第34話「温泉街で奴隷とほのぼのしてたら、偉い人が接触してきた」
次の町「リヒェルダ」にたどり着いた僕たちは、墓地の結界が壊されていることと、倒れた男たちのことを、門を守る衛兵たちに告げた。
少女はリタが担いでた。
女の子を、街道に放りっぱなしってわけにはいかないからね。
衛兵たちは、少女のことを覚えていたし、彼女もリヒェルダの町に着いたところで、目を覚ましてくれた。
彼女はこの町の別荘に来ている少女で、名前はイリス=ハフェウメア。
墓参りの最中にアンデッドと黒い鎧に襲われた──そこからは覚えていない。でも、確かに僕たちに助けられたって証言してくれたあと、彼女は別室で休むことになった。
僕たちは詰め所で事情を聞かれたから、こんな説明をしてみた。
通りかかったら、アンデッドが少女と男たちを襲ってた。
苦労したけど、なんとか少女を救い出すことには成功した。墓地の護符が破壊されてたから、怖くなって町まで走ってきた。
詳しい事情は知らない。いやー、びっくりしました。
──って説明で、衛兵たちが納得してくれたかどうかはわからない。けど、今のところ、それを否定する要素はない。なにより僕たちが助けた側だってことは、イリスって少女が証言してくれてる。
僕たちが兵士の詰め所から出たとき、少女の関係者らしい人とすれ違った。
きつい目をしたメイドさんと、執事っぽい男性数人。
「我が主、イリス=ハフェウメアをお助けいただいたこと、感謝いたします」
メイドさんはそう言って僕たちに一礼した。
僕とリタは「いえいえどうも無事で良かったですそれじゃ」って、その場を離れた。
さて、と。
僕たちも宿でひとやすみしますか。
リヒェルダの町は街道沿いにある温泉街だ。
門を通るとそこは町の大通り。屋台と店が並んでるってつくりは、他の町とあんまり変わらない。ただ王都やメテカルは武器屋・スキル屋といった冒険者向けの店が多かったけど、ここはスキル屋はないし、鍛冶屋も規模が小さい。旅の途中でこわれた武器の打ち直しがメインみたいだ。
スキルの研究拠点にするには、ちょっと不向きか。
通りにある屋台で多いのは土産物屋と食べ物屋。
スープや、焼き肉のにおいがする。
宿は自炊ができるから、荷物を置いたら買い物に出よう。アイネにお願いすれば、消化によくて栄養のあるものを作ってくれるはず。
僕たちは大通りを抜けて、小さな石橋を渡る。
リヒェルダは『
それが町を複数のエリアに分断してる、って話だ。
橋を渡った先は宿屋のエリアになる。
どこからともなく湯気が漂ってる。この先に温泉があるのか。
みんな長旅で疲れてるからなー。
セシルが回復するまで、しばらく滞在するのもありかな。
「来ましたわね。ナギさん! リタさーん!」
通りの端にある宿屋の前で、レティシアが手を振ってた。
「よかったですわ。おふたりとも無事でしたのね」
「僕たちはなんとか。それで、セシルは?」
「今はアイネがついてます。部屋はもう取りました。一日休ませて、様子をみましょう」
さすがレティシア。子爵家の子どもだけあって世慣れてる。
「そっか。なら、よかった」
しばらくは、セシルは動かさない方がいいかな。
考えてみれば、出会ってからここまで、移動ばっかりだったからなぁ。
環境の変化って、結構負担になるんだよね。僕の経験から言うと。
「助かるよ。レティシアがいてよかった」
「わたくしの別荘を引き渡すまでが、あなたたちへの報酬に含まれるのですわ。わたくしは貴族として義務を果たしているだけです」
レティシアは照れたみたいに横を向いた。
「それに、わたくしはあなたの奴隷ではありませんけど、友だちではありますもの。アイネが奴隷になっても親友であり続けるように……セシルさんが何者であっても、大切なパーティメンバーであることは変わりませんわ」
ほんっとにいいやつだな、レティシア。
ここまでの道中でセシルが「仲間のおふたりに正体を隠しているわけにはいきません」って、レティシアとアイネに自分の正体を──『魔族』だってことを話した時だって、びっくりするくらい平然としてたし。
レティシアは『わたくしは知らない誰かが残した「魔族」についての怖い伝説よりも、目の前にいる優しい少女を信じます。それがすべてですわ』──って、あっさり。
アイネは『それがどうかした? セシルさんはなぁくんの大切な
ふたりが仲間になってくれて本当によかった。
「それで、部屋割りなのですけれど」
レティシアはなんでもないことみたいに肩をすくめて、話を続ける。
「わたくしがセシルさんとアイネの主人、ってことにして、部屋を取ってしまいましたの。ナギさんはリタさんと同室でお願いします。別に問題はないですわよね?」
「うん。ぜんぜん問題ないよ」
「……わ、わぅっ!? う、うん。ぜぜんぜんんっもんだいないもんっ!」
「? それにしてもお二人とも、ずいぶん遅かったんですのね? なにかありましたの?」
「さらわれそうになってた幼女──いや、少女を救ってた」
「……すいません。事情がよくわかりませんわ」
「女の子がアンデッドに襲われてたんで、僕とリタが助けてみたんだ。名前はイリス=ハフェウメア、だっけ」
「ハフェウメア? 聞いたことがありますわ」
レティシアは首をかしげた。
「……確か、港町イルガファ領主の一族に、そんな名前があったような気がしますわ」
ぱん、と手をたたいて、レティシアは言った。
港町イルガファ……僕たちの目的地だ。
「……ご迷惑をおかけしました……お許しください、ナギさま」
あー、やっぱりまだ顔色が悪いな。セシル。
ベッドで身体を起こしてるけど、少しふらついてる。
手のひらでセシルのおでこに触れてみる。やっぱり熱い。
セシルは「はふぅ」って、苦しそうなため息をついてる。
「うん。やっぱり熱が下がるまで休んだ方がいいな」
「はい、ナギさま……覚悟は、しています」
小さな手が、ぎゅ、と毛布を握りしめた。
「覚悟?」
「ナギさまの足手まといになってしまったからには、わたしは罰を受けなければいけないです」
ああ、そういう話か。
たまに忘れそうになるけど、セシルは僕の奴隷なんだよなぁ。首輪してるし。
「でも……どうか。お願いです」
セシルが涙をためて、こっちを見てる。
「なんでもしますから……わたしをナギさまのおそばにいさせてください……!」
「うん。じゃあ罰として、セシルには僕のバカンスにつきあってもらう」
「……『ばかんす』?」
「今まで黙ってたけど、僕の民族は温泉が大好きで、温泉地に来たら必ずつからなきゃいけないっていうルールがあるんだ」
僕はセシルの頭に、ぽん、と手を乗せた。
「この町は水は綺麗だし空気もいいし、滞在するにはいいところだよね? 僕も異世界から来てから旅ばっかりしてただろ。だから、ここでゆっくり休みたい思ってたんだ」
「……ナギさまぁ」
「だからセシルの調子がよくなるまで、ここで滞在ってことでいいかな。いやー、ごめんなー。僕の趣味につきあわせて。悪いけど主人の命令だから聞いて──って、なんで泣いてるの!?」
ぽろぽろぽろぽろっ
セシルの真っ赤な目から、涙の粒がこぼれ落ちてる。あとから、あとから。
「ありがとうございます。ナギさま、ナギさまぁ」
泣きじゃくりながらしがみついてくるセシル。
「だ、だから罰なんだってば。ほら、僕たちは温泉に入れるけど、セシルは熱が下がるまで入れないだろ? 僕たちが『すっごい気持ちよかったぜー』って言うのを、セシルは指をくわえて見てなきゃいけない。かなりきつい罰だろ? 僕だったら問答無用でキレるね!」
「はい、ナギさま……はい」
「ああもう、落ち着けってば」
熱が上がるから興奮しないほうがいいんだけどな。
しょうがないからセシルの髪を撫でてみた。少し湿ってるけど、さらさらしてる。触れてると気持ちいい。こういうのは僕にとってもごほうびなんだけどね。セシルも、僕が撫でてると落ち着くみたいだ。
しばらく僕の胸にしがみついてたセシルは、顔を真っ赤にして手を放した。
「……すいませんでした。ナギさま。つい……うれしく……て……すいません」
ふら、ふらら、と揺れるセシル。
あ、やっぱり。興奮したせいで熱が上がってる。
額も、首筋も、胸元のあたりまで汗びっしょりだ。身体拭いて着替えた方がいいな。
「アイネ、セシルのことをお願いしていい?」
「わかったの」
僕の言葉に、ドアの脇でずっと控えていたメイドさん──アイネがうなずく。
アイネの手にはすり鉢と薬草。床にはお湯が入った桶と布。着替えも準備してある。
「アイネのご奉仕はなぁくんだけにとどまらないの。なぁくんのパーティメンバーは、ひとり残らずアイネのご奉仕対象だよ?」
頼りになるなぁ、うちのお姉ちゃん。
「セシルちゃんが『もういいです許してください』って言うまでご奉仕してあげる」
「本人の意志は尊重してあげてね?」
「なぁくんの時は『もういいです許してください』って言えなくなるまでご奉仕してあげるから」
「むしろ僕の意志の方がないがしろにされてる!?」
「もちろん冗談なの」
「だよね」
「今は(ぼそっ)」
……なにか不穏な単語が聞こえたような。
「そうだ。これ、アイネに渡しとく」
僕は懐からスキルクリスタルを出して、アイネの手のひらに載せた。
「アイネはいつも掃除道具持ってるだろ。このスキルはアイネ向きだと思うんだ」
『汚水増加LV1』(
『汚れた水』を『掃除道具』で『増やす(10%+LVx10%)』スキル
『
『
やっぱり一人で作るとチートにはならないみたいだ。
「一応、実験はしたんだよ。途中に水たまりがあったから、ボロキレをゾウキンってことにして浸してみた」
「どうなったの? なぁくん」
「ゾウキンがちょっと濡れた」
「スキルを発動したあとは、どうなったの?」
「水たまりが大きくなってゾウキンがびしょ濡れになった」
日が暮れかけてたから、詳しい実験はできなかったんだけどさ。
効果範囲とか、増えた水が
「そのうち使い道を思いつくかもしれないから、アイネが持ってて」
「……ありがとうなの。なぁくん」
アイネは、スキルクリスタルを、宝物みたいに両手で包み込んだ。
「なぁくんがくれるものは、アイネにとってすべてご褒美だよ?」
「詳しい実験が済むまでは使わないようにね?」
レアスキルではあるんだから、なにかとんでもない効果が出るかもしれないし。
「これでなぁくんやみんなの命を救えるって場面でもない限りは、大丈夫だよ」
「水たまりを大きくしてみんなの命を救える場面はないと思う」
「人生、なにが起こるかわからないの」
アイネは、むん、と腕まくりをした。
「アイネだって、こんなに楽しい旅ができるなんてちょっと前まで思いもしなかったの。すごく充実してるの。セシルちゃんは『迷惑かけてます』なんて言うけど、アイネにとってはどってことないの。むしろ嬉しいの」
「……アイネさん」
ベッドの上で、セシルがつぶやいた。
また泣きそうになってるし。
「ありがとうございます。わたしも、アイネさんのためならできることはなんでもするつもりです」
「うん。じゃあ、ご奉仕させて?」
布を片手に、アイネが手をわきわきさせてる。
瞳が変な光を帯びてる。あ、これ、覚えてる。アイネのご奉仕スイッチが入った合図だ。
セシルが思わずベッドで身を引いてるけど、アイネは気にせずにじり寄る。
「あのね、なぁくん」
「うん」
「これからアイネはセシルちゃんをすっぱだかにして、身体をくまなく拭いてあげるの。なぁくんは部屋の外に出るか、ここでじっくり隅々まで観察するか、好きな方を選んで?」
アイネは言った。
僕は前者を選んだ。
……後の方は、セシルがもうちょっと元気になってからね。
僕は自分の部屋に戻ることにした。
そしてドアを開けると──なんか呪文のような声が聞こえてきたんですけど?
「どうしようどうしよう。ナギが戻ってきたらなんて言えばいいの?」
ベッドの向こうで金色の尻尾がぴこぴこ動いてる。
「ふたりっきりで泊まるのなんてはじめてだもん。おかえりなさいご主人さま? それともナギさま? セシルちゃんは療養中。アイネはその面倒を見てる。私だけが特別に仲良くなったら駄目よね」
「……おーい、リタぁ」
「ああ、でも、ナギが私になにかしたいって言ってきたら? 断れない……断れないよぅ。セシルちゃんになんて言えばいいの? 『リタさん、きらい』って言われたら? そんなことになったら死んじゃう。あああああああ。私どうすればいいのよぅ」
ごろごろごろごろごろ
ぱたぱたぱたぱたぱたぱた
ぴこぴこぴこぴこぴこ
部屋に入ったら獣人の女の子が尻尾ぱたぱた耳ぴこぴこでごろごろ転がってるんですが。
「でも……今日のナギってかっこよかったなぁ」
ぴた、と、回転円運動を止めたリタが、壁に向かってつぶやきはじめる。
「『
「いや、リタも戦ってくれたし、ずるいとかそういうのは違うだろ」
「だって私の仕事は前衛で戦うことだもん。だからナギと並んで戦うことが多くなるんだもん。仕方ないって言えばそうなんだけど……ああもう。なんなのこの罪悪感」
「リタも意外と真面目だよね」
「真面目とかそういうのじゃないの! これは女の子としての仁義の問題なの! ナギの気持ちは嬉しいけど──あれ? ナギ?」
くるり
壁を向いてたリタが一回転して、こっちを見た。
真っ白な肌が、つま先から頭のてっぺんまで、一気に真っ赤になっていく。
「ナギ────っ!? いつから、いつからいたのよぅ?」
獣人の気配察知能力はどこいった。
「それはともかく」
「ともかくじゃないもんっ! うわあああああん」
リタは頭を抱えてごろごろ転がる。
「ストップ、リタ」
僕はベッドの方に転がってきたリタを両手で止めた。背中の方ね。
「実は、しばらくこの町に滞在することになったんだ」
「……え?」
「セシルの調子がよくなるまで──じゃなかった。僕の故郷の風習のせいで」
僕はセシルに話したのと同じ内容を、リタに伝えた。
「──と、いうわけ」
「なるほどねー。セシルちゃんも泣くわよね。そんなこと言われたら」
「いや、あくまでも僕の故郷の風習だから」
「わかりましたご主人様。そういうことをにしときましょ?」
「基本的に僕はしたいことしかしないから」
元の世界では生活のためにしたくもないことしてたからなぁ。
こっちの世界では、やりたくないことはしない、って決めたんだ。
「……あのね、ご主人様」
リタは床の上に正座した。
きゅ、と、唇を結んで、桜色の瞳が、じっと僕をとらえている。
「私、ナギのためになら死ねるからね?」
「……リタまで!?」
確か、セシルも僕が死んだら死ぬって言ってたよな。
「ナギ……ううん、ご主人様。私の居場所は、ここなの。ご主人様の側が、私の一番幸せな場所なの。ご主人様が、私を受け入れてくれたその時から……ずっと、ここがあったかいの」
リタは自分の胸に手を当てた。
照れくさそうに、耳を倒してリタは笑う。
「この幸せはご主人様がくれたんだからね、ご主人様のすることなら、私はなんでも受け入れるから。リタ=メルフェウスはご主人様のものだから。それだけは、覚えておいてください」
言いながら、リタの身体が震え出す。うつむいて、上目づかいで僕を見てる。顔が湯気が出そうなくらい真っ赤だ。あーもう、そういう顔されるとこっちまで照れくさくなってくるんだけど──
「ナギ……私のご主人様。私に幸せをくれた世界で一番た、た、たいせ………………うぅ、だめ、やっぱり…………げんかい!」
顔を押さえてリタは、ぱたん、と倒れた。
「…………げんかいぃ。こういうのにがて……恥ずかしい……恥ずかしいよぅ」
こっちだって限界だ。
たまに真面目なこと言うんだもんな、リタは。
僕の方は、みんなでごろごろできる未来にたどりつくまで、無理せず全身の力を抜いてがんばるつもりだ。
セシルもリタも、アイネも、本人が望む限り一緒にいる。
ほんとは家族を作るのは生活基盤を安定させてからにしたかったんだけどね。そうじゃないと僕の親みたいに……まぁ、いいや。
まだまだ問題は山積みなんだし。
「……リタも、やりたいことがあったら、言っていいから」
深呼吸して落ち着いて、ご主人様な口調で僕は言う。
「僕は文明社会から来たご主人様だから、奴隷の希望はできるだけ聞くつもりだから」
「ご主人様……ほんとう?」
真っ赤になって顔を押さえてたリタが、指の隙間から僕を見た。
「うん。なんでも言って」
「じゃあ、遠慮なく」
しゅる
リタは金色の髪を片手で押さえて、顔を近づけてくる。
すんすん、すんすんすん
僕の首筋に顔を押しつけて、くんくんすんすん鼻を鳴らしてる。
──えっと。
「……ご主人様のにおいの補給です。一日一回はこうしないと眠れないの」
「いや、されたの初めてだけど?」
「………………」
なんで目を逸らすんですかリタさん?
「ナギって……一度眠ると起きないのよね……」
「リタ=メルフェウスよ。僕が寝てる間になにやらかしたかすべて語るがいい!」
指輪の強制力使いたくないからすみやかに自白するように。
「……申し訳ありませんでしたご主人様。おしおきしてください」
「港町イルガファに着いてからなー」
そっかー。僕が寝てる間、リタは僕のにおいを覚えようとしてたのかー。
正確には首筋とか耳の後ろとか手のひらがお気に入りで、十分くらい、くんくんすんすんしてた、と。服従する相手のにおいを欲しがるのは獣人の習性なんだそうだ。
それと僕とはぐれた時のために、自分の全部で僕のにおいを覚えておきたかったってのもあるって、リタは言った。
お座りわんこのポーズで真っ赤になって。
まぁ、たいしたことじゃないからいいけど……。
でも、せっかくだから、イルガファに着いたあとのおしおきを考えておこう。
「次回から、ちゃんと僕の許可を取るように」
「わかりましたご主人様……お詫びに、なんでもします。私になにか命令してください」
「うん。じゃ買い物につきあって」
「……………………軽っ」
うなだれてたリタが、びっくりして顔を上げた。
「…………すっごい覚悟してたのに、ナギってば、軽いよ、それ」
「僕の護衛役だよ?」
「こんな町のど真ん中で襲ってくる奴なんていないと思うけど」
「念のためだよ。あの黒い鎧を操ってた奴が、どこかで僕たちを見てたかもしれない。だから周囲の安全確認をリタにお願いしたいんだ。僕は町の地形を把握して、いざという時の脱出路も確保しておくから」
それと、あの少女、イリス=ハフェウメア。
レティシアには改めて確認した。
ハフェウメアは港町イルガファ領主の一族に連なるものの姓だ。
正確には、イルガファ領主に嫁いだ側室の姓だったらしい。
レティシアの母親がイルガファ領主の遠縁だったそうで、小さいころに話を聞かされたそうだ。
さすがにイルガファ領主の詳しいお家事情までは、レティシアも知らなかったけど。
「あのお嬢様がこっちに接触してくる可能性もあるからね」
「その時は事情を知ってる私が一緒にいた方がいい、ってこと?」
「そういうこと」
納得してくれたみたいだ。リタは顎に手を当てて、何度も頷いてる。
「了解ですご主人様。護衛任務をうけたまわります」
「あと、温泉の場所も確認しておきたいし」
「…………ナギってほんとにお風呂好きよね……」
しょうがないだろ日本人なんだから。
元の世界では温泉旅行に行く余裕なんかなかったんだ。
異世界で温泉地にきた時くらい、のんびりしてもいいじゃないか。
そんなわけで、僕はリタと一緒に宿を出た。
そして宿の前で、目つきのするどいメイドさんに出会った。
「さきほどは正式なご挨拶ができず申し訳ありませんでした。わたくしはイリス=ハフェウメアさまに仕える者で、マチルダと申します」
道の中央に立ったメイドさんは、僕とリタに深々と頭を下げた。
待ち伏せだよな。これ。
「イリスお嬢様が、あなた方をお招きしたいとおっしゃっております。どうか、屋敷までご同道願えないでしょうか」
「僕たちは、倒れてたお嬢様たちを助けただけですから」
軽い拒絶を返す。
まずはこれで反応を見よう。
「お気持ちだけ受け取っておきます」
「あなた方のお仲間に、体調の良くない方がいらっしゃるそうですね」
……そう来たか。
早いな。こっちの情報は収集済みか。
「どうしてそれを?」
「宿の主人などちょろ──いえ、風の噂で」
メイドさんの手の中で、ちゃりん、と音がした。
よく見ると銀貨がはみだしてた。
そっかー。ファンタジー世界の宿屋に個人情報保護っていう概念はないのか。そうだよなー。
「みなさまには、ハフェウメアの別荘の離れをお貸しする用意があります。こんなボロ──失礼、人の出入りの多い場所におられるより落ち着くと思いますよ」
提案。
──条件としては悪くない。
貴族の屋敷なら、少なくとも宿屋よりはセキュリティが固いはずだ。
リビングメイルの仲間が襲ってきたとき、お嬢様の兵士たちを巻き込めるならありがたい。戦力は集中しておいた方がいいってのは、ゲームでも戦術の基本だから。
でも、気になることもある。
「どうしてそこまでしてくれるんですか?」
貴族って、もっと偉そうなものだと思ってた。
今まで出会った貴族は──レティシアを除いて──みんなそうだったから。
「イリスお嬢様が他人に興味を持つのが珍しいことですので、わたくしは別に流れ者の冒険者など放って──いえ、適切な報酬をお支払いするべきだとは思っていますが」
そう言ってメイドさんは襟元から、契約のメダリオンを取り出した。
「あなた方をもてなすこと。また、自由を許すこと、イリスさまからは『契約』しても構わないと仰せつかっております。
イルガファ領主のご息女、イリス=ハフェウメアさまの名において、ぜひご同行をお願いいたします。得体の知れない冒険者──いえ、恩人さま」
──────────────────
『汚水増加LV1』
掃除道具で触れると、水たまりや泥水などを数十パーセント増加させることができる謎スキル。
効果範囲や、使える回数、増えた水がどこからやってくるのかなどは、今のところは不明です。
「ドブそうじ」系統に属するスキルですが、ナギが一人で作ったため『
でも、このスキルも使い方によっては……。
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