第133話「ひとりでふたりの少女をふたりにしたら、色々なところが違ってた」

「わかりましたわ! 黒騎士がしていたように、魔力でわたくしの身体を作ればいいんですのね!?」


 さすがフィーン、理解が早い。


 彼女は『バルァルの胸当て』を完全掌握してる。黒騎士が鎧を組み合わせて作った身体も、魔力で作った黒い馬の姿も見てた。


 だから、僕のしたいことをわかってくれたみたいだ。


「さすがあるじどの、素晴らしい思いつきですわ」


「『再構築』と『再調整』の方法とかは、僕たちのパーティにとっての重要事項だからね」


「わかってますわ。これが成功すれば、わたくしとカトラスが、2人同時にあるじどのにご奉仕できるかもしれないですものね!」


「そういう話じゃないから!」


 その手の話は『再調整』が終わってからにしてください。


「それでフィーンは『バルァルの胸当て』で、仮の身体を作れそう?」


「そうですわね……」


 フィーンはなにかを思い出そうとするように、唇に指を当てた。


「あの黒騎士は鎧をつなげて自分の身体を作ってました。けれど、馬は魔力で作り上げたニセモノでしたわ。やろうと思えば、どちらも可能だと思いますわ」


「たとえば?」


「シーツと毛布と枕を人型にして『わたくし』ということにして、あるじどのにいじっていただく。あるいは魔力で人の姿を作って『わたくし』が中に入る──どちらがよろしいかしら」


「後の方で」


 前の方は、さすがにマニアックすぎる。


「わかりましたわ。やってみます……」


 フィーンは胸当ての中央に、手のひらを当てた。


 目を閉じ、ゆっくりと言葉を紡ぎはじめる。


「『──名もなき姫君の名において、古代の遺物アーティファクトに命ずる』」


 フィーンの指先から、水滴のような魔力が流れ出るのが、見えた。


 それは胸当てへと落ちて、表面にかすかな波紋を浮かび上がらせる。


「『我は身体を持たぬもの。我は、姫君の影にして、光を支えるもの』」


 波紋を受けた胸当てが、ゆらいだ。


「『我が名はフィーン。カトラス=ミュートランの一部にして、もうひとりの「ボク」』」


 まるで氷がお湯の中で溶けるように、胸当てから煙のような魔力が噴き上がっていく。


 それが空中で形を変え──人の姿になる。


「『バルァルの胸当てよ。もうひとりの姫君──フィーンの姿を──ここに!』」


 ──がくん。


 言い終えた瞬間、フィーンはベッドの上に倒れ込んだ。


 同時に、頭上から少女の身体が降ってくる。一瞬だけ迷ってから、僕は落ちてきた少女の方を受け止めた。フィーン──カトラスの身体は、毛布と枕がクッションになってくれてる。


 そして──たぶんこっちは、本体よりも、もろいはずだ。


「……よ、っと」


 腕の中にいるのは、白い肌と、灰色の髪の少女だった。


 髪はカトラスより、少しだけ長い。彼女はショートカットだけど、この子の髪は肩の下まである。


 服は着てる。カトラスと同じ、白い寝間着だ。服を着てるのは、これが彼女に専用の『身体』だから。カトラスと共用してないってことは、無理に『女の子』を意識して、自分を引き出す必要がないから。全裸だったらどうしようかと思ったけど……まぁ、一安心かな。


「フィーン?」


 僕は彼女の名前を呼んだ。


「はいっ! あるじどの。フィーンですわっ!」


 フィーンは、ぱちん、と目を開いて、笑った。


 瞳の色は青紫。わずかにつり上がってるように見えるのは、彼女の性格を知ってる僕の気のせいかも。


 彼女は涙を浮かべながら、僕の首筋に抱きついてくる。


「仮の身体ですけれども、わかります。これがわたくし。完全に女の子として目覚めたときのカトラスの姿。これがあるじどのの子どもを産む少女の姿なのですわ」


 ……そんなこと企んでたのかよ。


 いいけど。そのあたりはもう、覚悟を決めてるから。みんなを奴隷にしてる段階で。


「あるじどの!」


「うん」


「頭を、なでてくださいませ」


 フィーンが言った。


 僕はそうした。


「……えへへ、ですわ」


 フィーンはその手を取って、ゆっくりと自分の胸に当てた。


 寝間着の隙間から。その奥に。


「……あったかいですわ。それに、もう、逃げられなくなっております」


 それは僕にもわかる。


 直接肌に触れてるのに、フィーンは意識をなくしてない。僕の目の前で確かに存在してる。


「カトラスとフィーンが別の身体になったから、かな?」


「はい。仮ですけれども、これはわたくしだけの身体。恥ずかしくても……入れ替われなくなっているようですわね。だって、この身体の中には、わたくししかいないんですもの」


「……どうしたでありますかぁ……?」


 気がつくと、カトラスがベッドで起き上がっていた。


 目をこすって、僕と、僕の腕の中にいるフィーンを見た。


「ああ、かわいい女の子でありますなぁ。いつの間に奴隷が増えたのでありますか、あるじどの。灰色の髪と、ちっちゃな身体。うん。ボクそっくりでありますな! なんだか親近感を感じ──って、ボクであります────っ!?」


 カトラスは慌てて起き上がろうとして──そのままベッドから転げ落ちた。どしん。


 僕とフィーンは2人がかりでカトラスを抱き起こして、それから事情を説明した。


「……なるほど。『バルァルの胸当て』で仮の身体を……そういうことができるのでありますか」


「魔力で作った幻影みたいなものですわ。でも、ちゃんとあるじどのと触れあうことができますわ。身体の感覚も、本物とかわりません。あるじどのをしあわせにすることも、わたくしがしあわせになることも、きっと、できるんですのよ」


 カトラスとフィーンは、ベッドの上で向かい合ってる。


 ふたりともうれしそうだ。


 今まで、2人は別人格として存在していたから、互いに顔を合わせることはなかった。最近は意思の疎通もできるようになってたけど、カトラスの方は、フィーンの存在に気づいたばかりだ。お互いが顔を合わせて触れあうのは初めてだから、すごく、新鮮なんだろうな。


 こうして見てると、仲のいい双子みたいだ。


「あるじどのは、やっぱりすごいであります」


「問題が起こると、すぐに対策を考えてくださるものね」


「おかげで、ボクはフィーンにこうして会うことができたのでありますよ」


「わたくしも、カトラスの顔を見ることができて、幸せよ」


「このご恩は、ボクのすべての忠誠をもって」


「わたくしも、この身と愛情のすべてをもって」


「お返しするであります!」「ご奉仕しつくして差し上げます!」


「「ねーっ」」


 2人は両手を合わせて、宣言した。


 よろこんでくれてよかった。僕としては『再調整』のための思いつきだったんだけどね……。


 カトラスもフィーンはそれぞれ別の人格だけど、仲良しだ。それがこうして顔を合わせて、姉妹みたいに話し合って……いいよね、こういうの。


「じゃあ『再調整』を続けるよ、ふたりとも」


「はい、あるじどの!」


「だめよカトラス。そんな言い方じゃ」


 うなずいたカトラスにフィーンが駄目だしを──って、なんで?


「…………こういうときはちゃんと格式に則った言い方を──(ぼそり)」


「…………そ、それが格式なのでありますか。恥ずかし──(ぼそり)」


 ……なんだろう。


 フィーンがなんだかとんでもないことを教え込んでるような。


 耳元でささやかれてるカトラスが、真っ赤な顔で、ぶんぶん、ってうなずいてるのが恐いような……。


「あ、あるじどの!」


「……うん」


「こ、このはしたない姫奴隷ひめどれいに、お、お情けを欲しいであります!」


 ……おい。


 フィーン……カトラスになにを教えた。


 すっごくいい笑顔でうなずいてないで、止めなさい。カトラス、寝間着をずらしはじめてるから。


「具体的には、ボクの恥ずかしいところに触れて──ボクの中の女の子を──引き出して──ほしいであります──」


 カトラスは寝間着をゆっくりとずらして、胸元ぎりぎりまでをさらした。


 でも、人格は変化しない。フィーンの身体は他にあるからだ。今、カトラスが奥にもぐったら、彼女の身体を管理する者がいなくなる。


 僕が狙ったのもそれだ。


 2人をそれぞれに分けることで、互いの逃げ場をなくすこと。その状態で繋がれば、2人同時に『再調整』できるはずだ。


「……うん。わかった。カトラスの望み通りにする」


「……はぅっ!?」


「ただし、フィーンも一緒に」


「当然ですわ。あるじどの」


 フィーンは、ぴと、って、カトラスの背中にくっついた。


 なぜか彼女の耳たぶを甘かみしながら、うっとりとした顔でささやいてる。


「これは、カトラスに『おんなのこ』を自覚させるいい機会ですもの。わたくしがお手本を見せて、ちゃんと導いて差し上げますわ!」


「あ、あの、フィーン? あるじどの?」


「……あるじどのに、たっぷりとしていただきなさいな、カトラス」


 フィーンはカトラスを抱きしめながら、笑った。


「あなたの恥ずかしいところも、かわいいところも、全部あるじどのに見ていただきなさい。それがわたくしの……望みでもあるのですから」


 フィーンの言葉に、カトラスは真っ赤になってたけど──


 まっすぐ僕の方を見て、うなずいた。



 だから──僕は『再調整』を再開した。








「……んっ」


 ふたたび僕の魔力を受け入れたカトラスが、小さくみじろぎした。


 今度は身体が倒れたりはしない。フィーンが後ろから抱いてあげてるから。


 僕はカトラスと『魔力の糸』で繋がってる。


 そしてフィーンの仮の身体は、カトラスの魔力で作ったものだ。つながりは維持されてるし、カトラスを通して、僕はダイレクトにフィーンのスキルにもアクセスできる。




豪・中断撃盾キャンセリング・シールドチャージ


『盾と体体当当たたりりり』』』で『『『敵敵敵』』』と『行動動』』を『『『吹吹吹ききき飛ばす』スキル





即時神聖器物掌握アーティファクト・ルーラー


『『『アアアーーーテテティィィフフファァァクククトトト』』』を『すばやく』『『完完全全』』に『『支支配配すするる』』スキル





 僕は不安定化をはじめた2人のスキル、それぞれに、ゆっくりと指を差し入れた。


 2人の不安定になっている場所を探るように、徐々に指を動かしていく。


「……んっ。あ、あるじどのが、入ってきたであります……」


「……はぅ。ど、どこに? わたくしと同じところかしら? カトラス……?」


「そ、それはどういう意味で……はぅ。あります……か……フィーン……」


「どこにあるじどのを感じるか……ということよ……カトラス……?」


 恥ずかしいのか、カトラスは真横を向いてる。


 でも、そうするとフィーンと正面から向かい合うことになる。


 フィーンは真っ赤になったカトラスの耳元でささやきながら、身体のあちこちを指さしてる。


 どこに魔力が入って来てるか、言わせようとしてる。それはこっちも望むところだ。


 今のカトラスとフィーンは、裏技つかって同時存在させてる状態だから、『能力再構築』でもステータスがモニターできない。だから、こうして手探りでやるしかない。


「……あるじどのにも必要な情報です…………のよ? あ……あぅ。あ、あんっ。カトラス……あるじどのの魔力がどこにあるか……教えて差し上げて……?」


「…………んっ。は……あぅ。ぜ、ぜんぶで……あります……」


 せつなそうに、カトラスが身をよじる。


「…………ボクの……どこも……あるじどのに触れていただいてるようで…………すごい……これが……おんなのこ……んっ」


「や……はぁ。だめ、だめよ。カトラス……そんなことじゃ……あるじどのの助けに……なれな……」


 カトラスを後ろから抱きしめていたフィーンの身体が、びくん、とはねた。


「ん。あっ。そこ……おく……やぁ」


 ちらりと僕の方を見てから、フィーンは恥ずかしそうに顔を伏せた。


 カトラスより長いフィーンの髪は、汗びっしょりの首筋に張り付いてる。耳たぶは真っ赤で、僕が『概念』に触れるたびに「はぅぁ」って、背中を振るわせてる。そのたびにカトラスの肩を押さえている指に、ぎゅ、って力を入れてるのがわかる。


「……ボク……ボクはどうなってるで、ありますか……ちゃんとおんなのこ……できてるで……ありますか……あ、あんっ。はぁ……」


 カトラスは寝間着の胸を握りしめてる。身体はもう、止まるのを忘れたみたいに揺れ続けてる。


 スキルの『概念』を指で押さえると──「んくっ」って、身体を反らすけど──


「あうっ……ううん。へいきで……あります」


「……うそね。おくち、ひらきっぱなしですわよ? はしたない」


「……フィーンだって、顔、真っ赤であります……」


「……そんなことないですわ…………って。やっ。あるじどの……ゆらすの……だめぇ……」


 フィーンの概念には『魔力の糸』で振動を送り込む。不安定化してる概念の揺れを中和するためだ。こうしてると落ち着いていくけど──でも、やっぱり『再調整』に時間をかけすぎたな。


「ここは一気に『概念』を押さえ込む。ちょっと強めに魔力を注ぐよ?」


 フィーンの『仮の身体』も、いつまで保つかわからない。


 早めに『再調整』しないと、また同じことの繰り返しだ。


「──ま……って、ほしいで……ありま……す」


「──い、いま──されたら……きちゃう……すごい……だめ……」


 待たない。


 僕は二人のスキルの概念に、魔力を一気に流し込んだ。




「──────っ!!」

「──あ……あ……あぁ……あるじどのが、わたくしの……まんなか……を」



 カトラスは、ぎゅ、って身を縮めて──


 フィーンは、うつろな目で、カトラスの背中に身体をこすりつけてる。


 同じ2人でも、魔力への反応は違うみたいだ。


「だいじょぶ……なので……あります……つづけて……ください……」


「や……これ……すごい……こわい……」


 2人とも小刻みに身体をゆさぶってる。


 カトラスはまだ普通に話ができるけど、フィーンはもう、言葉になってない。


「……や……こんなの…………ち……よすぎ……て……まっしろ……に」


「だらしないで……んっ……ありますな……フィーンは……」


「……な、なによぅ。カトラス……おんなのこ……はじめての……くせにぃ」


「……あるじどのに『調整』していただくときだけは……あ……あふ……ボク……ちゃんと……おんなのこ……してるでありますよ…………いろいろ、じしんが……ついたであります」


 だだっ子みたいなフィーンと、比較的しっかりしてるカトラス。


 そのカトラスの耳に、フィーンは唇を近づけて──


「…………ふーん……かっこつけても……カトラスの────すごいことに……なってる…………くせに…………」


「…………なーっ!? それは……はんそくでありましょう……フィーン!?」


「…………わたくしは、あなたのからだのじょうたい…………わかるの…………どこが……どんなふうになって…………あるじどの……ほしがってるか……も」


「なーっ……なーっ! んっ。あ…………!」


 真っ赤になって、今度はカトラスがだだっ子状態。


 この2人──同一人物だけど、本当に仲が良いな。


 2人とも一緒にいられたらいいのに……って思うけど──無理か。2人が望んでるのは人格の統合で『カトラス』が完全な女の子になることだ。奴隷契約を解除するにもそうしないといけない。わかってるけど、仲のいい双子みたいなカトラスとフィーンを見てると、ずっと見ていたいような、そんな気にもなってくる。


「続けるよ。ふたりとも」


 カトラスとフィーンがうなずいたから、僕は『再調整』を続ける。


「──あっ……いえ……へいき……で、あります…………もっと……つよくても……へいき……あっ、あぅっ! あんっ!」


 恥ずかしいのか、もうまともに僕の顔を見ようとしないカトラスのスキルを、押して、押さえて。


「──だめっ。わたくし────だめ────とけちゃう──もう──あるじどののまりょくで──とろとろに──とけ──ちゃ────。ん────!!」


 うつろな目で、口を半開きにして荒い息をついてるフィーンの、スキルをなでて、外れそうになる概念を、なじませて。


 僕たちは互いの魔力を分け合って、重ね合って、かき混ぜる。


 フィーンは仮の身体だけど、汗と体温はちゃんと3人分。


 触れ合ったところから汗とかで湿った音がして、それを一番恥ずかしがってるのは、フィーンで──


 カトラスはそんな彼女を、優しい目で見つめていて──


「────だいじょうぶ、で、あります。だいじょうぶ──だから──して──くださいで、あります──」


「────もう。だめ。わたくし──もう──あ。あ、ああ。あああ──」


 ふたりとも、そろそろ限界だ。


 カトラスは意識を保ってるけど、身体は汗ぐっしょりだ。寝間着ははだけて、真っ赤になった肌があらわになってる。


 フィーンはもう、息も絶え絶えに、カトラスの身体にしがみついてる。身じろぎするたび、ぴちゃ、と、どこからか水音がする。身体も湯気が出そうなくらい、熱い。





豪・中断撃盾キャンセリング・シールドチャージ


『盾と体当たり』で『敵』と『行動』を『吹き飛ばす』スキル





即時神聖器物掌握アーティファクト・ルーラー


『アーティファクト』を『すばやく』『完全』に『支配する』スキル





 僕はスキルを再確認した。


 カトラスの『豪・中断撃盾』も、フィーンの『即時神聖器物掌握』も安定した。


 よし──あとは『再調整』を実行するだけだ。


「終わりにするよ。カトラス。フィーン」


「は、はいであります!」「あ──はぅ。あ、ああっ。あんっ!」


 カトラスからは短い返事。フィーンは、荒い息をつきながら身体を揺らしてる。


 僕はもう一度、ふたりに魔力を流し込む。ふたりの中に『僕』を注ぎ込んで──反応を見る。びくん、とはねるカトラスと、うつろな目で熱い息を吐いてるフィーン。大丈夫。魔力は全部行き渡った。今だ!




「チートスキルを再調整する。実行『能力再構築LV5』!!」





「あ、ああ──っ! んっ。フィーン、い、いっしょに──あああああっ!!」


「や、あんっ。カトラス──! や、やだ。まっしろに──あああああああ──っ!!」





 2人分の声と、体温と、水音が重なって──


 それからカトラスとフィーンの身体が、重なり合って、崩れ落ちた。


 僕はスキルを再びチェック──よし、概念は完全に安定した。押しても引いても、概念は動かない。持ち主の方はいろいろ反応してるけど、これはチェックのためだから……しょうがないよね。


「はぁ……あ…………はぁ」


「カトラス、平気か?」


 僕はカトラスの身体を起こした。


「……なんだか、いまさら恥ずかしくなってきたであります……」


 ふらふらしてたカトラスは、とん、と、僕に向かって寄りかかってくる。


 身体はすごく熱いけど『再調整』も、女の子として触れ合うのもはじめての彼女は、ぼんやりと笑いかけてくれる。汗ばんだ手に触れると、カトラスはぎゅ、っと握り返してきた。


「……ボク、少しだけ、あるじどのにすべてをお見せする覚悟ができたでありますよ……」


「わかった。じゃあ、楽しみにしとく」


「……いや、もう全部見られてしまってるでありますが……」


「んー。でも、カトラスが自分の意思で見せるのは別かな」


「──っ」


 カトラスは真っ赤になって、枕で顔を隠してしまった。かわいい。


 出会ったときは男の子だって思ったけど、今になると、どうしてそんな勘違いしたのかなって思うくらい、女の子になってるよな。カトラス。


 フィーンは──


「ふふ……よかったですわね。カトラス」


 さっきの状態が嘘みたいに、おだやかな笑顔で、カトラスの顔をのぞき込んでる。


 その身体が、薄れはじめてる。『バルァルの胸当て』の能力の持続限界か、カトラスの魔力の限界か……どっちだろう。


「わたくしも、満足しましたわ」


 フィーンはそう言って、僕とカトラスの手に、自分の手を重ねた。


 消えかかってるけど、温かい手だった。


「あなたは……もう、大丈夫ですわね。カトラス」


「……どういう意味でありますか?」


「カトラスは自分を女の子だと自覚した。あるじどのに触れられる喜びを覚えた。裸を見られても、必ずわたくしと入れ替わるとも限らない。もう、大丈夫ですわね?」


 ──ちょっと待った。


 フィーンは消えかかってる。声が、小さくなってる。


 まさか──?


 いつかは2人の人格は統合されるって思ってたけど、こんなに早く!?


「嘘でありますよ。フィーン。せっかく会って話ができるようになったのに!?」


「わたくしの役目は、あなたをサポートすることですもの」


 フィーンは胸に手を当てて、言った。


「あなたが一人前になったのなら、わたくしはあなたの中に……溶けて──」


「待った」


 僕はフィーンの手をつかんだ。


「ここで消えるのはまだ早いだろ、フィーン」


「……なぜ?」


「僕がフィーンを必要としてるってのもあるけど……2人の統合は、もうちょっと時間をかけた方がいいと思うんだ」


 カトラスとフィーンは、普通の二重人格とは違う。


 小さい頃に、母親に魔力で呪われた結果、生まれた2人だ。カトラスとフィーンの中に入って気づいたけど、2人は魔力に対する反応が微妙に違う。たぶん、これはフィーンの側が『アーティファクト掌握スキル』なんて特殊なスキルを管理してきたからだ。


 もっと時間をかけて、魔力をなじませて──僕も協力するけど──人格を融合した方がいいような気がする。これは、奴隷のスキルの深いところまでいじってきたご主人様の、経験による直感だけど。


「あるじどのの言う通りであります! それにもっと、ボクはフィーンとお話が……したい」


 僕の説明を聞いたカトラスは、涙ぐみながら、フィーンを背中から抱きしめた。


「……ひとつだけ、方法がありますわ」


 フィーンは少し目を伏せて、ゆっくりとつぶやいた。


 そして、床に置いたままの『バルァルの胸当て』を指でなぞる。


「この胸当ての中央には『魔力の結晶体』を入れるためのくぼみがありますの。おそらくは太古の騎士たちは、この胸当ての『仮の身体を作る力』で身体を強化したり、仮の手足をはやしたりして戦っていたのでしょうね……」


「うん。わかった。それで?」


「申し訳ないのですけど、どこかで魔力の結晶体を手に入れて、ここにはめこんでいただけないでしょうか」


 フィーンが顔を上げる。


 そして、なぜかいい笑顔で、ぽん、と手を叩いた────あれ?


「そうすれば、わたくしはカトラスの中に溶け込むことなく、存在し続けるはずですわ。そっちの身体に入れば、カトラスとは別の人間ということになりますもの。あ、お金はわたくしとカトラスがなんとかします。なんでしたら、あるじどのとの『契約』に、借金として上乗せしてもかまいませんわ」


「ボクからもお願いするであります!」


 うん。魔力結晶は──イリスに頼めば手に入ると思うよ。


 多少高価かもしれないけど、この場合はしょうがないけどね。


「それがあれば、実体としてのフィーンが存在し続けるってこと?」

「はい。わたくしとカトラス、2人の身体が存在することになります。あるじどのを2倍、気持ちよくしてさしあげることもできるでしょう」


 ……うん。すごくよくわかった。


 でもね、フィーン。さっきまで消えかかってたとは思えないくらい、理路整然と話してるよね?


 それに「ふっふっふーん」って、勝ち誇ったみたいに鼻息が荒いよね?


 もしかして──


「あのさ、フィーン」


「なんでしょうか、あるじどの」


「……もしかして消えるってのは、嘘?」


「あら、わたくしは自分が消えるなんて言った覚えはありませんわよ?」


「いや、あの話の流れだと、そう受け取るのも無理ないだろ!?」


「しりませんわー。だって、わたくし、そんなことひとこともいっておりませんものー」


 フィーンは「ぷすーぷすー」って、鳴らない口笛を吹きながら、真横を向いた。


 うん。額に汗が浮かんでるけどね。あと、残念そうに指を鳴らしてるの、聞こえてるからね。


「だ、だましたでありますなあああああ! フィーンっ!」


「しょうがないじゃないですの! あるじどのと繋がる気持ちよさを知ってしまったのだから! 策を練って、自分の身体を手に入れようと思っても仕方ないじゃありませんの! あるじどのが悪いのですわっ!!」


 開き直んな。


「あれを知ってしまったら、もう戻れませんわ。カトラスもわかっているのでしょう? 魔力結晶があれば、わたくしは自分の身体を持つことができる。つまり、カトラスはあるじどのとのつながりを、その身体全部で感じることができるのですわ! それはすごくときめくことではありませんの!?」


「もっともであります!」


 カトラスも、納得すんな。


 フィーンはカトラスのほっぺたをぷにぷにしながら、主張してるし。


「もしかして、カトラスは……あの感覚をひとりじめするつもりですの?」


「そう言われると弱いのでありますが……」


「それに、わたくしが同じ身体に入った状態では、また入れ替わってしまいますわ。結局、あるじどのに迷惑を…………(ぼそぼそぼそ)」


「わかっているでありますが。ただ、あるじどのをだますようなまねは……(ぼそぼそぼそ)」


 おーい。


 自分同士のふたりは、小声で相談をはじめた。


 しばらくするとカトラスは赤い顔でうなずき、フィーンはしてやったり、って顔で胸を張る。そして──


「「お願いがあります。あるじどの」」


 ふたりそろって、僕の前に正座した。


「……なんだよ」


「フィーンに魔力結晶を買ってあげてほしいであります!」「その分の対価は、身体でお支払いいたします!」


「主にボクが!」「もちろん、わたくしも!」


「「あるじどのに2倍ご奉仕するためにも、どうか! どうか──っ!!」」


「……それは家に帰ってからの検討事項な」


 僕は言った。


「その前に、フィーンにはおしおきをするから」


「……おしおき、でありますか?」


「僕とカトラスに、心配をかけたおしおきだ」


 願いごとがあるなら、ちゃんと言えばいい。


 僕たちのパーティではそれが許されてるんだ。主に、ご主人様の命令として。


 まぁ、フィーンはずっとカトラスをサポートしてきた立場だから、素直に自分の願いなんて言い出せなかったってのはわかるけど……。


 でも、フィーンが突然消えるって思ったとき、意外とショックだった。元の世界のことを思い出すくらい。


 だから、ここはおしおきをさせてもらおう。


 魔力の結晶体は買ってあげるけど、それはおしおきの後だ。


「……わ、わかりましたわ」


 フィーンは僕の前にひざまづいて、宣言した。


「確かに、わたくしのやり方は間違っておりました。どうか、この愚かな奴隷に、おしおきをしてくださいませ……」


「じゃあ、みんなの前でスキルチェックな」


「────はい?」


 フィーンの目が点になった。


 実は、これは必要なことだったりする。


 フィーンの身体は『バルァルの胸当て』で作った仮のものだ。どれだけ魔力に耐性があるのか、スキルの『再構築』が可能かどうかもわからない。フィーンがもし、その身体でしばらく存在し続けるなら、その隅々までチェックしておく必要がある。


「とりあえずその状態でスキルをインストールできるか。元々入ってるスキルの概念を動かすことができるかチェックする。僕だけじゃ気づかないこともあるかもしれないし、セシルとリタとレギィにも見ててもらおう」


「あ、あるじどの……それはさすがに……はずか……し」


「あれ? 見られるのは平気なんじゃなかったっけ?」


「そ、そうですけど、限度があるんですわ。ああ……もう」


 フィーンは真っ赤な顔で、小指を噛んでる。


 それから覚悟を決めたように、寝間着の裾をつかんで──


「わ、わかりました。わたくしは自分のしたことの罰を受けます。ああもう──『くっ殺せ』ですわっ!」


「がんばるのであります、フィーン」


「あら、人ごとのような顔をしてますわね、カトラス?」


「人ごとでありますからな?」


「でも……あなたは目の前で自分と同じ顔をした少女が、恥ずかしい目に遭っていても平気ですの?」


「────あ」


 ぼしゅ、と、カトラスの顔が真っ赤になった。


 そうだよね。カトラスにとっては、自分が人前でいろいろされてる映像を見せられるようなものだ。しかもカトラス、見られる方が弱いはずだし。


「あ──────っ!!」


 カトラスはほっぺたを押さえて、声をあげた。


 まぁ、僕もほとほどにするつもりだけどね。


 あとはセシルたちを呼ぶ前に、多少のチェックをするとして。


「こっちおいで、フィーン」


「……はい」


 フィーンは僕の膝の上に、小さな身体を乗せた。


 その正面にはカトラス。フィーンと同じくらい恥ずかしそうな顔で、僕を見てる。


「…………あるじどの」


「うん」


「あるじどのに触れていただくのが、くせになったら、責任を取ってくださいますか?」


「もちろん。ご主人様だからね」


「わたくしたちがひとつなったら、カトラスも同じくせを持つことになりますのよ?」


「わかってるってば」


「……もう」


 そう言ってフィーンは、僕に背中をあずけた。


 カトラスと同じくらいなのに、やっぱり少しかたちが違う、小さな身体。


 その胸に手を触れて、僕は──


「…………もう……わたくしは……あるじどのに、愛で殺されてしまっていますのね……」


 ぶっそうなこと言い始めたフィーンの「おしおき」名目のスキルチェックをはじめたのだった。


 それを見てたカトラスが真っ赤になって「もうげんかいでありますー!」って、ギブアップするまで。


 明け方までかかったけど。


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