第59話「わるだくみの巫女と、勇者と奴隷の接続実験」

 一度地上に戻ったあと、僕たちはふたたびダンジョンに入った。


 今度はパーティ全員とイリスも一緒に。


 魔物はもういないから、最奥の大広間にはあっという間に到着。


 リタとラフィリアには、通路の見張りをやってもらって、僕とセシル、アイネが、イリスの護衛につくことにした。


 といっても、魔物の掃討そうとうは終わってる。


 だから、イリスが中枢で結界を張り直せば、クエストは終わりなんだけど。


「その前に、これを見て欲しいんだ」


 僕は大広間の床を指さした。


 まわりには氷の手足と、ばらばらになった魔力の結晶体が転がってる。


 アイスゴーレムの残骸ざんがいだ。


「僕たちがここに来たとき、このゴーレムはまだ生きてた。中枢に通じる扉をこじあけようとしてたんだ。なんとか倒せたけど、3人がかりでやっとだった」


 僕の説明を、イリスは呆然と聞いてる。


「イリスはこいつに心当たりは?」


「ありません! こんな魔法生物が海竜の聖地にいるはずがありません!?」


 だよねぇ。


 そもそもこんなでかぶつ、ダンジョンの通路を通れないし。


 だから、誰かがここに入り込んで、魔法で作り上げたってことになる。


「あと、これも落ちてた。たぶんゴーレムの中に入ってたんだと思う」


 僕はイリスに、さっき拾った指輪を渡した。


「内側に名前が彫ってある。『侯爵令嬢エテリナ=ハースブルク』って人を知ってる?」


 イリスは目を見開いた。


 あ、知ってるな。


 しかもすごく嫌そうな顔だ。


「兄がちかごろご執心の女性です……」


「イリスのお兄さんが?」


「はい。侯爵令嬢は王都から旅行に来ている方で、イルガファの別荘地帯に住んでいます。自分が中央に進出する足がかりにしたいって、兄がよく会いに行っているんです」


「イリスはこの指輪に見覚えはある?」


「ありません。でも、イルガファ領主家おかかえの細工師が得意とする文様が刻まれてますね」


「女性にプレゼントするのに良さそうだよね」


「400アルシャくらいはしそうですね」


 僕の初期所持金と同じか。すごいなー。


「最後の質問。イリス以外で、このダンジョンの入り口の門を開けられる人は?」


「屋敷に鍵の予備があります。宝物庫に入れてありますけれど……領主家の者なら、隙を突いて持ち出すこともできましょう……」


 海竜の祭りに関わるものはイリスが管理してるらしいけど、彼女はこないだまで町を離れてた。


 その隙に鍵を持ち出して、ダンジョンに入り込むのは不可能じゃない。


「条件はそろってるな……」


 つまりこういうことだ。


 ダンジョンの門を開けられるのは、イルガファ領主家の人間だけ。


 ここにイリスの兄の──恋人らしい人の名前が刻まれた指輪が落ちてた。


 で、イリスによると彼女の兄はダンジョン攻略を「自分を通して神命騎士団に」させるように迫っていた。でもって、これから本人が来る。


 うん。怪しい。


「イリスが兄を問いただします! もし、この件に兄が関わっているようなら、イルガファの法において罰します!」


 イリスはドレスの裾をつかんで、きっ、と顔を上げた。


 彼女のドレスは海水を浴びて、潮のにおいが染みついてる。でも、イリスはそんなこと気にしてないみたいだった。むき出しの肩から、いつの間にか緑色の鱗がのぞいてることにも。


「すべてはイリスの責任です。ソウマさまたちになにかあったら取り返しのつかないことになるところでした。あなたがたは大切なお友達……いいえ、それ以上の存在なのに……」


 イリスは僕の手をにぎって、深々と頭を下げた。


 真面目だな、イリスは。


 背はセシルよりもちっちゃくて、実年齢も見た目通りなのに。


「僕たちにとっては仕事のうちだから、気にしなくていい」


「いいえ!」


 僕のセリフに、イリスは首を横に振った。


「追加の報酬をお支払いいたします! ソウマさまたちは完璧に仕事をこなしてくれました。そして、貴重な情報をすべて教えてくれました。イリスは深く感謝しています。この信頼に、どう答えていいかわからないくらい」


 そう言われると照れくさい……というかうしろめたい。


 こっちは隠し事してるからね。


 ここに来るまでの間、僕たちはイリスが『海竜の伝説』の壁画に気づかないように、セシルの『灯りライト』で 足下だけを照らしてた。でもって4人がかりで壁ぎわ歩いて、壁画が見えないようにブロックしてた。


 今は『海竜の勇者』のことには触れない方がいい。


 イリスの兄さんのこと、ゴーレムのこと──今は状況がすごく複雑だ。これに『海竜の勇者』のことまで加わったら、話がさらにこんがらがるだけだ。


 ここはしらんぷりするのが気づかいってもんだよな。うん。


「もう我慢できないので言っちゃいます! 実はソウマさまは『海竜の勇者』なんです!」


 気づかいが無駄になったよ!?


 いきなりだった。


 イリスは僕の手をにぎりしめて、きっぱりと宣言した。


「もちろん、賢明なソウマさまのことですから、すでにお気づきでしたよね!」


「いえいえさっぱりです」


「イリスのことを気遣って、黙っていてくださったのですよね! さすがです!」


 イリスはうっとりした目で、僕を見つめてる。


「あのさ、イリス」


「はい、勇者さま」


「……海竜の勇者の権利って、誰かに譲ったりできないの?」


「そうですねぇ。『海竜の巫女』が、どうしても『勇者』を認めなければ、権利は消失しますけど、そうでなければ一生勇者認定確定でしょう」


「それで、僕が仮に海竜の勇者だとして、イリスは」


「『仮に』は、もういりませんよ──」


 ふわり。


 小さな身体が、僕に向かって倒れてくる。


 全身の力を抜いて、頭から床に突っ込むくらいの勢いで。


 捨て身で。


 反射的に、僕はイリスの身体を引っ張り寄せていて──


「…………ふふふ。イリスが何回、こういうシチュエーションを妄想してたかわかりますか? たぶん、ソウマさまもドン引きするくらいですよ?」


 にやり、と笑うイリス。


 そういうセリフも言えるんだな『海竜の巫女』


 やっぱり、閉じ込めておくにはもったいない人材だよな。




 僕の腕の中で、親指立てて勝ち誇ってるイリス。


 その鱗が、真珠色に輝いてた。




「イリスは、二度もソウマさまに命を救われてます。たとえ『海竜ケルカトル』が認めなくても、ソウマさまはイリスの勇者さまです。そうじゃなかったら……その、一緒にお風呂に入ったりなんか……しないでしょう?」


「いろいろはかってるよな、イリスって」


「しょうがないでしょう? イリスは基本的にかごの鳥なのですから。本を読んで外の世界に思いをはせるしかなかったんです。ちょっとくらい悪だくみするようになってもいいでしょう?」


「ちなみに愛読書は?」


「『5分でわかる海竜の伝説、完全版』『読むだけで勇者に覚醒する本』『おてんば姫、鈍感勇者を攻略する』『船舶交易と利潤追求の基本』『やさしい謀略』『領主論』などです。最近のお気に入りは『気になる男性の本心を表情から読み取る本』ですね。あとは『家出娘がひとりで生きるための術』なんかもお気に入りです」


 そう言って再び不敵な笑みを浮かべる。


 ここで逃げたら謀略と人脈を使って追いかけますよ。家出だってしますよ? ってことらしい。


『海竜の勇者』か。


 勇者はやらないって決めてたんだけどな。


 まぁ、港町限定の勇者だし、魔王を倒せって言われないだけましか。


 イリスは秘密を守ってくれるから、僕が『海竜の勇者』認定されてることも、僕たちの間だけの話にしてくれると思う。まぁ、これは交渉次第かもしれないけど。


「わかった。僕は『海竜の勇者』認定されてるってことでいいよ」


「じゃあ『主従契約』しましょう。イリスのご主人様になってください、ソウマさま」


「いやさすがにそれは駄目だろ」


 巫女にして領主の娘のイリスを奴隷にしたら、イルガファ全土が大騒ぎだ。


「男の方にとって、愛のために世界を敵に回すのは本望では?」


「そういう奴が好みなら、他を当たった方がいいと思う」


「いえ、そういう人の相手は苦労しそうですのでイリスも嫌です」


 じゃあ言うな。


 僕はイリスの身体を離した。


 イリスは真珠色になった自分の鱗を、いとおしそうになでてる。


「話を整理しよう」


「はい」


「海竜の天敵を知らない間に倒してたらしい僕は、海竜の勇者認定されてる」


「はい。間違いないでしょうね」


「で、イリスは巫女の役目から降りるために、僕との繋がりを求めてる。なぜなら『海竜ケルカトル』の前で、巫女と勇者が深くつながることで伝説を再現することができるから。そうすると『海竜の祭り』は、イリスが死ぬまでやる必要はなくなる、ってことでいいんだよな」


「そうなります」


「でも『主従契約』でつながる必要はないよね」


「一番それがてっとり早いでしょう」


 イリスはそう言って、ドレスの裾をつまんで一礼した。


「『魂約エンゲージ』『結魂スピリットリンク』の儀式はすたれて久しく、正確な儀式を知っている人はいません。むしろ、再現している人間がいたら伝説になりますよ。それこそ勇者を超えた神秘の存在です」


「………………へー」


 本人も知らない間に、僕はなんか色々超越してたらしい。


「で、僕とイリスが『主従契約』して、海竜ケルカトルがそれを儀式の再現だと認めてくれる可能性は?」


「五分五分──もっと低いかもしれません」


 イリスはうつむいて、はぁ、とため息をついた。


「けれど、イリスはもうこんなのは嫌なんです。さらわれたり陰謀に巻き込まれたり、お友達を危ない目にあわせたり……。イリスは、何者でもない者になりたいんです……」


 それと恋がしたいです……って、小さな声でつぶやいて、イリスは僕に背中を向けた。


「──とにかく、まずは中枢に入って結界を再構築します。ナギさま以外は通路に出られた方がいいでしょう。大広間の外に出れば、影響は薄れるはずですから」


 そう言って、イリスは大広間の奥にある扉に手をかけた。


 ゴーレムが殴っても揺るがなかった扉は、イリスが引っ張ると簡単に動きだす。


 ここにいたら、神域のプレッシャーの直撃を受けるな。


 僕は、大広間の隅に控えていたセシルとアイネの方を見た。


「じゃあセシルとアイネは外に出てて」


「ナギさまのいるところがわたしのいるところです」


「お姉ちゃんがなぁくんの隣にいないなんてありえないの」


 人の話を聞こうよ。


「ここにいたら神域のプレッシャーが与える影響について、実験することになるけど」


「実験? いいですよ?」「うん。別にかまわないの」


 そっか。じゃあ遠慮なく。


 僕はセシルとアイネを引っ張り寄せた。


 そのまま、ぎゅ、と両腕で二人を包み込む。


 ちょうどいい。


 前回、僕が中枢の扉を開けたとき、セシルとリタの反応が違ってた。その原因を確かめようと思ってたんだ。


「……いいなぁ」


 そんな僕たちを、イリスがじっと見てた。


「え?」


「な、なんでもありません。扉を開けます」


 ぎぃ、と、音がした。


 広間の奥にある巨大な扉が、開いていく。


 その先にあったのは、白く輝く部屋だった。


 中央に湖と祭壇がある。あれがこのダンジョンの中枢。海竜ケルカトルと出会う場所か。


「すぐに済みますから、待っていてくださいね」


 扉は閉じた。


 さて、と。


「セシル、アイネ。ふたりとも大丈夫?」


「あ、はい。あれ……?」


 セシルは赤い目を見開いて、きょとん、と首をかしげた。


「おかしいです。怖いのをなんにも感じないです」


「アイネは?」


「へいきなのだいじょうぶなのへいきなのだいじょうぶなの。おねえちゃんがなぁくんのまえでしゅうたいをみせるわけにはいかないの。どってことないのへいきなのだいじょうぶ──」


 がたがたぶるぶるがたがたぶるぶる


 栗色の髪のメイドさんが、涙目で僕にしがみついてた。


「ごめん。やっぱり無理だったか」


「いいの。アイネはなぁくんのものだからいいの。なぁくんのことだから、きっと意味があるの。意味もなくこんなことしないの」


 まぁ、そうなんだけど。


「ところでなぁくんはイリスさんと一緒にお風呂に入ったの? どうして? アイネが背中を流してあげるっていってもことわるのに? おかしいのりふじんなの。恐怖のあまり理不尽さを感じるの」


 がくがくぶるぶる


 震えるアイネの手が、僕の襟首を掴んでた。


「神さまが怒ってるの。アイネはなぁくんのすべてを許すけど、神さまが怒ってるみたいなの。こわいの。どうしようなぁくん。アイネ、怖くてわけがわからないの。なぁくんがイリスさんとお風呂に入ったことが、気になってしょうがないの」


「落ち着いてくださいアイネさん」


 こくこくこく(自分とアイネを指さしてからうなずくセシル)


 うんうんうん(僕とセシルを指さしてからうなずくアイネ)


 するするする(だれかを縛るようなポーズ)


 さっさっさっ(身体を洗うようなポーズ)


 こくこくこく、うんうんうん。


 がしっ。


 まだ青い顔のアイネと、ほっぺたを赤くしたセシルは、僕の前でしっかりと手を握り合った。


 ……なにを納得したんだろう。


「それで、ナギさま。わたしたちを抱っこしてくださった理由はなんですか? いえ、理由なんかなくてもいいんですけど。むしろ大歓迎ですけど、でもでも」


「神域のプレッシャーと『魂約エンゲージ』が関係してるか確かめたかったんだ」


 僕は声をひそめて、話し始めた。


 これはパーティの秘密についての話だからね。


「……『魂約』が、ですか?」


「僕が平気なのは『海竜の勇者』認定されてるからだよな。で、さっき僕が扉を開けたときセシルとリタの反応が違っただろ? セシルは影響が小さかったけど、リタはだだっ子状態になってた」


「あ、はい。確かにそうです」


「それはレヴィアタンを吹っ飛ばしたのがセシルで、だから勇者認定されてるって考えたんだけど……それならそもそもプレッシャーを受けてるのがおかしいだろ? ってことは『魂約』した状態で僕と密着してることで、耐性がついたんじゃないかって考えたんだ」


「アイネさんを抱っこしてるのは、『主従契約』の繋がりで耐性がつくか確かめるため、ですか?」


「そういうこと。さっき、セシルは僕にくっついてる間に落ち着いただろ。アイネには悪いことしたけど」


「……いいの」


 アイネはちょっと震えながら、僕の肩にほっぺたをくっつけた。


「アイネのすべては、なぁくんのものだから」


「ありがと。で、話を戻すよ。

 イリスはさっき『主従契約』すれば海竜ケルカトルに認めてもらえるって言ってただろ? でも、これで『主従契約』の繋がりは『魂約』より弱いってわかった。『勇者認定』による耐性が、アイネには伝わってないってことは、ね」


「つまり、イリスさんと『主従契約』しても、彼女の望みは叶えられないってことですか」


「たぶん」


 祭りの日に中枢にやってくる神さまには、たぶん一目で見抜かれる。


 つまり、イリスの望みを叶えるためには──


「イリスと『主従契約』した上で『魂約エンゲージ』までしなきゃいけない」


「できそうですか?」


「難しい……かな」


魂約エンゲージ』の儀式はかなり難しい。リタでも失敗したくらいだ。


 いきなりイリスと『主従契約』しましたー、じゃあ『魂約』しますー、で、儀式が成功するとは思えない。


「イリスの願いを叶えるには、『主従契約』以外で繋がるか、海竜ケルカトルを説得するくらいしかないな」


「他にいい方法があればいいんですけどね」


 そんな話をしてると、中枢の扉の隙間が、ふわり、と光った。


 緑色の光があふれ出して、ダンジョンの空気が変わる。


 さっきまではよどんだ感じだったけど、今は空気清浄機をフル稼働させたあとみたいだ。


 イリスの結界復活儀式が成功したらしい。


 しばらくすると、イリスが扉から姿を現して──アイネがまた僕にしがみつく。


 外に出てろって言ったんだけどね。


「海竜ケルカトルと少し繋がりました。あちらもやっぱり、ダンジョンの異状には気づいていたんでしょうね。怒りと──悲しみが伝わってきました」


 イリスはずぶ濡れになったドレスの裾をしぼりながら、告げた。


「これ以上、ダンジョンが荒らされたら、たぶん、今年は戻ってこないでしょうね」


「マスター! 伝令ですぅ!」


 いきなりだった。


 大広間の入り口から、ラフィリアが顔を出した。


「リタさまの『気配察知』に反応がありました。侵入者です!」


「結界を張り直したばっかりなのに?」


「侵入者は人間です! 灰色の髪に青色の目をした男性と──それとそれと」


 ラフィリアは心底嫌そうな顔で、告げる。


「仮面を被った人たちが一緒なのです。数は12人。『神命騎士団』です!」

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