第82話 疑念の種
時間を少し巻き戻そう。
ゾーダがユージスに
ゼルはおもむろに立ち上がり、皆の顔を見回して話し始める。
「さて、それじゃ始めようぜぇ。まだ消息が掴めねえヤツもいるが……」
そう、リガロの事だ。
結局リガロは
「その前に
「何だぁ、カディール?」
「ふむ……ここで話す必要はないかも知れんが……いやしかし、話しておかなければどうにも気持ちが悪いのでな」
「何だよ? いいぜぇ、話しな」
「これは確証のある話ではない。それに、この話で気分を害する者もいると思うが……」
「じれってぇな、前置きはいい、話せよ」
「うむ……始まりの家の襲撃、西の連中を手引きしたのは三番隊のリガロなのではないか?」
カディールのこの言葉で場は驚きに包まれた。ホルツやライエなど、
一瞬の沈黙、そしてざわめき。最初に声を上げたのはホルツだった。
「おいカディールさん、何話してるか分かってんのか? 言っていい事と悪い事があるぜぇ。リガロが
ホルツはカディールを睨みながら、
「そうだよカディールさん、いくらこの場にリガロがいないからって……」
「待て待て」
カディールは慌てた様子で口を挟む。
「前置きした通り確証はない。気を悪くしたのなら謝罪しよう。だが、まったく根拠がないという訳でもないのだ」
「……んじゃ、その根拠ってのを聞かせてもらおうぜぇ?」
ゼルの言葉で皆がカディールに注目する。
「うむ、襲撃の三日程前だ。四番隊の宿舎のすぐ脇に林があるであろう? あの林は外から見えるよりも案外深くてな、
私は、ここで何をしている? と聞いた。
リガロは、
本来一番隊が行うはずの敷地内の見回りをしているのか、
私は、手伝おうか? と聞いた。
リガロは、もう終わったので大丈夫だ、と答えた。
そうしてリガロは林の中を本部棟の方向に去っていった。その時は何も感じなかったが、
林の中は薄暗く足元も悪い。塀に沿って北か西、どちらかにもう少し進めば林の中を歩かないで済む。なぜわざわざあの場所で? と疑問に思ったのだ。そしてその疑問は襲撃のあった日に疑惑に変わった。
ひょっとしたらリガロはあの日、西の連中の侵入を手引きする為に、林の奥の塀に何か細工をしていたのではないか? という疑惑だ。
西の連中はあの林の中から現れたそうだな。ホルツよ、お前はそれを見ていたのだろう?」
襲撃の日、ホルツは林の中から西支部の団員達が、次々と飛び出してくるのを目撃していた。
「……ああ、確かに連中はあの林の中から出てきた。でもよ、それだけでリガロが裏切ったってのは……
じゃあ、何でリガロは俺達を攻撃しなかったんだ? 始まりの家を脱出する時、あいつは
「ふむ……裏切ったとは言え、さすがに仲間を殺す気にはなれなかったのか……その程度の情は残っていたのかも知れんな。
まぁいずれにしてもだ、何度も言うが確証があるわけではない。あくまで疑惑だ。しかしな、今回の襲撃で少なからず犠牲者が出た。これが本当にリガロが手引きして起こった事だったら……お前達はリガロを許せるのか?」
皆一様に押し黙る。
「この場で言わなくてもいい事だったのかも知れん。だが、言わずにはいられなかった。リガロが裏切り者だったとして、その可能性に気付いてなかったら、また同じようにしてやられるかも知れん。また同じように犠牲者が出るかも知れん。そう考えたらな、言わずにはいられなかったのだ」
誰も口を開かない。それはそうだろう、誰だって仲間を疑いたくはない。だが本当にリガロが裏切り者だったら……
「ま、こればっかりはなぁ……」
沈黙の中ゼルが口を開く。
「現段階では確認のしようがねぇ。アイツを疑いたくはないねぇが、カディールの話も分かる。だからよ、これはひとまず
「無論、異議はない」
「おし、んじゃ話を進めようぜぇ。これからの事だが――」
ゼルは何事もなかったかのように話し始める。が、当然この場にいる者達の中には、モヤモヤとしたものが残っただろう。言わば〈
ひょっとしたら
ある意味呪いのようなこの種は、彼らの心の中で芽生え、根付いて、疑心暗鬼を花粉のように撒き散らしながら、少しずつ成長し彼らを
そんな中、早くもホルツはその種に振り回される。ホルツはとある違和感を感じたのだ。それは、ブロスが静かすぎる、という違和感だ。いつものブロスならばすぐに声を上げ、怒鳴り散らしながらカディールに噛み付くはずだ。だが今日のブロスは不自然な程静かなのだ。そんなブロスの姿を見たホルツは思った。ブロスは最初からリガロを疑っていたのではないか、と。
今までゼルの元、一枚岩で活動してきた三番隊にピシピシと亀裂が入って行くような、そんな不安と寂しさをホルツは感じていた。
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