第81話 同胞狩り

「いたぞ! 向こうだ!」


「追え! 絶対逃がすな!」


「ハァ、ハァ……」


 男は路地から路地へ移動しながら走る。途中、大通りに出て人混みに紛れようとしたが思いのほか追っ手の数が多く、大きな通りや街の出入り口はしっかりと監視されていた。


「ハァ、ハァ、ハァ……くそ……」


 角を曲がった先は高いへい、行き止まりだった。男はそのへいをよじ登ろうと試みる。


「野郎! 逃がすか!」


 しかしえなく追っ手に足を掴まれ引きずり下ろされる。


「っらぁぁ!!」


 それでも男は腰の剣を抜き、振り回しながら抵抗を続ける。本来ならこんな連中に遅れをとる事はない。六対一という状況を踏まえてもだ。が、すでに息は切れ、足も疲労から震えている。こんな状態ではさすがにす術がない。


「くそっ……!」


 男は首筋に剣を突き付けられ、そのまま拘束される。


「捕らえたか?」


 背後からやって来る一人の男。その男を見るや、拘束された男は噛み付かんばかりの勢いで怒鳴る。


「てめぇ、ブレング! すっかりエクスウェルの犬だなぁ、ああ? 楽しいか? そうだろうよ! くそっ! てめぇみてぇなポッと出に……くそっ!!」


「サリオム。俺が好きでこんな事やってると思うか? エラグニウスから逃げたあんたらが悪い。脱出時、一体何人死んだと思ってる?」


「はぁ? 俺達の責任だって言うのか? ふざけんな! そもそも出し抜かれたエクスウェルの責任だろうが!!」


「……とにかくプルームへ連行する。連れていけ」


 サリオムはきながら連行される。その様子をブレングはじっと眺めていた。


あとは……ゾーダか」



 ◇◇◇



 大陸東、エイレイ王国の国境を越え中央へと向かう荷馬車。決して大きくはない荷台には様々な品が積まれており、その荷馬車を守るように三騎の騎馬が追従している。ちょうど山脈の切れ目を抜け中央の平野に出ようかというその時、前方から六騎の騎馬が向かってくる。騎乗している者は皆武装しており、明らかに商人のたぐいではない。荷馬車を操る御者ぎょしゃと護衛の三人に緊張が走る。


「おい、止まれ」


 先頭を走る騎馬の男は馬の足を緩め、荷馬車に止まるよう命じる。荷馬車はゆっくりと速度を落とし停止する。男は馬から降り荷馬車に近付く。


「何ですか?」


 荷馬車の御者ぎょしゃは馬を降りた男に問い掛ける。


「悪いな、人を探している。ゾーダ・ビネールという人物だ、ジョーカーの二番隊マスターなんだが……」


「ジョーカー?」


 御者ぎょしゃは顔をしかめ明らかな不快感を示す。しかし男は気にしていないようだ。


「心当たりは?」


「ありませんよ。あなた達もジョーカーなんですか?」


「そうだが……まぁいい。荷を改めさせてもらう」


 そう言って男は仲間達に馬から降りるよう指示を出す。しかし御者ぎょしゃはそれに応じない。


「ちょっと待ってください、国軍こくぐんでもないあなた達にそんな事をされるいわれはないし、私達もそれに応じる義理はありませんよ」


 御者ぎょしゃの言葉を聞いた三人の護衛は、男達の前に立ちはだかる。そして護衛の一人が前に出て男達と睨み合う。


「だとよ、ジョーカーの兄さんがた。ま、確かにもっともな理屈だわな。いくらジョーカーだからって、何でも許される訳じゃねぇ。諦めて帰んな」


「おい、調子に乗んなよ、下手したてに出てりゃつけ上がりやがって……」


 先頭の男は話ながら剣を抜く。すると一番後ろ、騎乗したままの男が


「待て! 剣を納めろ!」


 と一喝。しかし、剣を抜いた男は気が収まらない。


「しかし隊長、それでは……」


「くどい! 剣をしまえ!」


 男は渋々剣をさやに納める。


「済まなかった商人さん、こっちも必死でね。もしどこかでゾーダという男を見かけたら、アルマドかエイレイにあるプルームの支部に知らせてくれないか?」


「……分かりました」


「ああ、ありがとう。では道中気を付けてな。行くぞ!」


 男達は馬に乗り東へ駆けていった。





「隊長! なんだってあんなに下手したてに出る必要があるんですか? この稼業、ナメられたら終わりでしょう?」


 剣を抜き商人達にすごんだ男はいまだ納得が出来ない。馬を駆りながら隊長に詰め寄っていた。


「バカ野郎、これ以上ジョーカーの悪評を振りいてどうするよ。しかも相手は商人、あそこを通ってるという事は東と取引があるという事だ。あいつらの横の繋がりはバカに出来ない。これから東側で商売しようってのに、東側と取引のある商人に悪い印象を与えたら、すぐにそれが広まって向こうじゃ相手にされなくなるぞ?」


「だからって……」


「忘れろ! それよりゾーダだ。ひょっとしたらとっくに東を離れちまったのかもな……エラグニウスであれだけの犠牲が出たんだ、あいつだけは許せねぇ」



 ◇◇◇



「兄さん、もういいぞ?」


 荷馬車の荷台に向かい話し掛ける護衛の男。荷台のほろから恐る恐る顔を覗かせたのは、ゾーダだった。


「やれやれ、エイレイを出てからこれで三度目だぜ? 兄さん何やったんだ? というか、ジョーカーに何があったんだ?」


「……度々たびたび済まない。ちょっとゴタゴタがあってな、気付けばというか、案の定というか……すっかりお尋ね者になってしまった」


 ゾーダは伏し目がちに、申し訳なさそうに話す。


「ゴタゴタったって、あんたマスターだろ? それがこんな狙われるなんて……いくらなんでも普通じゃないだろ?」


「…………」


 下を向き無言のゾーダ。すると御者ぎょしゃがゾーダに声を掛ける。


「今のジョーカーは色々おかしいみたいですからね、何があっても不思議ではないと思いますが……エクスウェルですか?」


「そうだ……」


 ゾーダは静かに話し出した。エクスウェルが画策したエラグ王国クーデター未遂事件の顛末てんまつを。





 クーデターを起こした夜、エクスウェルの指示を受けゾーダとサリオムは部隊をまとめエラグニウス城へと向かった。城の敷地に入りいざ城内へ、という所でエラグ軍に城をぐるりと取り囲まれている事に気付いた。しかもその中にジョーカー南支部の団員達の姿も確認。なぜジョーカーがエラグ軍と共に行動しているのか? いまいち状況が理解出来なかったが、はっきりと分かった事が一つだけあった。


 自分達は騙されている。


 誰に? という所までは分からない。指示を伝えに来たビー・レイなのか、指示を出したとされるエクスウェルなのか、それともエラグか……

 しかし城に呼ばれたそのタイミングで、沈黙しているはずのエラグ軍が動いたのだ。偶然とは思えない。ゾーダとサリオムはすぐに脱出を決意、包囲が緩そうだった城の西側を突破し、そのまま夜通し駆け続けエラグを出たのだった。





「クーデター……そんな事が……」


 護衛の男は言葉を失った。


「俺は部下の命に責任を負っている。あんな所で死なせる訳にはいかなかった。だが結果、仲間を見捨てて逃げたのには違いない。追われて当然、だな……」


 自虐的に呟くゾーダは、この時点ではまだ気付いていなかった。エラグを出たあとの判断と行動によって、自分とサリオムの運命が変わったことを。

 ゾーダはすぐにプルームを離れる決断をした。二番隊の部下達にバラバラに移動する事を指示、そして大陸中央、ミラネル王国の王都ミラネリッテでの合流を約束したのだ。ゾーダはエクスウェルという男の事をよく理解していた。どんな理由であれ、裏切り者は決して許さないということを。ゆえにエラグを脱出したその時点で、エクスウェルの元を離れるつもりでいたのだ。

 対してサリオムは、どこかエクスウェルを甘く見ていた。その為すぐに東を離れる事はせず、プルーム周辺の街に潜伏しエクスウェルの様子を伺うという判断をした。事情を説明すればまた元に戻れる、漠然ばくぜんとそんな事を考えていたのだ。

 しかしゾーダの考えの通り、エクスウェルは甘くなかった。プルームに逃げ戻ったエクスウェルは、すぐにゾーダとサリオムを捕らえる指示を出す。撤退時のラテールの言葉を鵜呑うのみにしたのだ。二番隊と五番隊がいれば、クーデター計画はこのまま続行出来たかも知れない、との言葉を。

 のちにゾーダは潜伏先のミラネリッテで、サリオムがプルームにて処刑されたとの報を耳にする事となる。


「しかしなぁ……どうします、ユージスの旦那? ルート変えますか? 北回りか、南回りか……このまままっすぐミラネルを目指すとなると、あと何回ジョーカーと出くわすか分かりませんぜ?」


 護衛の男は御者台ぎょしゃだいに座るユージスに確認する。


「そうですね……」


 ユージスは馬を操りながら考える。


「いや、最短で行きましょう。リスクはありますけど、時間を掛けたくありません。お互いに、ですよね?」


 ユージスはゾーダに問い掛ける。


「ああ、済まない、恩に着る。本来だったら道中の街で取引しながら移動するんだろうが……予定を変えさせて申し訳ない。ミラネリッテに着いたら、必ず礼をさせてもらう。取引の損失分も含めてな。ロイ商会、だったな? 必ず……」


 神妙な面持ちで話すゾーダに、ユージスは笑いながら答える。


「ははは、はい。楽しみに待ってますよ。ところで、このあとはどうするんです? やはりゼルさんの所に行くんですか?」


 ユージスのこの言葉にゾーダは驚いた。


「ユージスさん、ゼルを知っているのか?」


「はい、以前少しだけ。もし、ゼルさんの所に行くとして、そこにコウさんという人がいたら、よろしく伝えてもらえませんか?」


「コウ……か?」


「はい、私の……いえ、ロイ商会の恩人なんです。ひょっとしたら、ゼルさんと一緒にいるかも知れませんので」


「分かった。ゼルの所へ行くかどうかは分からないが、コウという人物に会ったら必ず伝えよう」


「よろしくお願いしますよ」


 荷馬車はミラネルへ向かい進む。

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