第28話 5ヶ国会談 2
「五ヶ国……同盟……」
フェンは想定外の提案に言葉を失った。タルクとビエントも同様に驚きを隠せないでいる。
(ふはは、そらまぁそういう反応になろうて……)
ソロンは皆の反応を見て楽しくなった。無論、単にその反応を楽しんでいるというだけではない。この会談のイニシアティブをしっかりと取れているからである。
「今のこの現状、すでに各国の手に余るものになっているのではないか? オルスニアもそうだ。何も掴めず、ただただ時間だけが過ぎて行く……何よりあのオークの襲撃、果たしてあれで終わりだろうか?」
「また襲ってくると……!?」
ビエントは思わず声を上げた。
「特にカウムにとっては厳しい話と思うが、最悪の事態というのも想定しておく必要があると考える。あれで終わりではなく、あれが始まりだったとしたら? どこに現れるか分からない敵に対し、その時が来たら貴国らは一体どのように対応するのか? いや、そもそも対応など出来るのか? 連携するべきだ、と私は考える。もちろん集まったとしても何が出来るのか、現時点でははっきりした事は一つも言えない。だが各国バラバラに対応するよりも、はるかに
「同盟軍……」
「タルク殿、今何と?」
ポツリと呟いたタルクにソロンが聞き直す。
「あ~……例えばですよ、同盟が
「ほぅほぅ……確かにそれは有用ですな、素晴らしいご提案かと。しかしながらタルク殿、いささか気が早くはありませんかな?」
ニッコリと微笑むソロン。してやったり、なのである。サンクルースの国際的状況を考えればそのような提案があるかも知れない、と想定していたのだ。
「あぁ……これは失礼をば……いやいやしかし、良いご提案ではありませんか、五ヶ国同盟……いやいや、素晴らしい……」
同盟案をひたすら称賛するタルク。ソロンの読み通り、サンクルースにとってはまさに渡りに船、と喜べる事情があった。
「確かに、素晴らしい案だ」
オルバは腕を組み感心したように賛同する。
「安全保障面だけではない。同盟国同士ならば物や人もより流れやすくなる。無論、情報もだ。うむ、素晴らしい……実に素晴らしい! さすがはドクトル殿。魔法方面だけではなく政治家としても非凡な才をお持ちとは……エイレイとしてはぜひ前向きに検討したい」
「そんなに持ち上げられると恥ずかしいな」
苦笑いするレイシィ。
(こやつ……下手じゃのぅ……)
ソロンはオルバのあからさまな
(正直
ソロンの
(何を白々しい……)
エイレイはオルスニアの同盟国だ。
(しかし確かにこの同盟、魅力的ではある……)
「オルバ殿、貴殿の仰る通り!」
タルクは再び目を輝かせて話し出す。
「この同盟には相当な価値がありますぞ。経済的にも軍事的にも各国の結び付きが強まれば、我らは確実に今以上の成長を遂げる事が出来ます。将来的には単なる同盟ではなく、何というかこう……共同体……とでも言いましょうか、同盟国全体の利益を考えるような……」
「ふぁっはっは、タルク殿はこの提案を随分と気に入られたようですな」
ソロンは口髭をさわりながら大笑いした。
「ああ、これはたびたび申し訳ない……」
「いやいやとんでもない、謝罪など不要ですぞ? ビエント殿はいかがですかな?」
ソロンは一点を見つめたまま考え込んでいるビエントに尋ねた。
「確かに、各国バラバラの対応では限界があるように思う。それに……
「おぉ、それはそれは……何よりのご返答ですな」
「……確かに魅力的なご提案です」
しばし無言だったフェンが口を開く。
「おぉ、フェン殿! ではヒルマスも……」
「ただし!」
フェンは突如声を張り上げる。
「……一つだけ条件があります。カウムのオーク自治領の視察です」
「な……フェン殿! 貴殿はまだ……!」
ビエントは怒りの声を上げる。
「……
オーク自治領の視察。これは我が国が同盟の議論を始める為に、必要不可欠な事柄なのです。いかがでしょうか、ビエント殿?」
ビエントの顔からはすでに怒りの色は消えていた。
「そういう事なら突っぱねる訳にはいきませんな。視察の件、いいご返答が出来るよう早急に調整させていただく」
「では!」
ソロンは立ち上がり、パンッ、と手を叩く。
「この件は皆さん、一旦持ち帰りいただき存分にご検討していただきたい。そうですな……三ヶ月後。再びお集まりいただき、それぞれのご返答を確認する、という所でいかがですかな?」
◇◇◇
会談は終了し、各国代表者は控え室に帰り始める。が、一人だけテーブルから動かない男がいる。カウムのビエントだ。五ヶ国同盟。いかにしてこの同盟に参加するか、そこに考えを巡らせていた。
タルクの話していた通り、ビエントにもこの同盟の価値は相当なものだとの認識がある。絶対に乗り遅れてはならない。しかし問題がある。カウム国王だ。
王の気性を考えるとカウムが疑われていたと知れば、疑いの目を向けた国に圧力を掛けろ、ぐらいの事は言いそうだった。
いかに王を説得しオーク自治領視察の許可を取り付けるか、国内世論も同盟受け入れの方向に導かなければならない。
仮にカウムがこの話を蹴れば、あとの四ヶ国で同盟が締結されるだろう。そうなればカウムの存在感が薄れてしまう。それどころか外交情勢が変化した場合には、最悪四ヶ国を相手にして戦わなければならない、という事態にもなりかねない。
「随分と集中しておられますな。お帰りにならないので?」
タルクだ。
「いやいや、実に充実した建設的な会談でしたな。五ヶ国同盟、素晴らしい案です。さすがはドクトル・レイシィですな。私も急ぎ国に戻り、何としても議会の承認を取り付けなければ。お互い、この流れに乗り遅れる訳にはいきませんな」
ビエントは不審に思った。先程の会談でタルクは同盟軍などと言っていた。異様なほど前のめりなのだ。ひょっとしたら……と、ビエントは鎌をかけてみる。
「北方は相変わらず騒がしいのですか?」
ビエントのこの言葉にタルクの表情は一瞬堅くなったが、すぐに元のにこやかな顔に戻った。
「いやいや、さすがはビエント殿、ご存知でしたか。本当、うっとうしい連中でして……大した数ではないのですぐに蹴散らせるのですが、どういう訳か定期的にちょっかいをかけてくるんですよ。同盟軍が組織されその一部でも国境付近の警備に手を貸してもらえれば、連中も少しはおとなしくなるんですがねぇ」
やはり北との問題だった。
数年前まで交戦状態だったサンクルースが、突如としてカウムとの講和に舵を切ったのはサンクルースの北方、グレル連邦国がサンクルースを狙い始めたからだと言われていた。タルクはああ言っているが、グレルの圧力はかなり強いのだろう。
「次回の会談ではお互い良い答えを提示出来るよう、存分に努力いたしましょう。それでは……」
そう言い残しタルクは会議室を後にする。
カウム国王の性格を良く知っているタルクは、わざわざ釘を刺しに戻ってきたのだった。サンクルースとしても、隣国であるカウムが味方である方が当然良いに決まっている。
しかしやはりビエントは、タルクの口からすぐに出てきた同盟軍という言葉が気になった。ビエントは推測する。恐らくタルクは以前から似たような案を検討していたのではないか、オルスニア辺りと手を組み、サンクルース・オルスニア・エイレイの三ヶ国同盟、といった所を画策していたのではないか、と。魔法技術が高いオルスニアと、軍事力に優れたエイレイを後ろ楯に、グレルを押し返す。いやそれどころか、その状態のまま再びカウムと事を構える、ぐらいの事は考えていたのかも知れない。
(ふん、油断できない男だ)
ビエントは席を立ち控え室に戻る。
◇◇◇
この会談から半年後、オルスニア城にてとある調印式が執り行われた。
その調印式とは大陸東側では珍しい、実に五ヶ国による同盟締結の調印式だ。この同盟はこの地方を指す名称からエルバーナ大同盟と名付けられた。
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