第187話 女子会の財布

「あぁ、来た来た。ライエェ! こっちだ!!」


 アルマド、とあるパブ。ガヤガヤと賑やかな店内は多くの客達の楽しそうな笑い声に包まれている。酒が入れば自然と声も大きくなるものだ。しかしその声は他の誰よりも大きかった。ゆえに周りの客達は反射的に店の入り口に目をやるのだ。


(そんな叫ばなくても聞こえるっての……)


 にわかに客達の視線が集まる中、ライエは恥ずかしさで少しばかり身を小さくしながら店の奥へと進む。



 ◇◇◇



「さてさて、三人揃った事だし始めようじゃあないか」


 そう言うとベルーナはグラスを前に突き出す。するとエイナは「何言ってるの。あなた待ちきれなくて一人で始めてたじゃない」と呆れる様に話す。「え、ひど……」とベルーナを見るライエ。


「ハハハハハ、細かい事は良いじゃあないか。ささ、グラス持って! はい、カンパ~イ!!」


 チンチンと、二人とグラスを合わせるベルーナ。そしてグイッとグラスを傾け「……ぶっはぁ~! さぁ飲もうじゃあないか!」と声を上げた。



 ◇◇◇



 しばし飲み食いし良い具合に酔いが回ってきた頃、ベルーナはトンとテーブルにグラスを置くとおもむろに口を開く。


「さてと……ではそろそろ、今回の定期女子会の本題に入ろうじゃないか」


本題ふぉんだい?」とモゴモゴと肉を頬張ほおばりながら聞き返すライエ。するとベルーナは「やれやれ、何をすっとぼけているのやら……」と肩をすくめる。そしてビッとライエ指差しながら「君の事に決まっているじゃあないか」と一言。ライエは眉をひそめながら「あたしが……何?」と更に聞き返す。ニヤリと笑うベルーナ、高らかに宣言する。



「それではこれより、ライエヘタレ裁判を開廷しよう!!」



「「 ……はぁ? 」」と声を揃えるエイナとライエ。「ベルーナ、あなたまたライエをからかって遊ぶつもりね?」と呆れるエイナ。しかしベルーナは「いやいや裁判長、ライエ被告にはヘタレ容疑が掛けられているのです!!」とあくまで裁判のていを通すつもりだ。当然ライエは怒りの声を上げる。


「ちょっとベルーナ!! どうゆう事よ!? 大体……」


 しかしそんなライエの怒りを無視してエイナは静かに告げた。


「ギルティ」


「……はぁぁ!? ちょ……エイナまで……何言ってんの!!」


「ライエ被告がヘタレなのは今に始まった事ではないわ。よって有罪、ギルティ、真っ黒。はいこれで結審けっしんね」


 どうやらエイナは裁判ごっこに付き合うのが面倒臭かった様だ。早々に閉廷しようとする裁判長。しかしベルーナは「いやいやいや裁判長、それだけではないのですよ。ライエ被告には同時にストーカー容疑も掛けられているのです!!」と更なる容疑を告発した。


「ストーカーって……あんたいい加減にしなさいよ!!」


 怒鳴るライエを制する様に右の手のひらをライエに向けるベルーナ。


「まぁ待ちたまえ、ずは聞こうじゃあないか。ライエ君、君は四日前の昼頃、南地区にいたね?」


「四日前って…………や……それは別に…………いないもん……」


 と、明らかに何かを思い出したライエ。


「そしてカフェでくつろぐコウの姿を、通りの向かい側の路地から顔だけ出してずっと眺めていた。そうだね?」


「は……はぁ!? ななな何言っちゃってんの!? そんな事、すす……するはず……そもそも南地区には……」


「弁解の余地はないのだよ!! あの完璧なストーキングを目の当たりにしていた目撃者がいるからねぇ!! まぁ私なんだが」


「んな!? 何で……それはあの……」


 恥ずかしそうに、そしてバツが悪そうにモゴモゴと口ごもるライエ。「えぇ……? それはさすがに……」とエイナは明らかに引いている様子。「違うよエイナ! そうゆうんじゃなくて……」とライエは慌てて取りつくろうが、しかしエイナは「確かにゼルはコウを見てろと言っていたけれども、そういう意味では……」と眉間にシワを寄せている。


「違うよ! そうじゃないの! 違うんだよぉぉぉ!!」



 ◇◇◇



 アルマド、とあるパブ。ガヤガヤと賑やかな店内は多くの客達の楽しそうな笑い声に包まれている。そんな店の片隅の小さなテーブルに、差し向かいで座る二人の男。カチン、とグラスを合わせるとそれぞれグイッと酒をあおる。


「二人だけで飲むのも久し振りじゃねぇか?」


「まぁな。でもこれからはその機会ももっと減るだろうさ。お互い部隊を率いる立場になったんだ、顔を合わせる事すら少なくなる」


「ああ。何ヵ月も始まりの家に帰らねぇ、なんて事もざらにあるだろうからな」


「んでホルツ、五番隊はどうなんだ?」


「どうもこうもねぇよ、致命的に人が足りねぇ。取りえず明日から、周辺の街でも回って隊員を集めてこようかと考えてる。募集出して待ってるだけじゃらちが明かねぇしな。その点、そっちは楽そうじゃねぇかよ、ブロス?」


「まぁお前に比べりゃあな。ぼちぼち依頼も受けられそうだ」


「ハッ、順調そうで何よりだよクソッタレ」


「おいおい、俺に当たるんじゃねぇよ」



 ◇◇◇



 しばし飲み食いし良い具合に酔いが回ってくると、自然と議論も白熱してくる。


「だからよ! 何とか引き留めるすべはねぇのかよ!」


「無茶言うなよホルツ。去る者追わずってのがジョーカーだろ。そもそもアイツはジョーカーでもねぇしよ」


「でもよ! コウはもう身内みたいなもんで……」


「△#☆※◎□!!」


「言いてぇ事は分かる。だがそれを強制する訳には……」


「□%○&▲#!!」


「ともかく……」


「$#▲◎☆◇!!」


「うるっせぇなぁ……どこのバカが騒いでんだ? 話進まねぇだろ」


 あまりの騒がしさに話の腰を折られまくる二人。たまらずホルツは椅子から少し身を浮かし、一体どこのテーブルがうるさいのかと伸び上がる様に周りを見回す。


「全くだ。周りの迷惑ってもんを考えろって話だぜ」


 ブロスも身体をよじり背後を見回す。




「違うよ! そうじゃないの! 違うんだよぉぉぉ!!」




「「 ………… 」」


 無言でスッと姿勢を戻す二人。そして身を低くすると下を向いたまま小声で密談する。


「あ~……ホルツよぅ。差し当たって早急に手を打たなきゃならねぇ問題が発生してるんだが……?」


「おう奇遇だな、俺も同じ意見だ。取り返しが付かなくなる前に何とかしようぜ。取りえずテーブルのもん片付けてすぐにこの店出るぞ、んで他の店で飲み直そうぜ。頼んだ料理はこれで全部だろ?」



「そんなに急ぐ必要はないだろう? ゆっくりしてゆきたまえよ」



「そうはいかねぇよ。アイツら俺達の事をていのいい財布ぐらいにしか考えてねぇからな、一体いくらむしり取られるか分かったもんじゃねぇ。俺は過去に何度もやられてるしよ。エゲツねぇぜ、アイツらは。前後不覚になるまで飲まされて、気付けば全額お支払だ。大体……」


「おいホルツ……」


「何だよ」


「今の言葉は俺じゃねぇ。加えて言えばもう手遅れだ……」


「は? 手遅れって……うっ!?」


 視線を上げてようやくホルツは気付いた。自分達のテーブルのすぐ横に誰かが立っている事を。そしてそれは二人にとって最悪の存在であるという事を。


「つれないねぇ君達。いるなら声くらい掛けてくれても良いと思うんだがねぇ」


 そこに立っていたのは不気味な笑みを浮かべるベルーナだった。そしてベルーナはすぐさま給仕きゅうじの女を捕まえると「お姉さん! 彼等のテーブルの品を私達のテーブルへ運んでくれないか!」と二人が合流するむねを伝える。


「いや……いやいやいや! 俺達はもう行くからよ! 女同士積もる話もあるだろうしよ! 邪魔しちゃ悪ぃしな! な、ブロス? な!」



 ◇◇◇



「あなた達もこの店にいたのね」


 エイナはクイッとグラスを傾ける。


「本当だよ、声掛けてよね」


 ライエもクイッとグラスを傾ける。


「さぁさぁ、愉快な仲間も増えた事だし、パッと飲み直そうじゃあないか!」


 ベルーナはグイッとグラスを空ける。強引に同席させられた男二人はただただ項垂うなだれるだけだった。



 ◇◇◇



「何だいホルツ、君達もその話をしていたのかい?」


「おう、て事はベルーナさん達もか。どうにかしてコウを引き留められねぇかって話してたんだが、でもブロスは反対だっつってよ」


「反対なんかしてねぇよ。てかそもそも反対も賛成もねぇって話だ」


 そう言うとブロスはグラスを持ちグイッとミードを流し込む。


「ふぅ……アイツが納得した上で残るってんなら何の文句も面倒もねぇ。だがなぁ……」


 視線を落としブロスは思い出す。あの日聞いた嘘の様な秘密の話を。


(違う世界から来たなんて……な)


 そして視線を上げると意を決する様に口を開く。


「俺はな、アイツは他所よそに行った方がいいと思うぜ」


何故なぜそう思うんだい? よもやコウの事が嫌いだからとか、そんな子供じみた理由ではないだろうねぇ?」


 ジロリとブロスを見るベルーナ。ブロスに言葉の真意を問いただす。


「そんなんじゃねぇよ。南でアイツと話をした。というか話を聞いた。アイツはどデカい秘密を抱えている。問題と、そう言い換えてもいい」


 秘密。ブロスの口から出たその言葉を聞いたライエは、思わずムッとした表情を浮かべた。


「……あたし、聞いてないけど? 何であんただけ……」


「むくれんなよ、話をしたのはたまたまだ。お陰で俺は要らねぇ荷物を背負わされた気分だがな」


「その問題はジョーカーに居ちゃ解決出来ねぇ問題なのか?」


「いいやホルツ……恐らくだ、そもそもが解決なんて出来ねぇ、それくらい厄介な問題なんだよ。解決ってよりそれをどう受け入れるか、落とし所を探す必要があるって感じか。どう飲み込み、どう消化し、それとどう向き合うか。その作業の果てにジョーカーを選ぶってんなら俺は何の異論もねぇ。だがこのまま引き留めるのは違う気がする。ジョーカーだけの事を考えるんなら残ってもらった方が良いだろうよ。だがな、アイツの事を考えるんなら……アイツはここに居ちゃあいけねぇ。そう思う」


 漂う沈黙。誰も何も話さない。いや、話せない。ブロスの言葉で気付かされたのだ、自分達が如何いかに勝手に物事を考えていたのかという事を。苦笑いしながら、ようやくベルーナは重たそうに口を開いた。


「まさか……ブロスにたしなめられるとは思わなかったねぇ……」


 するとホルツも頭をガシガシときながら「全くだ……いくら事情を知らないとは言え、ちっと勝手に考え過ぎてたな……」と反省した様に呟いた。しかしエイナは一人「なるほど……合点がいったわ」と得心とくしんした様子を見せる。その言葉に疑問を感じたブロスは「あん? 何がだよ」と問い掛ける。


「あなた、嫌いな人間はとことん嫌いってタイプでしょ? そしてコウとは仲が良くなかった。でもライエの奪還作戦で南から戻ってきてから、急にコウに対して理解を示す様になったわ。彼の秘密を共有したから……て事ね。彼の抱えている問題に同情でもしたのかしら?」


 エイナの問い掛けに少しばかり考え込むブロス。そして言葉を選ぶ様に返答する。


「まぁ……同情心がないと言えば嘘になる。アイツは嫌がるだろうがな。仮に俺がその立場になったらどうするか……まるで想像がつかねぇ。それくらいアイツの置かれている状況は重い……そんな中でアイツは良くやってるぜ、不安もあるだろうによ」


 ブロスが他者に対してこんなにも気を遣う事は珍しい。ベルーナはそんなブロスの様子を興味深く感じた。そして同時に、それ以上に興味深い事柄も浮かんでくる。


「なるほどねぇ。しかしそうなると、そのコウの秘密ってやつが気になるねぇ」


 しかしブロスはそんなベルーナの言葉を一蹴いっしゅうする。


「ハッ、言える訳ねぇだろ、他人が勝手に話して良いたぐいのもんじゃねぇ。気になるなら直接聞けよ。まぁアイツもバカじゃねぇ、ホイホイ話すとは思えねぇが……いだっ!?」


 バシッとブロスの肩に突然の衝撃。隣に座るライエがブロスの肩をパンチしたのだ。


「何すんだよ!」


「……何かムカつく」


「はぁ? お前何言って……いてっ! てめぇグーパン止め……痛ぇっての!!」


 ムスッとした顔で二度三度とブロスの肩を殴るライエ。そんな様子にベルーナはどこか微笑ましさを感じた。


(フフ……自分の知らないコウを知っているブロスに嫉妬かい? 全く可愛いねぇ)


 ブロスは肩をさすりながら「チッ……」と舌打ちをする。そして気を取り直すと改めてライエに話し掛ける。


「まぁアレだライエ。お前はよ、アイツと話しとくべきなんじゃねぇか? この中で唯一ワガママを言える立場にあると思うぜ。アイツが旅立った所で別に今生こんじょうの別れって訳じゃねぇがよ、でも次に会えるのなんていつになるか分かんねぇぜ?」


 そう話すとおもむろにブロスは席を立つ。「どこ行くんだ?」と問い掛けるホルツに「トイレだ」と答えブロスはテーブルを離れる。


「何であたしだけ……ワガママってそんな…………ちょっとあんた達、何その顔?」


 ライエは嫌らしくニタァと笑うホルツとベルーナの視線に気付いた。


「いやいや、ブロス君も中々良い事を言うじゃあないか。確かに確かに、ライエにはままを言う権利がある! だろう、ホルツ?」


「おうベルーナさん、その通りだ。コウの都合は取り敢えず置いといてよ、残って欲しい、ついて行きてぇって、伝えりゃいいじゃねぇかライエ、お前の気持ちをよ?」


「な!? 何で……何であたしがそんな……そんなのおかしいでしょ……残って欲しいのはさ、皆だって同じはずでさ……それに、ついて行きたいなんて……」


 このに及んでモゴモゴと反論するライエ。その様子に思わずため息が漏れるベルーナはひどく呆れた様に呟いた。


「はぁぁ、やれやれだねぇ……まだそんな事を言うのかい、このポンコツむすめは……」


「ポン……!?」


 エイナは驚いた様子でライエの顔をまじまじと見ている。


「本当に隠し通せていると思っていたのかしら……だとしたら驚異的なにぶさよね」


にぶ……!?」


「なぁライエよぅ」


 極め付けにホルツはとうとうライエに真実を打ち明ける。


「そんなん今更だ、お前がコウに惚れてる事なんて皆知ってるぜ?」




「な!? な……なななな……な、何言ってんのぉぉぉ!? 皆って……皆って何!?」




「皆は皆だよ。少なくともここにいる奴は全員知ってるし……デームはよ、静かに見守ってあげるのが一番だ、とか言ってたし……ゼンじぃなんかはよ、なんか甘酸っぱくてこそばい・・・・わい、ダッハハハって笑って……」




「あ……ああ、ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」




 あまりの恥ずかしさにライエは思わず立ち上がり、ホルツの話をさえぎる様に叫び声を上げた。周りの客達は一体何事か? と真っ赤になっているライエに視線を送る。ベルーナはすっかり呆れきって逆に感心さえしそうな程だ。


「これは驚いたねぇ……どうやら本当に気付かれてないと思っていたようだ。ホルツよりにぶちんがいるとは思わなかったよ……」


「全くだわ。ポンコツ振りもここまでくるといっそ清々すがすがしいわね。ところでベルーナ……ブロス遅いと思わない?」


「そう言われると確かに。男の癖に随分と長いじゃあ……んん? エイナ……あれ……」


 ベルーナはある事に気付きブロスの席を指差す。ブロスが座っていたテーブルには数枚の銀貨が無造作に散らばっていた。その金を見てエイナはピンときた。


「これはアレね……逃げたわね」


「ハハハハハッ、エイナもそう思うかい? さすがは三番隊のマスターじゃあないか、傭兵としては正解だ。素晴らしい危機管理能力だねぇ。しかもその程度の金じゃあ全然足りないときた。それに比べて、ホルツはやっぱりにぶちんという事かねぇ……」


 どこか得意げに、そしてさとす様に、いや、まるで説教でもしているかのごとく、気持ち良さそうにライエと話をしているホルツ。にぶちんだ何だと普段は何かと責められる事が多いホルツにとって、酒の力も働き今ばかりはまさに至福の心地ここちを味わっていた。しかしよもや、仲間に売られたとは微塵みじんも気付いていない。


「まぁ良いじゃない。財布は一つあれば十分でしょ?」


 さらりと言ってのけるエイナ。そしてクイッと酒を飲む。そんなエイナの姿にベルーナは思わず笑ってしまった。


「……プッ、アハハハハッ! いやいやエイナ、やっぱり君も傭兵だねぇ。確かに財布は一つで十分さ。さてさてそれじゃあ……ゆっくりたっぷり飲もうじゃあないか!」


 エイナとベルーナの目がキラリと光る中、ホルツにやられっぱなしのライエは「ううぅぅぅ……」と真っ赤になりながらただただうなっていた。

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