主はまだ幼い少年で、名前はロイエルド。領主になるべき教育はあまり受けてなかったそうだから、研修会をやることにした、ってことか。




「でも、この日程……」


「過ぎてますよね?」


「それに、イリスさんが参加するとは、どこにも書いてないの」




 日程表によると、研修会の最終日は3日前。


 これにイリスが参加してるとしても、とっくに終わってなきゃおかしい。


 日程表がここにあるということは、イリスかラフィリアがこれを置いていった、ということになる。見せたい相手は僕たち。イリスのことだから、僕たちが様子を見に来ることも計算に入れてたんだろうな。


「研修の内容は、座学、領地視察……スペシャルメニュー?」


「スペシャルメニュー、ですか」


「特別な訓練があるってことなの?」


 ……嫌な予感がするなぁ。


 僕はバイトだったから、新卒就職の研修なんか受けたことはない。けど、職場の人に話は聞いてた。真に恐ろしいことは予定表プログラムには書かれていない、って。


 社員同士の親睦を深めるためのスペシャルイベントとか、評価基準が定まっていないものこそが、恐怖の対象になりうる──って。


「さすがにそれはないか」


 イルガファの領主さんも、イリスの兄の事件で変わった。


 ブラック企業のようなことは、もうやってないはずなんだけど……。




「「「『『…………』』」」」




 僕とセシルとアイネ、ついでにレギィと『りとごん』は顔を見合わせた。


「とりあえず、領主さんに面会を申し込んでみようか」


 僕は言った。


 幸い、アイネはイリスのお供として領主家にいたことがある。表向きはイリスのお気に入りのメイドで、不定期で雇用されてる、ってことになってるはずだ。でも、領主さんは僕たちのことを知ってるから、アイネ経由で『海竜の勇者が会いたがってる』ってことを伝えて──


 十数分後。領主家から使いが来て、僕はイリスの父親に呼び出された。


 そうして領主の間に行ってみたら、





「申し訳ありません『海竜の勇者』どの! お助けくださいっ!!」





 僕たちは港町イルガファを治める領主さんに、土下座どげざされたのだった。

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