第27話 5カ国会談 1

「ソロン様、各国の皆様、会議室に入られました」


「そうか。警備はどうじゃい?」


「はい、万端です」


「ふむ、頼むぞい、リアーム」


「お任せを」


「よし、じゃあレイシィや、そろそろ行こうかい?」


「ああ、行こうか」


 控え室を出るソロンとレイシィ。騎士団が警備する長い廊下を歩き、そして大きな扉の前。


 オルス城、大会議室。


 普段は国内の関係者が集まり会議や会合の為に使う部屋だが、王が各国の使者との面会や会談の為に使う事もあり、内装や調度品などはかなり豪華な物になっている。


 扉を開ける直前、


「エイレイが上手く合わせてくれればいいんだがのぅ……」


 ソロンは小声で呟いた。同盟国であるエイレイには全て話してある。


 扉を開け会議室に入ると中には仏頂面をした男が四人、すでに席に着いている。各国の代表者だ。


「いやいや、お待たせをした」


 そう言いながら席に着こうとしたソロンの視界に一人の男の姿が入る。同盟国エイレイの外務大臣オルバだ。事情を全て知っていながら、しかし知らない振りをして他の三人と同じように難しい顔をしている。ソロンにはそれがとても滑稽こっけいに見えて、思わず吹き出しそうになったが、ぐっとこらえた。そんなソロンの様子に気付いたオルバは、一瞬ばつ・・が悪そうな表情を見せたが、すぐに周りに合わせ眉間にシワを寄せた。


「さて、それでは始めましょうかの」


「始めるのは結構だが、こういう形の会談ならば事前に伝えていただきたかったですな。こちらとしては一対一だと思っておったのだが?」


 会談をスタートさせようとしたソロンをさえぎったのは、ヒルマスの外交部長官、フェンだ。


「あぁ、これは申し訳ない。しかし、こうでもせんとこの面子めんつそろう事などありませんからなぁ。どうか、お許し下され」


「……まぁ、よろしいでしょう。聞きたい事を聞きたい相手に直接聞ける訳ですし。進めて下さい」


「では改めて……本日はお忙しい中お集まりいただき、かたじけない。まずはお互い何者なのかを確認した方がよろしいですかな? わしは皆さんとお会いしておるが、初めて会う者同士もおるようですしの」


 そう言ってソロンはオルバに目をやる。オルバはその意図をみ話し出す。


「エイレイ王国外務大臣、オルバ・リア・ミーンだ。よろしくお願いする」


「……ヒルマス王国外交部長官、フェン・メントです……」


「私はサンクルース連邦外務大臣、タルク・ウォーキーと申します。お見知りおきを……」


「カウム王国外務大臣、ビエント・シルだ」


 ビエントが名乗るとフェンはビエントに冷たい視線を向ける。ビエントはそれに気付いたようだが、相手にする事なくジッと前を見ている。


「オルスニアからはわしと、隣に座っとる宮廷魔導師長が参加させていただきますぞ」


「オルスニア王国、宮廷魔導師長のレイシィだ」


 なぜドクトル・レイシィが? という疑問が一同の頭によぎったが、誰も何も言わなかった。彼女程の実力者が出席するからには、相応の理由があるのだろうと思ったからだ。


「さて、本日お集まりいただいたのは他でもない、例のオークの一件ですじゃ。すでにご存知かと思うが、この五ヶ国はいずれもオークの集団に襲撃され被害をこうむった。我らオルスニアはこの件を独自に色々調べて回ったんじゃが、恥ずかしながら大した情報を掴めませんでな。それならば被害を受けた国同士集まり情報交換でもしたらどうかと、ま、そんな訳ですな」


「う~む……」


 タルクは腕を組み話し始める。


「我らサンクルースも襲撃直後からあれこれ探ってはおりましたが、ほとんど何も出てこない。我が国の情報収集能力の低さを嘆きつつも、もはや体裁ていさいを考えている場合ではありません。何か掴んだ国があるならば、ぜひ教えていただきたい」


「それは我らとて同じだ」


 オルバが同調する。


「自ら情報を探りつつ、オルスニアと情報のすり合わせをしようとしたが、そもそも情報自体がまるで上がってこない」


「……どこも同じという事ですね」


 フェンも話し出す。


「……そもそも今回の一件、不可解な事だらけです。あのオークはどこからやって来たのか? あれだけの数のオークが移動すれば、絶対にどこかの警備網に引っ掛かるはず……しかし、どこからも報告が上がっていない。あり得ません」


 フェンはチラリとビエントを見る。


「時にビエント殿、オークの自治領はいかがですか?」


「いかが、とは?」


 ビエントは前を見据えたまま答えた。


「オーク達はどうなっているのか、と聞いているのです」


「いつもと変わらない。何が言いたいのか?」


「ふむ……では分かるように伺いましょう。私は貴国カウムが自治領のオークをけしかけた、と見ているのですが?」


 その言葉を聞いたビエントの顔は、みるみる怒りの表情に変わっていく。この面子めんつでの会談と知り、当然覚悟はしていた。疑われているのだろうと。しかしいざ面と向かって追及されると、こんなにも腹立たしいものなのか。


 ドン! とテーブルを叩くビエント。ギロリと周りを睨みながら、今まで抑えていたものを全て吐き出すかのような勢いで話し出す。


「はっきりと言っておく! この中で一番大きな被害を受けたのは我らカウムだ! 王都の半分が焼失したのだぞ! 数万の国民の命が奪われ、経済的損失も計り知れない! いっその事遷都せんとしてはどうか、などという馬鹿げた論調まで出てくる始末。この一件、自治領のオークが引き起こした事態ならば、とっくに軍を送り自治領を制圧している! 我らも被害者であり、自治領のオークも無関係だ!」


 ビエントの主張に納得のいかないフェン。


「どうでしょうな。確かに貴国の王都ビルデバは大きな被害を受けた。しかしそれは不慮の出来事だった、という可能性もある。我々を攻撃するようけしかけ、一部のオークが反乱を起こし王都を襲った……あり得る話ではありませんか? 聞けば過去には随分とオーク達を締め付け・・・・ていたようですな。貴国から迫害を受けていたオーク達が蜂起ほうきした、という見方だって出来る。それに……」


「貴様ぁ……どこまで侮辱するか!!」


 怒りを抑えられないビエントは怒鳴りながらその場に立ち上がる。話をさえぎられたフェンも思わず熱くなり声を荒げる。


「それに! 貴国とサンクルースとのいくさではオーク兵を動員していたではないか! 経済的援助を餌にオークを戦場に引っ張り出した!」


「違う! 彼らは志願したのだ! 自治領を与えているとはいえ彼らもカウム国民、国の危機に自ら手を上げてくれたのだ!」


「随分と愛国心の強いオークではないか! では今回も国の為とそそのかし、四ヶ国を攻撃させたのではないか!」


「何を! 全て貴様の妄想だ!!」


「まぁまぁお二人とも、少し抑えましょうぞ、さぁ落ち着きなされ」


 二人のあまりの剣幕けんまくにソロンはなだめに入る。憮然ぶぜんとしながらドカッ、と座るビエント。そんなビエントに相変わらず冷たい視線を向けるフェン。


「いやいや……」


 今までのやり取りを静かに聞いていたタルクが口を開く。


「確かに先の戦争にて、カウムのオーク部隊には随分と苦労させられました。何せオーク一体で兵二、三人分の働きですからなぁ。彼らが重装備で戦場を闊歩かっぽする姿に、我らサンクルースの兵達は皆縮み上がったものです。しかしながら……今回襲撃したオーク達は、カウムにいるオークとは少しばかり違うのではないかと……」


「その通りだ。カウムは無関係だろう」


 突然の発言。皆がレイシィに注目する。フェンの誤解を解かなければ話は進まない。フェンはいまたかぶる感情をグッと抑えるように、冷静にレイシィに問い掛ける。


「……レイシィ殿、当然根拠は……おありなのですね?」


「ああ。あのオーク達は皮膚が赤黒かっただろう? 魔力干渉を受けていたんだ。本来あの状態なら自我を失い暴走するはずだ。だが暴走はしていない。暴走していたら火を点けて回るなんて出来ないだろう。操られていた、と私は見ている」


「そう! そこなんですよ」


 タルクは思わず声を上げた。


「魔力干渉は分かります。我が国サンクルースは鉱山が多いゆえ、鉱山内に眠る魔石を掘り当ててしまい作業員が魔力干渉を受けた、という報告をたまに聞きますから。魔力干渉を受けると肌が変色する。その特徴と今回のオークの特徴が、肌の色がそっくりなのです。しかし操るというのは聞いた事が……そんな事が可能なのですか?」


 タルクは不思議そうな顔でレイシィに尋ねる。


「昔、その手の研究をしていた事がある。魔力干渉状態から対象を操作する研究だ。もっとも、当時は理論までしか確立出来なかった。実証実験に失敗し続け途中で放棄したんだ。理論的には可能だと判断している。それと、あのオーク達がどこから来たのか、だが……」


 コト……とテーブルに魔法石を置く。


「私は一年程前にもあの状態のオークに遭遇そうぐうしている。その時のオークから回収したのがこの魔法石だ。ご覧の通り灯り用の火の魔法石だが、ここを見てくれ。この魔法石にはもう一つ術式が施されている」


「……拝見してよろしいですか?」


「ああ。フェン殿は確か魔導師でもあられたな。ここを、良く見てほしい」


 魔法石の側面を指差しながらフェンに渡す。


「……圧縮、解放……これは……転移!? いや、しかし……」


「そうだ。火の効果はダミー。これは転移の魔法石だ。対象をここではない、どこか別の場所へと飛ばす魔法。そしてこれが、今回のオーク襲撃の際に回収した魔法石だ。腰にランタンを提げていたと思うが、その中に入っていた」


 もう一つ、テーブルに魔法石を置く。最初に出した魔法石の半分くらいの大きさだ。


「ご覧の通り大分小さくなっている。改良されたんだろうな。そしてこれにも……ここだ、相当小さいが転移の術式が施されている」


「いいですか?」


 今度はタルクが魔法石を手に取る。


「ん~? あ、あぁ~確かに、何かここに……文字のような……小さくて薄いので分かりづらいですが、何か彫ってあるような……しかしこれだけ小さいと単に表面の傷かと誤解してしまいますなぁ。我が国サンクルースでもオークの装備は調べていたはずですが……いやいや、全然気付きませんでしたな」


「……なるほど。この辺が大魔導師殿と私との差、という事なのでしょうね」


 フェンは魔法石をテーブルに戻す。


「いや、一年前にこの大きい魔法石を手にしていたから気付けたんだ。じゃなかったら、私も気付かなかったろうな。それに一年も経つのに解析だってほとんど進んでいない……オルスニアの状況も、貴国らのそれと変わらないよ」


「では今回オーク目撃情報がなかったのは、この魔法石で飛んできたから、と?」


 タルクは魔法石を眺めながら話す。


「ああ。そもそも移動していないんだ、目撃される訳がない」


「しかし、転移などと……大体そんな魔法、聞いた事もない……」


 ビエントは呟いた。


「現にその証拠が目の前にあるだろう? それにこの魔法石の存在を認めれば、全てが繋がる。転移の魔法石というとんでもないものを作り出し、オークを暴走させる事なく操り、その魔法石を使いオークを飛ばして攻撃させる。失礼ながら、カウムにこれほどの魔法技術があるとは思えないのだが……いや、カウムだけではない。オルスニアも含め、こんな事が出来る国が果たしてこの中にあるだろうか?」


 皆、一様に押し黙る。


「諸君、これは我々に対しての挑戦だ。何者かが、明確な悪意を持ち、我々に対し攻撃を仕掛けてきた。これは戦争であると捉える。しかし対する我々の方はどうか? 現状何の情報も掴めおらず対策の立てようもない状態だ。そこで考えたんだが……」


 レイシィは静かに、しかし力強く宣言する。


「この五ヶ国での同盟を提案する」

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