第115話「再構築アイテムを安定化するには、奴隷少女の個人情報が必要だった」

 それから僕たちは、すばやく残りの仕事を済ませた。


 まずは、スタンさせてたフェンリル=ラグナを(紳士的に)起こして、『真実の口』を使って尋問した。


 わかったことは次の通り。




・『来訪者』専門の『ホワイトギルド』というものがある。


・本拠地は不明。登録したものは、マジックアイテムの『タブレット』をもらう。それは登録証であり、受けた仕事を記録しておくものであり、ポイントカードでもある。


・ポイントがたまると『勇者の道』の上位に進むことができる。


・この仕事が終わったらフェンリル=ラグナは「上位種(どういうものかは不明)」の奴隷をもらう予定。


・『ホワイトギルド』のギルドマスターは王家から派遣されたと名乗っている。真実は不明。ただ、身体が透けてたりするから、人間じゃないのかな、というのが彼の感想。


・いいから早く解放しろ、ぶっころすぞ。





 時間もなかったし、あんまりこいつには関わりたくなかったから、アイネにお願いして再びフェンリル=ラグナから、僕たちについての記憶を消した。


 ついでに、セシルの『堕力だりょくの矢』で奴と『タブレット』の魔力を枯渇させた。


 そのあと『タブレット』は魔剣レギィでまっぷたつに破壊。


 居場所をトレースする謎魔法や、盗聴魔法がかかってるかもしれないからね。


 その後は、フェンリル=ラグナを、衛兵の詰め所にこっそり放り込んで、僕たちの仕事はおしまい。 こいつはこの町の衛兵にも一方的に攻撃をしかけてたみたいだから、あとはそっちに任せておこう。一応、無力化はしてあるし。


 そのとき、偶然だけど……衛兵たちの話から、子爵家令嬢エデングル=ハイムリッヒの情報も入った。




 フェンリル=ラグナも言ってたけど、僕たちを襲ったのは彼女の指示だった。


『天竜の代行者』を潰して、町も潰して、なにもかもなかったことにしたかった……って、まぁ、半分ぶちキレてたんだろうな。フェンリル=ラグナを送り出して、自分のしたことに気づいた彼女は──




 ──泣き叫んで、パニックになった。




 当たり前だ。


 彼女は自分の責任を認めて、冒険者に報酬を払うって『契約』してる。


 フェンリル=ラグナの行動を黙認したならぎりぎりセーフかもしれないけど、彼女は「すべてをなかったことにして」と命令してる。


 もしもフェンリル=ラグナのせいで冒険者たちが死んでしまったら、彼女は永遠に「契約」を果たすことができなくなる。たぶん『契約の罰』が下る。生きている間、ずっと。


 それに気づいたエデングルはパニックになって、わめき散らして、頭を抱えて転がって──




 ヒュドラが無事に倒されたニュースを聞いて、天竜に感謝したらしい。




 ……勝手なもんだ。


 彼女は今、ギルドへ大量のお金を差し出す準備をしてるそうだ。


 さらに天竜への感謝を表す石碑を作る計画を立ててるとか。


 契約違反は未遂で終わったとはいえ、軽い頭痛に襲われてるみたいで、彼女はおびえきっている。そりゃそうだろ。『天竜の代行者』に『聖女デリリラ』、その上『契約の神様』まで敵に回そうとしたんだから。


 できるだけ長く、おびえててくれればいい。


 町にも、ヒュドラ襲来の責任を取るために、子爵家が傾くくらいの詫び料を支払うつもりだそうだから、少なくとも、それまでは。




 ──と、まぁ、そんな話は僕たちには関係なくて──


 くたびれた僕たちは、そのまま家に戻って──


 とりあえずお風呂で冷えた身体をあっためてから眠ろう、ということになったんだけど──







「その前に、セシルを『再調整』しておかないとな」


「は、はいっ」


 僕はセシルを、部屋のベッドに座らせた。


 ラフィリアは『高速再構築』したのが2度目だったから、作戦を始める前に急いで『再調整』したけど、セシルはまだこれからだ。


 ──作戦の準備とラフィリアの『再調整』を同時にやるのは大変だったんだけど……まぁ、ラフィリア本人は喜んでたみたいだから、いいか。


 でも、セシルははじめての『高速再構築』だから、慎重にやらないと。


 それと……『真・聖杖ノイエルート』も調整が必要だ。





『真・聖杖ノイエルート』


『魔法』の『効果範囲』を『変化させて』

                  『呼び出す』杖




「『概念』がずれちゃってるからね……」


「そうなんですか?」


「圧縮魔法は使えるようになったけど、杖の『概念』が安定してないんだ」


 このまま使い続けるわけにはいかない。なんとかして能力を安定させる方法を見つけないと。


「──というわけで意見を聞かせてくれないかな。レギィ」


「おおーっ!」


 ぽん、と、部屋の壁にかけておいた漆黒の魔剣から、人型のレギィが飛び出した。


 ツインテールの髪を揺らして、夜中に最高のどや顔で、僕とセシルの前で胸を張る。


「うむうむ。よく聞いてくれおった。さすが主さま。我は魔法アイテムのことは魔剣のプロに聞くのが一番じゃからのう!」


「事情は知ってるよな。レギィ」


「杖の『概念』が安定しない、じゃろ?」


「うん。お前の『粘液生物支配スライムブリンガー』は『再構築』したあと、ずっと安定してるだろ? だけど『ノイエルート』は、一回使っただけで概念がほどけそうになってる。その違いを教えて欲しいんだ」


「主さまのことじゃ、予想はついておるな?」


 人型のレギィは机に腰掛けて、楽しそうに僕を見た。


「我を呼んだのは答え合わせじゃろ。違うかの?」


「まぁね。お前と『真・聖杖ノイエルート』の違いを考えたらわかったよ。ただ、確認しておきたかったんだ」


「教えてもよいが、条件がある」


「……わかりました」


 レギィの言葉に、セシルがうなずいた。


 服の裾を握りしめて、恥ずかしそうに僕の方を見てる。


「レギィさんに……わたしの……恥ずかしい姿を……お見せします」


 そういえばそうだった。


 レギィは、かわいい女の子がご主人様にいろいろされるところを見るのが大好きだったんだっけ。


「ちょうどこれから、わたしは、ナギさまに『再調整』していただきます。それに立ち会いたいんですよね? ナギさまのお許しがあれば、わたしは……」


「うむ。今回は遠慮しておこう」


 え?


「大丈夫かレギィ!? 熱でもあるのか!? まさか『遅延闘技』の使いすぎでどこかおかしくなった? 『対魔結界』のバリアを貫通して攻撃したとき、お前にまでダメージが行ったとか?」


「しっかりしてくださいレギィさん! レギィさんはナギさまにとって大切な方なんですから!」


「うっさいわーっ! 我だってたまには違う願いを言うこともあるわーい!」


 レギィは真っ赤になって首を振った。


 それから、胸を押さえて深呼吸してから、


「明日一日、我につきあっておくれ、主さま」


「……それでいいのか?」


「どうせヒュドラ騒ぎのせいで、出発も遅れるじゃろう? 我と出かけるくらいなんでもなかろ?」


 それでいいなら。


 僕も、ちょっとレギィで試してみたいこともあったからね。


「わかったよ。久しぶりにお前と遊びに行こう」


「うむ。では教えよう」


 レギィは机から降りて、セシルが持つ『真・聖杖ノイエルート』に触れた。


「おそらく、マジックアイテムの『概念』が安定するには、人の心が必要なのじゃよ」


「……やっぱりか」


 そうじゃないかと思ってた。


 ノイエルートと魔剣レギィの違いは、人格があるかないか。


 レギィには人格パーソナリティがあって、それがスキルを安定させてる。


 ノイエルートにはそれがない。だから、スキルが不安定になってるって考えるのが、一番わかりやすい。


 今回、僕は『能力再構築LV5』にはマジックアイテムのスキルを書き換えた。そして『能力再構築』は、奴隷がいることが前提のスキルだ。


 ってことは、マジックアイテムの『概念』安定させるには、奴隷の力が必要なのかもしれない。


「そうじゃ。この『真・聖杖ノイエルート』を、そこの魔族娘と繋げばいいのじゃよ」


「わ、わたしですか?」


「主さまならできよう。そうすれば杖は奴隷の『一部』となるゆえ、その魔力で『概念』も安定するはずじゃ」


 なるほど。


「つまり『真・聖杖ノイエルート』を、セシル専用にパーソナライズするってことか」


「よくわからんがそういうことじゃ」


「つまり、個人情報を入力してアクティベートすることで、試用期間だったアプリを完全に使えるようにするてことか」


「まったくわからんがそういうことじゃ!」


 そういうことなら、しょうがないな。


『真・聖杖ノイエルート』をセシル専用にする。


 そのために『能力再構築』でセシルと杖が一体になるようにすればいいわけだ。


「わかった。やってみるよ」


「うむ。ならば存分にやれ。我は隣で湯上がりの奴隷どもを愛でておるからの」


「ありがとうございました、レギィさん」


「お礼はいらぬよ。魔族娘。それより覚悟しておくがよいよ」


 ドアを開けて、レギィはにやり、と笑った。


「伝説の杖を我が身とすること、たやすくはなかろう?」


「大丈夫です」


 セシルは銀色の髪をかきあげ、むん、と拳を握りしめた。


「ナギさまのお役に立てるなら、それくらいのこと、どーんとこい、です」


「ふふん。それでこそ、我が奴隷仲間じゃ」


 そう言ってレギィは、部屋から出て行った。






「起動『能力再構築スキル・ストラクチャーLV5』」


「……んっ」


 スキルを起動すると、セシルが切なそうな声をあげた。


 僕の部屋の、ベッドの上。


 セシルは壁に寄りかかって、右手で『真・聖杖ノイエルート』を握りしめてる。


 両膝を立てたセシルを、僕が部屋の隅に追い詰めてるような格好だ。魔法のランプの明かりが、セシルの横顔を照らしてる。奴隷服の短いスカートは腰のあたりまでずり上がってて、褐色のふとももがあらわになってる。


「あ、あんまり、見ないでいただけると……」


 恥ずかしそうにうつむいて、セシルは言った。


「ナギさまにしていただくと……その……わたし……いろんなところが……大変なことになっちゃいます……から」


「大変なこと?」


「────っ!」


 セシルは自分のセリフにびっくりしたみたいに、耳の先っぽまで真っ赤になった。


「ち、ちがいます。その……そう。ご主人様に、お見苦しいところは見せられないです。そうなんです! だから──」


「みぐるしいところなんか、セシルのどこにもないだろ」


 褐色の肌も、長い耳も、大きな目も、将来に期待の胸も。


 ご主人様としては一切不満はないです。


「も、も、もーっ。ナギさまってば……もーっ!」


「ちょ、暴れるな、セシル」


「ナギさまがいけないんです。わたしを、これ以上しあわせにしてどうするんですか。わたし、溶けちゃいますよ。ナギさまの言葉で奴隷が溶けるようになったらすごく大変で────あぅっ!?」


 真っ赤になって腕をぶんぶん振り回してるセシル。


 その胸に手を押し当てて、僕はセシルのスキルを呼び出した。





『真実の口 LV1』


『『地地面面』』で『『嘘嘘』』を『『封封じじるる』』魔法




 不安定化がはじまってる。


 普通の3概念スキルだからそんなに激しく振動はしてない。これならすぐに再調整できそうだ。


「……や、やぁ。ナギさま……いきなり」


「暴れないこと。杖のパーソナライズもしなきゃいけないから、早めに『再調整』を終わらせよう」


「…………はい」


 セシルは杖を握りしめたまま、うなずいた。


「わたしはナギさまのものです……この身体も……心も……魂も……触れていただくのは……しあわせ……ですから……どうか……ごえんりょなく…………んっ」


 ぴくん、と、セシルの胸が、震えた。


 僕は指先で、震える『概念』を押さえる。


 そのたびに、振動が乗り移ったみたいに、セシルの身体がびくん、と反応する。


 立てたままの膝が、軽く閉じたり、開いたりを繰り返してる。


 セシルがみじろぎするたびに、奴隷服の襟元が開いて、汗が浮き出た胸元があらわになっていく。


「…………くいっく……すとらくちゃ……はじめて…………これ……すごいです……」


「セシル、大丈夫そう?」


「はい……だいじょぶ……です」


 セシルは、はふぅ、と、熱い息を吐いて、うなずいた。


「……ふわふわ……してる、だけです。身体と……つえ……あつい……」


「杖が?」


 僕は『能力再構築』のウィンドウを再びチェック。セシルのステータスを確認する。


 ウィンドウにはセシルの身体が表示されてる。


 魔力の流れもわかる。僕からセシルに流れ込んでる魔力が、少しだけ身体の外にあふれだしてる。


 セシルの右手から、杖のある方に。


 僕の魔力が『真・聖杖ノイエルート』に流れ込んでるみたいだ。


 ……なるほど。


 杖をパーソナライズする方法が、わかったような気がする。


「『魔力の糸』を召還」


 僕は『能力再構築』のウィンドウから、金色の糸を呼び出した。


「セシル、聞いて」


「はい……なぎひゃま……ぁ」


「さっきレギィが言ってた『杖のパーソナライズ』だけど『再調整』と一緒にできるかもしれない。今から、セシルと杖を『魔力の糸』で繋ぐ。

 魔力をめいっぱい循環させて、杖がセシルの一部になるようにしたいんだ。いいかな」


「…………なぎひゃま……めっ、ですよ」


「めっ?」


「……それは……きかなくて……いいことですよ、ナギ……さま」


 セシルは空いた手で、僕の手に触れた。


「……ナギさまが…………わたしを……きょうかしたいなら……わたしはすべてを受け入れます……だから、ナギさまはわたしに……『セシルに、したい』って……おっしゃってくれれば……いいです」


「ありがと、セシル」


 僕はセシルの右手と『真・聖杖ノイエルート』を、魔力の糸で繋いだ。


 もう一度『能力再構築』のウィンドウを確かめる。


 ウィンドウに表示されたセシルが──杖を持った姿に変わってた。


 杖への魔力の循環率もわかる。今は20パーセント。今までの『能力再構築』の効果から考えると、これが100パーセントになったら、杖のパーソナライズは完了。


 そうすると試用期間から、個人情報を入れた完全版が使えるようになるってことか。


「セシル、杖になにか変化はある?」


「……ふぇ」


 セシルはぼんやりした目で、杖の方を見た。


 汗ばんだ腕を軽く上げて、下げて──不思議そうに首をかしげて


「……あれれ? おもさを……かんじないです」


「重さを?」


「まるで…………つえが……自分の身体の一部になったみたい……です」


「うん。だったら、この方法で大丈夫そうだ」


 これなら『再調整』と『パーソナライズ』を同時にできるな。


 いっぺんに済ませた方が、セシルの負担も軽いはずだ。


「続けるよ、セシル」


 僕はセシルの中にあるスキル、『真実の口LV1』から指を離した。


 代わりに、セシルが握りしめてる聖杖に手を伸ばす。


 杖の表面に指先で触れると──


「──ひゃぅんっ!!」


 びくん、びく、びくんっ!!


 セシルが背中を反らして、声をあげた。


 開いていた膝を、きゅ、と閉じて、小刻みに身体を震わせてる。


「や、あ、や──んっ。あ、あ、ああああ──────っ!!」


 セシルが僕を挟み込むように、膝を閉じて、身体をゆさぶって──


 それから、くたん、と脱力した。


「…………ちかちか、しました」


 セシルは、はぁ、と息を吐いて、言った。


「…………い、いまのは…………ナギさま……」


「杖に魔力を送り込んでみたんだけど」


「…………え」


 セシルは、真っ赤な目を見開いてる。


「…………そんな。杖が、わたしと一体化するって……そういうことなんですか……?」


「どういうこと?」


「い……いえないです」


 セシルは真っ赤になって、うつむいた。


「そんなこと言えないです……杖が…………わたしといったいか……しちゃってるから…………わたしのまんなかに……あるみたいで……そこに、ナギさまが……きて────ぃぃ、なんて……こと」


「つらいならやめるけど?」


 ぶんぶんぶんぶんっ!


 セシルは勢いよく、首を横に振った。


「つらくは……ないです……うれしくて……しあわせ……ですけど…………でも、なんだか、はずかし……」


「そうなの……?」


「つえがわたしになってるってことは……わたしのぜんぶ……なぎさまにみられてる……みたいで……」


 よくわからないけど、うん。わかった。


 とにかく恥ずかしいなら、早めに終わらせる方向で。


 僕は『真・聖杖ノイエルート』に魔力の糸を繋いだ。


 今度は僕の方から、一気に魔力を流し込む。そうすれば循環もスムーズに行くはずだ。


「続けるよ。セシル」


「…………は、ひゃい…………んっ。あっ。んんんんんんんっ!!」


 セシルの右手が『真・聖杖ノイエルート』を、ぎゅ、と握りしめる。


 杖が、まるでセシルの身体の一部みたいに、反応をはじめてる。


 鼓動するみたいに、動いて──


 やけどしそうなほど、熱くなって──


 振動して、止まって──表面に魔力の火花まで浮き上がってる。


 そのたびにセシルの身体が、がくん、って、震えだす。


「はっ。あんっ……はふ……やだ……杖が……わたしになって……ナギさまが…………わたしの……まんなか……ちょくせつ…………あ……んっ。あ、やっ……んっ」


 セシルはまるで、魔力の流れに押し流されるのをこらえてるみたいに、身体を揺さぶってる。


 小さな身体がベッドの上で、はねて、落ちて。


 ぎゅ、と閉じた膝をこすり合わせて。


 でも、涙ぐんだ目で、僕をじっと見つめてる。


「……なぎ……ひゃま」


「うん。セシル」


「…………このつえは、まぞくのいさん、ですよね……」


「セシルのご先祖さま、アリスティアさんのものだったよな」


「…………はい、でもこれはもう、ナギさまが……変えてくれたものです……」


 セシルは切なそうに目を閉じて、身体は熱くて、僕が魔力を送り込むたびに、腰を浮かせたり、落としたりしてたけど──


 唇だけで笑って、幸せそうな口調で──


「……ナギさまが変えてくださった、わたしと……ナギさまが変えてくださった……つえで……わたし……まぞくのちを…………のこして…………みらいに…………さいごのまぞくはしあわせだったって……いえます…………だから…………ください」


 セシルのちっちゃな身体が、僕の胸に倒れ込んでくる。


「……わたしのなかに、ナギさまを……いっぱい。この杖を…………ふれると……しあわせになる……わたしのものに……して……ナギさまのものに…………まりょくで……いっぱいに……わたしのなかに……ください……」


「了解。最後の仕上げだ。いくよ」


「────────っ。あああああああああっ!!」


『真実の口LV1』と『真・聖杖ノイエルート』


 セシルのスキルと、セシルの杖に、僕は一気に魔力を流し込む。


「わたし……なぎひゃま……まっしろ…………しあわせ…………だめ……もどれなく…………なぎひゃまが……いないと…………しゅき……だいしゅき…………あ…………また……やあああああああっ」


 セシルの口は半開きのまま、もう、声は言葉になってない。


 身体が湯気が出そうなくらい、熱くて、


 流れ落ちる汗とかで、シーツが湿っていくのがわかる。


 僕はウィンドウから手を離して、セシルの髪をなでた。そうすると落ち着くのか、セシルは子犬みたいに、僕の肩にほっぺたをこすりつける。少しだけ呼吸が落ち着いたから、僕は『能力再構築』のウィンドウに指を戻す。


 画面には2つのボタンが表示されてる。


『再調整』と『魔道具最適化パーソナライズ』──これだ。





「実行! 『再調整』および『魔導具最適化パーソナライズ』!!」


「────────っ!!」


 セシルの背中が、こわれそうなくらい反り返る。


 大きく目を見開いた彼女は、びくん、びくんと身体を震わせて──




 そして、僕の腕の中で、ぐったりと力を抜いた。






「……結局、お見苦しいところを見せちゃいました」


「ぜんぜん」


 むしろごほうびみたいだったけど。


「…………もう、ナギさまってば」


 すんすん


 セシルは甘えるみたいに、僕の首筋のあたりで鼻を鳴らした。


「もうしばらく、このままでもいいですか?」


「いいよ」


「……それと、できれば、離れるときは……目をつぶっていただければと……」


「どうして?」


「…………いろいろ……その……たいへんな…………その………………」


 セシルは両手で顔をおおって、言った。


 ……言うとおりにしておこう。


 これ、下手をしたらまた「ぷしゅー」って倒れちゃうパターンだ。


「お疲れ様、セシル。よくがんばったね」


 僕はセシルの頭をなでた。


「えへへ……はい。ナギさま」


 セシルは気持ちよさそうに、目を細める。


「ノイエルートのパーソナライズも完了したみたいだ」


 セシルの手の中にある『真・聖杖ノイエルート』は、色が変わってた。


 前は銀色で、表面に竜のレリーフが刻まれてたけど、今は赤──セシルの瞳の色になってる。


 竜のレリーフはそのままだけど、そこに髪の毛のような、銀色のラインが絡みついてる。





しん聖杖せいじょうノイエルート』


『魔法』の『効果範囲』を『変化させて』『呼び出す』杖




 魔法を拡大・縮小して撃ち出すことができる杖。


 拡大しすぎたものは拡散し、縮小しすぎたものは杖の先端で停滞する。


 4概念化したことにより、停滞した魔法を凝縮して撃ち出す『圧縮魔法』が可能となった。


 ただし、杖に負担がかかるため、使用後は冷却期間が必要となる。


 パーソナライズ済み:セシル=ファロット専用




「色が変わったのは、セシル専用になったからか」


「それもありますけど……服……のような意味もあると思います」


「服?」


「……で、ですから、ナギさまが魔力を注ぐと……この杖は、ほんとうにわたしの一部になっちゃうんです。その……この色は……はだをかくすふくのようなもので………………」


 杖が、セシルの身体の一部。


 …………そういうことですか。


「も、もちろん、今は違います。ナギさまが『再構築』の時に、わたしと杖に魔力を注いだ時だけです。でないと、わたし……いつでもたいへんな……いえ! ナギさまがそうしたいとおっしゃるなら! わたしは別にかまいません。むしろしあわせで……ナギさまにしていただくのはよろこびで……でもでも!」


「わかったから落ち着けって」


 僕はセシルの髪をなでた。


「ナギさま……はい……ナギさま」


 セシルの呼吸は、ゆっくりになっていく、


「……ふしぎ……こうしてるだけで……しあわせです」


 セシルはしばらく、穏やかな顔で僕を見ていたけど──


 そのうち、安心したみたいに、眠ってしまった。


 今日は大変だったからね。


「よいしょ」


 僕はセシルを抱き上げた。相変わらず軽いな。ご主人様としては、もうちょっと栄養つけて欲しいけど。


 このまま部屋に運んでおこう。


「お前も、セシルの一部になったんだよな。『ノイエルート』」


 シーツの上に転がった、深紅の杖は答えない。


 この杖は元々魔族の冒険者の持ち物で、それが聖女さまに渡って、最終的にセシルのところに来た。


 ヒュドラ退治のために改造しちゃったけど……いいよね。


「最後の魔族の──セシルの最強の武器になったんだからさ。そのうち、魔族の遺跡が見つかったら、挨拶に行くかもしれないから」


 杖は答えなかったけど、まぁ、いいや。


 僕は眠ったセシルを部屋まで運んで──部屋に戻ったら、当たり前のようにアイネがベッドメイクを済ませてて。家事も戦闘もチートな奴隷たちに敬意を表しながら、眠ったのだった。




 翌朝、昨日の自分の格好を思い出して真っ赤になったセシルを落ち着かせるのに、すごく苦労したけど、それは別の話で──





 こうして『聖女デリリラ』さんの遺跡探索からはじまった保養地の事件は、ひとまず、落ち着いたのだった。






──────────────────


今回登場した用語


「魔導具最適化(パーソナライズ)」


「能力再構築LV5」の効果で、マジックアイテムを奴隷少女専用にすること。

魔剣レギィの助言によって実現したものである。

彼女は「人格を持つマジックアイテム」なので、スキルを安定化させることができる、が、人格がないマジックアイテムに『能力再構築』を使うと、スキルが不安定化してしまう。

そのため、奴隷少女の魔力を借りることで、マジックアイテムのスキルを安定化させることが必要だった。


「パーソナライズ」したアイテムは、対象の奴隷少女専用となるため、他の者には扱えなくなる。

また「パーソナライズ」中には、マジックアイテムが奴隷少女と一体化しているので、扱いに注意が必要。

それ以外の状態ではアイテムが壊れたからといって、少女たちに影響が出ることはない。


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