第17話「セシルの願いと報酬のありか」

 開いた壁の向こうには、地下へと続く長いハシゴがあった。


 思った通り、壁は古代語で開くことができた。


 ただ、キーとして、セシルが触れる必要があったけど。


 魔族の血、あるいは魔力に反応したのかもしれない。


 正直、このまま帰っても良かった。


「好奇心猫を殺す」って言葉もあるし──でも、放っておくのも気になる。


 ここに魔族の遺産があるなら、セシルが受け継ぐのが筋ってもんだろ。


「ここに魔族の遺産があるなら、ナギさまに差し上げるのが筋ってものですよね?」


 僕の足下でセシルが言った。


 張り切ってる理由ってそれかい!?


 いや、駄目だろ。セシルのものはセシルのものです。


 僕は民主国家から来たご主人様マスターですから。


 ハシゴを降りてるのは、リタ、セシル、僕の順番。


 リタなら『気配察知』で魔物を見つけられるし、トラップも体術で回避できる。


 セシルが魔力を感知して、しんがりを僕が守る、ってポジションだ。


 そんなわけで、僕たちはたっぷり、建物二階分くらいの高さを降りて、




 魔族の魔法使いが封印していた、地下室にたどりついたのだった。




「……これが、魔族の遺産、ですか」


 湿った部屋の中で、呆然とセシルが言った。


 学校の教室くらいの広さがある地下室だった。


 セシルの通常版『灯りライト』に照らされた部屋は……なんかすごい殺風景だった。


 隠し部屋っていうから、宝箱が並んでるところを想像してたのに。


 あるのは木製の机と椅子。その上に積まれた羊皮紙。乾ききったインクとペン。


 羊皮紙の文字は、僕には読めない。


『異世界会話』でもだめってことは、たぶん古代語だ。


「あったー」


 部屋を探っていたリタがごそごそと、机の下から這いだしてくる。


 金色の尻尾をぴこぴこさせながら、リタは小さな水晶玉を、僕に差し出した。


「見つけましたご主人様。えらい?」


「うん。ありがと、リタ」


「えらい?」


 ぴこぴこ、ぴこぴこ


 金色の耳がなにかを期待するみたいに揺れてる。


 えっと、これは。


「リタえらいえらい」


「……わぅん」


 僕に頭を撫でられて、リタがうっとりした顔になる。


 なんだこの可愛い生き物……。


「これは……スキルクリスタル?」


「そうよ。効果は『古代語通訳LV3』だって」


 僕はリタからクリスタルを受け取った。


 概念をほどいてみる。




『古代語通訳LV3』


『古代語』を『現代語』に『翻訳』するスキル




「はい。これはセシルのだから」


「……ナギ、さま」


 セシルは、震えてた。


 小さな手がスキルクリスタルを受け取ろうと、伸びて、とまどうように僕の手の上で止まる。


「わたし、これ……いらない、です」


「いやでも僕たちが『古代語』スキルを持っててもしょうがないし。魔族の残したものなら、セシルが引き継いだ方がいいし」


「……ナギ、さま」


 セシルは、震えてた。


「わたし……こわいんです」


「怖い?」


「はい……。わたし、両親とアシュタルテー以外の魔族を知らないんです。両親もアシュタルテーも、人間を嫌わないようにって言ってました。でも、他の魔族がなにを考えていたのか、わからないんです」


 セシルは言う。


 魔族は自然の一部で、生命も魂も流転するものだと。


 人間に滅ぼされてしまったのも、自然現象のひとつ。


 樹が自分をなぎたおす風を恨まないように、花が自分を押し流す雨水を恨まないように──魔族は、自分たちを滅ぼした人間という『種族』を恨まない。


 それはただ、季節がめぐるように魔族の時代が終わっただけで、いずれ人間の時代も終わる。


 それだけのこと。


 セシルの家族を殺した個人を憎むのは仕方ないけれど、人間という種族すべてを憎むのは違う──って。


「だけど、そうじゃない魔族の人もいたかもしれないんです。それを知ってしまったら……なにかが変わってしまいそうで、怖いんです……」


 こんな不安そうなセシルははじめてだ。


「でも、知りたいって気持ちもあるんです。もしかしたらナギさまにすっごくいいものをあげられたのかもしれないのに、あのとき勇気を出しておけばー、って後悔するのも嫌です……」


 セシルはクリスタルを手にしたまま、唇をかみしめた。


「ううん。無理しないでいいや。ここは放置して帰ろう。無理しない、できないことはしない、が僕たちのモットーだし」


「……もう」


 でも、セシルは困ったように首をかしげて、笑った。


「ナギさまがそういう方だから、わたし、なんでもしたくなるんですよ?」


 セシルは僕に背を向けて、しゅる、と、服の襟をひらいた。


 つるん、とした背中をさらして、僕から受け取ったクリスタルを──たぶん、インストールしてる。なんだかいけないものを見てるようで、僕は思わず目を逸らす。


 セシルは、服を戻してから、机の上にある羊皮紙を手に取った。


 深呼吸して、書かれた古代語を読み上げる。




『わが同胞に告ぐ。


 汝がこの紙に触れ、文章を読み上げることで、部屋は真の姿を現すであろう』




「…………へ?」


 足下が光った。


 床で真っ白な記号が浮かび上がる。これは──魔法陣?


「ブービートラップかよっ!?」


 しかも同族相手に。たち悪すぎだろ!


「ナギさまっ!」「ナギぃっ!」


 セシルとリタが抱きついてくる。


 視界が揺れはじめる。世界が、白く染まっていく。


 そして意識がブラックアウトして、気がつくと、




 部屋がまったく違うかたちに変化していた。




 水の音がした。


 そこは、天井の高い部屋だった。広さは、体育館くらい。


 壁がほのかに青白く光ってた。


 僕たちが倒れているのは、部屋の中央。足下には魔法陣。


 床には白い石が敷き詰められてるけど、あちこち土がむき出しになって、樹が生えてたりする。


 壁からは水が流れ出て、部屋の真ん中に小さな流れを作ってる。水音はそれか。


「どこだよ、ここ……」


「……元の地下室です。こっちが本当の姿みたいです……」


 セシルは言った。


 頭を振って起き上がった彼女は、魔法陣の横にある壁を指さした。


 そこには、羊皮紙と同じ古代文字が書かれていた。


 セシルはそれを目で追ってる。さっきの反省から、声に出すのはやめたらしい。


 しばらくそれを読んで、セシルは小さなため息をついた。


「ナギさま、リタさん……ごめんなさい」


「それはいいけど、なにが書いてあるんだ?」


「ここにいた魔族の魔法使いが、ダンジョンに魔剣を召喚した、って書いてあります」


「………………はぁ!?」




 セシルの話によると、こういうことらしい。


 100年以上昔にあの館に住んでいた魔法使いは、魔族が人間に攻撃されてることを憂い、対抗するために『魔剣』を異世界から召喚することにした。


 この場所は、召喚の儀式を行うためのもの。


 魔力が宿った地下水を引き込み、儀式のための場を設定した。


 しかし、召喚は失敗。


 魔剣は近くにある魔力溜まり──ダンジョンに一定周期で現れる『さまよえる剣ワンダリングソード』となり、人間の手に渡ってしまった。


 あきらめきれない魔法使いは同族のセシルに呼びかけている。


 力があるならそれを示し、私の遺産を手に入れろ。


 そして、魔族の世界を取り戻してくれないか──って。




「……迷惑です」


 まったくだった。


 気持ちはわかるけど、魔剣を召喚したならちゃんと回収しといて欲しい。


「元の場所に戻る方法は……」


「ハシゴはそのままですね。上がれば、地上に出られます」


「じゃあいいか」


「……よくない。きぼちわるい……」


 リタはまだうずくまってる。


 三半規管が発達してる分だけ、空間の変化がきつかったみたいだ。


 尻尾も耳もぺたん、と寝かせて、床の上で転がってる。


「魔剣召喚の間か……」


 まわりに魔物の気配はない。


 空気は澄んでいて、水も綺麗だ。樹には赤い木の実がなってる。


 いざとなったら、ここで暮らせるんじゃないかな……。


「ナギさま……」


 セシルが、僕を見た。


 ……あれ?


 なんで泣きそうな顔してるの? 目に涙ためてるし、唇をかみしめてるし。


「わたし、人間を嫌ったりしてないです」


「うん」


「復讐なんか考えたこともないです。魔剣なんか欲しくないです。両親が死んだことは悲しいですし、殺した人たちが目の前にいたら殴ってやりたいと思いますけど、人間全部を嫌いになったりしないです。信じてください」


「信じてるってば」


 だって、セシルが人間を恨んでるなら、僕と一緒にいたりしないだろ。


 リタとだって仲いいんだし。


『レヴィアタン』に襲われてた教団の人たちを心配してたのも、僕よりもセシルだったし。


「僕はセシルを疑ったりしないって」


「でも、わたし……怖いんです」


 セシルはまた、僕の服の裾を掴んだ。


「もしかしたら魔族の血のなかに、人間への恨みとかがあって、いつかわたしも人間を嫌いになるんじゃないか……って」


「潜在意識とかそういう奴?」


「よくわからないですけどそういうものです」


「でもさ、それはセシルにはどうにもできないだろ?」


「アシュタルテーは、奴隷屋を出たらメテカルに行きなさい、って、言ってたんです」


 セシルは言った。


「人口が多くて、ダークエルフの振りしてるわたしも受け入れてくれるからって理由だったんですけど、もしかしたら……アシュタルテーはこの場所のことを知ってて、わたしに……」


「そうかもしれないけど、でも、無理だろ」


 僕たちがここに来たのは、そういうクエストがあったから。


 近くに温泉が湧き出て、商人がこの館を買うことにしたからだ。


 アシュタルテーがそんなことまで操作できるわけない。


 仮に……すっごく妄想入ってるけど、魔族が自然の一部だってことで、それがセシル一人になったことで、自然になにかの影響が出て、それで地殻変動が起こって温泉が湧き出して──僕たちがここに来ることになった、とか。


 いや、それだって無理がある。


 そもそも僕が『能力再構築』使わなかったら、セシルは『古代語』なんか読めなかったんだし。


「……ナギさま」


 不意にセシルが僕の、左手に触れた。


『契約』した時に生まれた、指輪がある方だ。


「わたしに『命令』してくれませんか?」


「……命令?」


「そうです。そうすれば、わたしが心の中で何を望んでいるのか、わかるかもです」


 指輪を使った『命令』


 確か、奴隷に強制的に言うことを聞かせるものだっけ。


 使い方は簡単、指輪に触れて『──しろ』って言葉にすればいい。


 奴隷の意識は一瞬途切れて、主人の命令に強制的に従う。


「お願いします。わたしに命令してください。ナギさま」


「……気が進まないなぁ」


「な、なんでですか? わたしがいいって言ってるんだからいいじゃないですか? 奴隷の主人の正当な権利なんですよ!? 使ってください!」


「だってほら、契約したんだから命令聞けとかさ、これくらいの仕事はサービスの範疇だとか、そういうのって嫌だろ。セシルはしっかり働いてくれてるんだからさ」


「……お願いです。ナギさま」


 怖いんです。


 自分の深いところに、知らないものがあるんじゃないかって。


 それがいつか自分を乗っ取って、ナギさまを傷つけてしまうんじゃないかって。


「……だから……だから」


 ぽろん、と、セシルの目から涙がこぼれた。


「あー。セシルちゃん泣かせた。いけないんだ、ナギってば」


「いつ復活したんだよ、リタ」


「さっきから。話は聞かせてもらったわ。ナギが悪い」


「命令したくないって言ってるだけだろ」


「女の子の気持ちがわからないなんて最低」


 リタはセシルを、ぎゅ、と抱いて、僕をにらみつける。


 いつの間にか二対一だった。


「私もそうだったらわかるもん。人と違うってこと、世界で自分と同じ人がいないってのは、すっごく不安なの。安心したいの。本当の自分を知っても受け入れてくれる人がいるって知りたいの」


「セシルのことは信じてるよ」


 というか、仮にセシルが魔族の使命に目覚めたとしても、そういうのもありだって思ってる。


 セシルがつるぺた女王クイーンになって、僕がその参謀になって悠々自適の生活とか。


 さすがに人間を迫害するとか言ったら止めるけど。


「それに、命令とかするのは嫌いなんだってば」


「命令したって、私はナギのこと嫌いになったりしない」


 いや、そういう話じゃないし。


「セシルちゃんだって、ナギのことを嫌いになったりしない」


「なりません。絶対です」


「ほらね? あとはセシルちゃんの気持ちを、ナギが受け止めるかどうか、って話よ」


 あーもう。


 命令しろって命令される『主人』ってなんだよ。


「わかった。わかりました。ったく、今回だけだからな」


「はいっ!」


 セシルは涙をぬぐって、笑った。


「あと、セシルの潜在意識になにがあっても、僕は別に気にしないから」


「……ナギさま」


「早いとこ済ませようよ。セシルはそこに立って、リタは……」


「大丈夫。セシルちゃんの意識が飛んでる間、ナギが変なことしようとしたら蹴飛ばすから」


 主人を脅迫すんな。しかも、いい笑顔で。


 セシルも一緒になって笑ってるし。


 ……『命令』か。本当はやりたくないんだけど。


 僕は左手の指輪にある、赤い水晶に触れた。


「『契約』の名のもとに、我が奴隷、セシル=ファロットに命ずる」


 赤い水晶が光った。


「──────」


 セシルの目から、意思の光が消えた──ように見えた。


 僕は宣言する。


「セシル=ファロットよ。汝の心の奥底に眠る、真なる願望を語れ」


「────ぁ──あ」


 硬直した、セシルの身体。


 桜色の唇が、かすかに動き出す。


 震えながら、


 自分の心の奥底にある望みを口にするのをためらうように。


 けれど『命令』はセシルの中へとゆっくりとしみこんで──


 セシルは奥底にある願いを、自分の言葉で、はっきりと告げる。




「わたしはナギさまのこどもがほしいです」


 細い指で、お腹のあたりを撫でながら──




 ……………………え?


「一人目は、ナギさまにそっくりな男の子がいいです」


 あの、ちょっと、セシルさん?


「二人目も、できれば男の子がいいです。女の子が生まれると、男の人はそっちに夢中になっちゃうって言いますから。でも、二人目はあんまり焦らない方がいいかもしれないです。


 も、もちろん、ナギさまはわたしなんかが相手じゃ嫌かもしれません。


 だから、わたし、がんばります。努力してリタさんみたいに立派になれるように。そうすれば……きっと。そしてゆっくり……ナギさまに色々なことを教えてもらって──」




 ……………………




 セシルがそのあと語ったことについては、記録に残さない方がいいと思うんだ。


 たとえばほら、小学校高学年か中学生くらいの時に、好きな人がいたとして、その相手と付き合ったらどうなるかとか、妄想したりするよね?


 で、眠れない夜に、うっかりその妄想をノートに書いたりすることもあるよね?


 セシルが語ったのは、それを必要以上に具体的にしたもので。


 さらに18禁の要素もしっかりと加えたもので。


 セシルが持ってる知識をフル動員して、さらにデコレーションしたもので。


 冷静になって読み返したらのたうちまわって悶絶。他人に見られたりした日には転校するか、わが人生もはやこれまでって達観するしかない代物だった。


 ……………………


 そっかー、セシルはそんなこと考えてたのかー。


 そっかー、セシルは僕が眠ってる間に、そんなことしてたのかー。


 びっくりだー。


 というか、そろそろもういいんだけど。


 あの、この『命令』って、願望を語り全部終わるまで止まらないの? ねぇ。


「あのさ、リタ」


「なぁに、ナギ」


「今聞いた話は、墓場まで持っていこうと思うんだけど」


「気が合うわね。私もそう思ってたとこ」


「さすが僕の奴隷だよな」


「さすが私のご主人様よね」


「僕たちはなにも聞かなかった」


「私たちはなにも聞かなかった。でも、ナギ」


「なんだよ」


「ナギって……一度眠ったら隣でなにしても起きないの?」


「異世界に来たばっかで疲れてたんだよ!」


「でも知らなかったわ。魔族にも胸を大きくするための体操ってあったのね」


「…………」


「なにも着てないほうが効果が高いなんて、不思議な伝承よね。セシルちゃんってば、毎晩すごい努力を──」


「だから墓場まで持っていこうよそういうのは!」


「改めて、ごめんね、ナギ。セシルちゃんにえっちなことしたとか思ってて」


「いま謝られたくないよ……」


「むしろ理性の塊だと思うわ」


「現在進行形でがりがり削られてるよ……」


「がんばれー」


「リタ、楽しんでない?」


「わかる?」


「そりゃわかるよ」


「楽しんでるというか、楽しくなりそうかな、って思ってるわ」


「なにそれ」


「ヒント。セシルちゃんは女の子です」


「知ってるよ」


「そして、私も女の子です」


「……知ってるってば」


「これ以上は教えませーん。ナギ、がんばれー」


 そう言って、リタは唇に手を当てて笑った。


 タイミングを合わせたみたいに、ひたすら語り続けてたセシルの言葉が、途切れた。


 そのまま、くたん、と膝から崩れ落ち──って、やばっ。


 僕はあわてて手を伸ばし、小さな身体を抱き留めた。


「おい、セシル。大丈夫?」


「ナギ……さま」


 セシルが目を開けた。


 よかった。元のセシルだ。


「わたしの『せんざいいしき』──なんて、言ってました?」


「………………………………すくなくともにんげんがきらいとかはゆってなかった」


「どうして目を逸らしてるんですか?」


「実に平和な願望だったよ、うん」


「なんて言ってたんですか? わたし」


「えっと……」


 セシルが言ってた言葉を平和的に翻訳すると……それは、


「『家族が欲しい』って言ってた」


「……あ」


 セシルの目が輝いた。


 思い当たることがあったらしい。


「そ、そうです。わたし、家族が欲しいんです。それで間違いないです!」


 よかった。


 納得してくれたみたいだ。


「よかった……わたし、人間を嫌ったりしてないんですね」


「むしろ大好きだって言ってた」


 こっちが警戒心を覚えるくらいに。


「ありがとうございました……ナギさま。これで、安心して……ナギさまと一緒にいられます。そっかぁ。わたし、家族が欲しかったんですね……」


 セシルは何度もうなずいてる。


 亡くした家族の代わりを、自分で作ること。


 魔族の血をどんなかたちでもいいから、未来に繋ぐこと。


 それが自分の『せんざいいしき』の望みだったんですね、って。


「ナギさまにはどんなに感謝してもしきれません。自分の『したいこと』がわかりましたから、ナギさまにお仕えしながら、家族を作るって夢に向かってがんばりたいと思います」


「うん。それはよかった」


「いつか、ナギさまも……ほんの少しでいいですから、協力してくれると嬉しいです」


「うん。それくらいなら、いいよ」


「あ」


 ──え?


 リタがぽかん、と口を開けてる。


 それから、あちゃー、って感じで、額を押さえた。


『セシルちゃんの夢』


 リタが口パクで伝えてくる。


『家族』


『代わりを「作る」』


『協力』


『ナギが』


 ……………………………………あ。


 言質げんち取られた。




 魔族の魔法使いのメッセージによると、隣の部屋に遺産を隠した、ってことだった。


 ドアはやっぱり『古代語』で封印されてたから、セシルに開けてもらった。


 地下室の隣にあったのは、完全に行き止まりの部屋で。


 三方が壁になってる部屋の一番奥には、小さな宝箱。


 そして、その宝箱を金属製の彫像が守ってた。




 僕たちが部屋に足を踏み入れた瞬間──ぎぎ、って音がした。




 天使の姿をした彫像は僕たちを見て、動き出す。


 だんっ、って地面を蹴る。翼を広げて、飛んでくる。


 ──速いっ!?


「セシル!」


「『精霊よ我が敵を討て! 炎の矢』!」


 セシルの指先から炎の矢が飛び出し──彫像に当たって、消えた。


 効いてない!?


「ナギ! セシルちゃん! 離れてっ!!」


 衝撃。


 リタが僕たちを突き飛ばした。


 目の前を、金色の彫像が通り過ぎていく。リタに向かって、剣を振り上げる。


「リタっ!」


「あぅっ!!」


 がいんっ


 リタの腕を、彫像の剣が撃った。固い音。


 かろうじて『神聖力掌握』が剣を防いだ。


 リタは同時に蹴りを飛ばす。彫像の楯が受け止める。


 彫像はかすかに揺れただけ──駄目だ!


「こいつには勝てない! 全員撤退っ!」


 僕はセシルを抱えて走り出す。


 開いたままのドアに飛び込む。リタは──


「こんのおおおおっ!」


 リタは両足で彫像を蹴飛ばした。その勢いを利用して、ジャンプ。


 後ろ向きに飛んで、こっちの部屋に転がり込む。


 僕は慌ててドアを閉じた。




 がいん、がいん、ってドアを叩く音。


 しばらくして、それも止まった。


 彫像は──どうなった?


 僕はうっすらとドアを開けた。


 彫像は、宝箱の前に戻っていた──けど。




 ぎぎ、ぎ




 ばたん




 こっちを見た彫像が動き出す前に、僕はまたドアを閉じた。


「……『ガーディアン』です」


「ガーディアン……動く彫像?」


「はい。昔の魔法使いが作ったもので、部屋とか屋敷とか、決まった場所を守る習性があるらしいです。魔力で動いていて、侵入者を排除する──殺す、って」


 セシルは、ぎゅ、と、僕の脚に抱きついた。


「すいません。思い出すのが遅かったです。ナギさまを危険にさらすなんて……」


「大丈夫。僕もリタも怪我してない」


 ここが魔法使いの隠れ家、ってことは、あの『ガーディアン』は奴が仕込んだんだろうな。


「力があるなら魔剣を手に入れろってあいつは言ってた。つまり、その力を試すために『ガーディアン』はいるってことか」


「はーい。この中で魔族さんの遺産が欲しいひとー」


 リタが言った。


 僕は手を挙げなかった。


 セシルは、僕に抱きついたままだった。


「全会一致ね。どうする?」


「ほっとこう」


 今は。


 戦うのは、攻略法を考えてからだ。


「そして、この場所のことは僕たちだけの秘密ってことで」


「さんせー。セシルちゃんは?」


「あ、はい、もちろん」


「だったら、そんな泣きそうな顔しないの」


 リタはしゃがんで、セシルの目に浮かんだ涙をぬぐった。


「お仕事は終わったんだから、帰ってお風呂入って、これからのことを考えましょ?」


「……はいっ!」


 セシルは笑った。





 なお、セシルが教えてくれた『ガーディアン』のスペックは次の通り。


『ガーディアンは魔力で動く彫像。


 動物並みの聴覚と嗅覚・視力を持つ。


 扉や宝箱を守る習性がある。


 剣撃・打撃ダメージ減衰。火炎魔法無効。


 推奨レベル。最低でも15以上』




 とりあえず扉はセシルに古代語で封印してもらった。




 色々やってるうちに日が暮れてしまったから、これから戻るのは危ないってことになった。


 地下室で、しばらく『ガーディアン』が出てこないか様子を見ていたけど、動きはまったくなかった。あいつは宝箱を守っているだけらしい。


 扉には古代語だけに反応する封印がかかっているから、出てこられないのかもしれない。


 魔法使いが書き残した通り、あいつは本当に「魔族の後継者の力を試す」ためだけのものだったんだろう。


 とりあえず僕たちは交替で見張りをしながら、地下室で一晩過ごすことにした。


 そして翌朝。


 クエストを完了した僕たちは、町に戻ることにした。


 今回退治した大コウモリは、16匹。倒した証拠に耳の端を切り取って持ち帰れって言われたので、それはその通りに。あとはセシルの『古代語』で、隠し部屋を封印して、終わり。


 リタがどうしても身体を洗いたいって言うので、セシルと一緒に共同浴場に行かせて、僕は先にギルドに報告に行くことにした。


 思ってたより早く終わったから、魔剣探索の後方支援をやってもいいかもしれない。


 アイネさんにはスキルクリスタルをもらったり、内緒でクエストを紹介してもらったりしたからな。借りは返さないと。


 僕は、なぜか、がらん、とした建物の二階にあがった。


 アイネさんがいた。


 二階の休憩室のテーブルにつっぷして、眠ってた。


 その隣には、金糸で装飾された高価そうな服を着た少女が座ってた。


 腰にレイピアを提げてる。短めの青い髪。


 テーブルに頬杖をついて、僕を見てる。


「クエストを終えた方ですか?」


 青い髪の少女は言った。


 僕は布袋に入れた『大コウモリの耳』を差し出した。


「はい。これが証拠です。報酬を下さい」


「払えません」


 少女は言った。





「庶民ギルドは、今日をもって閉鎖することになりました」

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