第186話 幕間 視線
(お、いい天気……)
三番隊の宿舎から外へ出る。雲一つない晴天、
「おぉい、どいてくれぇ」と背後からの声。「ああ、悪い」と俺は道を空ける。
宿舎からは両手に荷物を抱えた三番隊の隊員が次々と出てくる。ある者は右へ、ある者は左へ。と思えば、荷物を持ち宿舎へ入る者達の姿。
今度は目の前を大荷物を積んだ荷馬車が横切る。この奥にあるのは四番隊と五番隊の宿舎。恐らくあれは五番隊の宿舎に運び入れる荷物なのだろう。更に遠く右手、街に面している南門もひっきりなしに人や荷馬車が行き交っている様子を
(何か……忙しそ……)
ジョーカー本拠、始まりの家はバタついていた。ゼルが団長に就任しあちこちで大幅な人員異動が行われたからだ。番号付きの隊を異動する者、支部へ赴任する者、支部から始まりの家へ来る者等々。また、態勢が整った隊や支部は順次依頼の受け付けも始めるそうだ。賊討伐や施設警備、商隊の護衛や戦争・紛争への介入等、すでに各地で続々と依頼が飛び込んできているとか。
(さて……何しようか……?)
暇だ。特にやる事がない。
ジョーカー内の人員異動に伴い、いつもツルんでいたメンバーも何やら忙しそうなのだ。ゼルは言わずもがな、エイナさんやデームといった参謀部の連中も執務室に
バタバタと
(ん~…………)
取り
当初、当然の事ながら始まりの家はこの話題で持ちきりとなった。しかし直接手を下したのはゼルだとの話が広まると、皆自然と口をつぐむ様になった。ビーリーと仲が良かったゼルの気持ちを
ビーリーが捕えられたのと同時に、情報を外へと流す方法も特定された。ビーリーが情報を外へ送る際は、始まりの家の出入り業者であるコム商会を利用していたのだ。ビーリーは自身の出身をアウル共和国だと偽っていた。そしてアウル共和国にいる両親へ仕送りをするという名目で、入手した情報をコム商会の早馬に運ばせていたのだ。そしてコム商会はその事実を知らなかった、利用されていただけなのだ。始まりの家へ良く出入りしており、ビーリーとも付き合いの長かったコム商会のベトンは、ジョーカー諜報部の調査を受け初めてその事実を知る。ベトンは
アウル共和国の届け先には老夫婦が住んでいた。が、実際の所彼らは夫婦でもなければビーリーの両親でもない。リザーブルの工作員だ。始まりの家から届けられた情報は第三国を経由してリザーブルへと流されていたのだ。
片足がないから、という事なのだろう。リザーブルから
(けど……なぁ……)
裏切り者とは言え、必要な事とは言え、仲の良かった同僚をその手に掛けなければならなかったゼルの心境、一体どんなものだったのだろうか。仮に自分がゼルの立場だったら、果たして同じ事が出来るだろうか……
(……ん?)
ふと気付くと、そこは四番隊の宿舎の前だった。このまま進むと五番隊の宿舎、そしてその先は北門だ。
(いかんいかん……)
俺は足を止める。北門を出て東へ少し進むと、大小様々な岩が転がっている荒野がある。俺が良く魔法の修行を行っていた場所だ。全く無意識にその荒野を目指して歩いていた様だ。
(全く、習慣ってのは……)
プルームからアルマドへ戻る道中、俺は少し自分の今までというものを振り返ってみた。この世界に飛ばされ、ラスカでの修行、オークの襲撃、エス・エリテでの修行、ハイガルド王国の侵攻、そしてジョーカーの抗争……そして気付いた。これ、働きすぎでは?
そして決めた。アルマドに戻ったらゆっくりしよう、と。
アルマドはジョーカーと共に発展してきた歴史ある街だ。情緒ある石畳にレンガや石造りの家、何代にも渡って街の人々に愛されている名店の数々、街の南東にある高台から絶景……そんな魅力溢れる古都アルマドを、俺は何も楽しんでいないのだ。どうせ急ぐ旅でもない、ゆっくりとアルマド観光でもしながら旅の準備をしても良い。うん、それが良い、そうしよう。と、そう決めたのだ。にも関わらず何を俺は修行場へ行こうとしているのか……
俺はくるりと
(……ん? あの木の陰、何か動いた様な……)
気になった俺は気配を感じた木に近付く。が、何もない。気のせいか?
(ま、いいや)
◇◇◇
翌日。今日は午前中から東地区をぶらついている。狭い通りに入り組んだ路地。東地区は特に古い建物が多い。アルマドという街はこの東地区から西と南に広がって大きくなったのだそうだ。つまりは旧市街と言えよう。なのでアルマドの中でも特に雰囲気と
適当に歩いていると噴水のある広場に出た。広場にはいくつもの屋台が並んでいる。と、その内の一つから何とも香ばしい匂いが漂ってきた。誘われる様に屋台を覗くと、そこに並んでいたのは炭火で炙られた串刺しの肉。こういう屋台の料理って何でこんなに旨そうに見えるのだろうか。まぁ、当然一本お買い上げだ。何の肉なのか屋台の親父に尋ねると「アッシュボアだ、旨いぞ」と笑顔の返答。アッシュボア……確か前にどこかで食べた気が……ともあれ一口。
(うおっ!? 何これ、うまっ!)
表面はカリッと香ばしく、しかし中は柔らかジューシー。噛む程に溢れ出る濃厚な肉汁が口の中一杯に広がって、何て言うかもう……うまぁっ!
(!)
不意に背後から感じる視線。誰かに見られている。反射的にバッと振り返った。が、特に何もない。こちらを見ている者もいなければ、怪しそうな者もいない。
(……おかしいな?)
◇◇◇
更に翌日。
(やれやれ……イラッとするくらい無駄に天気が良いねぇ)
本部棟での用事を済ませ、足早に始まりの家を後にするベルーナ。何しろ今日は忙しい。工作部の作業場には仕事が山積みなのだ。
(さて、戻ったら
ぶつぶつと
(おやぁ……あれ……コウじゃあないか。ふむ……そろそろ昼か。工作部に戻る前にコウとランチってのも良いねぇ。そのまま夜の約束でも取り付けて……んで夜になったら適当な店に行って……んでしこたま飲ませて私の部屋にでも……)
(んんん?)
前方の細い路地。建物の壁にピッタリと身体を張り付け、路地から少しだけ顔を覗かせ、カフェの様子を
(はぁぁ……全くどうしてこうあの娘はそっち方面ポンコツなのかねぇ……)
ベルーナは全身の力が抜ける様な脱力感に襲われる。眉間にシワを寄せ、険しい顔でカフェを監視するその不審者もまた、彼女が良く見知った顔だったのだ。
(確かにゼルはコウの事を見ておけと言ったがねぇ……そういう事じゃあないだろう、ライエ……)
何だかバカバカしくなったベルーナ。カフェへは寄らず、ライエを迂回する様に道を変え工作部に戻るのだった。
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