第173話「『非殺傷魔法』で、魔物をほどよく塔から引きはがそうとしてみた」

 ──次期領主ロイエルド視点──





「ひぃぃ……ごめんなさいごめんなさい」


「いや、ですから別に責めてはいませんよ。自分は」


 次期領主の少年ロイエルドは言った。


 それに対する回答は──「ひぃぃ」という短い悲鳴。


 この『次期領主新人研修』を提案してくれた補佐役のテーメルは、きっと優秀な女性なのだろう。そうでもなければ領主さまが推薦するわけがない。若く、まじめで、ロイエルドの補佐にちょうどいい。だから仲良くなっておいた方がいい。


 そういう理由で、今回の研修は行われたのだったが……。


「まさか……こんなことになるなんて……」


 ロイエルドは窓の外を見て、ため息をついた。


 ここは、港町イルガファの近くの森。そこに建つ塔の中だ。


 補佐役テーメルが手配したのは、不安定な場所で領地運営について話し合うことで一体感を高めるというプログラムだった。


 ボロボロの塔の中、この最上階でランプをつけて領地の未来について話し合っていたときは、確かに一体感があったようが気がした。


 ロイエルドだって10歳に満たないとはいえ、イルガファ領主家の人間だ。港町の運営が難しいことは知っている。それを徹夜で、しかも不安定な場所で話し合うというのに、ちょっとだけロマンを感じてしまった。


「……あんな巨大な魔物が来るなんて……思わなかった」


 ずずず、と音がした。窓の外を『巨大陸ヘビグレート・ランド・ヴァイパー』が通り過ぎていく音だ。


 塔にからみついているヘビは、何体いるのだろうか。


 一体一体が巨大で、動くたびに塔が揺れている。しかも奴らは肉食だ。


 窓には鉄の格子がはまっているが、いつ破られるかわからない。塔の出口はヘビの胴体で塞がれている。万一扉が開いたとしても、ヘビの胴体に潰されるか、巨大な口で飲み込まれるかだろう。


「……これも試練これも試練。自分に課せられた試練」


 ロイエルドは震えながらつぶやくしかできなかった。


「……コストを減らさなければいけなかったんです。無駄な経費を使うわけにはいかなかったんです。キャンセル料を支払うよりも、その分、研修を行った方がいいでしょう? わかりますよね。わかってくださいますよね?」


 彼のつぶやきに、別の言葉が重なった。


「……こっち向いてしゃべってよ。テーメルさん」


「ひぃっ」


 ロイエルドが問いかけると、補佐役テーメルはまた、悲鳴をあげる。


 たよりにならない大人だった。


 ロイエルドは『海竜ケルカトル』に守られている『港町イルガファ』にはロマンを感じていた。


 きっと、すごい人に治められていると思っていたのに。


「……神秘なんて、どこにもないのかなぁ」


 ロイエルドが神秘を感じたのは、数人だけだった。


 そのうちの一人は──イリス=ハフェウメア。


 海竜の言葉を伝えることができるという、文字通り、神秘的な巫女姫だ。


 彼女は他の人とは明らかに違っていた。目が輝いていた。すごく楽しんで生きているような気がした。きっと、彼女は海竜ケルカトルに愛を注いでいるのだろう。でなければ、あんなにきれいなはずがない。


 彼女がいつも連れているエルフのメイドさんが美しいのも、きっと巫女と同じく、海竜に忠誠を誓っているからなのだろう。そういえば最近よく一緒にいる栗色の髪のメイドさんも同じ感じがする。大きくなったら、あんな大人になりたいなぁ……。


「……神秘的なことなんて、そんなにあるわけないよね……」


 そう言ってロイエルドが窓の外を見ると──




『部屋の中央にいてくださいね』




 空中に、大きな羊皮紙ようひしが浮かんでいた。


「…………え?」


 陸ヘビたちを刺激しないためだろう。離れたところをゆらゆらと漂っている。


 不自然だった。羊皮紙は常に、ロイエルドのいる方に文字を向けている。


 幻想でも見ているのかな──ロイエルドがそう思っていると、文字が少しずつ形を変えていく。


 次に現れたのは『これから魔法を使う。必ず助けるから、心配しないで』という文字。


「なんですかこの神秘」


 指示された通り、ロイエルドは部屋の中央に移動した。


 ついでに怯えた大人も引きずって。


 あとはもう、できることはない。ただ、じっと待つことだけ。


 この状況を、本当になんとかできるんだろうか。


 塔は巨大陸ヘビに絡みつかれている。剣や魔法で攻撃すれば、ヘビたちが暴れだし、塔が崩れる。ヘビを一瞬で殺すような強力な魔法を使えば、中にいるロイエルドたちも被害を受ける。かといって放置すれば、いずれヘビたちはロイエルドに気づいて攻撃をはじめる。


 ロイエルドを救出するには、ヘビに気づかれないように、一瞬で、安全な魔法でヘビたちを倒すしかない。そんなことができるとしたら──


「『海竜の巫女』さま。お助けください……」


 ロイエルドは、いるはずもないイリス=ハフェウメアに手を合わせた。


「助けてくださったら、このロイエルド=ハフェウメアは巫女さまと海竜ケルカトルに忠誠を誓います。港町イルガファは、あなたの町となるでしょう──」


 そんなことをつぶやきながら、ロイエルドが祈っていると──



「──え」


『グガラバッ!?』




 地上より飛んできた魔法が、巨大陸ヘビを一瞬で無力化したのだった。








 ──ナギ視点(十数分前)──





「今回は『非殺傷魔法ひさっしょうまほう』を使おうと思う」


 集まった仲間の前で、僕は言った。


 セシル、アイネ、イリス、ラフィリアは僕を囲んで、話を聞いてる。


『りとごん』に入ったシロは僕の腕の中だ。自分の、ふわもこな身体を確かめるように、ふるふる動いてる。


 僕たちはいるのは、塔が見える森の中。


『巨大陸ヘビ』に見つからないように隠れているところだ。


「作戦の目的は、新領主のロイエルドの救出だ。そのために、セシルの力を借りる。ヘビが暴れ出す前に倒さなきゃいけないから、古代語魔法を使うことになるよ」


「承知いたしました。ナギさま」


 セシルが、しゅた、と褐色かっしょくの手を挙げた。


 彼女にうなずき返してから、僕は続ける。


「使うのはできるだけ安全な魔法だ。ロイエルドと補佐役の女の人は、塔の最上階にいる。小さな塔だからね。火炎魔法や氷結魔法、それに風系統の真空魔法なんかを使うと、中に被害が出る可能性がある」


「ということはわたしのスキル『魔法属性変更エレメンタル・チェンジャー』の出番ですね、ナギさま」


「うん。それで聞くけど、火・水・風・地の魔法で、一番まわりに影響が出ないのは?」


「……『水』、ですね」


 セシルは少し考えてから答えた。


「『魔法属性変更』なら、『火炎魔法』を、氷結魔法にも常温の水魔法にもできますから。それなら熱くもなく冷たくもなく、痛くもなく切れたりもしないと思います」


「わかった。じゃあ『水魔法』で『巨大陸ヘビ』を塔から引きはがす。あとは魔法でボコるか、アイネの『汚水増加』で干物にする。これでいこう」


 たぶん、これが一番安全な手段だ。


 今回の目的は次期領主のロイエルドくんの救出で、敵を倒すことじゃないからね。


「そういうこともできるのですか……便利なのですねぇ。セシルさまの『魔法属性変更』って」


 ラフィリアが感心したようにうなずいた。


「あたしも魔法使いですからねぇ。そういう『ちぃとすきる』なら、欲しいですよぅ」


「……はぅっ!」


 セシルが胸を押さえた。


「そ、それは……ナギさまに言っていただかないと」


「そうなんですかぁ?」


「それに……ラフィリアさんのときは、別のスキルに覚醒かくせいするかもしれないですから。それもやっぱり、ナギさまと、ラフィリアさんの潜在能力次第じゃないかって思うんです」


「わかりましたぁ。そのときはご指導くださいね。約束ですよー」


「は、はいぃ」


 セシルは真っ赤になって──僕の方を見た。


 照れてる理由は、わかる。『魔法属性変更』はその……セシルと『結魂スピリットリンク』して覚醒したスキルだからね。ラフィリアは無邪気に笑ってるから、そういうこと気づいてないだろうけど。


 アイネは……優しい顔でうなずいてる。イリスは、ぽん、と手を叩いてる。


 ふたりともなにかを察してるな。きっと。


 そうだよね。家族で一緒に暮らしてるんだから、そういうこともあるよね……。


 シロ(『りとごん』)は「あれれ? なんだか空気がももいろだよー」って首をかしげてたけど、僕が背中を撫でると「あったかいー。ふみふみ」って、笑い出した。シロも意外とするどいな……。


「と、とにかく。今回はロイエルドたちの安全が最優先だ」


 僕は話を戻した。


「無理に『巨大陸ヘビ』を倒す必要はない。塔からひっぺがす方向で行こう」


 それから僕は、イリスの方を見た。


「イリスは偽装ぎそうと、ロイエルドにメッセージを伝える役目をお願い。魔法の影響を受けないように、なるべく部屋の中央にいてもらって」


「承知いたしました。お兄ちゃん!」


「アイネとラフィリアはおとり役だ。ラフィリアの魔法で『巨大陸ヘビ』の注意を引いて。アイネは作戦中、まわりを警戒してて」


「わかったの」「わかりましたぁ」


 イリスとアイネ、ラフィリアはそろってうなずいた。


『おとーさんおとーさん、シロは!? シロもはたらきたい』


「シロは塔の中にいる2人を守って。『しーるど』を使っていいからね」


『はーい。シロもはたらくかと!』


 作戦はこれでOKだ。


 イルガファ正規兵のみなさんは、一旦離れてもらった。


 目撃者は、今のところ誰もいない。


 アイネも見回ってくれるから、大丈夫だろう。


「ところでお兄ちゃん。『非殺傷魔法ひさっしょうまほう』って、どんなものですか?」


「文字通り、相手を傷つけずに無力化する魔法だよ。僕の世界には、暴徒鎮圧とかに使われる道具があったんだ」


 傷つけずに吹っ飛ばしたりして、無力化する奴。


 対人戦闘する時のために、そういう魔法も実装しておいた方がいいよな。


「それを魔法で実装してみようと思う。正確に、速やかに、敵を無力化するために」










「それではイリスの『ちぃとすきる』を発動いたします! 『幻想空間げんそうくうかん』!!」


 イリスは、改めてスキルを発動した。


 ロイエルドと補佐役の人へは、すでにメッセージを伝えてある。さっき幻想空間で大きな布を作って、窓の外にうかべてた。シロ(りとごん)が布のうしろから確認したら、ロイエルドは確かに布の方を見ていたらしい。あとは、次期イルガファ領主の判断力を信じよう。


「必要なのは身を隠すための『幻想』でしょう。ならば、木々を──!」


 イリスが宣言すると、僕たちの目の前に数本の樹が現れた。


 左右に枝を伸ばした大きな樹だ。僕たちはそれに隠れながら、森の外へと歩き出す。




 すす、すすすっ。




 僕たちが進むと同時に、木々もゆっくりと移動する。さすがイリスが作った幻影、便利だ。


 塔に絡みついた『巨大陸ヘビ』たちは、まだこっちには気づいていない。


 ほどよく近づいたところで、僕たちは進むのを止めた。塔までの距離は、目測で約20メートル。これ以上近づいたら、『巨大陸ヘビ』に気づかれる。敵は塔の中と、反対側でラフィリアが打ち上げてる魔法の方を向いてるけど、油断はできない。


 それに、この距離なら『非殺傷魔法』も届くだろう。


「ちなみに、樹の枝は等間隔に配置しております」


 イリスが、えっへん、と胸を反らした。


定規じょうぎとしてお使いください。お兄ちゃんとセシルさまの魔法の、いい照準となりましょう」


「すごいな、イリス」


 言われるまで気づかなかった。


 僕たちの目の前にある2本の樹は、枝が左右交互に伸びてる。間隔はだいたい1メートル。もちろん、幻影だから当たり判定はない。魔法も貫通・・・・・する。


 つまり、僕たちは塔と『巨大陸ヘビ』に映像の定規を当ててるような状態だ。


「イリスは1日24時間、お兄ちゃんのお役に立つことを考えておりますので!」


 えっへん、と胸を張るイリス。


「もちろん、同じだけの時間、お兄ちゃんから褒めていただくことも考えておりますので!」


「ありがとう、イリス」


 イリスが、ぴと、と、肩を寄せてきたから、僕は彼女の髪をなでた。


 ツインテールの髪はさらさらしてる。でも、肩がかすかに震えてるのは、イリスもロイエルドのことを心配してるんだろうな。


 ロイエルドは港町イルガファの次期領主で、それ以上にイリスを巫女として尊敬してくれてる。それに、まだ10歳そこそこだ。そんな子を見殺しにはできない。それに、ロイエルドが引き取られることになったのも、イリスの兄がしたことが関係してる。


 イリスとしても、いろいろ考えちゃうんだろうな。


「大丈夫だ」


 僕はイリスの頭に、ぽんぽん、と触れた。


「ロイエルドはちゃんと『熱くもなく冷たくもなく、痛くもなく切れたりもしない魔法』で助けるから」


「はい……信じております。お兄ちゃん。セシルさまも」


「そうです。イリスさんが守りたい方を、わたし、傷つけたりはしません」


 セシルは細い腕を、むん、と曲げて宣言した。


「わたし、イリスさんが作ってくれた『幻想定規げんそうじょうぎ』を使って、正確に魔物だけを倒してみせます!」


「お願いいたします。セシルさま」


 そう言ってイリスは、セシルの手を握った。


 自分とあまり背丈の変わらない彼女の身体を引っ張って、ぽん、と、僕の胸の前に移動させる。そしてイリスは僕の手を取って……そのまま、セシルの胸に。


「お兄ちゃんとセシルさまが『魔法的に合体』するところ、見せていただきましょう」


「わかった。やるよ。セシル」


「はい。ナギさま!」


「ええ、今はお兄ちゃんとセシルさまが『魔法的に合体』するところを見せていただきましょう! 今は。ええ、今は『魔法的に合体』するところ……を」


 なんで繰り返したの。


 ……でもって、なんで真っ赤になってうつむいてるの。


「そ、それでは『古代語魔法』を使います。魔力をいただけますか、ナギさま」


「う、うん」


 僕はセシルに魔力供給を開始する。


 セシルは側に置いてあった袋から『真・聖杖せいじょうノイエルート』を取り出し、構えた。


「塔に被害は出したくないから、効果範囲は縮小して。要は、ヘビを『古代語魔法』で吹っ飛ばす感じだよ」


「わかりました」


 セシルは『真・聖杖ノイエルート』の先端がヘビの頭部を向くように、角度調整していく。定まったところで、僕が左手を添えて杖を支える。


 イリスはさらに『幻想空間』で樹の枝を増やしていく。セシルが狙いを定めたところだけ、枝が数センチ間隔で生えていく。それを使って僕とセシルはさらに杖の位置を微調整。照準を合わせていく。


「あの……ナギさま」


「どしたの?」


「……ナギさまからいただく魔力の通りが、だんだん良くなってるような気がします」


「……そうなの?」


「はい。これまではじんわり染みこんでくる感じだったんですけど……今は、まっすぐ、わたしの深いところにナギさまが直結してるような……感じです」


 セシルは耳たぶまで真っ赤になって、うつむいた。


 僕は魔力の流れを再確認。


 うん……確かに魔力の通りが良くなってる。


 これはたぶん、『能力再構築』でモニターしながら、セシルといろいろ繋がったからだ。


 セシルの魔力の通りやすい部分とか、通りにくい部分が、いつの間にかわかるようになってる。いいことなんだろうけど……なんだか、照れくさい。


「わたし、完全にナギさま専用の奴隷になれた、ってことですよね。えへへ」


「…………いいなぁ」


 かすかな声が聞こえた。 


 横を見ると、イリスがぼーっとした顔で指をくわえてた。


「……イリス?」


「……はっ」


 僕の視線に気づいたのか、イリスの顔が、ぽっ、と、真っ赤になる。


「な、なにも言っておりません。イリスは、イリスわぁ……その……そういうことは、アイネお姉ちゃんと師匠にご指導いただきますので!」


「う、うん」


「は、はい。そういうことでしょう。今はお仕事、しましょう。セシルさま」


「は、はい……」


「「「…………」」」


 なんだろう、この空気。


 目の前の塔には魔物がいるのに、僕たちはもう、その後のことを話してる。


 ……いや、油断は禁物だ。


『陸ヘビ』は強力な魔物で、なにが起こるかわからないんだから。


「セシル。詠唱を開始して」


「はい。ナギさま」


 セシルは、すぅ、と息を吸った。


「『其はほとばしる流れ。其は天地あめつちを繋ぐ生命の源。其は地表を覆いし水滴の群れ──』


 きれいな唇が、古代語魔法の詠唱をはじめる。


「『水滴は群れを為し、やがて大なる力と変わる。一切の容赦はなく。一切の慈悲もない。打ち据えよ。すべてを吹き飛ばし、大いなる流れよほとばしれ──』」


 セシルの前に、青白い魔法陣が生まれる。


 彼女が手にしているのは『真・聖杖ノイエルート』


 魔法拡大・縮小の能力を持つ杖だ。


 セシルは以前『古代語魔法 炎の矢』を圧縮して、ヒュドラを倒した。圧縮された『炎の矢』は、深紅の熱光線になったんだ。


 ──それを『水の矢』でやったらどうなる?


「イメージは……対象を吹き飛ばす放水車なんだけど」


 僕はセシルの腕に触れて『真・聖杖ノイエルート』の角度を最終調整する。


 前方にはイリスが幻想の木の枝で作った定規がある。


 枝はいつの間にか細くなり、数ミリ単位で調整できるようになってる。


 狙いは、塔の壁に貼り付いたヘビの頭部だ。


「効果範囲は最小で。限界まで圧縮して。正確に、ヘビの頭だけを狙えるように」


 僕の言葉に、セシルがこくん、とうなずく。


 炎の矢だと火の粉が飛ぶ。石の矢だとつぶてが跳ねる。真空の矢だと、中の人がうっかり手を出したらすっぱり切れる。


 だけど水なら、水滴が飛び散るだけだ。人名救出には、これが最適なはず。


「『水の精霊よ百万の水塊で我が敵を打て』──!」


 セシルの詠唱が完了した。


 僕は細い背中を支えながら、魔力を全力で供給していく。


 セシルの身体が、ぴくん、と跳ねて、そして──



「いきます──『古代語魔法 水の矢』!!」



 ふぉん。



『真・聖杖ノイエルート』の前に、圧縮された『水の矢』が生まれた。


 対ヒュドラ戦の時と同じだ。


『水の矢』はどんどん積み重なっていく。


 針のように細く、糸のように長く。


 それが連なって──限界が来て──




「「「発射──っ!!」」」




 僕とセシル、イリスの声が重なった。


 そして──






 すぱぁんっ!!


『グゴラバァッ!?』






 数十本分の『水の矢』は極細ごくぼその水流となって、巨大陸ヘビの首をはねた!




「「「…………あれ?」」」


 見事な切れ味だった。


 ぽかん、としたセシルが腕を下ろすと、水流はそのまま──




 さくっ。




 と、残った胴体を輪切りにした。




 胴体はのたうちながら、地面に落ちていく。噴き出した血が塔に青い跡を残していく。塔に絡みついていた『陸ヘビ』は、そのまま地面に落っこちて、断末魔だんまつま痙攣けいれんを繰り返してる。




「「「……あれー?」」」




 僕とセシル、イリスは首をかしげた。


「お、おかしいです。これ『水の矢』ですよね?」


「……だよね」


「イリスもわかります。間違いございません」


 セシルとイリスは『真・聖杖ノイエルート』を見つめてる。


「…………もしかして、水流がウォータージェットになったのか?」


「『うぉーたーじぇっと』ですか?」


「お兄ちゃんの世界にはそういうものが?」


「うん。僕の世界の科学技術のひとつに、そういうものがあるんだ。超細い出口から勢いよく水を噴き出すことで、カッターみたいにして使うんだ。細かい細工や手術なんかにも使えるんだけど……」


「わたし、『真・聖杖ノイエルート』に『細く──限界まで細く』ってお願いしてましたから」


 セシルは銀色の杖をなでた。


「杖と、魔法がナギさまのおっしゃる『うぉーたーじぇっと』のように、変化しちゃったのかもしれません」


「さすがチートキャラとチートアイテム……」


 射程20メートルのウォータージェットって、どんだけチートなんだ。


 水は、塔を一切傷つけてない。おまけに水音しか立ててない。まわりの魔物たちは、なにが起きてるのかわかってない。すごいな……圧縮魔法。


 圧縮された『水の矢』は、長さ十数メートルの極細ウォータージェットになって、巨大陸ヘビを両断した。いわゆる『ホースを限界まで絞って、強烈な水圧をかけ続けた』状態だ。水の速度は──とんでもないものになってんじゃないかな……。


「……おかしいな。『非殺傷魔法』にするつもりだったのに」


 確かに塔に被害は出てないけどさ。 


 ウォータージェットは塔をかすめるように飛ばしたから。外壁に当たったものも、ヘビの胴体で勢いを殺されて、ただの水しぶきになってる。こびりついたヘビの血を、ほんのちょっぴり洗い流してるくらいだ。


 塔に被害は出てない。


 人的被害もない。


 違いは、ヘビがすっぱーん、と切れただけ。




 ……じゃあいいか。




「とりあえずこのまま移動しよう」


 僕は2人に指示を出した。


「当初の目的とはちょっと違うけど、ヘビが塔から離れたのは間違いないからね」


「そうですね、このまま続けましょう」


「せっかくなので、まとめて倒すといたしましょう」


「「「おー」」」




 そんなわけで、僕はセシルを抱きかかえたまま歩き出す。




 ロイエルドたちがいる階の窓は、シロ(りとごん)が『しーるどっ』してくれてる。中の2人には影響がない。


 セシルの魔力も心配だから、古代語魔法は小刻みに。


 僕たちは塔のまわりを移動しながら、『水の矢』を溜めては解放、溜めては解放を繰り返す。




 すぱぁんっ! すぱぁんっ! すぱぱーんっ!!




『真・聖杖ノイエルート』から発射される極細水流ウォータージェットは、塔にまとわりついていた『巨大陸ヘビ』を、次々ぶった切っていく。


 落ちてくるヘビの身体は、太めの水流で吹き飛ばして、ついでに塔についた血も洗い流す。快適でクリーンで消費魔力も少ない、画期的な古代語魔法の誕生だった。


『非殺傷兵器』にならなかったという点を除けば……完璧だ。


「それと、僕たちがずぶ濡れになるという点を除けば」


「考えてなかったですね……」


「ロイエルドたちの安全を最優先にいたしましたので……」


 僕もセシルもイリスも、飛び散った水しぶきでずぶ濡れになってる。


 僕はまだいいけど、セシルとイリスは「へくちっ」って感じで、くしゃみを繰り返してる。『非殺傷兵器』の、予想外の余波だった。




「最後の一匹です。てやーっ!」




 すぱぁん!




 陸ヘビを全部倒したところで、僕たちはすかさず移動開始。


 イリスの『幻想空間』で、アイネとラフィリア向けのメッセージを浮かべてから、合流地点に向かって移動を開始した。


『ただいまだよー。おとーさん。イリスおかーさん。セシルさん!』


 ぱたぱたとはばたきながらシロ (りとごん)が戻ってくる。


『塔は完璧に守ったかとー』


「中の2人は? 元気そうだった?」


『うん。ちっちゃな子と、ちょっとだけお話したよー。ないしょにしてもらったよー』


 シロは僕とセシル、イリスの間を飛び回ってる。


 こうして身体をもらって自由に動けるのがうれしいみたいだ。


「シロ。まだまだおとーさんの役に立ちたい。なにかできることはあるー?」


「今のところはないかな?」


 魔物は倒した。ロイエルド少年と補佐官の人は、正規兵さんたちが助けに行った。今回の『新人研修』がこんなことになった原因は、これから領主さんたちが調査することになる。


「だから、シロはしたいことをしてていいよ」


「シロさん。なにかしたいことはありますか?」


「イリスおかーさんがかなえてあげましょう!」


「えーっとね。んーっとね」




 シロ (りとごん)は少し考え込むように首をかしげてから──




「おとーさんたちの身体をふいてあげたい!」



 ぱたん、と、翼をはばたかせて、そんなことを言った。


「ほら。おとーさんもおかーさんも、すごく身体が濡れてるから。シロのこの身体は『きゅうすいせい』がよくて『まるあらいできる』から。その特性を活かして、おとーさんとおかーさんの身体を拭いてあげたい。家族って、一緒にお風呂に入って、身体をきれいにするんだよね? だから、おとーさんとおかーさんと、セシルさんも一緒に、身体を拭きっこしたいかと!!」


「か、か、かなえてあげましょう!」


 僕が答える間もなく、イリスが宣言した。


「イリスは、シロさんの『おかーさん』です。おかーさんが子どもの願いを叶えるのは当然でしょう。いかがですか、お兄ちゃん、セシルさま」


「わ、わたしはかまいません」


「僕も、うん。いいかな。それくらい」


 シロが目を覚ましてることって、あんまりないからね。


 仮の身体を手に入れた今は、できることをしてあげたいって思うんだ。


「それに……」


 不意にイリスが濡れた手で、僕の手に触れた。


 細い指が、ぎゅ、と、僕の指を握りしめ、そして──




「イリスはお兄ちゃんに、ご提案したいことがありますので」




 真っ赤な顔と震える手で、イリスはそんなことをつぶやいたのだった。





──────────────────



今回使用した魔法


『圧縮魔法 水の矢』


『真・聖杖ノイエルート』で限界まで圧縮した『水の矢』の集合体。

 本来『水の矢』は、水の塊を相手にぶつけて衝撃を与えるものだが、古代語魔法で連続発射状態にし、さらに『真・聖杖ノイエルート』で限界まで圧縮してしまったせいで、魔法が変化した。


『炎の矢』の場合は『圧縮熱光線』だったが、今回は『超圧縮ウォータージェット(またはウォーターカッター)』状態。魔法的に調整しているため、目標に当たるまで極細の水流を維持している。なお射程は『炎の矢』よりは短いが、その分、こちらは魔力消費が少ない。


料理や彫刻にも使えるし、水流を太くすれば身体を洗い流すこともできるという、生活的にもなかなかのすぐれものである。

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