第196話「奴隷少女(と親友)の冒険者救出作戦+ラブコメ参考計画(後編)」

 ──無人島ではぐれた冒険者たち視点──






 貴族の三男坊さんなんぼうの少年と、ハーフエルフの少女は、砂浜を目指していた。


「この丘を越えれば砂浜が見える。そこが合流地点だ。もう少しがんばってくれ」


「うん……だけど」


 青年に手を引かれながら、ハーフエルフの少女は顔を上げる。


 2人の視線の先には、砂浜に通じる小高い丘がある。


 だが、そこには……無数の魔物がうごめいていた。


 木々の間をい回っているのは、赤い甲羅に、するどいハサミを持った魔物。


 本来、この島にはいないはずの巨大ガニ『ヒュージシオマネキ』だ。






『ヒュージシオマネキ』


 人間の子どもくらいの大きさがある巨大ガニ。


 左右どちらか片方のハサミが肥大化している。ハサミを開くと体長の倍くらいのサイズになり、それで自分よりも大きな相手と渡り合うことができる。


 群れを作る習性があり「右のハサミが大きい部隊」「左のハサミが大きい部隊」で相手を包囲して襲いかかる。賢い。


 煮詰めてダシを取ると、美味しいスープができる。






「……ねぇ、知ってる?」


 不意に、ハーフエルフの少女が口を開いた。


「私がこの島のクエストを、あなたに勧めた理由」


「お金がもらえるからじゃないのか?」


「実はね、私がお母さんから聞いた伝説があったの」


 少女は熱を帯びた視線で、青年を見た。


 絡み合う視線。まるで結界のように2人の世界が作り出される。


 迫り来る魔物も一瞬、2人の視界から消える。当然、木々の間に隠れている謎パーティなんかには気づかない。


 彼女たちが全員、耳の後ろに手を当てて、彼らの会話に聞き入ってることも。


「知ってるでしょ? 私が、エルフのお母さんと死に別れたこと」


「ああ。君のお母さんはうちの父の護衛をしていたんだよな……」


「お母さんは人間のお父さんと結ばれて、死に別れたけど……実は2人ともこの島に来たことがあったの。この島には伝説があって、その丘の上で愛を誓った2人は、障害を乗り越えて結ばれることができるんだって。それはエルフだけに伝わるもので、秘密の呪文を、2人で一緒に唱えるそうよ」


「「「「そ、そんなものが!?」」」」


「ええ、お母さんはエルフの秘伝だって──というか、今、あなたの声が重なって聞こえたけど……?」


「そんなことはどうでもいい。その呪文を教えてくれ」


 青年は少女を抱き寄せた。


「エルフの秘伝なら効果があるんだろう?」


「……ええ、『島の精霊』に呼びかけるものだから」


「その力を借りれば父に、俺たちのことを認めさせることができるかもしれない」


「丘の上にたどり着いたらね。でも……この状態では」


 少女と青年は丘の方を見た。


 木々の間を縫って、十数匹の『ヒュージシオマネキ』が向かってきていた。


 ハーフエルフの少女は杖を、鎧を着た青年は剣を構えた。


「まずは道を切り開きましょう。私が魔法で敵を牽制けんせいします」


「わかった。その隙に俺が斬り込む」


「いくわよ! 『炎の精霊よ我が敵を撃て』──『炎の矢フレイムアロー』!!」


 少女の杖から、炎の矢が飛び出した。








 すっぱーんっ!!








『ヒュージシオマネキ』が、数匹まとめて吹っ飛んだ。




「「……へ?」」


 少女と青年は、ぽかん、と口を開けた。


『炎の矢』は確かに着弾した。先頭の『ヒュージシオマネキ』はひるんだ。


 その衝撃しょうげきで背後の群れが吹っ飛んだ──ように見えたけれど……。


 おかしい。たった一発の『炎の矢』に、そんな威力があるはずがない。それに群れの奥で、獣耳けものみみの人影が動いたような。その背中でメイドさんっぽい影がモップをふるっていたような……?


「い、今よ! 行きましょう!!」


「わかった! どけよ魔物ども! 剣術スキル『疾風斬ソニックブレイド』!!」


 青年が剣を振った。


 真空の刃が、先頭にいた『ヒュージシオマネキ』の甲羅に傷をつけた。






 すぱーんっ!! すぱぱぱ──んっ!!






 その衝撃しょうげき (推定)で、後ろの魔物が吹っ飛んだ。


 青年と少女は、考えるのをやめた。


「チャンスだ! 行こう!!」「ええ!!」


 2人は手を取り合って走り出す。


 魔物はすでに3分の1以下に数を減らしている。しかも仲間を失ってパニック状態だ。2人を止めることなどできはしない。


「それで? エルフの伝説って?」


「この丘の上で手を繋ぎ、秘密の呪文を唱えるの。それは2人の身分も、種族も超えた誓いになるそうよ。気休めみたいなものだけれど……お父さんとお母さんは、それを頼りに困難を乗り越えたんだって」


「気休めでも構わないさ」


「でも、条件があるの」


 話しながら、青年と少女は『ヒュージシオマネキ』の群れを突破する。


 丘の上はもうすぐだ。


「その条件とは、周囲にきりがたちこめた状態であること。水を介して海の精霊と繋がるためだって、お母さんは言ってたけど──」「『──濃霧フォグ』」


 少女は言った。


 姿の見えない誰かも言った。








 周囲に、ミルクのような霧が立ちこめた。








「「────へ?」」


 2人は目を見開いた。


 ありえない。さっきまで視界はクリアだったのに、今は足下しか見えない。


 一瞬でこんな濃い霧が立ちこめるなんて──








 すぱーんっ。すぱーんっ! すっぱーん!!


『ギギィ』『グギャァ!』


 べちゃっ






 まわりではなにかが吹っ飛ぶ音と、魔物の悲鳴と──たぶん、魔物が潰れてひしゃげる音が続いている。


 青年は剣を振り回しながら走っている。


 きっとそのせい。当たり所が良かったんだ──そんなふうに考えながら、2人は丘の上まで駆け上がった。


 いつもなら、ここから海が見渡せるはずだが、今は霧のせいでなにも見えない。


 2人は見つめ合う。なんだか、世界に2人しかいないような気分になる。


 さっきまで騒がしかった魔物の声も、もう聞こえない。


 現実感が消える。まるで天上にいるような気分にさえなってくる。


 かすかに聞こえる手拍子てびょうしは──『島の精霊』の祝福だろう。なんだか、2人を急かしているようにも聞こえるけど。


 その音を聞きながら、ハーフエルフの少女は青年の方に、一歩、進み出る。


「『──生命の源である水の精霊もごらんあれ。私──は、とこしえにこの方を愛することを誓います。雨が大地を流れ、やがて海へと注ぐように、私のすべてはこの方の元へ帰っていくでしょう。この誓いを受け入れることを願います』──」


「……それが、エルフの呪文?」


「そうよ。あなたも言ってみて」


 少女の言葉に青年はうなずき、同じ言葉を繰り返した。


 ハーフエルフの少女は胸に手を当てて、それを聞いていた。


「──お母さんが言っていたの。この呪文を2人で唱えた者は、いかなるかたちであっても、必ず結ばれるんだって。その証拠として、呪文の後に『人魚の歌』が聞こえてくるって──」






「ららら────っ。


 ──地竜はとても優しい竜──民を守りし愛の竜──


 ──邪悪な剣をその身に受けて──一度は魔竜と呼ばれしが──


 ──今は心やすらかに──永久の眠りにつきし竜──」








「「──それ、人魚の歌じゃないよね!?」」


 思わず2人は叫んでいた。


「「海から聞こえてくるにしては声が近すぎるし、そもそも、島のまわりの海に人魚はいなかったし、そもそも地竜って誰!?」」


「──いいえ」


 声が応えた。


「──これは人魚が教えてくれた歌。だから間違いなく『人魚の歌・・・・』だもん」


「そっかー」「じゃあ、間違いないな」


 2人は納得した。


「おしあわせにー」「ありがとうなの」「祝福いたしますわ」


 そう言い残して、精霊の声は消えていった。






 やがて霧が晴れ、残されたのは青年とハーフエルフの少女と──地面にたたきつけられて潰れた『ヒュージクラブ』の残骸ざんがいだけ。なんか殺伐・・とした光景だけど、2人には関係なかった。


 貴族の3男坊とハーフエルフ──彼の家族には認めてもらえない2人を、見えない誰かは祝福してくれた。あれは『島の精霊』に違いない。


 それだけで2人にとっては、十分だったのだ。


「ありがとうございました、精霊さま。地竜さまに人魚さん」


「もう種族の違いなんか気にしません。誰になにを言われても、私たちは仲良く生きていくことを誓います!」


 そう言って2人は砂浜に向かって走り出したのだった。












 ──その近くの木陰では──






「すっごくいい情報をもらいましたね、リタさん」


「エルフの伝説だもんね。絶対確実よね」


「ソーニアちゃんとルーミアちゃんにお願いして、歌も準備するの。霧はセシルちゃん、お願いね」


「任せてくださいアイネさま」


「それで、ここまでナギを誘導するのは……」


「アイネたちだと怪しまれるかもしれないから、レティシアにお願いするの」


「「いい考えです!!」」


「わたくしも参加いたしますの!? いえ、ひとりぼっちは嫌いなのでそれくらい構いませんけれど──あなたがたが愛を語り合ってる間、わたくしはどうすればいいんですの!?」


「「「最後は騎士の娘さんと新米騎士さんですね。行きましょう!」」」


 叫び出すレティシアと共に、セシル、リタ、アイネは次の場所に向かうのだった。












 ──海沿いの岩場にいる、騎士少女と新米騎士視点──








「そこに隠れてて。キミのことは、あたしが守るから」


「いえいえそれは逆じゃないでしょうか!?」


 背の高い騎士の少女は、大剣を手に海岸の方を向いた。


 その後ろで小柄な少年があわあわしている。


 ここは、島の南端にある岩場。


 合流地点の砂浜まであと少しというところで、少女騎士と新米騎士の少年は、敵に追いつかれてしまったのだった。


『……ゲヘァ』『ギヒヒヒッヒ』


「来たね。『海渡うみわたりゴブリン』ども……」


 よろいをまとった騎士少女は、イカダに乗ったゴブリンたちをにらみつけた。










海渡うみわたりゴブリン』




 イカダで海を渡り、漁師などを襲って暮らすゴブリン。


 群れを作り、海賊のまねごとをしている。


 本来は大陸の海沿いを根城ねじろにしているが、数が増えた『ホーンドサーペント』に追われて、無人島までやってきた。








「こいつらのせいで島を脱出できなかったんだ。私とキミの仲を邪魔するなんて許せない!」


「ぼ、ぼくも一緒に戦います!」


「キミはそこにいて。代わりに、あとでごほうびをくれればいいから」


「ごほうび?」


「通販で取り寄せた、フリルたっぷりで可愛い服があるの。ぜひ、キミに着て欲しいな」


「だから、ぼくは男ですって! いつも言ってますよね!!」


 岩場の前で、少年は胸を張った。


 小柄な少年だった。手足も細く、目はぱっちり、まつげも長い。


「どうしていつも女の子の服を着せようとするんですか、あなたは」


「可愛いからに決まってるじゃない」


 騎士の少女は言い切った。


「キミと初めて出会ったとき、私は思ったの。『ああ、この子と一緒にいたら、私は道を踏み外してしまうんだろうな』って。でもいいの。キミが可愛く着飾って、私を『お姉サマ』って呼んでくれたら、私はもうなにもいらない!」


「いえ、ぼくはあなたのお父上に勝って、仲を認めてもらおうと……」


「こんなゆがんだ私は嫌い?」


「……い、いえ。す、すきです……」


「可愛い服を着て、お姉サマって呼んでくれる?」


「…………は、反則です。その泣きそうな顔」


「……呼んで」


「…………お、お姉サマ」


「みなぎってきたぁ──っ!」


 ざんっ。


 騎士の少女は大剣を握りしめ、地面を踏みしめた。


 イカダに乗った『海渡りゴブリン』を前に、不敵な笑みを浮かべる。


「キミがいてくれたら、私はなんにもいらない。いずれ父上にも、あなたがいなければ私はもうダメだってわかってもらう。父上だって、可愛いものは好きだもの。きっと認めてくれる」


「お姉サマ!」


「かかってきなさい『海渡りゴブリン』! あなたと私たち、どっちがゆがんでいるか、命をかけて勝負を──」










「……すいません。私たちの参考にはならないみたいです」


「……うん。ちょっとカテゴリーが違うかな」


「……え? すごく参考になるの。目覚めそうなの」


「……き、危険ですので、手早く終わらせていただきますわ!」








 声がした。


 お姉さま騎士と、新米騎士の少年が振り返ると、岩場の向こうには見慣れない人影。








「発動! 『強制礼節マナーギアス』!!

 はじめましてですわ、『海渡りゴブリン』さんたち。ていねいにご挨拶させていただきます! わたくしは──『島を守護する精霊』ということにしておきましょう。よろしくおねがいいたします!」






 そう言って人影は、ゴブリンに向かって頭を下げた。


 深々と。頭のてっぺんが、ひざの下になるくらい。


 お辞儀と言うより、前屈ぜんくつだった。






『ウガ?』『グボァ』『ギギギ?』


「あ、はい」「これはこれはごていねいに」






『海渡りゴブリン』、お姉さま騎士少女、新米騎士少年も、つられて深々と頭を下げる。人影と同じように、頭のてっぺんがひざの下になるくらいに。






『グボ? ガボガボガボッ!?』『ゴボゴボゴボゴ』『ブババゴホゴホ!?』


「え?」「何の音ですか?」




 彼らには見えないが、海辺では大惨事が起こっていた。


 ゴブリンは背が低い。


 しかも全員、イカダから降りたばかりで、腰まで海水に浸かっている。


 その状態で、ひざの下くらいまで頭を下げたらどうなるか──








『ゴボボボボボボ──ボボ』『グゴ──』『アババババ────』




 海に顔を突っ込んだ『海渡りゴブリン』たちは、口から泡を吐き出していた。




『ゴババ──』『──ブバ』『────グォ』




追撃ついげきです! 『二重詠唱ダブルキャスト』──『水の精霊よ敵の前で壁となれ』、『水壁ウォーター・ウォール×かける2!!」


『『『ボバババババババババ!?』』』




強制礼節マナーギアス』から解放された『海渡りゴブリン』たちを、2枚の水の壁が挟み込んだ。


水の壁ウォーター・ウォール』、下から上に向かって噴き上がる、大きな水流だ。それに挟み込まれたゴブリンたちは、身動きひとつできなくなる。


 ゴブリンたちはさらに口と鼻から水を吸い込んで、ついでに波に足元をすくわれて──




『『『────ゴブゥ』』』




 意識を失ったゴブリンたちは海面を漂い、どこかへ流れていった。


「「…………すごい……」」


 お姉さま騎士少女と新米騎士の少年は、波間に消えゆくゴブリンたちを、ただ見送るばかりだった。






「参考にはならなかったですけど、お幸せにー」


「ちっちゃな子を守ろうとしたあなたに、敬意を表すわね」


「……弟くんに、可愛い服を着せるのって楽しいの……そっか、初めて知ったの」


「愛にはいろんなかたちがあっていいと思いますわ。お幸せになりなさい」






 最後にそう言い残し、人影は消えていった。


 あとには、呆然とする新米騎士少年と、お姉さま騎士少女が残された。


「……今のは」


「『島の精霊さん』が私たちを祝福してくれたのね。すばらしいわ!」


「ポジティブですね、お姉サマ」


「さぁ、みんなと合流しよ。このことを教えてあげないと」


 そう言って新米騎士少年と、お姉さま騎士少女は走り出したのだった。










 ──岩場の陰では──








「あんまり参考にはなりませんでしたね」


「それは違うわセシルちゃん」


「そうなの。互いの見た目の性別を入れ替えることで、新たな発見があるかもしれないの。あの2人は重要なヒントをくれたの」


「なるほどです!」


「男装することでナギとの距離を縮められることは、カトラスちゃんが証明してるものね」


「逆になぁくんに女装してもらうことで、どんなときでも一緒にいられるようにする、って考え方もあるの。女装したなぁくんとなら、毎晩一緒に眠っても違和感がないの」


「さすがアイネさんです」


「この島限定ってことにすれば、ナギも許してくれるはずよ」


 セシル、リタ、アイネは岩場に立ち、沈みゆく夕陽を見つめていた。


「冒険者さんたちも砂浜にたどりついたようです。漁師さんが、船に乗せてあげてます」


「私たちの迎えは1時間後だっけ」


「この島では、たくさんの発見があったの」


 ただ、冒険者たちを助けるためだけに、島を走り回っていたわけじゃない。


 いい雰囲気になれそうな花畑──


 ふたりっきりになれそうな洞窟どうくつ──


 当然、宿泊施設の小屋もチェック済みだ。


「ありがとうございました。レティシアさま」


「レティシアさまがいたから楽に魔物を片付けられたんだもんね。本当に、感謝してるもん」


「さすがは正義の貴族なの。ありがとうなの」


「と、当然のことをしたまでですわ」


 レティシアは照れた顔で胸を張る。


「わたくしは行方不明の冒険者を助けに来ただけですもの。みなさんの希望を叶えたのは……まぁ、ついでのようなものですわ。感謝されるほどのことではありませんわよ」


 照れたように髪をなでるレティシア。


「では、救助も終わったことですし、そろそろ帰り支度をいたしましょう。ギルドにクエスト完了の報告をして、それから漁師さんのところで『無人島旅行』の予約をするのでしょう?」


「そうでした!」


「冒険者さんたちには、私たちは謎存在っぽく見せたから『島に行ったら謎の存在が助けてくれた』でいいわよね」


「島が安全になったってわかれば、船便も再開するはずなの」


「報告はわたくしにお任せなさい。うまくごまかしてみせますわ。あなたたちは、旅の準備をなさい」


 冒険者は助けた、魔物は退治した。


 あとは旅の予約をして、旅の準備をして──ナギが戻ってくるのを待つだけ。


 みんなでどんな旅をすることになるのか、今から楽しみ。


 そんな期待に胸を膨らませる、セシル、リタ、アイネを見ながら、レティシアは笑う。


「……男装。ふむ、ナギさんの反応を見てみたいですわね。親友ですものね。それくらいは当たり前ですわよね……」


 誰にも聞こえないように、ぽつり、と、独り言をつぶやきながら。










 ──そして、助け出された冒険者たちは──








「え? あなたたちも島の精霊に救われたのですか?」


「はい。おかげで……私の子どもも救われました」


「ギルドが救援を送ってくれると思ったけど……その前に片付いちゃったみたいですね」


「人間にあんなこと……できるわけないですから」


「……すばらしい『島の精霊』……」


「戻ったら……この伝説をギルドに伝えなければ……」










 ──数日後。港町イルガファにて──








「お兄ちゃん、聞きましたか? 保養地の側にある無人島のうわさを」


 ここは、港町イルガファの自宅。


『海竜ケルカトル』に会うための準備をしていると、リビングにイリスがやってきた。


「無人島って、僕たちが行く予定の?」


「はい。あの場所に、島を守る精霊が現れたそうです。なんでも、少女のお腹の中にいる子どもを救い、エルフの伝説をよみがえらせ、大量の魔物たちを一掃したとか」


「……すごいなそれは」


 あの島にも竜みたいな超越存在ちょうえつそんざいがいたってことか。びっくりだ。


「そういうものがいるなら、ぜひお会いしたいであります」


「『古代エルフ』のことも知ってるかもです。お話をしてみたいですよぅ」


 カトラスもラフィリアも、目を丸くしてる。


「僕も会うのが楽しみだよ」


「……ですが……無人島の旅は、予約でいっぱいになってしまったそうなのです」


 イリスはがっくりとうなだれた。


「島から脱出してきた冒険者たちがギルドに状況を報告してすぐ、船を扱う漁師さんに、旅の予約が殺到したそうで……すでに半年後まで、船も、宿泊施設も、予約で埋まってしまったらしくて……申し訳ありません。お兄ちゃん」


「いや、イリスのせいじゃないよ。精霊さんに会えないのは残念だけどね」


「そうでありますね」「残念ですぅ……」


 僕とラフィリア、カトラスは肩を落とした。


 その島に行けば伝説を目の当たりにできるんだもんな。予約が殺到するよな。しょうがないか。


「ですので、イリスが別口で、別の無人島の旅を予約しておきました」


「対応早いな!?」


「また予約でいっぱいになってしまっては困りますから」


 イリスはにやりと笑って、続ける。


「昨日のうちに、保養地へ早馬を手配しました。手配したのは少し小さな火山島で、温泉もございます。のんびりできると思いますよ」


「ありがと、イリス」


『島の精霊』に会えないのは残念だけどね。


 セシルもリタ、アイネもレティシアも、よろこんでくれると思う。


「さて、と、じゃあ僕たちは『海竜ケルカトル』への報告に行こうか」


「はい。お兄ちゃん」


「承知なのですぅ。マスター!」


「き、緊張するであります」


 というわけで僕たちは装備を調え、『海竜の聖地』へ向かうことにしたのだった。










 ──その頃、保養地ミシュリラでは──








「うわあああああああん!」


「や、やりすぎちゃったああああああ!」


「……わたくしたちのことはごまかせたのですからいいじゃないですの」


 保養地に戻ったあと、レティシアたちは冒険者ギルドで報告を済ませた。


 レティシアたちが魔物を倒せたのは『島の精霊』の導きのおかげ。自分たちは指示の通りにしただけ、と主張して、受け入れられた。実際のところ、レティシアたちの姿を見たのは、最初に助けた冒険者カップルだけだったからだ。


 それに、冒険者ギルドはすでに『島の精霊』伝説でもちきりだった。先に帰った6人の冒険者たちが熱心に説明していたからだ。恋する6人の熱意ある話に、冒険者ギルドはむちゃくちゃ盛り上がっていた。


 そのため、レティシアたちがクエスト完了の報告を終えるまで、少し時間がかかった。


 そして──終わったころには『無人島旅行』は予約でいっぱい。


 6ヵ月待ち。キャンセル待ちさえも数十人という状況になってしまったのだった。


「「うわああああああああああん」」


「ごろごろ転がるのはおやめなさい。セシルさん、リタさん。わたくしだってがっかりしてるのですわ」


 はぁ、とため息をつくレティシア。


 彼女にとっても、あの3組のカップルは色々と参考になった。


 特に最後の1組は貴重だった。男装をして、ナギとの友情を深めるのは楽しそうだった。もちろん、町中ではできないから、無人島でということになるのだが。


「……わたくしも、やりすぎましたわ……」


 レティシアは頭を抱えた。


 彼女だって年頃の女の子だ。恋に燃える3組のカップルを見て、つい冷静さを失ってしまったのかもしれない。反省するレティシアだったが──


「そういえばアイネはどこに?」


 冒険者ギルドを出たあと「用事があるの」と別行動を取り、そのまま戻ってきていない。


 アイネも落ち込んでいるはずだ。妙なことを考えていなければいいのだけど。


「……アイネのことだから大丈夫でしょう」


「見つけたの! 別の無人島ツアーなの!」


「立ち直りが早すぎですわ!」


 別荘に飛び込んできたアイネは、羊皮紙を握りしめていた。


 そこに書かれていたのは、今回とは別の無人島ツアー。アイネが貯めたお小遣いで、すでに予約してきたらしい。


「本当は、温泉のある島にしたかったんだけど……そこは昨日早馬が来て、もう予約が入っちゃったんだって。こっちの島はその双子の島で、森と湖があるみたい。なぁくんにあとで聞いてみて、だめだったらアイネがキャンセル料を払うの」


「アイネってば、なにがなんでもにナギさんと島に行くつもりですわね」


「……うぅ」


 レティシアの言葉に、アイネの顔が真っ赤になる。


「と、とにかく、今晩なぁくんに転移のお手紙を送って、許可を取るの。いつまでも落ち込んでられないの。セシルさんもリタさんも、準備準備」


 ぱんぱん、と手を叩くアイネ。


 あっという間に立ち直ったセシルとリタは、すぐに準備に取りかかる。


 レティシアはそれを見ながら優しくほほえむ。そして彼女も旅行の準備を開始。アイネは満足そうに、ふっふーん、と鼻歌を歌い出す。


 こうして、おるすばん組の4人による、無人島の大活躍は終わり──




 思いがけなく変更された、別の無人島ツアーが始まることになったのだった。

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