第26話 連絡会 2

 皆がグラスを持つ。


「では、乾杯だ。国民に」


「「「 国民に 」」」


 すぐに料理が運ばれてくる。連絡会が始まった。



 ◇◇◇



「レイシィ様」


 オーランが頬張った肉をワインで流し込み話し掛ける。


「部隊編成に関する書類を提出していたのだが」


「ああ、再編成だろ? 決裁して書類戻したぞ?」


「そうか、では行き違いだったかな?」


「順次動かしてくれて構わない」


「承知した」


「守備部隊の配置か?」


 王はグラスを置き、オーランに問う。


「は、王都を含む国内の主要都市周辺に展開いたします。街の外は軍が、中は騎士団が、それぞれ警備するという構図です」


「うむ、しかと頼む。しかし、どこから現れるか分からぬ者を警戒するというのも、難しい話だな」


「は、仰る通りに。しかし、しばらくは厳戒態勢を解けませぬゆえ……」


「ふむ……シーズよ、周辺国の状況が判明したと聞いたが?」


「は、オークの襲撃を受けたのは我が国を除くと四ヶ国。南のヒルマス、西のエイレイ、北のカウムとサンクルースです。カウム以外の三ヶ国はいずれも地方の小都市、オークの数も三百以下との事でしたが、カウムは王都ビルデバが襲われました。オークは推定五千。丸一日におよぶ攻防の末、オークは殲滅できましたが王都の南半分が焼失、犠牲者は数万にのぼるとの見通しです」


「なんと……聞いてはいたが、それほどの被害とは……」


 オーランは眉をひそめた。


「それ本当ですかね? 私は今回の襲撃には、カウムが絡んでいると思ってましたが……だってあそこはオークを飼ってるでしょ?」


「こりゃ、リティ、言葉には気を付けんかい」


 ソロンがリティをいさめる。


「はい、失礼しました~。カウムにはオークの自治領があるでしょう。てっきり、そこのオークをけしかけたんだと思ってましたが?」


 カウム王国北西部には、アフラと呼ばれる広大な森が広がっており、多数のオークが部族単位で生活している。


「それはない。街を襲ったオークは皆、皮膚が赤黒かった。魔力干渉を受けていた証拠だ。さらに火を点けて回っていた所を見ると、暴走していたのではなく操られていたんだろう。転移の魔法石の問題もある。それほどの魔法技術をカウムが持っているとは到底思えない」


 レイシィはきっぱりと否定した。


「確かに、この五ヶ国で一番魔法が進んどるのは、オルスニアだしのぅ」


 ソロンは長い口髭を触りながら呟いた。


「レイシィよ、その転移の魔法石はどうだ?」


「は、申し訳ございません、陛下。未だ進展はなく……ただ、今回ラスカにて、オークの死体から多数の魔法石を回収いたしました。これにより、もう少し突っ込んだ実験も出来るようになりますゆえ……」


「ほれ見ぃ、リティ。ドクトルをしてこうなのだ、カウムにあの魔法石を作れる訳ないわい」


「じゃあどこの国だって言うんですか?」


「それが分かっとればとっくに行動しとるわ、考えんかい!」


「リティよ、ラスカはどうか?」


 ふて腐れ気味のリティに王は尋ねた。


「はい、東地区の瓦礫撤去は想定よりも早く進んでいます。やはり給金を出す、っていうのが効きましたね。作業希望者が日に日に増えているそうです。まぁ、ふところはちょっと痛いですが……」


「うむ、職を失ったラスカ住民の収入源にもなっているようだしな。パルドより相談や依頼があったら最大限応えよ。多少金が掛かる事でも構わん、国庫は開けておく」


「はい。あ、そう言えばパルドさん、騎士団にお礼言ってましたよ。瓦礫撤去の手伝いから治安維持まで、騎士団がいてくれるから色々スムーズに進むって」


「そうですか。ではラスカにいる団員に伝えておきましょう、きっと励みになる」


 リアームは爽やかに微笑む。


「おい、軍にはねぎらいの言葉はなかったのか? 集めた瓦礫の運び出しは軍が担当してるんだぞ?」


 今のやり取りを聞いてオーランが割って入る。


「あ~、そうですね……言ってたような……」


「おい!」


「はい! 言ってました、言ってましたよ、うん、大丈夫!」


「何が大丈夫だ……」


「ふぁっはっは、ねるなオーラン。パルドめもちゃんと分かっとるよ」


 ソロンは大笑いしながらオーランを慰める。そんな様子を上の空で眺めていたレイシィ。カチャ……とナイフとフォークを置き姿勢を整える。


「今後の展開について、一つ考えていた事があるのですが……」


 この十日程、レイシィには密かに考えていたプランがあった。膠着こうちゃくしたこの状況を少しでも前進させる為のプランだ。


「ふむ、レイシィよ、聞かせてもらおう」


「は。オークの襲撃が他国でも起きた以上、これはすでにオルスニアだけの問題ではなくなりました。しかし恐らく他の四ヶ国も、この件については大した情報は掴んでいないでしょう。であるならば、この五ヶ国で連携をし共同で対処するのがよろしいかと。五ヶ国同盟……いかがでしょうか?」


 想定外の提案。場の空気が一瞬止まる。


「五ヶ国同盟とは……これはまた……」


 オーランは言葉を失った。


「いや……悪くはない、かのぅ」


 ソロンは口髭を触りながら呟く。


「悪くないどころか、色々メリットありますよ! でも……可能なんですか?」


 リティはソロンを見る。


「そうだのぅ……不可能ではない、と見るが……交渉次第かのぅ。いかがですかな、陛下」


「ふむ……確かにレイシィの申す通り、これはすでに我らだけの問題ではない。連携出来れば有事の際にも援軍を当てに出来る。情報とて今より多く入ってこよう」


「恐れながら……」


 シーズが口を開く。


「同盟を組むには各国様々な障害があると考えます。我らとヒルマスは過去の戦争以降ぎくしゃくした関係が続いており、北の二ヶ国、カウムとサンクルースは数年前まで交戦状態でした。現状同盟は時期尚早ではないか、と考えます」


「ほう、シーズよ、お主にしては珍しく消極的だのぅ?」


 ソロンは身を乗り出してシーズを見る。


「無論、同盟が成ればそれに越した事はありません。しかしその提案が元で、各国が溜めていた不満を噴出させる可能性もあるかと。そうなれば今以上に連携は難しくなりましょう。ソロン様は賛成であると?」


「いい加減過去ではなく、前を見据えてもいいのではないか? とは思うがのぅ。共通の敵が現れたのだ、いがみ合っていても得がない事くらいは他国とて分かるであろう。試す価値はある、と思うぞい。どうじゃ、シーズよ?」


「では、陛下にご採択いただきましょう」


「ふむ、シーズの言も一理ある。が、膠着こうちゃくした現状を打破する為には、何かしらの行動は必要であろう。ソロンも可能性あり、と見ているようであるしな……やってみようではないか。良いな、シーズよ」


「は……陛下のお心のままに。それではレイシィ様とソロン様、お任せしてよろしいですか?」


「ああ、もちろんだが……」


「そうじゃ、シーズ。お主は絡まんのか?」


 思いがけず乗り気ではないシーズに驚く二人。


「国内を仕切る者も必要でしょう。それにあの四ヶ国が相手であれば、私よりもお二人の名の方が通りが良いかと思いますが?」


「ふむ……確かにのぅ」


 主に国内で活動するシーズより、外交官として各国を渡り歩くソロン、そしてドクトルの名は当然周辺国にも知れ渡っている。確かに道理である。


「しからばわしは、各国を回り会談の段取りを付けてこようかのぅ。レイシィよ、同盟云々うんぬんはまだ伏せておいた方が良いな?」


「ああ、まずは情報交換の為の会談、って所でいいんじゃないか? 会談場所は……地理的に見てやっぱり我が国か。四ヶ国の中央だからな、各国担当者の移動が少なくてすむ」


「詳細が決まり次第ご連絡下さい。すぐに警備計画を立てますので」


「分かったよ、リアーム。それでは陛下」


「うむ。では皆、よろしく頼むぞ」


「「「 はっ 」」」



 ◇◇◇



 オルスニア・ヒルマス国境の街、エリステイ。


 南北交易の拠点として古くから栄えていた街。その繁華街の外れにある小さな古いパブに一人の男が入る。

 全身をすっぽりと茶色のローブで覆いフードを深く被っている男は、カウンターの中にいる店主にワインを注文し一枚のコインをカウンターに置く。双頭の蛇が錫杖しゃくじょうに絡み付いているデザインのこのコインは、この辺りで流通している物ではない。店主はコインを確認し、グラスにワインを注ぎ男の前に置く。

 男はワインを一気に飲み干す。グラスをカウンターに戻した男に、店主は目配せをしカウンター奥の部屋に入るよう促す。

 男は奥の部屋に入る。元は物置か何かだったのか、狭く小さい部屋にはテーブルが一つ、椅子が二つ置いてある。部屋にはすでに長髪の男が一人、椅子に座っていた。


「どうなった?」


 長髪の男はローブの男に問う。


「被害にあった国同士の会談が予定されている。その後は同盟、という流れになりそうだ」


 ローブの男が答えると、長髪の男は腕を組み下を向く。


「会談、同盟ね……まぁ想定内だな、放っておけばいい。あれらの国がどこをいくら掘っても何も出てきやしない。そう簡単にお宝は、真相は掘り返せない」


「では、次は?」


「実験はひとまず終了だ。今回全体の二割のオークが転移に失敗しどこかに消えた。こんな成功率ではとてもじゃないが人では試せない。今回のデータを精査し、魔法石に改良を加えるだろう。それには時間が掛かる。なのでしばらく動きはないだろう。俺は一度本国に帰る。お前ものんびりすればいい……とは言え、そんなに暇ではないか?」


 そう言うと長髪の男は席を立ち部屋を出ようとする。が、振り返りローブの男を見る。


「お前も……来るか?」


「……いや、私は残る。祖国に帰るのは全てが終わってから……」


 ローブの男は誘いを断った。


「そうか……では、また連絡する」


 長髪の男は部屋を出ていった。一人残ったローブの男は、ふぅ~、と深いため息をつく。


「焦っても良い事はない。じっくり、じっくりと……」


 ローブの男はぶつぶつと呟いた。

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