第138話「『レティシア=ミルフェお出迎え計画』その発動と勝利条件」

「街道にアンデッドが現れたことについては、イリスも話を聞いております」


 領主家を訪ねた僕たちに、イリスは言った。


 ここは、イルガファ領主家の一室。具体的にはイリスの部屋だ。


 僕たちは裏口から、こっそり屋敷に入れてもらった。イルガファ領主家に入るルートは、イリスとラフィリアの協力で確立してる。イリスとの『意識共有マインドリンケージ・改』はまだ解いてないから、連絡を取るのは簡単だった。


 部屋にいるのは僕とアイネ、それと、イリスの3人。

 ラフィリアとカトラスは別室で話をしてる。2人は初対面だから、紹介を兼ねて。それと、カトラスには聞かせたくない話もあったから。


「イリスに質問だけど」


「はい。お応えします。今朝もイリスはお兄ちゃんの名前を3回唱えてから目覚めました」


「ありがと。それでイリスも『騎士ゴースト』のことは知ってるよね」


「そうですね。引退騎士ガルンガラさんが引きつけて逃げたのが、衛兵によって目撃されておりますから」


「それに他のアンデッドが刺激されて、目を覚ますことってあるかな?」


「普通にありますね」


 イリスは小さなあごに手を当てて、なにかを思い出そうとするように首をかしげた。


「いくつかの文献に、そういう現象が報告されております。

 アンデッドとは、そもそも死の眠りをさまたげられた者たちで、人を襲うのはさびしいから、仲間を増やそうという本能によるもの、と言われております。そのアンデッドが大量の仲間を見つけたら、目を覚まして動き出すことは十分に考えられるかと」


「……そっか」


 カトラスに聞かせたくなかったのはこれだ。


 自分の義理の父のしたことで、アンデッドが大量発生したなんて聞いたら、落ち込むかもしれないから。ただでさえ彼女は事情が複雑なのに。


 もちろん、僕たちが『バルァルの鎧』を支配して術を破ったせいでもあるけど……あの場合はしょうがない。そうしなければ、黒騎士を倒すことができなかったんだから。


「アンデッドの対策については、これから冒険者ギルドに依頼を出すことになっております」


「イルガファ領主家の方では、直接の手は打つのかな?」


「ただいま今、お父さまと次期領主のロイエルドが相談しているそうです」


 次期領主さんのロイエルド。


 イリスは『素直で良い子でしょう』って言ってたっけ。


 でもって、彼の方にも引退騎士ガルンガラと騎士ゴーストの話は伝わってる。彼も責任を感じて、自腹で冒険者ギルドに依頼を出す、って言い出してるそうだ。


「メテカルへの道が封鎖されてたら『次期領主おひろめパーティ』が開けないもんな」


「それは、イリスはどうでもいいんですけどねぇ」


「僕もそれ自体どうでもいいんだけど」


 僕とイリスは、そろってため息をついた。


 正直なとこ、『イルガファ次期領主おひろめパーティ』は、僕たちにはまったく関係ない。『白いギルド』の関係者が来るかもしれないって思ってたけど、誰も来ないなら、それはそれで安心だ。問題は──


「……レティシアが、どうするか、なの」


 僕の後ろに控えてたアイネが、不意に口を開いた。


「アイネに質問」


 僕は振り返ってアイネに訪ねる。


「仮にアンデッドが街道にあふれてて、通行が禁止されてたとして、レティシアがこの町に来るのをあきらめるかな?」


「……それはないと思うの」


「『おひろめパーティ』に出るために、無理に突破しようとする?」


「無理はしないの。待機して道が空くのを待つの。ただし、それはパーティのためじゃなくて、アイネたちと遊ぶためだと思うの」


「でも、街道をキャラバンが通れなくて困ってたり、人が襲われてたら?」


「間違いなく手を貸すの。人々を助けるために」


「「だよねぇ……」」


 僕とアイネのセリフが重なった。


 レティシアは正義の貴族で、いじっぱりだ。


 誰かがアンデッドに襲われてたら、間違いなく助けるはずだ。レティシアは結構強いけど、無茶するからな……。


「レティシア=ミルフェさま……アイネさまの親友で、お兄ちゃんの親友でもある方ですね」


「うん。温泉地でイリスがおそわれたときに、手を貸してくれた人でもあるよ」


「だったら……イリスも借りがあるわけですよね……ふむふむ」


 イリスは繰り返しうなずいてる。なにか思いついたみたいだ。


 僕の方もいくつか策を考えてる。


 顔を上げると、僕とイリスの目が合った。ふたり同時ににやりと笑うと、後ろでアイネが「ほんとの兄妹みたい」ってつぶやく。僕もそう思うよ、お姉ちゃん。


「お兄ちゃん、作戦を考えましたね?」


「イリスこそ、なにか思いついただろ?」


「答え合わせいたしましょう」


「いいよ」


「お兄ちゃんからどうぞ」


「うん。冒険者ギルドより先に、イルガファ領主家が調査隊を出すというのはどうかなって思ったんだ」


「さすがお兄ちゃん。イリスの頭の中を読みましたね?」


「イリスだったら『調査隊』じゃなくて『使者』にすると思ったんだけど」


「正確には『お迎え』ですね。貴族の方たちに招待状を出したのはこちらです。引退騎士ガルンガラのしたことは秘密にするとしても、貴族の方たちが安全にこちらに来られるかどうか、確認くらいはした方がいいでしょう」


「でも、領主家の兵団を動かすには時間がかかるよね?」


「そうですね。スケルトン、ゾンビはともかく、ゴーストを倒すには魔法の武器が必要になりますから」


「仮にここで、すぐに動ける知り合いがいたら、領主家としてはどうする?」


「どのような知り合いでしょうか?」


「リーダーは魔剣を持ってて、仲間の一人は巨大魔法の使い手、もう一人はアンデッドの天敵『神聖力』の達人だ」


「それはそれは、この世界で最高の人材ですね」


「そんな人がいたら、領主家はどうする?」


「当然、様子を見に行ってくださるようにお願いしますね。緊急なので、報酬を上乗せして」


「様子を見に行くだけだから、貴族を助ける必要はないよな?」


「ええ、もちろん。ただ、知り合いにお会いしたなら、先につれていらした方がよろしいかと」


「イルガファ領主家、ふとっぱらだな」


「こちらも無理を言うのですから、少しくらい自由にされても文句はございませんよ?」


「さすが『海竜の巫女』、いい雇い主だよ」


「いえいえ『海竜の勇者』さまのお知恵には叶いませんでしょう」


 がしっ。


 僕とイリスは手を握り合った。


「……なぁくんとイリスちゃんが手を組めば、イルガファ領主家を乗っ取れるんじゃないの?」


 僕の後ろで、アイネがなんだか物騒なことを言ってた。


 そんなめんどくさいことしません。仕事が増えるだけだし。


「あのね、アイネ」


「うん。なぁくん」


「僕が領主家を乗っ取ったりしたら『家族と友だちを最優先』にできなくなるだろ?」


「……そうだね」


「僕にとって大事なのはアイネやイリスたちパーティの仲間──家族と、友だちのレティシア、僕たちの子どものシロ。それに協力者のガルフェやデリリラさんだよ。港町全部の責任なんて負えないし、そのためにみんなを後回しにしなきゃいけないのなら、その地位が世界の王様だって放り出すよ。当然だろ?」


 言ってから僕は口を押さえた。


 いかんいかん。勢いで語っちゃった。しかも恥ずかしいことを。


 さすがにアイネとイリスもあきれて……。


「……なぁくん」「……お兄ちゃん」


 でも……なんだか真っ赤な顔になってるのは、なんでだろう?


「世界より……アイネ……なの」「お兄ちゃんってば……イリスをこれ以上ときめかせてどうするんですか……殺す気ですか……」


「……えっと」


 これは優先順位の問題で、つまり今、レティシアを迎えに行くのが大事だって話で。本当に僕が港町や世界の王様になるなんてのはありえない話で……つまり。


「と、とにかく、レティシアを迎えに行くことにしよう。なにごともなければ、それでいいんだし」


「はい、なぁくん」「では、イリスが手配いたしましょう」


 手紙が着いた時間から逆算して、僕たちがレティシアと入れ違いにならないように──


 イリスの計算。僕の推測。アイネのレティシア分析によると、最適な出発時間は、明日の午前中。領主家の方の準備もあるからね。


 あくまで僕たちは領主家が個人的に雇った、冒険者ということで。


 そんなわけで僕たちは『レティシアお迎え大作戦』を発動することにしたのだった。






────────────────────



──翌日。港町イルガファに向かう街道で──







「発動『回転盾撃シールドスクランブルLV1』!!」


 どごん


 レティシアが手にした『円形の盾ラウンドシールド』が、スケルトンの頭部を打った。


 次の瞬間──




 ぐるぐるぐるぐるぐるぐる──────っ!!




 錆びた円月刀を手にしたスケルトンが大回転をはじめる。


 背骨を中心にした、高速回転運動だ。


 遠心力で、両手、片足、少しだけ残っていた歯までが、四方八方に飛んでいく。攻撃手段どころか移動手段さえもなくしたスケルトンは、そのまま地面に倒れた。


「ああもうっ! 何体いるんですの!?」


 レティシアのまわりを取り囲むのは、無数のアンデッドだった。


『イルガファ新領主おひろめパーティ』に出るために、メテカルを出たのが2日前。子爵家の正式な使者の役目を帯びていたから、ドレスを着て馬車で出た。そのせいで、足が遅くなったのがまずかった。アンデッドの情報が入ったあとは、近くの村で待機するつもりだった。


 だけど「なーにだいじょうぶさー」って、街道をまっすぐ先へ進んだ貴族たちがアンデッドに襲われ「タスケテー!」って悲鳴を上げるのを放っておけなかった。


 正直に言えば、彼らのことなんかどうでもよかったが、盾代わりにされている従者やメイドたちを放ってはおけなかったのだ。


 で、結局レティシアはアンデッドの群れの中。


 運良く(悪く)、通りかかったキャラバンを護衛していた冒険者たちと共に、アンデッド撃退作戦に参加しているというわけだ。


『カラカラカラカラカラ』


 自分の頭蓋骨を手で回転させながら、スケルトンが笑っている。


「あーもう。素直にここを通しなさいな、スケルトン風情が!」


『カラカラカラ……カラっ!』


 ぶん


 風を切って、スケルトンが投げた頭蓋骨が、レティシアに向かって飛んでくる。


 レティシアは盾の裏に仕込んでおいたお玉を取り出し、もうひとつのスキルを発動する。


「発動! 『卵類反射カウンターエッグLV1』!!」


 こん……ぶぉん!


 お玉に触れた瞬間、頭蓋骨の移動ベクトルが反転した。


 スケルトンの頭部は飛んできたその勢いのまま、持ち主の方へと戻っていく。レティシアを仕留めたと思ったのか、小躍りしていたスケルトンの肋骨に、頭蓋骨はそのまま食い込んだ。


 背骨までへしおられたスケルトンは、そのまま見事に砕け散った。


「……問題はゴーストですわね」


 スケルトンとゾンビはなんとかなる。身体を破壊すれば、攻撃手段を失うからだ。


 だけど、ゴーストは魔法の武器でなければ倒せない。


 そして、魔法を使える者はこの場に数人しかいない。彼らの魔力にも限界があるし、なにより、彼らの護衛に前衛をさかなければいけない分だけ、レティシアの負担が増していく。


「まいりましたわね。せっかく、ナギさんたちにきれいな姿をお見せしたかったのに」


 レティシアのドレスは、すでにあちこちがぼろぼろで、街道の砂と土にまみれている。スカートの裾を切り取ったのは動きやすいように。袖も引きちぎって、むきだしの腕をさらしている。


 ナギにもらった『チートスキル』はさっきインストールした。


回転盾撃シールドスクランブルLV1』は、盾で殴った相手を高速回転させるスキル。


卵類反射カウンターエッグLV1』は、調理道具で「卵のように丸いもの」を跳ね返すスキルだ。相手がとにかく「なんとなく丸いもの」であれば、跳ね返した武器でカウンター攻撃を食らわせることができる。


 どちらもずっと前にナギから──イルガファを出るときにもらったもので、ずっと使わずに取っておいたものだ。


 使ったら、ナギとの関係が変わってしまうようで、今までインストールできずにいた。けれど、この場を乗り切るにはしょうがない。


 敵はアンデッド数十体。


 冒険者どころか、軍隊で対応するレベルになっているのだから。


「そろそろ逃げるころあいですわね……倒れていた貴族たちは回収しましたわね!? 撤退いたします! みなさま、退路を切り開いてください!」


「レ、レティシアさまは?」


「わたくしはしんがりをつとめます。みなさまの退路を守りますわ!」


 心配そうな声を上げる冒険者の少女に、レティシアは笑顔で応える。


 もちろん、死ぬつもりなんかさらさらない。


 タイミングを見計らって、自分もメテカルの方向へ逃げるつもりだ。


 本当は『イルガファ次期領主おひろめパーティ』なんかどうでもいい。ただ、ナギに直接、自分をおいて旅行にいったことの文句を言えないのは残念かな?


 レティシアはそう思って、不適な笑みを浮かべたとき──






 西の空──港町イルガファがある方向──に、奇妙な文字が浮かび上がった。




『敵の足はこちらで止める。とっとと逃げよ正義娘! 主さまとその奴隷が、切り札を使うがゆえに!』





「──レギィさん!?」


 間違いない。あの言葉遣いはナギの愛剣レギィのものだ。それに空中に文字を浮かび上がらせるなんてことができるのは、ナギと奴隷少女たちの『チートスキル』以外にない。彼らが助けに来てくれたのだ。


「まったく。友だちがいのある人たちですわねっ!」


 寄ってくるスケルトンを切り伏せて、レティシアは冒険者とともに後方にさがっていく。


 なんでレギィの言葉で文字を浮かばせたかといえば──発言者をさとられないためだろう。誰が言っているのか、誰に向かって言っているのか、第三者に気づかれないためには、魔剣レギィの適当な口調が一番いい──いや。


「前言撤回ですわ。どーせ『じゃんけん』で決めたのでしょう!? ナギさんっ!!」


 レティシアと冒険者たちはさらに下がる。アンデッドたちが追ってくる。


 そのアンデッドたちの後方から──大量の矢が降ってきた。群れの後ろにいたスケルトンの足を砕き、ゾンビの足の甲を地面に縫い付け、ゴーストの視界を塞ぐ。ありえないほど正確な射撃。ものすごい幸運の持ち主でなければ、こんなことはできない。


 味方の被害に、他のアンデッドたちも動きを止める。


 その隙にレティシアと冒険者たちは戦闘エリアから逃げ出した。


「相手が悪かったですわね、アンデッドたち」


 全速力で走りながら、レティシアは、笑いが浮かんでくるのを止められなかった。


 もはやアンデッドが何百体いようと関係ない。


 彼女の親友たちは、常識を越えた『ちーときゃら』なのだから。


「わたくしたちは待避しましたわ! おやりなさい『親友ナギさん』!!」


 まるでレティシアの言葉が聞こえていたかのように──






 ──次の瞬間、アンデッドたちを『神聖な光』が包み込んだ。







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