第135話「チート嫁おるすばん組の、極秘任務(兼パジャマパーティ)」
──アイネたち「おるすばん組」視点──
リタが近くの村で、カトラスを指導していた日の夜。
アイネ、イリス、ラフィリアは、イルガファ領主家の自室で「ご主人様明日帰ってくるよ記念パジャマパーティ」の真っ最中だった。
「でもね。イリスさんとラフィリアさんだけで楽しんでもらっても、よかったの」
アイネは寝間着姿で、イリスの部屋の椅子に座っていた。
自分の家──正確にはナギの家──が気になるのか、何度も窓の方を見ている。
「アイネは、おうちの掃除と、なぁくんを迎える準備をするからなの」
耐えきれなくなったように、アイネは言った。
「もちろん、必要なときはすぐに戻って来るの。戦闘待機なの。相手が、いつ動くかわからないから、なの」
「いけません」「それは不許可なのですぅ」
ベッドに座ったイリスと、その隣に転がってくつろぎすぎのラフィリアが声をそろえた。
「お兄ちゃんにも言われているのです『お姉ちゃんは働き過ぎるところがあるから、気をつけて』と」
「『家に着くまでがお休みです』とマスターはおっしゃっていたのですよぅ」
「……もう、なぁくんったら」
「「『お姉ちゃんのことわかりすぎ』でしょう(ですねぇ)!!」」
「────っ!!」
心の中を読まれて、アイネの顔が真っ赤になる。
『
アイネは思わず、部屋の壁に立てかけた『はがねのモップ』に手を伸ばす。そうだ。掃除をして落ち着くの。今からお部屋をぴかぴかに磨き上げれば──
「そういえばあたしは、アイネさまに『
「ラフィリアさん!?」
お仕事に逃げようとしたアイネに、ラフィリアの追い打ちが飛んでくる。
「イリスもぜひ、おうかがいできればと」
イリスもいつの間にかベッドから立ち上がり、アイネのそばに座り直してる。イルガファ領主家では立場上、アイネとラフィリアは個人的に雇われたメイドで、イリスはその雇い主だ。
けれど、3人だけになったとたん、アイネはイリスの先輩奴隷で、ラフィリアは師匠に早変わり。まるで先生に教えを請うように、イリスはアイネの足下に正座してる。
「イリスちゃん……あのね……えっと、寝間着はサイズが合ったものを着た方がいいと思うの」
アイネは話をそらそうと、思わず別の話題を口に出す。
イリスはぶかぶかの寝間着を好んでいる。二回りもサイズが大きいそれを、帯で無理矢理とめている状態だ。そんなものだから胸元は大きく開いていて、真上からだと胸のあたりまで見えてしまう。同性で家族だからいいけれど、それって、なぁくんの前ではどうなのかなぁ──って。
「……身体を締め付ける服だと、成長が止まってしまうような気がいたしますので」
イリスは胸を押さえて、つぶやいた。
「それにいざお兄ちゃんが『再構築』や『魂約』したいと思ったとき、イリスの魔力にすぐに触れられるようにしておきたいのです。でも……アイネさまが……お兄ちゃんにうまく『魂約』を持ちかける方法を教えていただければ、もう少し小さな寝間着にしてもよいのですけれど」
イリスは口元に笑みを浮かべて、アイネを見た。
さすがイリスちゃん……アイネは思わず拍手しそうになる。
話をそらそうとしたアイネの言葉を逆利用。『
かなわないなぁ──アイネは思う。
うん。アイネはみんなのお姉ちゃんだもんね。
恥ずかしくても──照れくさくても……イリスさんとラフィリアさん……アイネの妹さんたちに知りたいことがあるなら、教えてあげないと……。
「じゃあ……話すね。アイネがなぁくんと『魂約』したときのこと……」
「はい!」「お願いするです!!」
イリスの隣には、いつの間にか正座ラフィリア。土下座はしなくていいからね、って、アイネは止めて。
思い出す。海水浴に言った、あの日のこと。
自分だけ泳がないで体力を残しておいて、なぁくんに『魂約』をお願いしたことを。
「こほん」
アイネは真っ赤になってるのをごまかすみたいにして、せきばらい。
そして話し始めようとした──とき。
「──誰かこっちに来るです」
ラフィリアが不意に顔を上げた。
アイネも気づいた。『気配察知』スキルはないけれど、足音がするからわかる。
廊下の向こうから、誰かが走ってきている。2人。
アイネは反射的に『はがねのモップ』をつかんだ。ラフィリアは寝間着の下に手を突っ込んで、脱ぎたての下着を手に取る。髪飾りに擬態した『エルダースライム』に触れる。イリスはアイネとラフィリアの後ろに待機だ。
3人が息を詰めて待っていると、ノックの音がした。
「夜分に申し訳ありません。イリスさま!」
聞こえてきたのは、甲高い声だった。
聞き覚えがある。確か、次期領主候補ロイエルド=ハフェウメアの側仕えの人だ。元の家から彼に仕えてきて、今も側にいる生え抜きのメイドさん。ということは、一緒にいるのは……?
アイネは振り返り、イリスがうなずくのを確認。
──動きがあったんだ。
3人だって、パジャマパーティだけのために、こんな時間まで起きていたわけじゃない。
もうひとつの理由は『騎士ゴースト』を操っていた者がなにかしたときに、すぐに対応するためだ。
「いいでしょう。開けてくださいませ、アイネさま」
「わかったの」
アイネは武器を背中に隠して、ドアを開けた。
「……イリスさまはそろそろお休みになります。どなたなの?」
「わたしの主が、イリスさまとお話をしたいとおっしゃっております」
そう言って小柄なメイドさんは頭を下げた。
彼女の後ろにいたのはやはり、次期領主ロイエルド=ハフェウメアだ。
彼は申し訳なさそうに肩を縮めて、部屋にいるイリスに視線を向けた。
「夜遅くにすいません。『海竜の巫女』さま」
「何事でしょうか。ロイエルドさま」
イリスはいつの間にかガウンをまとっていた。
当たり前だ。彼女がご主人様と奴隷仲間以外に、肌を見せるわけがないんだから。
「イリスたちは大切な儀式を前に、打ち合わせを行っているところです。むやみに騒ぎ立てるのは、次期領主としていかがなものでしょうか」
うまいなぁ、イリスちゃん──って、アイネはこっそりとうなずく。
確かにアイネたちは『大切な儀式』の話をしていた。領主家には関係ないけどね。
「ぼくに使えてくれていた引退騎士の、ガルンガラさまがいなくなったのです」
うつむくロイエルドに代わり、メイドの少女が答えた。
「その時、
「…………いいえ」
イリスは首を横に振った。
アイネとラフィリアもそれにならう。
もちろん、嘘だった。
イリスたちは引退騎士ガルンガラから、騎士のゴーストが新人騎士を襲っている話をすでに聞いている。ガルンガラは冗談まじりで話していたが、それが事実だということはナギからのメッセージで確認済みだ。
そして、ナギたちは『騎士ゴースト』と一緒によみがえった『黒騎士』を完全に倒した。それどころか、新人奴隷のカトラス(フィーン)は、黒騎士の鎧を支配することで、術そのものを完全に破壊してしまった。
残りの騎士ゴーストがどうなったのかはわからない。だが、術が破られたのであれば、術者にはなんらかの影響があるはずだ。
そのことに反応して引退騎士ガルンガラが行動を起こすことは、十分に考えられる。
アイネたちはそれに備えていたのだった。
「…………本当なら、捕まえて
イリスは声に出さずにつぶやいた。
今は、イルガファ領主家の養子縁組儀式が行われる直前だ。誰もがロイエルドに注目しているし、その側にいるガルンガラにも注意が集まっている。人知れず近づいて情報を聞き出し、『記憶一掃』で尋問そのものの記憶を消すのはリスクが高すぎた。
それでも、合法的に得られるだけの情報は得た。
彼が『騎士ゴースト』を作り出す儀式の中心人物だったことと、そこに白装束の魔法使いが立ち会っていたこと。そこまでは自慢げに話してくれた。魔法使いの正体がわからなかったのは、彼自身も知らなかったからだ。騎士の知り合いの、そのまた知り合いから派遣されてきたのだという。
「……笑い話にもなりませんね。元騎士の方が、理由も話さずに金目のものを奪って逃亡とは……」
イリスは小さくため息をついてから、つぶやいた。
「申し訳ありません。巫女さま」
ロイエルドとメイドがますます身体を縮める。
イリスはすぐに表情を変えて、なぐさめるように、
「ロイエルドさまの責任ではございませんでしょう。それで、お父様には?」
「お伝えしました。ですが、ことがことだけに内密に、と」
「ならば、イリス=ハフェウメアの名において命じます」
イリスは胸を反らして、宣言した。
できるだけ偉そうに見えるように、アイネとラフィリアが左右に並ぶ。
「今すぐ衛兵を町の門まで走らせなさい。すべての門を封鎖するのです。夜間の外出は禁止とします。理由は……魔物が現れたでもなんでもいいでしょう」
「……『海竜の巫女』さま」
「ここはイリスと、イリスの大切な人たちが住まう町です。守り神『海竜ケルカトル』は海で船を守ってくださっています。ならば、地上の治安を守るのは人の役目でしょう?」
「おっしゃるとおりです! 巫女さま」
ロイエルドは目を輝かせてイリスを見ている。
アイネはそっと胸をなでおろす。次期領主さんは、もうイリスちゃんの信奉者みたいなの。この人が次の領主さまなら、イルガファも安心──って。
イリスはさらに堂々とした口調で、命令を続けている。
「門を守る衛兵たちに聞き込みを。ガルンガラが町の外に出ていないかどうか調べてくださいませ。もしも町の外に出ていたら、そのときは改めて、お父様に指示をあおぎましょう」
イリスとこっそり、アイネ、ラフィリアと視線を交わした。
港町イルガファは、あくまで領主家が治める町だ。
必要以上にしゃしゃり出る必要はない。イリスたちには、もっと大切なことがあるのだから。
「イリスからの指示は以上です。ただし、これはイリスとロイエルド……あなたと二人で命じたことにいたしましょう。あなたの護衛騎士を、イリスが裁くわけにはまいりませんから」
「……『海竜の巫女』さま」
「ただ、『海流の巫女』として、ガルンガラさまの部屋を見させていただきます。もしかしたら儀式に必要なものが、盗まれたのかも知れませんから」
「そ、それはもちろん。巫女さまのご自由に」
ロイエルドはうやうやしく、頭を下げた。
イリスはその額に、優しく手をかざす。
「お行きなさい。次期領主さま」
イリスは静かに、そう告げた。
「この件を解決すれば、あなたは次期領主としての名声を、逆に高めることもできるでしょう。『仲間が罪を犯したのならば、友人はそれを自覚させ、共に新たなる港を目指せ』──イルガファのことわざです。あなたにこれを贈りましょう」
「ありがとうございます。巫女さま」
床に頭がつきそうなほどお辞儀するロイエルドを見ながら、イリスは扉を閉めた。
足音が遠ざかっていくのを確認してから──
「お兄ちゃんの予想が的中いたしました。可能性の2番、でしたね」
「さすがなぁくんなの」
「イリスさまも、一緒に作戦を立てられましたよぅ?」
ナギたちは、騎士ゴーストを作り出す術を破った。
新しい奴隷少女の力『
破られた召喚術は、召喚者にもコントロールできなくなる。
そうなれば、ゴーストの怒りは眠りを覚ました者に向かう。これは魔法の専門家であるセシルと、『神聖力』の使い手であるリタからの情報だ。
術者──当然、儀式の中心になった引退騎士ガルンガラだ。
そうなれば誰かに助けを求めるか、逃げるか。結果は後者だったけれど。
「引退騎士ガルンガラを捕らえれば『白い魔法使い』の正体がわかるかもしれません。『来訪者』が関わってるなら、その手がかりが欲しいっておっしゃってましたから」
「あたしたちは
「なぁくんの役に立つものが、あるかもしれないの」
もう夜遅い時間だったが、逆にそれが好都合だ。イリスたちはいつもの服に着替えて、調査をはじめる。目指すは引退騎士ガルンガラの自室だ。
手短に、そして確実に調査しよう。
帰ってきたご主人様に、きちんと、ほめてもらえるように。
────────────
「来るな。来るな。来るな────っ!!」
必死に馬を走らせながら、引退騎士ガルンガラは叫んだ。
術が破られた。
今まで、こんなことはなかった。
ガルンガラたち引退騎士たちは、新人騎士の根性を試すため、騎士のゴーストを呼び出し、襲わせていた。今まで、へなちょこな新人たちはそれから逃げるか、運が良いものは追い払うことで切り抜けてきた。
だが、こんなことは初めてだ。術が、根本から破壊されている。
ガルンガラたちの、ゴーストへの支配が消えてしまった。
騎士ゴーストたちは眠りをさまたげられた怒りを、召喚術の責任者だったガルンガラに向けてきている。
「ひぃいいいいいいいっ!!」
『騎士の魂を』『誇りを』『戦って示せ』『現代の騎士よ』
必死で馬を走らせるガルンガラの背後から、半透明の騎士が追ってくる。
振り切れない。
馬ゴーストに乗った騎士ゴーストたちはそれぞれに槍と剣を持ち、ガルンガラにつきまとっている。
彼の根性と気合いを試すために。
「なんで私だけに向かってくるのだ! 召喚したときは他の引退騎士たちも一緒だったじゃないか! ふこうへいではないか──っ!!」
『気合いがない』『勇気がない』『まったく、最近の騎士は!』
どこをどう走ったのか、覚えていない。
すでにイルガファの町の外には出ている。門を守る兵士には文句を言われたが、ロイエルドの名を使って突破してきた。ゴーストは見られなかったと思う。
引退騎士がゴーストにとりつかれたなんてことがばれたら、笑いものになってしまう。恥ずかしくて騎士同士の集まりにもでられない。ゴーストどもを追い払うまで、しばらく身を隠す必要がある。
だから金目のものはすべて盗ってきた。さすが、海運の町イルガファ、部屋の調度品も豪華だ。これを売れば数ヶ月は遊んで暮らせるだろう。いや、逃亡生活か。
自分でゴーストを倒せればいいのだけれど──
「……剣など、ここ数年振るったこともないわ」
現役のときに使っていた魔法剣は売ってしまった。
騎士同士のつきあいは金がかかるからだ。できるだけ豪華な鎧、豪華な剣を持っていなければ舐められる。ガルンガラとて、かつては国王陛下の側に仕えて、いろいろな秘密を打ち明けられるほどだったが、それは過去の話。秘密そのものに逃げられては話にならない。なんとか探し出そうとしたこともあったが、それにも金がかかる。まったく、いつからこんなことが始まったのか。いつ終わるのか──。
「もぐりの神官を探すしかあるまい……」
メテカルに行って『イトゥルナ教団』にゴーストを
駄目だ。あそこは人が多すぎる。
陛下に仕えた元騎士がゴーストをぞろぞろ引き連れて行くことなどできない。
「どうして俺がこんな目に──────っ!!」
新人騎士を指導しようとしただけなのに。つぶれる者がいたとしても、計算のうちなのに。使えない新人が何人か死んだくらいでなんだというのだ。どうして、どうしてこんなことに!!
「仲間に連絡を取らなければ……」
引退騎士ガルンガラはつぶやいて──その手段を置いてきたことに気づいた。
金になりそうなものを手当たり次第に取ってきた。
逆に、それ以外のものには意識が向かなかった。置いてきてしまった。『仲間』に連絡を取るためのアイテムも、自分が王から信頼されてきたことを示すものも。
ガルンガラの顔色が真っ青になる。が、今更取りには戻れない。
「なんで術を破りやがったんだよ、新人騎士ふぜいが! おとなしくゴーストにやられていればいいものを! 身の程知らずが────っ!!」
ぎりぎりと歯がみしながら、引退騎士ガルンガラは馬を走らせ続けるだけだった──。
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