第137話「『レティシア=ミルフェ歓迎会』その傾向と対策」

「これがイルガファ次期領主さんの護衛をやってた『引退騎士ガルンガラ』って人の遺留品だよ」


 僕はテーブルに、アイネから受け取った羊皮紙を置いた。


「ここに書いてあるのは現在の国王陛下のイニシャルで、こっちは『王家のコイン』をしたもの。で、文章を読むと、次期イルガファ領主ロイエルドの護衛をやっていた引退騎士ガルンガラが、王様からカトラスを引き取った人──つまり、カトラスの義理のお父さんの可能性がある」


「……そうで……ありますか……」


 カトラスはぼーっとした顔で説明を聞いてる。


 ショックなのかもしれない。


 自分を国王から引き取った騎士で、騎士をめざすきっかけになったのかもしれない人が、おとといまですぐ近くにいたんだから。


 しかも、そいつが騎士ゴーストを操っていた張本人で、今はイルガファ領主家から金目のものを奪って逃走中、って……僕がカトラスだったら、運命の神様に『いい加減にしろ!』って言いたくなるくらいの巡り合わせだ。


「……そういうことで、あったのですな」


 アイネがれてくれたお茶をすすりながら、カトラスはうなずいた。


 カップを持つ手が、小さく震えている。


「あるじどのは、やさしいでありますな」


 でも、カトラスはおだやかな笑みを浮かべてる。


「ボクの気持ちを、考えてくださっているのでありましょう? その引退騎士ガルンガラさんに会いに行くか……話ぐらいは、聞きにいくか、どうか……ボクのしたいことを」


「うん。仲間の意思は尊重するってのが、うちのパーティのモットーだからね」


「では、答えは簡単であります。僕がしたいのは、このおうちの『門番』でありますよ」


 当たり前のことのように、カトラスは言った。


 それから、


「ボクは説明が苦手でありますから、フィーンを呼ぶでありますね」


 そう言ってカトラスは、僕の方を向いて、スカートの裾をつかんだ。


 真っ赤になった顔をそらして、少しずつ、スカートをめくり上げていく。ふとももがあらわになって──その半分まで──さらには脚の付け根がぎりぎり見えそうになったところで──


「はぅっ!」


 ってカトラスはのけぞった。


 そのまま椅子に座り込んだ彼女は──


「まずは感謝を……あるじどの」


 目を開けると、フィーンに変わっていた。


奴隷どれいの身の上、心までも気遣きづかっていただけるなんて……あなたはやはり、このフィーンとカトラスが全身全霊をもってお仕えするにふさわしい方です……」


 フィーンはひざまづいて、僕の手を取った。


 彼女が浮かべているのも、やっぱりカトラスと同じく、落ち着いた笑みだった。


「……僕はフィーンの方が、お父さんのことを気にしてるんじゃないかって思ったんだけどな」


 僕は言った。


「カトラスを騎士にしたいお母さんのプレッシャーから守ってきたのは、フィーンだから」


「確かに。引退騎士ガルンガラさんに出会ったら……ぶんなぐって差し上げたいですわ」


 フィーンは拳を握り、天井に向かって突き上げた。


「その人のせいで騎士へのあこがれを植え付けられて、そして、騎士ゴーストに追いかけられて──騎士に、幻滅させられて……振り回されっぱなしでしたもの」


「ぶん殴りたい、か……うん、それもありかな」


「でも、すべてはもう、終わったことなのです」


 フィーンは静かに、僕の手を自分の頬に当てた。


 あったかい。そして、少しだけ濡れてる。


 カトラスか、フィーンか、どちらかが流した涙の跡だ。


「わたくし──フィーンとカトラスは、新しい家族と、新しい家を見つけましたもの。だから、もういいのです。過去は終わったのですわ。

 今日からここが、フィーンたちの家。だからカトラスは門番をやりたいと言い出したのです。新しい家を、自分の居場所だって──自分が守っているんだって思えるように」


「カトラスが門番をやりたがってたのは、そういう理由だったの?」


「それに時間制限をつけるなんて……まったく、あるじどのってば優しすぎですわよ? めっ」


 そう言ってフィーンは、つん、と僕の額を突っついた。


 帰ったばっかりなのに働かせるのは気が引けたんだけど……。


 でも、門番がカトラスにとって、ここが自分の家だって実感するための仕事なら、いいか。


「わかった。じゃあカトラスには、自由に門番をしてもらっていいよ」


「ありがとうございますですわ。愛しいあるじどの」


「ただ、カトラスも無理しそうだから、体調が悪くなったらフィーンが止めてあげて。強制的に入れ替わってもいい。ただし、人前で肌をさらすのは禁止。見せるのは奴隷仲間か、僕だけだ」


「ふふっ。勅命ちょくめい、うけたまわりました。心配しなくとも、わたくしとカトラスの肌は、あるじどのだけのものですわ」


 フィーンは、なんだかうれしそうだった。


 あと勅命って、王様が臣下に下す命令のことだから。どっちかというとフィーンが下す方じゃないかな。


「それと、引退騎士さんのことは、もう言わない。カトラスの家族は僕たちだけだ。それでいいよな」


「はい。あるじどの!」


 そう言ってフィーンは、スカートの裾をつまみあげて、一礼した。


 肌を見せるのは僕にだけ、をこんなところで実践する必要はないんだけどな。


 スカートをつまみ上げすぎて、下着をはきわすれてるのがわかちゃってるし。


「そういえば、あるじどの。さっきのお手紙を書かれた方なのですけど」


「レティシアのこと?」


「その、貴族の方なのですよね?」


「そうだよ。子爵家の女の子で、僕とアイネの親友で、しかも正義の貴族だ」


「そういう貴族の方もいるのですね……でも、怒ってらっしゃったようですわよ?」


「……レティシアは仲間はずれが嫌いだからね」


 僕たちが彼女抜きで社員旅行に行っちゃったことを怒ってるみたいだ。


 やっぱり、イリスの問題が解決するまで、レティシアを引き留めておけばよかったかな。そうすれば全員で社員旅行に行けたのに。


 ……全員。


 そういえば、カトラスも社員旅行には参加してないんだよな。


 泳ぎにも行ってないし、サウナも使ってない。ロックタートルの甲羅は、アイネの『お姉ちゃんの宝箱』で回収してきたから、うちにサウナは作れるんだけど……でも、それとこれとは別の話だ。


 ……よし、決めた。


「じゃあ、レティシアの怒りをなだめるためにも、落ち着いたらみんなで海水浴に行こうか」


「海水浴……ですの?」


「フィーンとカトラスは、行ったことある?」


「ないですわ……というか、そもそも人前で水着になれるわけありませんもの」


 そうだった。


 カトラスとフィーンはずっと性別を隠してきたんだっけ。


 だから、水着を着たこともないし、同年代の友だちと遊んだこともない。


「だったら一石二鳥だ。『有給休暇』の幕引きに、近場で一日海水浴をやろう。人目につかないところを見つけて、みんなでのんびり遊ぼう。レティシアが来てからのことになるけどさ」


「は、はい。ぜひ、行ってみたいですわ」


「問題は、カトラスとフィーンの水着か」


「カトラスは人前で肌をさらすと、わたくしになっちゃいますものね」


「海水浴のためだけに、魔力消費してフィーンの身体を作るわけにもいかないからな」


「順番にいたしましょう。カトラスは露出少なめの水着で、わたくしは多めに肌をさらす感じで」


「フィーンの好きな水着は?」


「──この世界にただよう大気こそ、わたくしに最適の水着ですわ」


 そう言ってフィーンは胸を張った。


 王家の姫君にふさわしい、優雅な動作で、世界そのものに語りかけるように両腕を広げる。


「そう、わたくしとあるじどのをさえぎる、無駄な布など必要ないのですわ。人目につかない場所であれば、水着を着て泳ぐなど、無粋の極み──」


「却下」


 自重しなさい、この天然ヌーディストさん。







 その後、僕たちは3人分の水着を買いに行くことにした。


 もちろん、レティシア、カトラス、フィーンの分だ。


 レティシアがこっちに来てからでもよかったけど、彼女が到着したあと、その時間があるかわからない。それと、みんなと話し合った結果「びっくりさせたい」ってので一致したからだ。


 レティシアのサイズはアイネが知ってる。幼なじみだからね。


 そんなわけで、僕とアイネ、カトラスは、三人で買い物に出かけたのだった。







「ついでに食料品も仕入れておきたいの。みんなお疲れ様だから『すたみな』つけないと」


 買い物用の袋を振りながら、アイネは言った。


 カトラスは、さっきからほっぺたを赤くしながら、もじもじと歩いてる。


 彼女は女の子に目覚めたばかりの初心者だから、水着なんて買うのは初めてだ。だから、どんな水着を選んでいいかわからなくて、結局、僕に選んでもらうことにしたらしい。僕がついてきてるのはそのためと、フィーンをほっとくと露出98パーセントくらいの水着を買いそうだったから、それを止めるためだ。


「あのさ、アイネ」


「なぁに? なぁくん」


「レティシアの機嫌を取るにはどうしたらいいかな……?」


 怒ってるところだけ、手紙の筆圧がすごかったし。


 こっちに来たあとは、いろいろ頼み事をすることになりそうだから、できるだけなだめておきたいんだ。


「お詫びに『レティシアだけ特別あつかいツアー』をやろうか?」


「なぁくんは、レティシアにケンカを売りたいの?」


「だめかな?」


「想像してみて?」


 してみた。




 ──僕たちが歩いている横で、ひとりだけ馬車で運ばドナドナされていくレティシア。


 ──宿で大部屋を取った僕たちの隣で、ひとり部屋で過ごすレティシア。


 ──大浴場できゃっきゃうふふしてるみんなから壁をへだてて、個室風呂でくつろいでるレティシア。



「……おかしいな、大事に扱ってるはずなのに、怒ってるところしか想像できないよ?」


「ね?」


「普通に遊びに行くのがいいかなー」


「そうなの。『イルガファ次期領主さん』のことが落ち着いて『謎ギルド』がちょっかいを出してこないって確認できたら、しばらくのんきに暮らして……それから、またお出かけするの。みんないっしょ、ね?」


 そう言って、メイド服姿のお姉ちゃんは、うれしそうに笑った。


 確かに、それがいいかな。今回の旅行も、イリスが呼び戻されたせいで中途半端になっちゃってたから。


 すっきりするためにも、近場で、のんびりするのもいいかもしれない。


「急ぐ話じゃないし、ゆっくりみんなで考えよう」


 ……問題は『次期イルガファ領主おひろめパーティ』か。


 僕の取り越し苦労だといいんだけどな。なにもなければ、それに越したことはないんだから。


「そういえば、カトラスちゃん?」


「は、ひゃいっ!?」


 急に話しかけられたカトラスが、真っ赤な顔でこっちを見た。


 手で髪を整えて、胸を押さえて、それから緊張した表情で、


「な、なんでありますか?」


「カトラスちゃんは、なぁくんにどんな水着を見てほしい?」


「まるであるじどのに見られるために着るようなおっしゃりようですなっ!」


 カトラスは目を見開いて声をあげた。僕の方を見ながら。


「……そういうの、意識しないようにしてたでありますのに」


「だめよ。カトラスちゃんは、なぁくんの奴隷なんだからね」


「わかっているであります」


「なぁくんが『カトラスのこんな姿が見たい』って言ったら、覚悟を決めなきゃいけないの」


「わ、わかっているでありますがっ!?」


「それとも、嫌?」


「…………そんなわけないですありますよ……」


「だいじょうぶ。アイネがちゃんとコーディネートしてあげるから」


 アイネは優しく、カトラスの肩に手を乗せた。


 ゆっくりと背中をなでられると、カトラスがだんだん落ち着いていく。


「アイネはパーティの『お姉ちゃん』だから、なんでも相談してほしいの。カトラスちゃんと、フィーンちゃんと、アイネは仲良くなりたいから」


「そ、それでは、で、ありますが……その」


 カトラスはアイネの耳に、顔を近づけた。


「実は、あるじどのに『再構築』していただいてから(ぼそぼそ)」


「それはとても正常なことなの。本能にしたがって(ぼそぼそ)」


「でも、ボクは女の子の初心者でありますから、あるじどのに(ひそひそ)」


「わかったの。帰ったら相談するの。アイネのおすすめは(ひそひそ)」


 ぼそぼそひそひそ。ぼそぼそ。


 ……なにを話してるんだろう。歩きながらだから、全然聞こえない。


 でも、話しているうちにカトラスの表情が明るくなっていくから、悪い話じゃないんだろうな。


「アイネどのはすばらしい方でありますなっ!」


「でも前にもあったよね、同じこと!」


「さすがあるじどのの奴隷であります。おかげで安心して、ボクもあるじどのにお仕えできるでありますよ……」


 カトラスは祈るように手をくんで、感動したみたいに目を閉じてる。


 まぁ、仲良くなってくれたならいいんだけど。


 僕たちは、町の中心に向かって歩いてる。人が多いのは、もうすぐ『新領主のおひろめ』があるからだ。町の人にとっては『海竜の祭り』に続いて、2度目のお祭りだ。


 建物には『新領主ばんざい』『海竜の巫女さまばんざい』って垂れ幕がかかってる。


 これを少しずつ『新領主ばんざい』だけにしていくのが、イリスの夢だって言ってたっけ。


「領主さんのおひろめ……本当に、なにもなければいいな……」


 この町で、僕たちはあくまでもよそ者だから、新領主さんのことに関与する資格はない。でも、この町は僕たちの居場所だ。だから、できる限りのことはしておきたい。できることは、そんなに多くはないけどね。


「……もうひとつの問題は、あれの実験をいつするか、か」


能力再構築スキル・ストラクチャー』レベル6で増えた能力──『能力交差スキル・クロッシング


 この間、カトラスとフィーンを『再構築』したあとで、『能力再構築』がレベルアップしてた。『能力交差』は、そのときに増えた『能力再構築』の派生スキルだ。


 わかるのは名前だけだけど、効果は予想がつく。


 僕の考えが正しければ……たぶん、これはチートキャラを、さらにチートにするためのスキルだ。しかも、かなり強い。たぶん、今まで戦った『来訪者』なんか問題にならないくらいに。


「あとでセシルとリタを連れて、広いところで……人目につかないところで…………」


「なぁくん?」「あるじどの……?」


 いけないいけない。いつの間にか深刻な顔になってた。


 僕はアイネとカトラスの頭に手を乗せて、歩き出す。


 さてと、まずはレティシアとカトラスの水着を──っと、その前に。


 念のため冒険者ギルドに寄って、情報収集しておきますか。






「……なぁ、知ってるか? メテカルからイルガファまでの街道が、通行止めになってるってよ」




「「「……え?」」」



 ギルドに入ってすぐに聞こえてきた声に、僕たちは足を止めた。


 前よりも人が増えた冒険者ギルドの中で、たくさんの人がひそひそと話をしている。剣を持った冒険者に、魔法使いっぽい人、さらには、仕事を依頼しにきたような商人まで、深刻な顔で。


「商業都市メテカルに向かったキャラバンからの情報だってな……」


「昨日までは普通に通れたのに、今はアンデッドたちが群れてるって。スケルトンや、ゾンビに、ゴースト……」


「もうすぐイルガファ領主家から、冒険者ギルドに討伐依頼が出るって話だぜ……」


 商業都市メテカルから、ここイルガファまでの街道。


 僕は手紙の内容を思い出す。


 レティシアは、手紙が着くころ、メテカルを出発するって言ってたっけ……。


「アイネ、カトラス。買い物の前に、ちょっと寄り道をしてもいいかな?」


 街道が通行止めになってるだけなら、待ってればいい。


 それだけなんだけど……妙に気になる。


 レティシアは正義の貴族を目指してるからなぁ。誰かが困ってたら、無茶して助けそうだ。


 その場合……僕たちが取るべき手段は、っと。


「先にイルガファ領主家に寄って、イリスに会おう。領主家なら、なにか情報が入ってるかもしれない」


「もちろんなの。アイネも、心配なの」


「ボクも胸騒ぎがするのです……なにが起きてるか、知りたいのであります」


 アイネは僕の手を握り、カトラスは『バルァルの鎧』に包まれた胸を押さえた。


 気になるのは『アンデッドの群れ』ってところだけど……考えててもしょうがない。


 まずは正しい情報から。どうするか決めるのは、その後だ。


 もちろん──僕たちと奴隷のみんなと、それから『親友』を最優先で。

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