第25話 連絡会 1

「あ~、くそ!」


 十個以上増やすと制御出来ず威力が落ちる。これでは目眩まし程度にしか使えない。もちろん目眩ましでも充分有用なのだ。しかし……


(実際にあれを見てしまったからな、こんな程度で満足は出来ん。あの魔散弾まさんだんを……)


「レイシィ様~、そろそろいいですか?」


「ああ、もう終わりにする」


 正直もっとやっていたいが時間がない。やるべき仕事が山積みである。日がな一日研究だ何だと、魔法と向き合っていた日々が恋しい。訓練所を出て執務室へ向かい歩き出す。


「う~ん……」


「何だ?」


「普通に攻撃した方が早くないですか? 効果的だってのは分かりますよ、もちろんね。でも、十個で相当手こずってる訳でしょう? それを三十個まで増やすって……他の魔法考えたり、今ある魔法磨いた方が効率的じゃないですかね?」


「分かってないな、お前は。これは魔導師の可能性の問題だ。私自身、すでに相当やり尽くした・・・・・・と思っていた。でもまだまだ先がある、まだまだ底があるって気付かされた。発想や考え方次第で、魔法はまだまだ進化するし、深化する」


「でも、どんなにすごくても出来なきゃ意味ないでしょ」


「だからそれを練習してるんだろが! 目の前で何十発も散弾見せられたら、やりたくなるだろが! しかもそれをやったのが弟子って……負けたくないだろが!」


「そんなに優秀なお弟子さんなら、一緒に連れてくればよかったのに……」


「あいつはまだ修行中の身だ」


「連れてきて修行見てやればいいんですよ。陛下もそう仰っていたんですよね?」


「あいつにはあいつの人生がある。いくら弟子だからといって、将来までは勝手に決められない」


「なんか、面倒臭いですね。変な所で真面目というか常識的というか……とにかくもう行きますよ、決裁待ちの書類が溜まってます」


研究所ラボから報告は?」


「ありません、相当手こずってますよ。そらもう、ずうっと。転移の魔法石が持ち込まれてから一年経ちますが、ほとんど進展ないんですから。そしたらラスカ襲撃の後、新しい転移の魔法石が持ち込まれた訳でしょ? 古いやつがよく分かってないのに、新しいやつが解析できる訳がありませんよ」


「そりゃ、まぁな……どこかに突破口があればいいんだが……」


「その辺の事も、今日話すんでしょう?」


「ん? 何がだ?」


「……きっちり忘れてますね。今日の夜、連絡会だってお話しましたよね?」


「あぁ~、今日だったか……」


「という事は何の準備もしてませんよね……はいはい、私がやっておきます。何持っていきますか?」


「そうだな……跳馬亭はねうまていが新しいミードを売り出したんだろ? お前、飲んだか?」


「あ~、あれね、旨いっすよ。今までのミードより甘さ控え目で、果物の果汁を入れてるそうで、すっきりフルーティーで……それにします?」


「よし、十本買ってきてくれ」


「わっかりました、それでは行ってまいります!」


「おい、お前……今から? まだ昼だが……」


 レイシィを無視して男は走り出した。


(あいつ、サボるつもりだな……)





 オルスニア王国、魔導院。


 オルス城の一画にあり宮廷魔導師が所属している。新たな魔法の開発、失われた古代魔法の研究、魔導兵達の効果的な運用方など、魔法に関するあらゆる事を担当している組織だ。

 魔法の開発・研究を行う研究所ラボ、それらを試す実験場、魔法に関する様々な書物を集めた書庫、魔導兵達が訓練を行う訓練所などがあり、この国における魔法の全てが集まる場所だ。


 レイシィが宮廷魔導師長として魔導院に復帰して二ヶ月が経っていた。当初感じていた四年のブランクは徐々に埋まりつつある。新しい魔導師が何人かいたが、メンバーはほぼ当時と同じ。知っている顔が多いというのはやはりやり易い。


 先程嬉々ききとしてサボりに出掛けた男は、魔導師長補佐官筆頭のマトー。楽して生きたい、というふざけたモットー(?)を公言してのらりくらりと仕事をしているが、ああ見えてかなり能力は高い。

 レイシィは自分が城を出たあと、マトーが跡を継ぎ魔導師長に就任すると思っていた。実際オルスニア王から打診されたそうだが、マトーはそれを固辞こじした。打診、とは言うが当然それは命令なのである。マトーの立場からすると従う以外の選択肢などあるはずがない。狭量な王であればそれだけで処分対象とするだろう。降格、罷免ひめん、あるいは打ち首もありる。

 この話を耳にしたレイシィは、改めてオルスニア王のふところの深さと、マトーの物怖じしないハートの強さを感じた。いや、単に頭が悪いだけか? とも思ったが。

 しかしよくよく考えると、マトーがこの話を受けるはずがないのである。この国において、宮廷魔導師長は序列第二位。国王に次ぐ権力を持つ事になる。楽して生きたいとのたまう・・・・マトーがそんな役職を求める訳がないのだ。

 結果、マトーは魔導師統括という中途半端な立場を得て、今まで通りの仕事を続ける事になった。だがこの人事で割りを食った人物がいる。宰相のシーズ・ライカールだ。魔導師長不在という状況において、今までレイシィがこなしていた仕事のほとんどが、序列第三位の宰相のもとに回ってくるのだ。レイシィが復帰した際、シーズはレイシィの手をとり「良かった……」と呟いたとか。彼の仕事量は相当なものだったのだろう。


 そして、レイシィがすっかりと忘れていた連絡会。


 オルスニア王国では国王を含む大臣以上の役職者が集まり、不定期で食事会が催される。無論、ただの食事会ではない。お互いが抱えている仕事の進捗状況を確認し、カバー、連携等の方策を話し合うのだ。互いの仕事を伝え合うので連絡会。非公式な会議ではあるが、場合によっては公式会議より重大な案件が持ち出される事もある。



 ◇◇◇



 その夜、会議室。


 すでにテーブルがセッティングされ、料理もすぐに出せるように用意されている。部屋の奥には各人が持ち込んだ酒がテーブルにずらりと並んでいる。そのテーブルを眺めるレイシィ。


(ふむふむ、エルビ産のワインに、これはジンか? あとは……跳馬亭はねうまていのミード!? いや、これ普通のミードだ……ふぅ~、かぶる所だった。しかし何だな、私が用意させたミードがないんだが……?)


「早く、早く~!」


 バタバタしながらマトーが三人の部下を引き連れミードを運んできた。


「いや~、あぶない、あぶない。なんとか間に合った~」


「……お前、昼に買い出しに行っといて、何でギリギリなんだ?」


「うおっ! レイシィ様、いたんですか」


「そりゃいるだろが」


「ですよね。まぁ、間に合いましたので……それでは……」


 (まったく、その気になればシーズに劣らないくらいの力持ってるのに……)


 などとぶつぶつ言いながらレイシィは席につく。


「おや、レイシィ様、早いですね」


「あんたもな、シーズ」


 シーズ・ライカール。政治と軍事を司るオルスニア王国宰相。


 形の上ではレイシィの部下に当たるが、レイシィはシーズを同等の存在だと思っている。役職上、どうしてもシーズに仕事が集まってしまう為、レイシィが軍事全般を手伝っている。シーズは内政に集中で出来る訳だ。


「どうですか、魔法石は?」


「さっぱりだな。後で詳しく話すが取っ掛かりが何もない。どうにもこうにも、だな。そっちは?」


「他国の被害がはっきりとしてきました。ラスカはまだ、まし・・な方でしたよ」


「そうか……」


「何だ、一番乗りかと思ったがお早いですな」


 オルスニア王国上将軍、オーラン・ブレイザー。


 全軍の指揮を預かる軍部のトップだ。彼の直接の上役はシーズだが、レイシィが軍事を見ているため、必然的にレイシィはオーランとのやり取りが多くなる。軍人らしく質実剛健、ラムズを一回り小さくしたようなガチムキだ。


「ソロン様、お早く、皆さんお揃いですよ!」


「あ~、くなリティ、陛下はまだいらしておらんだろ。年寄りのペースってもんを考えんかい」


「ソロン様に合わせてたら夜が明けてしまいますって!」


「やれやれ、お待たせしましたな」


 腰を曲げながらゆっくり部屋に入ってきたのは外務大臣、ソロン・グレイル。名門貴族グレイル家に名を連ね、実に三十年に及びオルスニアの外交を支えてきた重鎮だ。

 そして内務大臣、リティ・ミリィ。男爵家という貴族としては低い身分ながら、堅実な仕事を積み重ね大臣にまで上り詰めた叩き上げだ。治水に関する知識が豊富で、各地の治水工事を直接指揮し国内の水害を大幅に減らした実績を持つ。

 しかしどうにも掴み所がない点が、何となくマトーに似ている。


「うん? あとは……リアームだけかのぅ」


 するとすぐに彼は部屋に入ってきた。


「遅れて申し訳ない、ラスカからの報告書を確認しておりましたら、つい時間を忘れ……」


「大丈夫じゃよ、リアーム。陛下はまだいらしておらんよ」


 最後の一人、騎士団長リアームロット・アスターゼ。


 引退したラムズの後を三十歳という若さで継いだリアームは、男臭さ全開の騎士団のイメージを一新、整ったその容姿で騎士団のイメージをスマートで華やかなものに変えた。仕事ぶりも真面目で誠実、非の打ち所がない。きっとどこかに弱点があるはずだ、と意地悪な気持ちを抑えられないレイシィは、いつも彼をつぶさに観察している。が、いくらあら探ししても欠点と呼べるような所は見当たらない。


「陛下がお見えになりました!」


 王の近習きんじゅの言葉で全員が席を立つ。


「良い、楽にしてくれ」


 そう言いながら王は入室し席につく。


「では、始めよう」

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