第134話「番外編その13『リタとカトラスと、先輩奴隷のご指導』」

日常のお話が書きたくなったので、今回は久しぶりの番外編です。

リタとカトラスのお話になります。

奴隷になったばかりのカトラスは、先輩にいろいろ指導を受けたいようです……。





──────────────────




「お話をお聞きしたいのであります! リタ先輩せんぱい!!」


「せ、せんぱい!?」


 黒騎士と戦った次の日。


 戦闘の後で疲れたからもう一泊しようと決めて、一日ゆっくり休んだあとの、夕方。


 井戸で顔を洗っていたリタは、聞こえた声に思わず振り返った。


 後ろに、カトラスが立っていた。


 まぶしいものを見るような目で、じっとリタを見つめている。


「……カトラスちゃん。先輩って、私のこと?」


「はい。あるじどのにお仕えするにあたり、リタ先輩のお話をお聞きしたいのでありますよ」


「どうして?」


「あるじどのほどの方にお仕えするからには、奴隷として気をつけなければいけないことや、心構えがあると思うのです。そこで、あるじどのの自慢の奴隷であるリタどのにお聞きするのがいいのではないかと」


「自慢の奴隷……?」


 リタの心臓が、どくん、と跳ねた。


 ──うそ。ナギ、私のことをそんなふうに……?


「で、でも、だったらセシルちゃんに聞いたほうがいいと思うわ。ナギの最初の奴隷なんだもん」


「セシルどのは『ナギさまの一番お役に立ってるのはリタさんですから』とおっしゃってました」


「セシルちゃんったら……もう」


「レギィさまは『獣人娘に話を聞いたほうが、面白い反応を引き出せるはずじゃ』とおっしゃってました」


「レギィちゃんったら! もうっ!!」


「そんなわけで、お聞きしてもいいでありますか? リタどの」


「しょうがないなぁ……」


 リタは手早く顔を洗い、井戸のそばにある適当な石に腰掛ける。


 カトラスが隣の石に座るのを待って、リタは話をはじめた。


「それで、どんな話が聞きたいの?」


「そうでありますな……まずは……」


 カトラスは頬に指を当てて、首をかしげた。


「リタさまが、あるじどのの奴隷になったときのお話がいいであります!」


「奴隷になったときの……」


「ボクは女の子としては未熟でありますから、みなさまがどんなふうに奴隷になったのかをお聞きして、真似できるところは真似したいのでありますよ……」


 カトラスの顔は真剣そのものだった。


 これはちゃんと応えなきゃ──そう思い、リタは胸に手を当てた。


「──私が、ナギと出会ったのは」


 記憶を引き出す。


 ナギと出会ったばかりの、できごとを──




 自分がまだ、イトゥルナ教団の神官長だったとき、馬車に乗ってきたナギを「外道」呼ばわりしたことを──


 はじめての再構築で恥ずかしい声をいっぱい出しちゃって、おまけに身体の制御がきかなくなって、獣人であることがばれちゃったこと──


 セシルちゃんとナギの背中を拭く権利を取り合って、裏技使って身体の前を拭く権利を手に入れたのはいいけど、そのせいでナギのにおいが大好きになってしまったこと──


 懐かしい思い出が頭の中をよぎって、リタは──




「…………私ちょっとナギにおしおきしてもらってくる」


「わぁっ。話の途中でどこに行かれるのでありますか!?」


「だって……」


 リタは涙目になっていた。


 ナギとの出会いを思い出しちゃったからだ。


 勝手な誤解をして、第一印象は最悪で、でも一緒に戦って仲良くなって──大好きになって──。


 今は仲良くなってる。今の関係は、すごくいいと思う。


 でも、出会いは……もっといいやり方があったかもしれないのに……。


「そうよ。アイネにお願いして『記憶一掃』でナギの記憶を消すの。そして私のしたことを全部忘れてもらって──ああっ! でもそれだと大切な思い出も消えちゃう。どうしたら……どうしたらいいのーっ!」


「リタさま! 頭抱えて転がらないでください! リタさまの頭の中では一体なにが起こっているのでありますかーっ!?」


「はっ」


 そうだ、カトラスが一緒だった。


 いけないいけない。後輩の前で恥ずかしいところは見せられない。見せちゃったならごまかさないと。奴隷が無様な姿をさらして、ご主人様に恥をかかせるわけにはいかないのだ。


「で、出会いは……そうね、ナギと同じ馬車に乗ったのがきっかけね!」


「そ、そうでありますか」


「それから一緒に、人を守るために戦って、でも認めてもらえなくて……さまよっていたところをナギに助けてもらったの。以上よ!」


 リタは先輩っぽく胸を張って、言い終えた。


 おそるおそるカトラスの反応を伺ってみると──


「さ、さすがであります!」


 両目をきらきらさせながら聞き惚れていた。


「リタさまはあるじどのと共に戦うことでわかりあったのでありますな!」


 ──うわーん。ごめんなさいーっ!


 リタは心の中で手を合わせる。


 嘘は言っていない。言ってないのに心が痛い……。


「そ、それで、次はどんな話が聞きたいの?」


 これ以上つっこまれるのは危険そうなので、リタは慌てて話題を変えた。


「そ、そうでありますね。出会いの話は危険なようですので、リタさまの武勇伝ぶゆうでんを!」


「武勇伝……」


 なるほど、カトラスちゃんはそういうの好きそう。


 騎士物語とか、武勇伝の塊みたいなものだもんね。


 それなら安全。えっと──


「私は前線での戦いと、偵察が担当よ」


「ならば参考になるお話をお聞ききできるはずであります。ボクも前衛でありますから!」


「まずは……そうね。ナギは特に情報を大切にしているわね」


「戦術を立てるためでありますね?」


「そう。なるべく楽に戦えて、私たちが傷つかないようにしてるの」


 リタはふたたび、胸に手を当てた。


「私はそのナギの目的を助けるのがお仕事よ。たとえば──」


 これまでの戦いの記憶を引き出していく。


 自分とご主人様が協力して戦った、できごとを──





 温泉地で『偽魔族』と戦うために、奴の結界を破壊したこと。その後、スキルがじんじんして、ナギにいっぱいしてもらったことを──


『海竜の聖地』で、敵を捕らえるために『束縛歌唱ソング・オブ・バインディング』の激甘ラブソングを歌ったことを──


『霧の谷』で『完全獣化』を使ってオオカミの姿に変わり、山を一回りして安全確認をしたことを──


 その後、ナギと一緒に温泉に入って、着替えを忘れたことに気づいたことを──


 ナギの脱ぎたて上着と布で身体を隠したのはいいけれど、その優しさがうれしくて尻尾をぶんぶん振ったら、腰に巻いてた布が吹っ飛んでおへそから下がまるみえに──




「うっわああああああああああああわぅうううううううううううん!! やりなおさせて、ナギ──────っ!!」


「リ、リタさま。どこへ────っ!? 木の上にあるじどのはいないでありますよ!!」


 カトラスが呼んでるけど気にしない。


 リタは獣人の運動能力で、近くにあった木を垂直に駆け上がる。


 そのまま高い枝に腰掛けて、木の幹にしがみついて震え出す。


「も、もしかして私って……ナギに恥ずかしいところばっかり見られてる……?」


 いや、ちゃんと成果は出してるんだけど。


 オオカミ使いの『来訪者』を倒したのはリタで、デリリラさんの迷宮を突破したのもリタのスキルのおかげだ。昨日戦った変態騎士だって、リタの『結界破壊エリア・ブレイカー』がなければ、カトラスとフィーンのスキルを当てることはできなかった。


 ナギはリタのしたことを認めてくれてるし、ほめてくれてる。


 わかってる。


 わかってるけど、恥ずかしいのはしょうがないのだ!!


「うわ──────んっ」


「なんか申し訳なかったのであります!」


 木の下で、カトラスが深々と頭を下げている。


 リタの痛い記憶を突っついてしまったのに気づいたらしい。


「そ、そうであります! ここは気分を変えて、リタさまの能力を見せて欲しいのでありますよ!」


「……能力?」


「はいっ!」


 カトラスは指折り数え始める。


 歌唱能力、運動能力、神聖力、その他いろいろ。


 彼女にはリタから学びたいことがたくさんあるらしい。


「ぜひ、先輩として、その力の一端を見せていただきたいのであります……だめでしょうか……」


「そ、そういうことなら仕方ないわね!」


 しゅたっ、とリタは枝を蹴った。


 宙返りしながら、きれいなフォームで地面に降り立つ。


「ソウマ=ナギの奴隷の力、カトラスちゃんに見せてあげるわ」


「よろしくお願いするであります!」









「じゃあ、まずはリタさまの歌をお聴きしたいのでありますよ」


「いいけど。どうして最初に歌なの?」


「ボクが、吟遊詩人ぎんゆうしじんの騎士物語を聞くのが大好きだからなのです」


 2人がやってきたのは、村はずれ。


 魔物と盗賊除けの壁があるところだ。


 まわりに民家はないし、夕方だからか、人影もどこにもない。


「村に吟遊詩人が来るたびに聞きに行っていたら、歌そのものが大好きになったのであります。あるじどのもセシルさまも、リタさまの歌はとってもきれいだとおっしゃっていました。だから、ぜひ聞いてみたいのでありますよ」


「しょ、しょうがないわね……」


 リタは左右を見回した。人の気配は、なし。もちろん魔物の気配もなし。


 村と外を隔てる石壁は、リタの身長の倍くらい。上にはひとはいないし、その向こうにも……うん、誰もいない。獣人の『気配察知』に引っかからないのは名うての盗賊くらいだけど、そんなの、都合良くいるわけないもんね。


「じゃあ、歌うわね?」


 リタは、すぅ、と深呼吸した。


 聞いてるのはカトラスだけ。他の人は誰もいない。


 じゃあ、素直な気持ちを歌えばいいかな──




 ──そうして、リタは歌い始めた──





「ご主人様の瞳が好き 深い深い 黒い瞳


 吸い込まれそうな瞳に 私を映して


 ご主人様の手が好き いつも優しい あの方の手


 大きくて温かい手で 私に触れて


 ご主人様の声が好き 聞いてるだけでうれしい あの方の声


 いつもじゃなくていいから 私を呼んで


 ご主人様のにおいが好き 肌にしみこんでくる あの方の気配


 抱きしめられてるみたいで 私はいつも──」





「ぽ────────っ」


 気づくと、目の前にいるカトラスが、全身真っ赤になっていた。


 熱にうかされたようにうつろな目で、恥ずかしそうに口を押さえてる。


「はっ!?」


 リタは思わず我に返る。


 あれ? あれれ? 思いつくままに歌っただけなのに、なんでこんなことに!?


 それに──『束縛歌唱ソング・オブ・バインディング』を発動しちゃってる?


 うそ。わたし、激甘ラブソングを歌うと、無意識にスキルを発動するように!?


 パーティメンバーのカトラスには効かないけど……他にひと、いないよね? こんな恥ずかしい歌を聴いたひと、いないよね!? ねっねっ!!?


「リタさまは……あるじどのが大好きなのでありますなぁ……」


「わうううううううっ。言わないでええええええっ!?」


 激甘ラブソングにのぼせたカトラスを横抱きにして、リタは急いでその場を離れたのだった。








──数分後。見回り役の村人たちは……──





 小さな村にも、警備を担当する者はいる。


 若い男性が、持ち回りで朝と夕方と夜に、武器を持って外壁の外を見回るのだ。


 その日も、2人組の男性が、壁の向こうを見回っていたのだが──


「な、なんだ!? 怪しい男たちが倒れてるぞ!?」


「身体中に魔力の鎖が巻き付いてる!? 拘束魔法か?」


「しかもこいつら……盗賊じゃねぇか」


「聞いたことがある。近くの村を『気配遮断』スキルに長けた、名うての盗賊たちが荒らし回っているって」


 警護役の村人たちは、動けない男たちを見下ろしていた。


 男たちはみんな黒装束を身につけ、手にはダガーを持っている。ロープまで準備していたところを見ると、これから村へ盗みに入ろうとしていたのだろう。


 だが今は、全身を魔力の鎖で縛り上げられてもがいている。一体、ここでなにがあったのか……。


「こんなことができるのは……もしかして、さっき到着した冒険者の方々か?」


「海竜の巫女にお仕えする方々が……?」


 村人たちはひそひそと話し合う。


 そうに違いない。他に考えられない。海竜の巫女にお仕えする方々が、村を守ってくれたのだ。それだけのことをしたのに、黙って去って行った。なんて奥ゆかしい方だろうか。


「とにかく、人を呼んでくる。お前はこいつらを見張っていてくれ」


「わかった」


 村人は走り出す。


 巫女に使える冒険者たちが黙っていて欲しいのならば、なにも言うまい。秘密にしておこう。


 ただ、恩返しはしておくべきだろう。村の誇りにかけて。


 そう考えながら、警備兵の詰め所に向かって走る村人さんなのだった。







────────





「次は、リタどのの運動能力を見せて欲しいのであります!」


「う、うん。どんなのがいい? カトラスちゃん」


「もういちど木登りをお願いしたいであります!」


 ふたりがやってきたのは、村で一番高い樹がある場所だった。


 ちょっと離れたところには小さなお墓がある。


 でも、別に墓地というわけじゃないみたい。木登りするくらいは許してもらえるだろう。


「ボクは基本的に盾を使った前後左右の動きをするからでありますよ。リタどのの立体的な戦い方を、参考にしたいのであります!」


「そういう相手と戦う時のために?」


「それもありますが、ボクがそういう戦い方ができたら便利でありましょう?」


 一生懸命訴えてくるカトラス。


 かわいいなぁ、ってリタは思う。


 カトラスの身長は、セシルよりもちょっと高いくらい。その手には『円形の盾ラウンドシールド』を持っている。それで敵の攻撃に耐えながら接近して、剣や『シールドチャージ』をぶつけるのが彼女の戦い方だ。


 それに上下の動きが加われば、敵の攻撃をよけやすくなる。


 さらに、頭上から『シールドチャージ』ができれば、落下の威力が加わるから敵へのダメージも大きくなる。体重の軽いカトラスには、有効な戦い方だ。


 もちろん、すぐにリタみたいなことができるわけじゃないけど、参考くらいにはなるだろう。


「わかったわ。じゃあ、ゆっくりやるから、見ててね」


「はいであります!」


「……よっと」


 リタは大木を上りはじめた。


 本能のまま登るのは楽なんだけど、『ゆっくり』を意識しながらだと、ちょっと難しい。こういうのは考えない方が楽なのだ。でも、それじゃカトラスの参考にならないから。できるだけ太い枝を選びながら、と。


「……あれ?」


 木の枝をつかんだとき、リタの指先になにかが触れた。


 黒い指輪だ。表面に、なにやら不吉な紋章が描かれている。リタがそれに手を伸ばすと──


 ぼしゅ、って、黒い煙が上がった。


 いけないいけない。手に『神聖力』を集中してたから、うっかり浄化しちゃった。でも、この指輪って一体なんだろう──


「リ、リタどの────っ!!」


「カトラスちゃん!?」


 樹の下から悲鳴が聞こえて、リタは慌てて枝から飛び降りる。


 幹を蹴って身体をひねり、着地すると──目の前にゴーストがいた。


 半透明の、貴婦人の姿をしていた。


「……ゴ、ゴーストでありますよ……リタどの」


「わかってる。落ち着いて、カトラスちゃん……」


 刺激しない方がいい。消すことは、いつでもできる。悪いものではないような気がするけど……でも、トラブルになったらどうしよう。ご主人様に迷惑はかけたくないのに……。


『…………ありがとう……』


 貴婦人のゴーストは優しい笑みを浮かべて、頭を下げた。


「「え?」」


 ぽかーんと口を開けたリタとカトラスの前で、ゴーストは消えていった。


 リタは手の中にある指輪を見た。


 これが原因かな。この指輪、悪いものなのかも。


 こんなの、ご主人様のところに持っていけないよね。それに、あのゴーストのものだったら、勝手に処分できないし。


「……ここに置いとけば大丈夫かな」


 リタは黒い指輪を、木の根元に置いた。


 それから近くにあるお墓に向かって手を合わせる。騒がせてすみませんでした、って。


「カトラスちゃん」


「はいっ」


「逃げましょう」


「了解であります!」


 リタとカトラスは、急いでその場を離れたのだった。







──近くの屋敷で──






「お嬢様が目を覚まされました! 熱も下がっています。旦那様──っ!!」


 屋敷のメイドは声を上げた。


 聞きつけた屋敷の主人が走ってくる。


 彼は、この村を拠点とする商人だった。妻を病で亡くしたのは1ヶ月前。それから、娘まで同じ病にかかってしまった。


 原因不明の病だ。神官に聞いたところ、なにか魔法のアイテムによる影響ではないかという話だった。


 そういえば妻は生前、謎の物売りから指輪を買ったといっていた。


 それが原因かもしれないが、当の指輪は失われてしまっていた。おてんばな妻が木登りをしていたときに無くなってしまったらしい。


 あれに『神聖なる力』をぶつければ解呪ディスペルできるそうなのだが……当の指輪がなくては……。


「お父さま!」


「おお、娘よ!」


「夢の中にお母さまが現れました。呪いは解けた。樹の下に指輪があるから破壊してしまいなさい、って」


 言われるままに屋敷を飛び出した彼は、樹の下に黒い指輪を見つけた。


 間違いない。これが呪いの指輪だ。一体誰が……私たちを助けてくれたのか……。


「……もしかしたら、海竜ケルカトルさまの加護だろうか……」


 近々、港町で領主さまが養子を取られるらしい。そのせいで、港町イルガファはお祭り騒ぎだ。『海竜の祭り』の再来のようなものだ。もしかしたらその影響で、呪いが浄化されたのかもしれない。


 それに、この町には『海竜の巫女』の護衛の方が来ているはずだ。


 まさか、そのおかげで村にも祝福が……?


 わからない。確かなのは、娘が救われたことだけだ。


「……ありがとうございます……ありがとう」


 彼は膝をつき、ただ涙を流すばかりであった……。




──────────





 リタは落ち込んでいた。


 せっかくカトラスが『先輩』って呼んでくれてるのに、ぜんぜんかっこいいところを見せてない。


「……汚名返上しないとね」


 リタとカトラスがやってきたのは、村の端にある小さな湖だった。


 ここは外と川でつながっていて、魚釣りにも使われているらしい。


「わたしの能力が見たいのよね、カトラスちゃん」


「は、はいであります!」


「だったらカトラスちゃんに、私の『水上歩行』を見せてあげるわ」


「おおっ! リタさまにはそんな力があるのでありますか!?」


「うん。これがあれば、海から敵を攻めることもできるわ。カトラスちゃんと2人で、敵を挟み撃ちにしたり、って戦い方もありでしょ!?」


「すごいであります。ぜひともお見せくださいであります!」


「それじゃ……とぅっ!」


 リタは地面を蹴ってジャンプ。


 つま先に『神聖力』を集中させ、水面でまっすぐに立つ。


 そのまま左右に、つつっ、つつつっ、っと移動。まるで地上を歩くかのような動きに、カトラスが思わず手を叩く。


「おー。おー。おおおおおおおっ!!」


「や、やだなぁ。感心しすぎよ、カトラスちゃん」


「びっくりでありますよ、リタどの。こんな力を持つ方は、歴史上の騎士にもいないのであります」


「これは、ご主人様がくれた力だもん」


 リタは祈るように手を合わせ、目を閉じてつぶやく。


 心の中で、ご主人様に語りかけるように──


「ご主人様は、私に新しい力の使い方を教えてくれたの。『神聖力』で水面を歩く力──ううん、それだけじゃないわね。ナギはいつも、私に新しい世界を見せてくれるし、新しい私を見つけ出してくれるの」


「……リタどの」


「ナギのことを考えるだけで、私はいつも幸せになれるんだもん。私の力も、心も、身体も、とっくにナギに捧げるって決めてる。それが獣人の忠誠心で、女の子としての、想いのかたちなんだから」


「リタどのは、あるじどのが大好きなのでありますなぁ」


「……うんっ!」


 リタは金色の髪をなびかせて、うなずいた。


 ごまかすのはあきらめた。


 カトラスちゃんは仲間で、恥ずかしいとこも見られちゃったから。


 尊敬してもらえないのはしょうがないけど、大切な想いをごまかすのは駄目だもん。


「ナギは世界で一番大切な人よ。ずっとそばにいたい人で、ご主人様で『魂約者』。そして、私も本当は……セシルちゃんが願ってるように、ナギとこど──」


「あれ? リタとカトラス、こんなところにいたんだ?」


「────っ!?」


 突然、ご主人様の声が、リタの耳に届いた。


 集中が切れた。




 どぼん




『神聖力』の水上歩行能力を失ったリタは、そのまま水の中に。あわてたナギと、カトラスの声が聞こえて、誰かが水に飛び込んでくる音がして──それから。





「──リタ! 大丈夫か? リタ?」


「……ナギ?」


 水の中にいたのは、ほんの十数秒。水は飲んでない。


 自分でナギの腕をつかんでたし、半分、自力で池から這い上がってきた。


 ぼーっとしてるのはさっき歌った激甘ラブソングの後遺症と、ナギ好き好きを語ってしまったから。でもって水にそのまま落っこちてしまったもんだから、頭が少し混乱してる。


「……水は飲んでないな。意識も、ある、と。人工呼吸は……」


「じんこうこきゅう……?」


 こっちの世界にもそういうのはある。


 おぼれた人に水を吐かせて、息を吹き込むものだ。


 リタは水は飲んでない。でも、ご主人様は心配してる。いけないいけない。奴隷が、ご主人様に手間をかけさせるわけにはいかない。人工呼吸……どうするんだっけ。自分でやろう。まずはあごをあげて、気道を確保して、それから──


「……あれ? リタ」


 ちゅっ


「(ふ────っ)」


 奴隷が、ご主人様に手間をかけさせるわけにはいかない。


 だからリタは自分でナギに口づけて、思い切り息を吹き込んだ。


「あ、あの。リタ?」


「あわわ……リ、リタどの……」


 ご主人様が目を見開いてる。カトラスがびっくりしてる。


 あ、驚かせちゃったぁ。もうちょっと自分が元気だって、ちゃんと伝えないと。


「あの、リタ。意識はあるのはわかったからむ──っ」


「(ふ────っ)」


 唇を離して、息を吸い込んでから、ナギと唇を合わせて、息を吹き込んで。


 なんか手順が違うような気がしたけど、吹き込んだ息はナギの呼吸とまざりあい、あふれだし、リタの頬をなでていくけど──


 それでもリタは「元気なことを示すための『さかさま人工呼吸』」を繰り返して──





 我に返ったあと『突っつかれたら赤面する記憶トラウマ』が増えたことに気づいて、「わぅ────」と、頭を抱えてごろごろ転がることになったのだった。






────────────────





「それじゃ、お世話になりました」


「ありがとうございました────っ!」


 次の日。


 ナギたちが出発しようとしたら、なぜか宿屋の人以外の村人が見送りに来た。


 みんな知らない人たちだ。なぜか涙を流している親子連れまでいる。


 さらに宿代は無料。旅の間のお弁当つきというサービスっぷりだった。


「……どうしてこうなったんだろう」


「わからないであります。リタどのは心当たりは……?」


「わぅうううううう」


 リタは馬車の隅で、ちっちゃくなって震えるだけ。


「は、早く出発したいもん。この村、恥ずかしい記憶ばっかりなんだもんっ」


「「「「「また来てくださいね──!」」」」」


「ごめんなさい。もう来ないもん────っ」


 人知れず村を救ったことなんかに、気づくこともなく。


 尻尾をふるふる揺らしながら、リタは馬車が村を出るまで頭を抱えていたのだけど──






 数秒おきに、リタが指先で唇をなでて──ご主人様と触れあったときの感触を思い出していたのは、誰にもないしょのお話なのだった。







番外編 リタとカトラスと『先輩奴隷のご指導』おしまい

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