第172話「『新人研修』のあとしまつと、主従をつなぐ『白き翼』」

「話を聞く前に確認です。イリスとラフィリアは無事なんですか?」


 座り込んだ領主さんと目線を合わせて、僕は聞いた。


「他の話は後でいいです。まず、イリスとラフィリアがどうしてるのか教えてください」


「ふ、ふたりは……無事です」


 領主さんはやっと、それだけを口にした。


「イリスと、メイドのエルフの少女は問題解決のため、現場近くにおります。正規兵が守っているので、問題はないかと」


「……そうですか」


 よかった。それだけが心配だったんだ。


 2人が無事なら、あとはどうにでもできるからね。


「それで『助けて欲しい』……というのは?」


「次期領主のロイエルドの『新人研修』の途中で事故があったのです……」


 領主さんは途切れ途切れに話し始めた。


『新人研修』──って、さっき見た羊皮紙に書いてあったやつか。


「追放されたイリスの兄に代わって、養子になった次期領主のロイエルドに──次の領主としての自覚を持ってもらうために『新人研修』を行うことにしたのです。具体的には──」


「早起きして海岸で叫んだり、スローガン──いや、港町の目標を暗唱あんしょうしたり?」


「イリスから聞いていらっしゃったのですか?」


 いえ、元の世界での情報です。


「他に、領主の補佐役と共に寝起きして、一体感を高めるというものもありました。お互いにはげましあって、連帯責任でやたらと長い距離を歩く、というものも。

 あとは参加者全員名前を捨てて、記号で呼び合うことにして、さらにお互いを全否定し尽くして人格を再構築するというのもありました」」


「……意味あるんですか、それ」


 しかも、最後のはどう考えてもやばすぎる。


「私の補佐役がぜひに、と進めるもので」


 領主さんは困ったように頭を掻いた。


「まぁ、イリスの反対により、中止になったのですが」


「でしょうね」


 イリスは僕の世界のブラックな仕事の話も聞いてるからね。彼女がそんな研修に賛成するわけないよな。


「ただ、私の補佐役が勝手に『古い塔の上で危機感を高めることで協調性を増す研修』を実行してしまったのです……」


 イルガファの領主さんは、とても長いため息をついた。


 あとになって確認したら、それは領主家と取引のある商人の、そのまた知り合いから紹介された研修だったそうだ。


 でもって、領主さんの補佐役はすでにその研修を手配してしまっていた。


 イリスは取り消すように言っていたのだけれど、補佐役の人は『研修コーディネーター』から『すべてを取り消すとキャンセル料がかかる。研修プログラムをひとつだけでも実行してくれれば、キャンセル料と相殺そうさい』と持ちかけられて、話に乗ってしまったそうだ。


 そしてイリスも、領主さんも気づかないうちに『領主さまの命令』ということにして、次期領主の少年を研修にさそって──


「大事故になってしまった、というわけです」


 ……あちゃー。


 僕とセシルとアイネは、一斉に額を押さえた。


 なんか元の世界でも聞いたことあるんだけどな……。損害をゼロにしようと裏技つかって、逆に大やけど……って。


「本当に、高い塔の上で過ごして協調性を高めるだけのはずだったんですが……」


「強力な魔物でも出現したんですか?」


「……本当にイリスから聞いてないんですか?」


 聞いてない。


 ただ、正規兵でも、イリスとラフィリアでも対処できないとなると、それくらいしか思いつかない。


 でも、これでイリスたちが、こっちに来られなかった理由がわかった。


 イリス、責任感強いから、そんな状態で仕事をほっぽり出すなんかできないよな……。


「状況を教えてください」


 僕はセシルとアイネにめくばせした。


「今回だけ、僕たちがこっそり手を貸します」


「……おお」


「ただし。3つ条件があります。この事件が終わったら、イリスたちには今度こそ、問答無用で長期休暇ちょうききゅうかをあげること。それと──」


 補佐役の人と、研修をもちかけた相手──『研修コーディネーター』の背後を調べること。


 こっちは念のためだ。


「最後に、僕たちはあくまでも、イリスたちのサポート役です。報酬は彼女たちに」


 僕は言った。


 領主さんはうなずいた。


 よし、こっから先は好きにやらせてもらう。僕たちの目的はイリスとラフィリアの──家族のサポート。塔の上にいる次期領主さんロイエルドの救出と、大迷惑かけてくれた領主補佐役の人は──そっちは生きてればいいかな。


「それじゃ、セシルとアイネもつきあって」


 僕はふたりの方に向き直って、言った。


「イリスとラフィリアも、ふたりに会いたがってるだろうし、アイネのごはんを恋しくなってるかもしれないからね」


「はい。ナギさま」


「うん。元気になるご飯をつくるの」


 セシルとアイネはうなずいた。


 あとは──


「『りとごん』、お前も手伝ってくれるかな?」


『ふみふみ、ふに!』


 ぱたぱたとはばたきながら、僕の肩に乗ってくる『りとごん』。この子もやる気まんまんだ。『りとごん』の移動速度が速いのは実験済み。もうちょっとチートな使い方をすれば、今回の仕事で活躍してくれるはずだ。


「──では、お前の全機能を解放する。『りとごん』」


 僕は『りとごん』の胸と、自分の左腕に触れた。


 まずは大急ぎで、イリスとラフィリアに連絡を取ろう。


 ふたりのメンタルも心配だからね。


 一緒に事件を片付けて、のんびり遊びに行こうって伝えよう。












 ──イリス視点──





「お兄ちゃんをお待たせするなんて、イリスはなんてことを……」


 森に張られた天幕てんまくの外で、イリスはぼんやりとつぶやいた。


 ここはイルガファから、徒歩2時間ほどの距離にある、森の中。


 彼女の足下には小さな道があり、山の上へと続いている。


 その先にあるのは、古びた塔だった。リーグナダル王国ができる前に作られたもので、このあたりにあった小国が見張り塔として使っていた。


 でも今は完全に放置され、石壁さえもくずれかけている。


 この場所をイリスの父──イルガファ領主の補佐役の女性が『次期領主ロイエルド新人研修会』のために使おうと言い出したのは数日前。イリスは父を通して反対意見を伝えたはずだったが、いつの間にか研修は実行されていた。


 塔の最上階には補佐役の女性が、そして次期領主の少年、ロイエルドがいるはずだ。


 王都からやってきた『教育コーディネーター』という得体の知れない相手を、補佐役の女性がどうして信じたのかはわからない。


 イリスの兄がいなくなり、イルガファの体制が変わったことから、なにか功を焦っていたのかもしれない。


「イリスにはもう、そういう考え方は理解できませんけれど……」


 出世欲とか、功名心とか、イリスはそういうものに興味はない。


 興味があるのは──


 ぽんぽん、ぽん。


「……はぅ」


 イリスは胸を叩いて、なんとなくため息をついた。


「セシルさまから、胸を大きくする体操を教わってはいますが……自分では効果はわかりませんね……」


 ──お兄ちゃんと合流したら、『うっかり』お風呂でばったり出会ってみましょう。


 ──そして以前、一緒にお風呂に入ったときとの違いを見比べていただくのです……。


 うんうん。と、イリスはうなずいた。


「その前に、この事件を解決しなければいけませんね……」


「どうしましょうねぇ。イリスさま」


 隣に立つラフィリアも、困った顔で塔を見上げている。


 天幕の中では正規兵せいきへいの隊長たちが、事態の打開策を話し合っているはずだ。


「とにかく、ロイエルドを助け出さないことには、どうにもならないでしょう」


「あの『巨大陸ヘビグレーター・ランドヴァイパー』をどうやって引きはがすか、ですねぇ」


 イリスとラフィリアは、そろってため息をついた。




「…………たす……けてー。りょうしゅさまぁ……」




 塔の窓から、かすかな叫び声が聞こえた。


 たぶん、補佐役の女性のものだろう。


 塔の出口は最上階の窓と、1階の扉だけ。


 しかし、扉の方はふさがれている。




『シュシュ』『シュー』『シュ、シュシュ……』




「「……うわ」」


 塔のまわりから聞こえた鳴き声に、イリスとラフィリアは顔をしかめた。


 ここからでも、塔に巻き付いた・・・・・・・巨大陸ヘビグレーター・ランドヴァイパー』の姿がはっきりと見えた。


 緑色の鱗と、赤い眼球。そして大きく開いた口。


 1体1体の大きさは、大人の身長の数倍はある。動体の太さもそれくらいだ。


 それが10体以上、『新人研修会場』の塔に巻き付いているのだった。


「出口も、窓も、ヘビの胴体がふさいじゃってますね……」


「視線を合わせたらだめですよぅ。さっき、正規兵さんが威嚇いかくしたら、壁を崩そうとしたですから」


 ロイエルドたちがいるのは100年近く前に建てられた見張り塔だ。


 最近は、整備も補修もされていない。


 窓の格子がしっかりしているのが救いだが、それ以外はぼろぼろだ。


 下手に『巨大陸ヘビ』を刺激したら、塔が崩れかねない。


「今だって……ぐらぐら揺れておりますからね」


「なんであんなところで研修会やろうとしたんでしょうねぇ」


「なんでも、危機感を高めることで、吊り橋効果を狙っていたらしいですよ。師匠」


「でもねぇ。ヘビが来たのは、本当に偶然なんですかぁ?」


「さー」


「さー、ですねぇ」


 イリスとラフィリアは顔を見合わせた。


「……この計画を立てた『研修コーディネーター』は、王都から来られたそうですね」


「……すでに姿をくらましちゃってますけどね」


 事故なのか、陰謀いんぼうなのか、今はまだわからない。


 ──どうしよう──イリスは考える。


 魔物を倒すだけなら難しくない。兵士たちが一斉に矢を放てば数匹は倒せる。あとは反撃してきた敵を、正規兵全員で倒せばいい。


 けれど、塔の中には次期領主のロイエルドがいる。イリスにとっては血縁の少年で、これから港町をしょって立つ人だ。まだ若いのに、こんなことで死なせたくない。それに、ここでロイエルドを失ったら、せっかく落ち着いた故郷が、まだ混乱してしまう。


 イリスにとって、港町イルガファの巫女だということは、ずっと重荷だった。


 けど、今のイルガファには、イリスの大切な人の家がある。


 とにかく、町は平穏でいて欲しい。でないと、イリス自らが町を治めるために仕事をしなければいけなくなる。そうなったら……。


「──お兄ちゃんといちゃいちゃする時間が、なくなってしまいます」


「──大問題なのです」


 イリスとラフィリアはまじめな顔でうなずいた。


 すみやかに解決する。そして、ご主人様のあとを追いかける。


 やるべきことは決まっていた。あとはその方法だけだ。


「師匠の『不運消滅』と『豪雨弓術』で、蛇すべてにクリティカルヒット……いけますか?」


「眼球を狙えばなんとかなるですよぅ。その後『竜種旋風りゅうしゅせんぷう』で吹き飛ばして、あとは正規兵さんにおまかせですねぇ」


 ひそひそひそひそ。


 イリスとラフィリアはしゃがみ込み、額を合わせて話し合う。


「問題は蛇が暴れた時の塔の被害。これは予測が難しいでしょう……」


「向こうが暴れる暇もなく、一瞬で無力化する手段が欲しいですねぇ……」


 イリスとラフィリアは顔を見合わせる。


 お互いがなにを言いたいのか、言葉にしなくてもわかった。


「「……お兄ちゃん(マスター)がいれば……」」


 なにも怖くない。


 成功しても、失敗しても、万が一、それで命を落としたとしても……怖くない。


 でも、相談するのも怖かった。


 困っています──と言えば、彼女たちのご主人様はきっと助けに来てくれる。そうなったら、奴隷の自分たちが迷惑をかけることになってしまう。本当は、なにごともなくナギたちに合流できるはずだったのに……。


「こんなことでは……奴隷どれい失格でしょうね……」


「マスターに顔向けできないですよぅ」


『ふみふみ、ふに』


 ぽんぽん、ぽよん。


 気がつくと、イリスとラフィリアの間に、真っ白がぬいぐるみが立っていた。


「あれれ? どちらさまですかぁ?」


『ふみふみ、ふみー』


「おや、なんだかよく知る魔力を感じるですよぅ」


 ラフィリアは白い指で、ぬいぐるみの表面をなでた。


「白い竜のゴーレム? でも、やわらかい。ふかふかふにふに……これは一体?」


『ふにに、ふみー』


 白い竜のゴーレムは翼で、涙目のイリスの肩を叩いた。


 まるで彼女をなぐさめているかのようだった。


「どこから……? いえ、こんなものを作れるのは……?」


 イリスは竜のゴーレムを抱きしめた。


「それに、なんだかなつかしいぬくもりでしょう。これはお兄ちゃんと……もうひとり。もしかして──これは」


『でんごんだよ。イリスおかーさん』


 声がした。


 真っ白なゴーレムの口元から、イリスの知っている、かわいらしい声が。


意識転移機能いしきてんいきのうのロックを、おとーさんが解除してくれたよ。だから、こうして飛んでこれたの』


「やはり、シロさま!?」


「シロさま! もう生まれたのですかぁ!?」


『ちがうよー。ラフィリアおねーさん』


 よく見ると、竜型ゴーレムの首には、銀色の腕輪がついていた。


 ナギの腕にあるはずのワールドアイテム『天竜シロの腕輪』だ。


『これは……えっとね。「かっこいいせいじょさま」が作ってくれたゴーレムかと。おとーさんが聖女さまのお仕事の報酬としてもらったの。それでね、それでね。おとーさんはこれを、シロの「仮の身体」にすることにしたかと。飛んで、素早く、イリスおかーさんのところに行けるように』


「どうして……?」


 イリスはぽかん、とした顔で、問いかける。


「どうしてお兄ちゃんがこちらに? それに、シロさまの腕輪はとても重要なアイテムですよね? どうして?」


『イリスおかーさん、がんばりやさんだから』


 シロ入りの『りとごん』は、イリスの頬に顔をこすりつけた。


『困ったことがあっても我慢して、泣いてるんじゃないかって思ったんだって』


「……お兄ちゃんってば……もう」


 イリスは思わず顔をおおった。


 せっかく来てくれたシロに、泣いてるところを見られたくなかった。


『おとーさんも、すぐ近くに来てるよ』


 イリスの耳元で、シロがささやいた。


『シロは、イリスおかーさんとラフィリアさんにそのことを伝えるため、一足先に来たの』


「……はい……ありがとうございます。シロさま」


 なぜか声がふるえて、それ以上はなにも言えなかった。


 ──まったく、お兄ちゃんってば。


 ──助けに来て、イリスを泣かせて、いったいどうするつもりなのですか?


 ──イリス、ちっちゃいですけど、発展途上ですけど──魂の約束、しちゃいますよ?


 ──おねだり、しちゃいますよ? 嫌だといっても、魂でつながっちゃいますよ。お兄ちゃん。


「ということは、マスターは近くにいらっしゃるのですねぇ?」


『うん。シロは一足先に来たの。作戦を伝えるためだよ!』


 ラフィリアとシロの声が聞こえる。


 イリスは服のそでで顔をぬぐって、こぶしを握りしめる。


「では、その作戦を教えてくださいませ。シロさま」


 そして深呼吸して、告げる。


 目の前にいるシロは竜型のゴーレムだけれど、なんだか、笑っているように見えた。


 イリスは胸を押さえる。どきどきしている。でも、これは不安からじゃない。


「もう勝ったも同然、でしょう?」


 つぶやいて、山の上にある塔を見上げる。


 まとわりついている『巨大陸ヘビ』の数は変わらない。


 塔はきしんで、壁をつくる石が少しずつはがれかけている。


 ──ほんっと、こんなところで『次期領主ロイエルド新人研修会』やるなんて、わけがわからないでしょう。危ないこと、疲れること、無理矢理に協調性をすり込むこと──ほんっと、ばかばかしい。


 イリスは心の中で吐き捨てた。


 だって、イリスにはそんなものは不要だから。


 いちいち協調性を高める必要なんかない。だって──


「そんなものなくとも、イリスたちはこうして繋がっているのですから」


 イリスは服のポケットから、短いひもを取り出した。


「師匠。お願いいたします」


「承知なのですぅ! 変身ですねぇ!」


 しゅる、と、ラフィリアの指が、イリスの髪を結んでいく。


 髪型はふわふわポニーテール。それにバンダナを結べば──


「ここからはお兄ちゃんの奴隷どれいとしてのお仕事です! 『謎シーフ、メロディ』爆誕ばくたんでしょう!」


「同じく謎エルフ、ラフィー! やるですよぅ!」


 髪をポニーテールに結んだラフィリアが拳を突き上げる。


『だったらシロは、謎ドラゴンかと!』


「ならばおそろいのリボンをつけましょう!」


 イリスはシロ入り『りとごん』の尻尾に、ピンクのリボンを結びつけた。


「「『作戦開始!!』」」


 びしっ。


 イリスとラフィリアとシロ(りとごん)は同時に塔を指さした。


「待っていなさい。この事件がただの愚行でも、なにかの陰謀でも──」


「マスターの奴隷たちが、ばっちり解決してみせますよぅ!」


『ではでは、これがおとーさんの作戦かと!』


 そしてシロがイリスとラフィリアに、ナギの作戦を伝え──




 ナギ・パーティによる『新人研修会のあとかたづけ大作戦』が開始されたのだった。







──────────────────



今回登場した(組み合わせ)アイテム


『シロ入り「りとごん」』


 シロの意識を入れたやわらかゴーレム「りとごん」

『天竜の腕輪』を装備することで、シロの身体となり『天竜の魔力』さえも使用することができる。

 そのため、飛行能力がかなり上昇し、普通に『しーるどっ』『れびてーしょん』も使用可能。

 自分の意思で行動する上に高速移動。その上、おそるべき防御力を兼ね備えた、謎ゴーレムになってしまった。

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