第83話 八方塞がり

「おし、んじゃ話を進めようぜぇ。これからの事だが、やはり北支部と合流すんのがいいんじゃねぇか、って思ってるんだが……」


 ゼルは場の中心となり今後の展開を話し始める。リガロが裏切ったのではないか、というカディールの発言により、金夜亭きんやていの地下室は微妙な空気に包まれていた。しかしその事については、現状何もやれることがないというのも皆理解している。故にこの場にいる者達は、無理矢理にでも頭を切り替えようと必死だった。


「だが問題が一つ。ここに着いてすぐ北に使いを送ったんだが、どうやら北も交戦中のようでよ、攻め込まれて、その後は膠着こうちゃく状態らしい。タイミングを考えると始まりの家への襲撃とリンクしてるっぽくてなぁ、同時攻撃だったんだろうと思う。とは言え、負けはしねぇだろう。ボーツ支部にはゼンじぃがいる、元一番隊マスターが守ってんだ、そうそう抜かれることはねぇ。支部長のシスカーナも優秀だしな。てな訳で俺としては早々にボーツに入って支部の連中と合流、その後一気にエクスウェル派のリスエット支部を攻撃し陥落、北に拠点を作りてえんだが……」


 ゼルはチラリとエイナの表情を確認する。エイナは左手で頬杖ほおづえをつき、目の前に広げられた手書きの地図を睨むように眺めている。右手の指はその地図の上でトントトン、と踊っている。エイナが策を考える時のいつものスタイルだ。ちなみに地図が手書きなのは、金夜亭きんやていの周辺でちょうど良い地図が手に入らなかった為、エイナに頼まれたデームが描いたのだ。もう一つちなみに、その地図の出来映えはそこらで売っているものと遜色そんしょくがないレベルである。


「どうもその案に対し、何つうか……歯切れの悪いヤツがいてなぁ。エイナ、何が引っ掛かってんのか、お前の考えを話してくれ」


「ええ、いいわ。デーム、地図持ってちょうだい」


 エイナは険しい表情のまま立ち上がる。


「私たちには今、るべき地がないわ。バウカーのバカ兄弟にまんまとしてやられて、始まりの家を追い出されたからよ。そんな私達が拠点を欲しがるのは当然、そしてすぐに手に入れられそうな拠点は北。ましてや交戦中となれば尚更、ゼルの言う通りすぐにでも北へ向かわなければいけないのだろうけれど……どうにも引っ掛かるのよね。最初からこうなるように仕向けられていたような……」


「仕向けられて、って……エイナ、それってどういう……?」


 ライエはエイナに問う。


「臭うのよ。ラテールの臭いが、プンプンとね。これ、ラテールの策だと思うのよ」


「うう……ラテール……」


 ライエは思わず顔をしかめる。


「ライエ、相変わらずラテールが苦手みたいね?」


 エイナはクスリと笑いながらライエに問い掛ける。


「だって……無表情で何考えてるか分かんないし、結構キツイ作戦提案してきたり……」


「フフ……でも優秀なのよ、それは分かるでしょう? 出来るだけ少ない動きで最大の成果を得ようとする、無駄を嫌うタイプなのよ。それも極端にね。その為に一見無茶な作戦を立案したりするけれど、実行不可能な作戦は出さないわ。で、今のこの流れ、ラテールが考えたとすればなるほど、色々と合点がてんがいくのよ」


 話ながらエイナは、地図を持って立っているデームの横へ移動する。


「そうね……二手……うん、二手で私達を北へ追い出す・・・・事が出来るわ。

 まず一手、西支部が始まりの家へ、北のリスエット支部が同じく北のボーツ支部へそれぞれ攻撃を開始。そして私達は始まりの家を追われ、ボーツ支部へ向かう。

 そして二手目、西支部と始まりの家、そして始まりの家と東支部とのそれぞれの間にいくつか拠点を設け、そこに団員を置く。これは支部のような規模の大きなものでなくていいわ。西との間には西支部の者を置けばいいし、東との間には……そうね、ボーツ支部を攻撃中のリスエット支部の連中を引っ張ってくれば事足りるわね。そうする事で、西から始まりの家、そして東のプルーム支部を一本の線で結ぶ防衛ラインが完成するわ」


 エイナは地図を指でスゥ~、となぞりながら説明する。


「そうして北へと追い出された・・・・・・私達が始まりの家を奪還だっかんすべく攻撃を始めると、周辺の拠点から援軍が出て来て包囲され潰される。そうなると迂闊うかつに中央へ進む事が出来なくなるわ。恐らくラテールはそういう絵を描いたのだと思うのよ。私達を北へ押し込め自由を奪う策。そうなればエクスウェル達はやりたい放題、何でも出来るわね。

 とは言え、ゼルの言う通り拠点も必要よ。今はもちろん、今後の事を考えてもね。でも同時に今後の事を考えると、北へ行くべきではないのよ」


「ふむ……これでは八方塞がりではないか?」


 じっと二人の話を聞いていたカディールは静かに口を開いた。


「そうだカディール、この件に関しちゃエイナとかなり話し合ったが、結局結論が出なかった。まさに八方塞がりだ。なもんでよ、いっそ皆に話して一緒に考えてもらおうかと思ってなぁ。こんだけ人数がいりゃあ、いい案が出るかも知れねぇしな」


 ゼルの言葉を聞いたカディールはスッ、と立ち上がる。


「なるほど、我らの行く末を決める重要な岐路きろ、と言う訳だな。いや、むしろ良くその決断をしたと誉めてやろう。これだけの重大ごとを勝手に決められ、挙げ句失敗しました、では皆納得がいかないだろうからな。良かろう、皆で存分に知恵を出し合おうではないか」


「何でお前いちいち偉そうなんだよ……」


 カディールの言葉を皮切りに、地下室に集まった団員達は各々おのおの意見を出し合い始めた。やがて自然とグループが出来て、グループディスカッションのような形となった。

 その様子を地下室の隅に座っている俺は、懐かしさを感じながら眺めていた。やったなぁ、こういうの、高校とか大学で。でもこんな感じで上も下もなく意見交換出来るのは、この陣営のいい所ではないだろうか。一方的なトップダウンばかりではいずれ上手くいかなくなるだろう。適度なボトムアップも当然必要だ。


 うん、どうだろうか? 賢い感じするだろう? こう見えて、そこそこ出来る子なのだ。


 皆の話し合いを眺めていた俺にする~っ、と近付いて来る者がいる。デームだ。


「どうですかコウさん、いい案はありませんか?」


「え、俺? いや、そう言われてもなぁ……エイナさんにも言ったけど、こういうの素人だし……」


「はい、マスターエイナから聞いてます。でも同時に参謀としての適正もありそうだ、とも聞いてます。何でもいいんですよ、誰のどんな意見が突破口になるか分かりませんから」


「う~ん……」


 そこまで言うなら考えてみようか。とは言え、取っ掛かりがない……うん、こういう時は目標とする所から逆算して考えてみればいい。と、以前読んだ何かの本に書いてあった気がする。

 目標はゼルがジョーカーの団長になることだ。その為に邪魔なのはエクスウェル。エクスウェルを倒さなければ、ゼルが団長になる事はない。エクスウェルを倒すには……ん?

 ……エクスウェルを倒したとして、その下にいる団員達の処遇しょぐうはどうなるんだ? それこそ始まりの家を襲撃した西の連中……ゼルが団長になったら、彼らをどうするつもりなんだろう。今回の襲撃では犠牲者が出ている。それをキレイに忘れて、一緒にガンバろう、ってなるんだろうか?


「……デーム、ゼルが団長になったらさ、エクスウェルに付いてた団員達ってどうなるの? 過去は忘れて一緒にやるの?」


「それは……ゼルさん次第というか……まぁ、そういう者もいるでしょう。全員を排除してしまったら、さすがにジョーカーの運営が人員的に難しくなるでしょうし……」


「じゃあさ、西支部の連中は?」


「それもやはりゼルさん次第ですが……心情的には難しいですよね。それはこちらばかりではなく、向こうもそうでしょう。今回の襲撃では双方に犠牲者が出ていますから。個人的な気持ちを言えば、西の連中は全員追放して欲しいと思いますよ」


 なるほど……だったら現状では極端な話、西支部はないものと考えていいんじゃないだろうか? となると……


「……西支部、破壊しちゃえばいいんじゃない?」


 突拍子もない案だろう、と自分でも思う。現にデームはきょとんとしている。


「あの……破壊……ですか?」


「そう、支部の建物ごとボーン! って。建物潰す訳だから支部としては機能しなくなるけど……でも、そうすればさっきエイナさんが言ってた防衛ラインも作れなくなるでしょ? それにやられっぱなしってものよくないだろうから、これで少しはさも晴らせるんじゃない? 問題があるとすれば、ゼルが嫌いな不意討ちになる、ってとこかな」


「……コウさん!」


 考え込むように話を聞いていたデームは突然大きな声を上げた。


「はい! ……何?」


 するとガシッ、と俺の腕を掴むデーム。そしてグイグイと引っ張る。


「何!? ちょっと、デーム?」


「今の話、マスターエイナとゼルさんにも聞かせてください! マスター! ちょっと良いですか!」


「ちょ……デーム! 分かったから、立つから! デーム!」


 俺はデームに引きずられるように連れていかれた。

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