第132話 ブロスの意地

 次々と放たれる魔弾まだん。しかし当たらない。ブロスは止まる事なく突き進む。ラムテージのふところに飛び込むとブロスはニヤリと笑いながら、そして叫びながら剣を振るう。


「オゥラァァァ!!」


「チィッ……!」


 ラムテージは後ろに飛んでかわす。そして反撃しようとするが、ブロスはそれを許さない。一撃目よりもさらに速く横一文字に剣を振り抜く。



 ガイン!



 ブロスの剣は防がれる。ラムテージは腰の剣を抜いたのだ。しかしブロスはそれでも笑う。


「ハッハハハァ! 抜いたなぁ、得物えもの! 余裕がねぇ証拠だぁ!」


 激しく斬り掛かるブロス。ラムテージは防戦一方だ。


(クソッ、どうなってやがる……)


 ラムテージは不思議に思っていた。どうしてこんなにも耐えられるのか? 確かに今日のブロスは動きがいい。先程から放つ魔弾まだんことごとくかわされている。だが全てではない。いくらかは当てているのだ。そしてそのいくらかでも、充分ブロスを地面に転がすくらいの威力はある。やわ・・な攻撃はしていないつもりだ。魔道具は当然装備しているだろう。オートシールドが機能すれば魔弾のダメージをいくらかは軽減出来るはずだ。だとしてもあまりに不可思議、あまりに耐えすぎなのだ。


 一体何故なぜか? 答えは単純つ意外な理由だ。



 やせ我慢。



 ブロスはただただ我慢していたのだ。


 極力当たらないよう気を付ける。普段よりも多く大きく動き的を絞らせない。それでも当たってしまうだろう。しかしひるまない、弱みを見せない、痛がらない、倒れない。


 剣士対魔導師。勝つのは魔導師だろう。魔導師は遠距離から攻撃が出来る。安全圏から相手を倒す事が出来るのだ。そのあまりに理不尽な攻撃をくぐり、剣士が何とか魔導師のふところに飛び込んだとする。そこは剣士の間合い、剣士が制する空間……ではないのだ。魔導師は近距離でも魔法を放つ事が出来る。懐に飛び込んだとしてもカウンターで魔法を食らってしまえば、結局勝つのは魔導師だ。

 剣士対魔導師。それは最初から勝負が決まっている戦いなのだ。剣士は常に魔導師の二歩三歩後ろを歩かなければならない。剣士であるブロスにとってその屈辱的な程の絶対普遍ふへんことわりは、とてもじゃないが肯定こうてい出来るものではない。ある意味足枷あしかせなのである。

 ブロスはその重い重い足枷あしかせに囚われながらずっと戦ってきた。いくら努力しても魔導師には勝てない、そう思い込んで自棄やけになった時もある。しかし今日、この夜、その足枷は砕け散った。


 ルピスだ。


 あの剣士は魔弾を斬った。


 目の前で、絶対に勝てない相手であるはずの、魔導師が放った魔弾を斬った。ルピスはアイロウの魔弾を斬ったのと同時に、ブロスの足枷をも斬ったのだ。あの瞬間、ブロスは解放された。剣士でも魔導師に対抗出来る、その可能性を見せられたからだ。試しにラムテージの魔弾を斬ってみた。しかし斬れなかった。だが落胆はしない。今は斬れない、ただそれだけだ。この先どうかは分からない。


 おうでもテンションが上がる、じっとしていられない、戦いたい、勝ちたい、魔導師に!


 その魔導師が目の前にいる。しかも因縁のある相手だ。今は魔弾を斬れない。だったらとにかく耐えまくって、この魔導師を、ラムテージを斬り捨ててやる!





「オラァァァ!」


 途切れる事のないブロスの攻撃。さすがにまずい、ラムテージはあせる。どうにかしてこの攻撃を止めなければ……そこで気付いた、小さな、小さな違和感。


(そうか……そうだ、効いていない訳はない……!)


 ブロスの踏み込みが弱くなっている。その為に振り下ろす剣の勢いが僅かに削がれている。その事にラムテージは気付いた。それはブロス本人もまだ気付いていない、ほんの僅かな変化だった。しかしラムテージにはそれで充分だった。自分の攻撃は確かにブロスに届いている、そしてブロスはダメージを負っている。そう確信出来たのだから。


「調子に……乗んなコラァァァ!!」


 グッと踏ん張り剣を振り抜くラムテージ。カィン、とブロスの剣を弾く。弱い、軽い、勢いがない!


 剣を弾かれ大きくるブロス。ブロスはそこでようやく気が付いた。自身の攻撃のあつが弱くなっている事に。


(クソッ、やっぱ勢いだけじゃ無理か……)


 僅かにこぼれ出たブロスの弱音。それは無理矢理意識の外側に押しやっていた、蓄積ちくせきしたダメージを認識させるには充分なものだった。途端に身体は重くなる。まるで地面から無数の手が伸びてきて、ブロスの身体を掴み押さえ付けるかのように。軽々振るっていたはずの剣は、まるで剣先が鉛の塊にでもなってしまったかのように、とてつもなく重く感じる。


 明らかに効いている。ブロスはダメージを負っている。形勢は逆転する、ラムテージには勝利のビジョンが見えた。剣を使うか、魔法を使うか、どちらでブロスを仕留めるか。贅沢な悩みである。ラムテージは魔法を選んだ。魔導師であれば当然魔法だろう。


 動きが鈍ったブロス、先程までとは雲泥うんでいの差だ。勝てる、これで仕留める! ラムテージは左手を突き出し魔法を放つを準備する。炎だ、燃えろ、燃えろ燃えろ、燃えてしまえ! ラムテージが今まさに炎の魔法を放とうとしたその時、ビュッ……と左側から何かが飛んできた。ラムテージはそれに気付き、咄嗟とっさに右手の剣を左に向ける。


 キン……


 剣に当たって地面に転がったのはナイフ、小さなナイフだ。左を見ると一人の男。ブロスらの仲間だ。こいつがナイフを投げたのか、俺の戦いに横槍を入れたのか!


「邪魔を……するなぁぁぁ!」


 ラムテージは男に向かって怒鳴った。しかし男は全く動じる事なく、声を張り上げた。


「ブロス! そんなもんか!」


(てめぇ、ユーノルゥ……)


 声の主はユーノルだった。後方にいたユーノルは六番隊の隊員と交戦しながら、ブロスの近くまで流れてきていた。そして目に入ったブロスの危機。戦いながら咄嗟とっさにラムテージへ向けてナイフを投げたのだった。そしてユーノルは戦いながら再びその場を離れてゆく。


(野郎、また俺に向かって投げやがって……ナイフちっと上手くなってんじゃねぇか……?)


 命中率は五分五分、そう話していたユーノルの投げナイフ。この状況で自分に当たったらどうするつもりだったのか?


(ハッ、笑えねぇよ、そんなオチ……でもまぁ、あとで酒くらいはおごってやるぜ!)


 右腕を振り上げるブロス。ユーノルに気を取られていたラムテージは反応が遅れた。


(まずい!!)


 咄嗟とっさにラムテージは魔弾を放とうと構える。この距離ならば外れる事はない、確実に当たる。しかしブロスはそれを覚悟していた。


(いくらかは防げるだろうが、全部は無理だ。しょうがねぇから食らってやる、その代わり……もらうぜぇ、てめぇの命!)


 同時にブロスは読んでいた。燃やしたり爆破したりはしないだろうと。この至近距離で魔法の効果を発動させれば、当然自分も巻き添えになる可能性がある、ラムテージはそう考えるはずだ。ならば単純に魔弾を放つはず、いや、魔弾しかない。それさえ耐えれば勝てる。しかしこれは賭けである。自分の命をベットして、相手の命を手に入れる。そういう乱暴なたぐいの賭けである。


 しかしブロスはその賭けに勝つ。


 目の前で右腕を振り上げるブロス。ラムテージは左手で魔弾を放つ。ブロスの読み通り、ただの魔弾だ。



 ドン!



 ブロスは右脇腹辺りに魔弾を食らった。左手首に光っているブレスレット、魔道具のオートシールドが働いたとはいえ、かなりの衝撃、そして想像以上のダメージ。瞬間、意識が途切れそうになる。しかしブロスは集中、強引に意識を繋ぎ止め、そして笑みを浮かべる。


(ぐぅぅぅ……だが、読み通り……!)


 ブロスは右腕を振り下ろす。ラムテージはブロスの攻撃を防ぐべく右手の剣を頭上に寝せた。


(これを防いだら……次で終わりだぁ!)


 ブロスの剣を防いだら再び魔弾で吹き飛ばしてやる。ラムテージはそう考えた。そしてブロスの右腕は振り下ろされた。



 ブン……!



 くうを斬る音。ラムテージは困惑した。何故なぜだ? 何故ブロスの剣を受け止めた衝撃を感じない?



(な……!?)



 それを見たラムテージは絶句した。振り下ろしたブロスの右手には剣がない、何も握られていなかったのだ。ラムテージは混乱した、状況を把握出来ない。


(何が……起きた?)


「なんて……な」



 ズン!



 ブロスが呟いた瞬間、ラムテージは右脇腹に衝撃と激痛を感じた。


(何……だ……!?)


 下を見ると自身の右脇腹には小さなナイフが突き刺さっていた。


「ブ……ロス……」


 ブロスは剣を持っていなかったのだ。右腕を振り上げた時、ブロスは握っていた剣を自身の背後に落とした。つまりブロスは剣を持たず、ただ右腕を振り下ろしただけだったのだ。代わりに左手にはユーノルの投げたナイフを握っていた。ラムテージがユーノルに気を取られ視線を外した一瞬の隙を付き、ブロスは足元に転がっていたナイフを拾っていたのだ。全てはブロスの作戦通り、ラムテージはまんまと騙された。

 ブロスはラムテージが持つ剣を奪う。そしてその剣をラムテージの胸の真ん中に突き刺した。ラムテージは自身の剣で胸を貫かれたのだ。


「まぁこれで……貸し借りなしって事に……しといてやるよ……」


 ようやく終わった。ホッとしたのと同時に意識が遠のき、ブロスはその場に倒れた。それくらい、ラムテージの一撃は強烈だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る