第60話「海竜の加護を受けし者(自称)の怒りと『魂のお兄ちゃん』」

『迅速に行動せよ。幸運の風が帆を膨らませるのは一度だけ』


 港町イルガファのことわざだ。


 ノイエル=ハフェウメアは、それを父から何度も教え込まれた。


 だから、彼はそのことわざに従い、すみやかに実行することにした。


 ダンジョンの入り口を固めていた正規兵たちは、『神命騎士団』が打ち倒した。


 イリスから「自分たちが戻ってくるまで、誰もダンジョンに入れないように」と命令されていたからか、正規兵たちはノイエルの仲間を必死に止めようとした。


 さすがはイルガファ領主家の正規兵、命令には忠実だ。


 実力が伴わなかったが、評価はできる。


 特に、最後まで抵抗した隊長のダルスは立派だった。


「正規兵を新たなシステムで雇い直す時は、彼をBランクで登録してやろう」


 ダンジョンを歩きながら、ノイエル=ハフェウメアはつぶやいた。


「ノイエルさま。まもなく地下第2層です」


 隣を歩く仮面の少女が言った。


「わかっている。ゴーレムの反応は?」


 ノイエルの答えに彼女──『神命騎士団』のEXランク『ブラスト1』は首を振る。


「ありません。倒されたかと」


 やはりか。


 なんてことだ。我が愛しい姫君の願いを無にするなんて。


「計画の修正は可能か?」


「イリスさまの仲間がゴーレムを倒しそこなったことにするしかありません。彼らは倒したと嘘をつき、イリスさまを危険な場所に呼び込んだ。そして、我々がその尻ぬぐいをした、と。

 イリスさまは、エテリナさまの元に連れて行くのがよいでしょうね。あとは、ノイエルさまのお覚悟ひとつ」


 元々の計画そのものには問題はなかった。


 誤算は、イリスが思ったよりも早く墓参りから帰ってきたこと。


 そして、彼女の雇った冒険者が、想像以上の手練れだったことだ。


 もうひとつ、侯爵令嬢エテリナ=ハースブルクから『神命騎士団』への指示が、予定より遅れたことも理由のひとつだ。そのせいで、彼らに先にダンジョンに入られることになった。


 本来ならば、ノイエルと『神命騎士団』だけで事は済んだのに。


「イリスは魔法で回復可能な傷にとどめろ。命に別状がなければいい。他の者は……言うまでもないな」


 ノイエル=ハフェウメアは肩をすくめた。


「奴らはゴーレムに殺されたことにする」


「よろしいのですね?」


「愛しきエテリナが作ってくれた計画シナリオを、無駄にするわけにはいかないだろう?」


「ノイエル様と、エテリナ様のお望み通りに」


「奴らはゴーレムを倒すほどの強さを持つ。『神命騎士団』の本領たる戦術で倒せるか?」


「はい。ここにいるのは全て、上位の風魔法の使い手ですので」


「狭い場所で敵を切り裂き、潰すのが本領だったな」


「雇い主の望みに応じた者を揃えるのが『神命騎士団』の長所です。そして全員、CランクとBランクをくぐり抜けてAランクになった者たち。その実力を証明させていただきます。ノイエルさま」


『神命騎士団』は徹底した実力主義だ。


 そうでなければ冒険者ギルドを黙らせることなどできはしない。


 加入したものは、まずCランクから始める。『契約』したあとで仮面をつけることで、名実共に『神命騎士団』というシステムの一員となる。


 あとはクエストをこなして、ランクを上げていくだけだ。


 上のランクに上がれば、報酬も100パーセント支払われるようになるし、下のランクの者のスキルクリスタルをもらうこともできる。下のランクに強制的に命令することもできるようになるのだ。


 クラスを上げる方法はさまざまだ。上納金を納めてもいいし、Cランクの者を勧誘することもクラスアップのポイントになる。何人かを『神命騎士団』に入れた者は、自動的にBクラスに上がれる。勧誘がちょっと強引になることもあるが、それはノイエルにとってはどうでもいい。


 ランクCの者は、クエストでランクAから守ってもらう立場になるため、報酬は少ない。


 結果的に、それは受注コストの減額につながる。


 もちろん、メリットはある。ランクAの者に守ってもらうことで、ランクCの者は高度なクエストに挑戦できる。経験を積めるし、レベルの上昇も早い。ついていけなかったものは文字通り消え去るが、それは仕方のないことだ。そういうシステムなのだから。


 ノイエル=ハフェウメアは思い出す。愛しいエテリナ=ハースブルクの言葉を。


「『神命騎士団』のシステムを、イルガファの正規兵に採用していただきたいのです。もちろん『神命騎士団』が冒険者ギルドに敬遠されているのは知っています」


 エテリナ=ハースブルクは美しい黒髪を揺らしながら、言った。


「新しいものは受け入れにくいものです。ですので、英雄の器であるノイエルさまが、冒険のお供に『神命騎士団』をお使いください。英雄たるあなたのお供として実績を作れば、人々は納得するでしょう。愛しい方」


 実に合理的だ。


 システムのことだけじゃない。彼女が提案してくれた作戦も。


 これで自分と彼女は結ばれる。


 そのために必要なのはちょっとしたことだけだ。『海竜の祭り』に花を添えるだけ。


 エテリナと自分のつながりは、港町イルガファの利益にもなるはずだ。


 中央貴族たる侯爵家と、イルガファ領主家の婚礼。


『神命騎士団』システムの採用によるコストダウン。


 そして──祭りのお飾りとして、自分よりも高い位置にいる、イリスを引きずり下ろすこと。


 自分は港町イルガファを一新したものとして名を残せるだろう。


 たとえ今は、理解されなくとも。いつかは。


「ならば行こうか『ブラスト1』」


 ノイエル=ハフェウメアは、腰に提げたレイピアの柄を握りしめた。


「男にとって、少女への愛のために世界を敵に回すのは本望である!」




「「「「「……へー。そうなんだ…………」」」」」




 声がした。


 地下第2階層。中枢への扉がある、大広間の少し手前の通路から。


 数は6人。


 先頭にいるのは、緑色の髪の少女──ノイエルの妹、イリス=ハフェウメア。


 そしてその背後に5人。顔のわからない冒険者たち。


 彼らは屋台で売っている「海竜のお面」を被っていた。






 その数分前。


 ラフィリアの報告を受けたナギたちは、大広間で短い作戦会議をしていた。






「灰色の髪に青色の目の男性……おそらく、兄でしょうね」


 話を聞いたイリスはとっても長いため息をついた。


「それと『神命騎士団』か」


 イリスはダンジョンに入る前、正規兵たちに「自分が戻ってくるまで誰もダンジョンには入れないように。特に兄は」って厳命してた。


 だってあいつら、なにするかわかんないし。


 それがここにいるってことは、正規兵を突破してきたってことになる。


「イリス、確認だ。イリスの兄さんが黒幕で、僕たちを攻撃してきた場合、たたきのめしても構わないか?」


「行動不能にして引っ立てていきたいのはイリスの方です」


「で、一番てっとり早い方法として、ここに全員おびき寄せたところで扉を開けて、中枢のプレッシャーで威圧するってのは?」


「それは……できれば、最後の手段でしょう。ここをまた荒らされたら、海竜が戻ってこなくなります。万が一、扉や中枢を攻撃されたら儀式そのものが破綻しますから」


 ってことは、ここに来るまでに迎え撃たなきゃいけないってことか。


 話によるとイリスの兄さんは『剣術LV3』が使えるくらいの腕前。


『神命騎士団』の強さは未知数。


 ただし、高ランクの冒険者なのは間違いない。


 奴らが攻撃してきたときに、できるだけ楽に倒す方法は……。


「あのさ、イリス。ノイエル=ハフェウメアも海竜のプレッシャーのことは知ってるんだよな?」


「はい。イルガファ領主家の人間は全員、一度は洗礼を受けますから」


「でもって、海竜は守り神として恐れられている。これも間違いないよね」


「はい」


「わかった。じゃあ全員、海竜のお面を装着!」


 かちゃっ


 僕の号令に合わせて、セシル、リタ、アイネ、ラフィリアが海竜のお面を被った。


『神命騎士団』といつ会うか分からないから、準備しておいたんだ。


「ソウマさま。どうなさるおつもりですか?」


「僕の世界……じゃなかった故郷では、神さまがいる場所を荒らすとバチが当たったりするんだ」


 でもって、ここは魔物も魔王もいる異世界で、港町の守り神である竜もいる。


『巫女』がいるなら、海竜の代理人をかたったところで怒られはしないだろ。


「海竜の巫女の名において、ちょっとバチを当ててみようよ」






 そして現在。ダンジョンの地下第2階層付近。




「単刀直入にお伺いします。このダンジョンにゴーレムを仕掛けたのは兄さまですね?」


 イリスは通路の中央に立ち、十数メートル先にいる兄をにらんでいた。


 妹と、海竜お面パーティの眼光を受けて、灰色の髪の男──ノイエル=ハフェウメアがたじろぐ。


「さっぱりわけがわからないよイリ──」


「大広間にゴーレムのかけらが落ちていました。一緒に魔力結晶がありましたっ。そこに『侯爵令嬢エテリナ=ハースブルク』にあてた指輪が落ちていましたっ! そしてダンジョンの鍵を管理しているのはイルガファ領主家です。

 イリスが不在の間に、誰かが鍵を持ち出してダンジョンに入り込んだことはわかっています。海竜もお怒りです。もうぷんすかぷんです!

 今ならまだ間に合います。どうしてそんなことをしたのか! 一言残らず白状して海竜ケルカトルに謝りなさいっ!」


「そ、そんな早口ではわからないよ!」


「なーにが『少女への愛のために世界を敵に回すのは本望』でしょうか! 指輪がそこにあるってことは、捨てられたってことじゃないですか! 兄さまなんかどうでもいいってことじゃないですか!」


「違う! 捨てられたのは……その指輪が安かったからだ!」


「……やっぱり兄さまが贈った指輪だったですね」


 イリスが、ノイエル=ハフェウメアを睨んだ。


 こっちは目が点になってる。


 僕とイリスで考えたハッタリだけど、こんなのに引っかかるのか。


 大丈夫かイルガファ領主家。


「兄さまがここに侯爵令嬢を連れて来たんですね? ゴーレムのもとを仕掛けたんでしょう!?」


「……知らないなぁ」


「兄さまは一体、なにを企んでいるんですか!?」


 イリスは声をあげた。


 でも、ノイエル=ハフェウメアは目を逸らすだけで答えない。


「海竜ケルカトルの加護を受けた者として問う」


 僕は言った。


 イリスの横に立って、通路の先にいるノイエル=ハフェウメアを見る。


 奴の肩が、びくん、と震えた。


 うん。やっぱり、このお面も少しは威圧効果があるみたいだ。


「……何者だ、貴様」


「僕──我は海竜の巫女と深いかかわりを持つ者である。そうだな。イリス=ハフェウメア」


「は、はい。この方は──」


 ややこしくなるから『海竜の勇者』って言葉は伏せるように言ってある。


 この場でだけ、ノイエル=ハフェウメアたちをひるませる肩書きがあればいい。


 イリスの兄が一番ショックを受ける言葉なら、もっといい。


 それは──


「この方は罪人であるノイエル=ハフェウメアの代わりに海竜が与えてくれた、イリスにとって世界で一番大切な『たましいのお兄ちゃん』です!」


「──な!?」


 ノイエル=ハフェウメアが絶句する。


 そりゃそうだ。実の兄が、妹に見知らぬ人間を兄だって紹介されたんだから。


 でも他に適当な肩書きは思いつかなかったの? イリス。


「海竜はすべてお見通しである」


 まぁいいや。話を続けよう。


 ノイエル=ハフェウメアのことはどうでもいい。正直。


 必要なのは奴の背後にいる、侯爵令嬢エテリナ=ハースブルクの情報だ。


「貴様が知る、エテリナ=ハースブルクの正体も。海竜はすでに見抜いている」


 とりあえず言ってみた。


「なんだと」


「海竜が我を通して語っている。彼女はレアスキルを超えた『異界のスキル』を持つ者であると」


 ノイエル=ハフェウメアと──背後の『神命騎士団』が反応した。


 驚いたように、互いが顔を見合わせる。


 ただの勘だ。ゴーレムを作ったのは『チートスキル』だって。


 でも、この反応を見ると、当たりみたいだ。


「海竜の祭りの場所であるここに邪悪なるゴーレムを仕掛け、怒りを買い、なにを企んでいる?」


「答えなさいノイエル=ハフェウメア! 『魂のお兄ちゃん』のお言葉に!」


 ノイエル=ハフェウメアと『神命騎士団』は攻撃してこない。


 こっちはいつでも、イリスを連れてダンジョンの横穴に待避する準備をしてるけど。


「愛のためだ」


 そこそこ長い沈黙のあと、ノイエル=ハフェウメアは言った。


「……………………はぁ?」


 兄の言葉の意味がわからないみたいに、イリスは首をかしげた。


 うん。僕たちも同意見。まったく意味がわかりません。


「エテリナのハースブルク侯爵家は武門の家系だってのは知ってるだろ? 侯爵家は国王陛下に代々仕え、魔物退治や魔族討伐など、さまざまな功績を残してきた」


「それがなにか?」


「俺はエテリナを愛している。エテリナも俺を愛してくれている。が、イルガファ領主家はしょせん海運商人の親玉でしかない。戦闘の実績がない俺を、ハースブルク侯爵家は認めてくれないのさ」


「侯爵家がそう言ったのですか?」


「言ってたのはエテリナだ。彼女は侯爵家の実子ではない。国王の知人の子どもで、その優秀さゆえに侯爵家に引き取られた。だから、いくら俺を愛していてもわがままは言えない、と」


 エテリナ=ハースブルクは侯爵家の実の子どもじゃない。


 王様の紹介で、侯爵家に引き取られた──か。


 ……なるほど。


「彼女と俺が結ばれるには、侯爵家が納得するような……歴史に名が残るような実績があればいい。だから、俺たちはそれを作ることにした」


 ノイエル=ハフェウメアが青い目を細めて、イリスを見た。


 僕の方を見るのは怖いらしい。


「まずは地元イルガファのダンジョンを荒らす謎のゴーレム退治。そして『神命騎士団』を引き連れての冒険の数々。さらに『神命騎士団』のシステムを利用して、正規兵たちや町の雇用改革をやる。それだけの実績があれば、侯爵家も俺を認めざるを得ないだろう?」


「そんなことのために……このダンジョンにゴーレムを仕込んだのですか? 結界をゆがめてまで!?」


「どうせゴーレムは俺たちが片付けるつもりだった。問題はないだろう?」


「そんなことをして……海竜ケルカトルが戻ってこなかったらどうするのです?」


「一年くらいは祭りをお休みしてもいいだろ? その間は『神命騎士団』が海運の護衛をするさ。それも、俺の実績になる──と、エテリナは言っていた」


 正気か、こいつ。得意そうに話してるけど。


 もしかして、やったことの意味がわかってないのか?


「港町イルガファの船は海竜ケルカトルに守られている。だから、みんなは安心してここに荷物を持ってくるのです。一年とはいっても、その加護がなくなったら、イルガファはあっという間に衰退するでしょう! ノイエル=ハフェウメア! あなたは自分のやっていることがわかっていないっ!」


「偉そうに、子どもが! 巫女のお前だけが特別だって思ってるんだろう!? お前を外に出さないのは守るためじゃない。鱗を生やした怪物が巫女の正体だと知られると領主家の品格を疑われるからだと、なぜ気づかない!?」


「あなたが……それを言うのですか? 海竜の血のことを、そんなふうに……」


「ああ、誤解しないでほしいな。俺はちゃんと、イリスのことも考えている」


 ノイエル=ハフェウメアは得意そうに話し続ける。


 イリスはもう、半分耳を塞いでるってのに。


「イリスは巫女を辞めたがっていただろう? だから俺の彼女、そう、侯爵令嬢がさ、イリスにお似合いの相手をたくさん探してくれたのさ! 王都の貴族だぜ、貴族。

 愛人に子どもを産ませてる奴だから、子どもを作る能力があるのは確認済みだ。物好きな奴だから、イリスに鱗があっても問題なし。

 イリスがさっさと子どもを作れば、悩みは解決。政略結婚によって俺の地位も上がる。イルガファ領主家は安泰だ」


 うん。僕も耳を塞ぎたくなったよ。


 イリスは僕のとなりで震えてる。


 かすかな声で「……なんのために、イリスが……ずっと。がまん……してきたと思って……」──つぶやいてる。


 イリスの兄は、やっちゃいけないことをやった。


 僕にとっては海竜の加護も、『海竜の勇者』のことも、正直どうでもいい。


 でもイリスは、この世界での数少ない、信用できる「友だち」だ。


 彼女は巫女をやってるせいで命を狙われて、自由に外に出歩くこともできなくて、それでもきっちり仕事はしてたんだ。それを、実の兄が無にしようとした。


 あいつはイリスのことを考えてる、って言ってるけど、やろうとしてることは自分が侯爵令嬢と結婚するための実績作りだ。


 あいつは家族を自分の都合で斬り捨てて、利用しようとしてる……ってことか。


 …………ふざけんな。


「本来なら、もうちょっとゴーレムが暴れてから討伐に出るつもりだったんだよ。実績のためには、敵の存在が有名になってなきゃいけないだろ? イリスが余計なことをしたからいけないんだ。黙って『神命騎士団』に任せればよかったのに」


 でも、ノイエル=ハフェウメアは、笑ってる。


「さぁ、イリス、こっちにおいで。新しい世界に行けば、そいつらのことなんかすぐに忘れる。いらない思い出は俺が全部処分してあげる。証拠さえ残さないようにね」


「……もういい。黙れ」


 僕は言った。


 イリスがぽろぽろと涙をこぼしながら、僕の服の裾をつかんでたから。


「これ以上、彼女を傷つけることは許さぬ」


「……『魂のお兄ちゃん』!?」


 イリスが涙目で、僕を見上げた。


 もういい。わかったよ。


 しょうがないだろ。他にまともな奴がいないんだから。


 期間限定、地域限定の大サービスだ。


 この場所で、誰にも内緒で、僕とイリスの間でだけ──




 僕が『海竜の勇者』っていうご当地キャラを演じてやるよ。




 それくらい、いいだろ。


 魔王と戦うわけじゃないし、イリスとパーティのみんなのほかは誰も秘密を知らないし。


 ブラック労働させられてる巫女を、ちょっと助けるだけなんだから。


「もう口を開くな、ノイエル=ハフェウメア。お前の言葉に意味はない」


「『魂のお兄ちゃん』の怒りは海竜の怒り。そして、イリスの怒りです!」


 涙をぬぐって、イリスは顔を上げた。


「……イリスは結界を張り直した時、海竜ケルカトルの怒りを感じました。それがこの冒険者たちに力を与えたことが、わかりませんか!? ノイエル=ハフェウメア!!」


 同時に、海竜の仮面をかぶった僕たちが、前に出る。


 もういいや。情報は手に入れた。作戦開始だ。


 僕は片手を挙げた。


 それを合図に、リタ、アイネ、ラフィリアが叫び出す。




「おおおおおおおお」


「おそれよー。海竜の怒りをおそれよー」


「こわいのー。神さまこわいのー」


「………………『この世界の──根源を呼び覚ます』──」


「おおお!」「おそれよー!」「たたえよ!」


「………………『たたえよ。すべての生命はたたえよ』──」




「ばかなことを! お面をかぶって騒いでるだけの者どもが!」


 ノイエル=ハフェウメアがレイピアを抜いた。


 それを僕らに向かってかざす。背後の『神命騎士団』が動き出す。


「多少の怪我は仕方がない。イリスを確保しろ! 他の奴らは殺せ!」




「「「おお、おそれを知らぬ者よ!

 罰は下れり!

 怒りの光がこのダンジョンを包み込むであろう」」」


「──『灯りライト』(ぼそっ)」




 そして、みんなの雄叫びに合わせて詠唱していた、セシルの古代語『灯りライト』が発動した。





 次の瞬間、海竜のダンジョンに光が満ちた。




 僕はイリスを背後にかばう。セシル以外は、全員お面をちょっとだけずらして目を隠してる。


 海竜のお面は灯り避けの意味もあるんだ。


 作戦は「できるだけダンジョンを荒らさずに敵を無力化すること」だから、これで片付けば楽なんだけど──


「ぐ、がああああああああっ!」


 光の球体の中で絶叫が響いた。でも、まだだ。


 仮面の人間たちが動いてる。セシルが僕の袖を引く。「詠唱です!」って教えてくれる。


「全員! 横穴に待避!」


 僕の声に反応して、みんなが通路の横に空いたくぼみに飛び込む。


 魔物が隠れてた横穴だ。詰めれば6人くらいは入れる。




 がしゅっ




 一瞬遅れて、空気の刃が通路の壁をえぐりとった。


 風魔法か。


「『真空の刃ヴァニッシュ・ウィンド』です。ナギさま」


 セシルが教えてくれる。




『「真空の刃」


 風系統のLV3魔法。真空の刃を敵に向かって飛ばす。


 切れ味はロングソード並。革のよろいくらいなら切り裂ける。


 魔力の消費が少なく。連射が効くのが長所』




「しかも……威力がすごいです。詠唱が重なって聞こえます。これは」


「『同時詠唱』なのです」


 ラフィリアとセシル。ふたりとも長い耳を澄ませてる。


「『同時詠唱』は複数の人が同時に呪文を詠唱することで、魔法の威力を格段に上げる技なのです。でも……ほんの少し詠唱がずれただけで失敗するすごく難しい技でもあるんです」


「こんな綺麗な『同時詠唱』は初めて聴きました。まるで……一人のひとが詠唱してるみたい」


 おまけに、続けざまに飛んでくる。


 真空の刃が壁を砕き、地面を割り、岩と水を飛び散らせる。


 足音がゆっくりと近づいてくる。攻撃魔法でこっちの動きを止めて、距離を詰めていくって戦術か。数は向こうが多いから、力任せてぶつかってこられたら、こっちは支えきれない──とか思ってるのかも。剣を持ってるのは、僕ひとりだからね。


 ……めんどくさいな。


 ダンジョンを荒らすと海竜が来なくなるらしいから、こっちは攻撃魔法の使用を控えたってのに。


 でも『炎の矢』と『真空の刃』で撃ち合っても、相打ちになるだけか……。


 できるだけ怪我しないで、楽に勝つ方法を考えよう。


 がしゅ、って、また真空の刃がダンジョンの壁を削る。石の破片が飛び散る。うっとうしいな。もう。


「イリスは大丈夫?」


「は、はい。獣人の方──リタさまがかばってくださってますから」


「当然! ちっちゃい子を守るのは私の義務だもん。もっとぎゅって近づいてもいいのよ?」


 リタは嬉しそうにイリスを抱きしめてる。一応仕事中だからね。趣味に走らないようにね。


 敵は魔法をばんばん飛ばしてる。目を灼いてあるから命中率は悪そうだけど、うかつに接近はできないか。こっちも飛び道具でさっさと片付けよう。


「というわけで、ラフィリア!」


「は、はいい」


 呼ばれたラフィリアが、海竜のお面を額まで上げた。


 青い目をきらきらさせて、僕を見る。


「タイミングは僕たちが指示する。詠唱の切れ目を狙って、矢で牽制けんせいして」


「で、でも。この状態じゃ……よっぽど運が良くないと当たらないですよぅ」


「うん。じゃあ、運を良くしてから・・・・・・・・撃ってみようよ」


「……あ」


 ラフィリアが、ぽん、と手を叩いた。


「わかりました! あれ・・を使っていいんですね。マスター!」


「うん。あとのフォローはこっちでやる。やっちゃえ、ラフィリア!」


「はいぃっ!」


 狭い横穴。僕たち6人はほとんど密着状態。


 その中でラフィリアが真っ白な手のひらを掲げ、自分の下腹部に当てた。


幸運の車輪ホイール・オブ・フォーチュンを回すです……発動『不運消滅LV1』!」


 ラフィリアの手のひらが青白く輝いた。


 光が、彼女の下腹部にともる。


 ラフィリアは続いて胸の中心に触れる。


 最後に頭のてっぺんに。そのすべてに、光が灯った。




『不運消滅LV1』(ロックスキル:摘出不能特性、URウルトラレア)


 自分や他者に手で触れることで、不幸を洗い流す (幸運を呼び込む)。


 発動時間は数分。その間はラックのパラメーターが急上昇する。


 リスクとしてスキルの効果終了後十数分間は、攻撃力・防御力・魔法抵抗力がゼロになる。


 使用回数制限あり。使用後は再チャージに数日かかる。





『不運消滅』は身体の中心軸に不思議な光をともして不幸を洗い流し、幸運を呼び込むスキルだ。


 光はラフィリアと僕にしか見えないけど、これが光ってる間は幸運ラックのパラメータが急上昇する。




「ラフィリアさん。次の『真空の刃』が来ます! 12秒後です。その後30秒の間があるはずです!」


「向こうは少しずつこっちに近づいてる。3人ずつの4列縦隊。一人だけ足並みが揃ってない奴がいる。イリスちゃんの兄ね。一番後方にいるわ!」


 セシルの『魔力探知』、リタの『気配察知』が敵の位置情報を教えてくれる。


 僕も『高速分析』を起動。ウィンドウの位置から敵の場所を推測。ラフィリアに伝える。


 あとはラフィリアの腕と運次第だ。




 がぃんっ




 風魔法が、僕たちが隠れる横穴のそばを通り過ぎた。


 その直後、タイミング合わせて、弓を構えたラフィリアが通路に飛び出す!




「発動! 『豪雨ごうう弓術LV1』なのです!!」


 びぃん、びぃん、びぃん




 弓弦の音は3回。放たれた矢は15本。在庫一掃。


 僕はすぐにラフィリアの腕をつかんで、横穴に引っ張り込む。むぎゅ、って。


「連射を指示! 『真空の刃』!!」


 ラフィリアが放った矢の羽音に『神命騎士団』が反応した。




 ひゅんひゅんひゅひゅん




 分散して唱えた『真空の刃』が空気をふるわせる。


 先頭を飛んでいた矢が、それに切り裂かれて粉々になる。


 無数のかけらになり、宙を舞い──まわりを飛んできた矢がそれに当たり──




 矢の進路が変わった。



 ラフィリアの矢は、なんか変な軌道を描いて『神命騎士団』たちに向かって飛んでいく!


「ぐああああああああっ!」


 でもって、当たり前みたいに、奴らの鎧の隙間に突き刺さった。


 膝に、肩に、肘に。脇の下に。


 不自然なくらい微妙な位置に、残りの全弾命中クリティカルだ。


「ラフィリア、運がいいなー」


「あたしそんなこと言われたの生まれて初めてですよぅ!」


 ラフィリアの頭のてっぺんと胸とお腹は、まだ光ってる。


『スーパーラフィリアタイム』が続いてるのか。


 でも、矢はもうない。もったいないな。今のうちになにか飛ばせるものは……。


「……ラフィリア、スライムってまだ分裂させられる?」


「あ、はい。でも、あと2体が限界ですよぅ?」


「それでいい。急いで。『スーパーラフィリアタイム』が残ってるうちに」


「…………は、はいぃ。マスター」


 ラフィリアが、とろん、とした顔になる。


 え、なんで?


「マスターはひどい人ですぅ。みなさんが見てるのに……こんなところで……」


 しゅる、と、ラフィリアはスカートに手を伸ばした。


 それを少しだけ持ち上げて、その下にある下着の端に手をかけて、ゆっくりと下ろして──


「は、はぅう。で、でも、マスター。あ、あたし、闇に飲まれてしまいましたから。マスターのそういうところも、すき。マスター、すき。すきすきすきすき」


 はぅぅ、と熱い息を吐いて、下着を下ろしていくラフィリア。


 思わず目を奪われて──でも目を逸らそうとして。後ろを向こうとしたけど、なんだかみんなが密着してて身体を動かせない。セシルもリタもアイネも、イリスまで「へーふーほーん?」って変な声を出してる。


 違うから。


 スライムを分裂させるのにラフィリアの汗とかが必要なだけだから。


 というか、別に下着を使えとか言ってないし。


 ハンカチで汗を拭えばそれでいいだけだし!


「マスターからのごほうび……いえ、命令ですぅ。分裂してください『えるだちゃん』!」


 ラフィリアは自分の髪を結ぶ青色のアクセサリに、脱いだ下着をかざした。




 ふよふよ、ぽよん!




 ラフィリアのパンツを飲み込んだエルダースライムが、分身を2体吐き出す。


 敵の詠唱はまだ続いてる。


 もう一度、セシルとリタにタイミングを測ってもらって──


「アイネ、ラフィリア。今だ!」


「はいなの!」「わかりましたマスター!」


 魔法が途切れたタイミングで、アイネとラフィリアが通路に飛び出す。


 2人の足下には2体のスライム。


 そしてアイネはモップを構え、後ろからラフィリアが手を重ねる。




「『不運消滅LV1』プラス!」「『魔物一掃LV1』なのっ!」


 ふたりはタイミングを合わせて、モップを振った。


 すぱーん、すぱーんっ


 ひゅーん ひゅんっ


 2体のスライムが、宙を飛んだ。




 同時に僕は2人を横穴に引っ張り込む。ラフィリアの光が点滅をはじめてる。『不運消滅』の効果が切れかけてる。ここからは僕たちがラフィリアの楯になる。敵は──


「な、なななな、な──っ!」


 なんかびっくりしてた。


「な、なんでスライムが空を飛ぶ!?」


 そんなこと言われても。


「バラバラにしてしまえ!」


「承知しましたノイエルさま! 空間を埋め尽くせ! 『真空の刃』!!」


 風魔法が、スライムを細切れにした。


 そして、タイミングを合わせたみたいに、ダンジョンの隙間から冷えた風が吹いてきた。


 風圧で、またもや変な軌道を描いたスライムたちは散弾みたいにちらばって──




 そのまま、『神命騎士団』たちの仮面にくっついた。




 もともとかりそめの生命だから、バラバラにされたスライムたちは死にかけてる。


 死にかけてるから、安全なところを求めて『神命騎士団』の鼻に、口に、耳の穴へと進入していく。本能みたいなもんかな。粘着力だけはあるからなぁ、あいつら。


 スライムにくっつかれた『神命騎士団』たちは顔を押さえて地面を転がる。


 ラフィリアの矢が刺さった奴も合わせると、倒れたのは9人。立ってるのは3人。


 戦闘能力は4分の1になってる。


 じゃあ、そろそろいいかな。


「──海竜ケルカトルの怒りを知れ」


 横穴から出て、僕は叫んだ。


 海竜のお面を見たノイエル=ハフェウメアが青ざめる。


「恥を知るがいい。イルガファ領主家の者でありながら、巫女を害し、祭祀を行う場所を汚そうとした罪、われらに海竜の怒りが乗り移るほどのものである、と」


「──ふざけたことを」


「愚かなる者よ。頭があるなら考えるがいい。侯爵令嬢は、本当にお前のために今回のことを為したのか?」


「当然だ。彼女は俺を愛してる。彼女が俺に『神命騎士団』を紹介してくれたんだ!」


「ならばどうしてその娘は、この場にいない?」


 侯爵令嬢の目的が、ノイエル=ハフェウメアと共に活躍することなら、ここに一緒に来ていてもおかしくない。だけど、いない。仮面の連中の中にいるかもしれないけど、少なくとも名乗り出てはいない。外で待ってるわけでもない。


 まるで、ノイエル=ハフェウメアにはもう、興味がないみたいだ。


 ゴーレムは言ってた。奴の主人は『魔王対策のノルマを果たしてる』って。


 もし侯爵令嬢が『来訪者』なら、彼女の仕事はもう終わってて。


 ノイエル=ハフェウメアのことも『神命騎士団』のことも、どうでもいいのかもしれない。


「侯爵令嬢がお前を利用しているかもしれないと、なぜ考えない?」


「愛する者を疑う男がどこにいる!? 彼女は俺を信じているからこそ、ここにいないのだ。俺が成果を上げて帰ると信じてくれている。そうに違いない!」


 そんなこと言われても。


 降伏してくれると楽なんだけど。駄目か。


 イリスが恥ずかしさのあまり「ごめんなさい『魂のお兄ちゃん』。ごめんなさいみなさん」って、顔を押さえて震えてるし。だよなぁ。あんな身内なんか見たくないよな。


「あんまり接近戦はやりたくなかったんだけどな……」


 逃がすとめんどくさいことになる。


 ここはセシルの魔法で牽制して、その隙に一気に間合いを詰めて、ぶちのめすか。


 そして侯爵令嬢の情報をあらいざらい吐かせよう。


 僕はセシルとリタに指示を出す。


『神命騎士団』で動ける奴は3人か。意外と多いな。


 でも、リタの加速ならなんとかなる──


 そう思ったときだった。


「エテリナから、こんな戦術を教えられている。やれ」


 僕たちが動き出す前に、ノイエル=ハフェウメアが宣言して、


「……承知しました。『風撃拳ウィンドブロウ』!!」


 3人の『神命騎士団』が同時に風魔法を詠唱した。


 次の瞬間──


 通路の先から、砲弾みたいな勢いで、剣を構えた人間が飛んできた。



──────────────────



今回使用したスキル


『不運消滅LV1』

身体にある数カ所のポイント(現実世界でチャクラと呼ばれるもの)を活性化することで、一時的に幸運のパラメータを桁違いにアップさせるチートスキル。

発動中は対象者のお腹、胸、頭に光が灯るけれど、これはラフィリアとナギにしか見えません。

きわめて強力なスキルなので、使用後は数日単位でチャージする時間が必要になります。

なお、それが幸運か不運か、というのは本人の主観で決まるので、たとえば一般的には不運なことでも、本人にとってはごほうびだったりすることは、スキル発動中でも普通に発生したりします。

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