第84話 歓喜の戦略中毒者

「いける……いけるわ、これ!」


 西支部をまるごと吹き飛ばそう、という乱暴かつ突拍子もない俺の案を聞いたエイナは、しばし地図を睨んでいたが急に立ち上がり声を上げた。


「いや……いやいや、ちょっと待って……それだけじゃなくて……」


 再びエイナは地図を睨み付ける。


「あの、エイナさん?」


 と、呼び掛ける俺の声はまるで聞こえていないようだ。


「ムリだぜぇ、コウ。コイツがこんななっちまったら、周りの声なんか届きゃしねぇ。すっかり入っちまった・・・・・・からなぁ。

 しっかしお前、とんでもねぇ事考えるなぁ……支部を吹き飛ばすなんてよ、ジョーカーの人間には頭をよぎりもしないだろうぜ」


「いや、単なる思いつきなんだけど、まさかこんなに食い付きがいいとは……」


 しかしながら……目の前のこれ・・……一体誰だ?


 エイナは地図を睨み付けながらぶつぶつと何やら呟いている。右手の指はトントトン、トントトン、とせわしなく地図を叩き、息は荒く目は血走り……え、何で半笑い? 普段のりんとした感じとは程遠い姿のエイナ。何かこう……ちょっと引く……


 そんな俺の様子に気付いたカディールが話し掛けてきた。


「ふむ、コウとやら、この状態のエイナを見るのは初めてか? 気持ちは分かるぞ、衝撃的だろう。この女が裏で何と呼ばれているか知っているか? 戦略ストラテジー中毒ホリックだ。厳しい状況の時程どうやって突破するか、あれこれ考えるのがたまらなく楽しいそうだ。そして今のように、それを打破するきっかけが生まれればもう止まらなくなる。生粋きっすいの参謀、というやつだな。まぁ、一流の人間というのはどこか壊れた所があるという事だ」


 戦略ストラテジー中毒ホリック……


「エイナ、これさえなければきっとモテるのに……」


 ライエが不憫ふびんそうに呟いた。


 …………


「これ……」


 不意にエイナが呟く。


「んん? 何だ?」


 ゼルが聞き返すとエイナはバッ、と立ち上がり、グイッ、と両手でゼルの胸ぐらを掴む。


「おい! 何だってんだ……」


「解決する……」


「はぁ?」


「今抱えている問題……全部解決するわ……」


「おい、エイナ……そりゃあ一体……おわっ!」


 掴んでいたゼルをドン、と突き放したエイナは、くるっ、と俺の方を向く。


「コウ!」


 と叫んだかと思いきや、エイナはガバッ、と俺に抱きついてきた。


「!! 何!? エイナさん!?」


「コウ! スゴいわ! よくあんなアイディア出てきたわね! あなたのおかげで全て解決するわ!」


 ギュ~ッ、とされて色々と柔らかい感触が伝わってくる。おおぉ……いやいや、ダメダメ、皆見てる。ここは自然に、紳士的に……


「あ、あ~、そう? それはよかったよ、役に立てたようで……」


「ちょっと待って……」


 と言うとエイナは俺の両肩を掴みバッ、と俺の身体を引き離す。


「……本当に出来るの?」


「へ? 何が?」


「支部の破壊よ。よくよく考えたら、それが出来なければこの作戦成り立たないのよ? 本当に出来るの?」


「ああ、問題ないよ。支部の規模は……始まりの家くらい? まぁ、一発で全部壊せなくても、二発、三発と繰り返せばいいだけだし……」


「ゼル?」


 エイナはゼルに問い掛ける。


「まぁ、そのくらいの事は出来るだろうなぁ。何より本人がそう言ってるんだ、大丈夫だろうぜぇ。くだらねぇ嘘つくようなヤツじゃねぇよ。それより……コウ、お前……いいのか?」


 ゼルの言葉を聞いて俺はすぐに察した。ああ、これはあれだ、ゼルがまた変な気を回しているのだ、と。

 この男、雑で適当、部屋も汚いしどうしようもないおっさんだが、変な所で気が回るのだ。まぁ、これでも一隊を預かる立場だからな、周囲の状況や部下の心情など機微きびを見逃さないよう、この男なりに気を付けているのかも知れない。そう考えると、実はなかなかいい上司なのではないだろうか? けど、俺は俺でそれなりの覚悟を持ってここにいるのだ。


「ゼル。俺は俺の意思でここにいる。この案だって思いつきとは言え、言ったからには当然やれる、っていう前提で話してる。大体、エリノスで何人殺したと思ってるの? 今さらでしょ、変な気回すなよ。それよりこの案、これ完全な不意討ちなんだけど、その辺どうなの? やれるの?」


 俺の言葉に一瞬きょとんとした顔を見せるゼル。しかしすぐに笑い出す。


「ふ……はは、はっはっは! そうか……そうだな、修行終えたばかりのルーキーにそこまで言われちゃあなぁ……こっちも腹くくるしかねぇわな! 四の五の言ってる場合じゃねぇってのは分かってる、好きだ嫌いだは後回しだ! 不意討ちだろうが何だろうが、やってやろうじゃねぇか!」


「……何かよく分からないけど、出来るのならそれでいいわ。皆集まって! 早く!!」


 何事か? と驚きながら皆エイナのテーブルに集まってくる。エイナは目の前に広げられた地図を、指でなぞりながら作戦の説明を始めた。



 ◇◇◇



「どうかしら? 西支部を潰し、北へ向かう事なく、始まりの家まで奪還できる……現状、これ以上の策なんてないわ」


 おおお……と、エイナの作戦を聞いた団員達からうなり声が上がる。そんな中、腕を組みながら作戦を聞いていたカディールが口を開く。


「ふむ、しかしな……果たして連中、乗ってくるか?」


「絶対乗ってくるわ。と言うより乗らざるを得ないのよ、バウカー兄弟はね」


 エイナは力強く答えた。カディールはその言葉にどこか確信めいたものを感じた。


「ふむ……ま、良いだろう。お前がそう言うのなら、そうなのであろう。」


「あら、信頼されているのね、嬉しいわ。私はあんたを毛ほども信用してないのだけれども……」


 エイナはカディールに冷たい視線を送る。


「ぬぅぅ……まだあの時の事を根に持っているのか。心の狭い女だ……」


 あの時、とは当然始まりの家を脱出する時の事だ。


「デーム! マッシュポテトもらってきて!」


「分かった分かった! 何度も謝罪したであろうが! まったく……」


「異論がないならこの作戦で行くわ、皆いいわね?」


「「「 おおー! 」」」


 一同が揃って力強く声を上げる。


「じゃあ参謀部、集まって! 行軍スケジュールを組むわ。ゼルとカディール、部隊を二つに分けるから編成してちょうだい。ビーリー、全て決まったら必要な物資を算出して。手配もあなたに任せるわ。あ、馬と馬車、忘れないで。それから――」


 エイナが指示を飛ばす中、ゼルは静かな笑みを浮かべていた。


(ようやく反撃だ、甘ちゃんの一撃は痛ぇぞ、耐えられんのかよ? エクスウェル!)

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