第24話 それぞれの道
オークによるラスカ襲撃から二ヶ月、東地区の瓦礫の運び出しは順調に進んでいる。が、まだ全体の半分も終わっていない。順調とはいえ、まだまだ時間が掛かるだろう。
北門の外には家を失った避難住民達の為、仮設住宅の建設も進んでいる。さらにそこから東側には、オルスニア中から集まった作業員用の宿舎も次々と建てられている。
そしてこの作業員達、今まではボランティアだったのだが申請をする事で給金を貰えるようになった。オルスニア王が視察に訪れた際、領主であるパルドが王と交渉、復興費用とは別枠で作業員達に支払うための補助金を勝ち取ったのだ。決して多い額ではないが、仕事を失い収入が途絶えた住民達も、作業を行う事で金を貰うことができる。
少しずつではあるが街は良い方向へ進んでいると思う。
俺は相変わらず瓦礫撤去の作業を手伝っている。さすがに二ヶ月も続けているので大分手際も良くなった。ただ、給金を貰うつもりはない。家もあるし(レイシィのだが)金もあるので(レイシィのだが)不自由はしていない。
ヒモじゃないよ、弟子だよ。
そして俺を取り巻く環境も何やら変化してきている。街を歩くと「コウさん!」やら「コウ様!」やら、「握手を!」だの「ぜひ祈りを……」だの、やたらと呼び止められるようになり、「これ持ってって!」とか「お一つどうぞ」とか、色々な物を貰うようになった。
原因は分かっている。領主のパルドが俺とレイシィを街を救った英雄、などとあちこちで触れ回っているからだ。
正直、どうなんだろう? なんか生活しにくくなっているような……
◇◇◇
今日も朝から瓦礫撤去の作業を手伝っている。
なんか毎日ここに通うのも面倒臭くなってきた。いっその事北門の外にある作業員用の宿舎に寝泊まりしようか? などと考えながら作業をしていると
「ここにおったか、コウ!」
聞き覚えのあるでかい声。
「久しぶりだね、ラムズ」
「うむ、元気そうで何よりである。しかし聞いてはいたが、これは中々であるな……」
ラムズは瓦礫で溢れた街を見渡す。
「ラスカが襲撃されたと聞きすぐにでも来たかったのだがな、当主に引き留められたのだ」
「息子さんに?」
「うむ。まずは領内を防御を固めるのが先だ、とな」
「ああ、確かに。そうだね」
「ラスカと同じような事が、我が領内で起こらないとは限らんからな。事実、隣国でもオークの襲撃を受けた街があったようだしの」
「うん、噂で聞いたよ」
そうなのだ。オークの襲撃を受けたのは、ラスカだけではなかったのだ。こうなってくると、やはりこれは誰かがオークを仕向けたのではないか? という疑惑に繋がってくる。
「それにしても……」
ラムズは俺の顔をじっ、と見ている。
「ん? どしたの?」
「いや、我が領内にもコウの名は届いておるぞ。ラスカの英雄、とな」
はぁ!?
「ちょっと……やめてよ、ラムズ……」
「ガハハハ、初陣を見届けた立場としては鼻が高かったぞ。しかし随分と
「……実は、あんまりよく覚えてないんだよね、あの時の事……」
「ほぅ……」
「何て言うか、無我夢中で……ラスカはさ、この世界の故郷みたいなものだしね。しかもそれをやったのは俺をこの世界に連れてきたオークでしょ、何かこう、すごい怒りが湧いてきてさ。怒りに任せて暴れまわった、って感じで……だから英雄なんて呼ばれてもピンとこなくて」
「ふむ、なるほどの。まあ覚えていようがいまいが、上手くやれたのであれば良いのではないか? 実際それで救われた者も大勢いる訳だしの。いずれにせよ、それも経験であるよ。それと英雄
「意図して?」
「うむ。こういう暗い話題が広まる時はな、得てして明るい話題も広まるものである。暗い気持ちを
「うん、こないだね」
「レイシィ殿はすでに有名人だからの、新たな英雄が必要との判断があったのかも知れんな。まぁ持ちつ持たれつ、であるよ。国がコウを利用するなら、コウもそれを利用すれば良い。名が広まって得をする事もあるだろうからの」
なるほど。王が去り際に言った済まぬな、って、そういう意味だったのか。
「それに、本当に面倒臭くなったら国を出る、という選択肢もある訳だしの」
「国を……」
「コウよ、お主この先どのように生きて行くか、考えておるか? 修行が終わればいずれ独り立ちせねばなるまい」
「うん、いつかはそうなると思うけど、正直まだ全然……」
「ふむ……どこかで宮廷魔導師に仕官する、というのが一番確実かの。オルスニアに限らずな。ドクトル・レイシィの弟子であれば断る国などあるまいて。将来安泰、である。まぁ私としては、コウがこの国を選んでくれれば嬉しいがの。ただ、宮廷魔導師ともなると事は一生に及ぶ。レイシィ殿のようにあちこちの国を転々としながら城仕えするなど
私も英雄などと過ぎた称賛を受けて生きてきた。一時はそれを酷く重く感じる事もあった。だが私はこの国で産まれ、育ち、家があり、家族もいる。何より陛下に忠誠を誓い、国の為に命を捧げる覚悟で生きてきた。国を出るという選択などあろうはずがない。
しかしながらコウにとってこの国は、
「うん、好きにやれ、とか言いそうだよね」
「ならば色々と見て回るのも良いかも知れんな。世界は広い。この大陸だけでも相当な数の国がある。北には万年雪に閉ざされた氷の地、南には小国がひしめき合い、巨大な内海が広がっておる。東もそうであるぞ。遠く海を越えた先には、別の大陸があるとか……
見聞を広め
ふむ……話していたら楽しくなってきたな。私にはそのような経験がない
ニカッ、と笑うラムズ。なるほど……確かにそれはいいかも知れない。元の世界に帰れる当てはないし、少しでもこの世界を知る為には必要な事だ。
「して、レイシィ殿は?」
「ああ、王都かな? 最近あちこち飛び回って忙しいみたいだよ」
「ふむ。まぁ、この状況では魔法の修行って訳にはいかぬか。さて、では働くとするかの!」
「え、手伝ってくれんの?」
「当然である、その為に来たのであるよ」
◇◇◇
「ただいま」
「ああ、お帰り、お師匠」
夜。レイシィが帰ってきた。十日ぶりくらいか?
「今回は王都?」
「ああ。全く、落ち着く暇がないな。お前はずっと街に行ってたのか?」
「うん、ずっと瓦礫撤去だよ」
「そうか。頼もしいな、英雄殿は」
「それだよ……どうにかならないのか? もう、やりにくくて……」
「ハハハ、いいじゃないか、それでこそ私の弟子だ」
「勘弁してくれよ……」
レイシィはワインとグラスを取ってきた。
「少し付き合え」
◇◇◇
「今回のオークの襲撃、ラスカだけじゃなかったってのは知ってるか?」
「ああ。噂で聞いたよ」
「西のエイレイ、南のヒルマス、北のカウムとサンクルース、そしてオルスニア。この五ヶ国の街が襲撃を受けた」
「そんなに!?」
「ああ。しかも同日、同じ時間帯でだ。もう間違いないだろう、これは何者かが仕組んだ事だ。オークを操り襲撃させたやつがいる。ラスカを襲ったオークも転移の魔法石を持っていたしな。そもそもあれだけの数のオークが移動すれば、絶対目撃情報が出るはずだ。でもそれが一切ない。転移の魔法石で飛んで来たって証拠だ」
「一体誰が……?」
「誰が、なのか、どこの国が、なのか……まぁ、それはまだ分からんがな。お前にも関係がある話だし気になるとは思うが……」
実の所、俺がこの世界に飛ばされた事はもうあまり気にしていない。それよりもなぜラスカが襲われたのか、そちらの方が気になっている。
なぜラスカの人達が犠牲にならなければいけなかったのか。メイティアのような小さい
しばしの沈黙。
レイシィはグッとグラスを空け、意を決したように話し出した。
「コウ。私は城に戻ろうと思う」
「城に?」
「ああ。再び宮廷魔導師として仕えよ、と陛下にな……何しろ緊急事態だ。私に出来る事があるなら、力を尽くしたい。この国への恩を返したい」
「そっか……」
「ただ、そうなるとお前の修行がな……まだまだ教える事はあるんだが……」
「何言ってんの。俺の修行とオーク襲撃の調査、どっちが大事かなんて分かりきってる事だろ? お師匠がそうするべきだと思うならやればいい。それだけの事だろ?」
「そうか……そうだな。よし、コウのお許しも出たし、存分にやるか! いや、英雄殿のお許しか……」
「もういいって、それは……ラムズには気にするなって言われたけど、やっぱり、なんか……」
「お、ラムズが来てたのか。相変わらず元気だったか?」
「相変わらず元気で、でかい声だった」
「ハハハ、そうか」
◇◇◇
その日、朝起きるとレイシィの姿はなかった。もう城に行ったのか? いつ行くとか、そんな事一つも言わないのはレイシィらしい。
テーブルの上には手紙が……手紙か、これ? 手紙にしちゃ分厚すぎるぞ? 何のマニュアルだ、ってくらいの枚数がある。とりあえず読むか……
ほ~ぉ、なるほど。これは課題だ。別れの挨拶はほんの少し、それ以外は全て課題だ。レイシィが俺に教えたかったのであろう事が延々と書かれている。まぁ居場所は分かってるからな、会おうと思えばすぐに会えるだろうし、お別れって感じではないな。
さて、時間もたっぷりある事だし、ドクトルの弟子として恥ずかしくないようにこの課題、一つずつやっていくか。
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