第200話 泥舟
「コウ!」
「分かってるラベン! ノグノさん! 馬を頼む!」
「ホッ! 任せい!」
夕刻。でこぼこと荒れた
左右から挟み込む様に襲撃を仕掛けてきた傭兵達、ブロン・ダ・バセル。その数二十人程か。俺は左の十人程を相手に数発の
最初の一人は突き。グッと地面を蹴りつけ俺を目掛け前方へ跳ぶ。俺は腰に
すると左、もう一人は俺の肩口を目掛け剣を振り下ろす。かわすか? いや、間に合わない。ならば選択肢は一つ。左手で至近距離から
我ながら剣を握っての斬り合いなど随分と度胸が付いたものだと思う。やはりこれは実戦を積んできたからに他ならない。しかも相手はアイロウなどという化け物だ、少しは成長して当然だろう。じゃなければあまりに割に合わない、本気で死にかけたし。エス・エリテで護身術代わりに暗殺術である
さて、この傭兵二人。
言ってもそんなに簡単に防がれる様な攻撃はしていない。それを防いだという事は
パァーーーーーン!
雷に撃たれた魔導師は声を発する事もなくその場に崩れる。そして振り返ると背後ではラベンとミゼッタが丁度最後の一人を仕留めた所だった。ガントを
「ホッ、鮮やかな手並みだのぅ。
ノグノは俺の馬、ユーロを引いてきた。ジェスタ達も無事だった様だ。
「しかし、そなたも良く良く人がいい。この船が泥舟だと知って陸に上がるチャンスはあったろうに。ジェスタ様とて、心変わりを
ノグノはユーロの手綱を俺に手渡しながらどこか皮肉っぽく話す。いずれ沈む事が分かっている船に乗り込む物好き。
「泥舟か……執着してないだけかも知れないよ?」
「ホッ! 面白い事を言う。執着してないだけか……しかしそれはそれで何と言うか、少~し……寂しいのぅ、色々と……」
その一言だけでノグノは俺の言いたい事を理解した様だ。人がいい。別にいい人だと褒められた訳ではない。どちらかと言えば
執着していない。
自分に、他人に、世界に、この世に。
だから
「でもノグノさん、泥舟かどうかはまだ分かんないでしょ? 先の事なんて誰にも分からない」
「ふむ……そう……だな。うんそうだ……あぁ、これはわしが言ってはならん言葉であったな。済まぬなコウ、今のは忘れてくれ」
軽く笑いながらそう話すと、ノグノは馬を操りジェスタの側へ行く。ノグノはジェスタが産まれてから、今日までずっと側で彼を支えてきた言わば
◇◇◇
「王位継承……ですか……」
そこから先、言葉が出なかった。これがどれ程厄介な問題なのか、いくらこういう事に
四日前の早朝、ガントの宿。ジェスタの正体がイオンザ王国の第二王子であったという衝撃。そして衝撃の発言は更に続いていた。イオンザ王国の王子であるジェスタが
◇◇◇
ジェスタルゲインには兄と姉がいる。王位の第一継承者、兄であるヴォーガン・イオンザ・エルドクラム王太子。第三継承者の姉、セムリナ・イオンザ・エルドクラム王女。そして第二継承者がジェスタルゲインだ。
国内の誰しもが思っていた、王位を継ぐのはヴォーガン王太子であると。現国王であるドゥバイルも勿論そのつもりでヴォーガンに接していた。幼い頃からあらゆる場面においてヴォーガンには徹底した教育を施してきたのだ。熱心な王のそんな様子から、次期国王はヴォーガンなのだろうと誰もがそう思っていた。
そしてヴォーガンは実に優秀な王子だった。政治、軍事に明るく外交面も問題なし。
更にドゥバイルにはヴォーガンを好ましく思える部分があった。それはヴォーガンが自身と同じく覇権主義者であるという所だ。数百年前、かつてのイオンザ王国は今の倍程の領土を誇っていた。しかし内乱により国は三つに分裂、
だが時は流れ、どうやらその想いは遂げられそうもないという事を知る。ドゥバイルは病に
そんな中ジェスタルゲインに婚姻話が持ち上がる。話を持ち掛けたのはグレバン・デルン侯爵。国の平和と
早速グレバンはドゥバイルに謁見、ジェスタルゲインの婚姻の話を進言する。そしてその話はヴォーガンの耳にも入った。ヴォーガンは悩んだ。いずれ攻め落とす国と
ヴォーガンは待った。父ドゥバイルから意見を求められるだろうと思っていたのだ。が、ドゥバイルは誰に相談する事もなく実にあっさりとその話を容認した。そんな父にヴォーガンは困惑する。何故この様な重要事を自分に相談せず決めたのか。いずれ国を引き継ぐ立場としては、ある程度王とビジョンを共有しておかなければならないはずだ。なのに何故……?
第二王子結婚の話は瞬く間に国中に広まり、国内は一気に祝賀ムードに盛り上がる。ヴォーガンも一旦はこの結婚を認め弟を祝福する姿勢を見せた。が、ヴォーガンがドゥバイルに抱いた
人の心とはまさに複雑怪奇、
日々弱りゆく身体。しかしドゥバイルは答えを出せないまま、
陛下はジェスタルゲイン殿下を後継者に、とお考えである。
この噂を耳にしたヴォーガンの心境は容易に
◇◇◇
「じゃあ……お兄さんである王太子がジェスタさんの命を……?」
「確証はありません。が、そう考えるのが自然……そしてやりかねないのです、兄上ならば……」
ジェスタはヴォーガンがブロン・ダ・バセルに依頼し自身を襲撃させたと言うのだ。しかも結婚式の為ダグベ王国王都、マンヴェントへと向かうその道中で。
「
「王太子が?」
「ええ。私は兄上に感謝した。妻となる者の家に格段の
「なるほど……そこで俺と会ったと……でも、ジェスタさんもさっき言っていた通り、本当に王太子が仕掛けた事かどうかは……」
「ええ、分かりません。だがこれも先程話した通り、兄上ならばやりかねないのです」
そう話ながらジェスタは左の
「あの日、まだ幼かった私は兄上と城内を駆け回って遊んでいたのです。はしゃぎ回った末、兄上は部屋の隅に置かれていた花瓶を倒し割ってしまった。早く誰かを呼んでこないと。私はそう思い部屋を出ようとしました。しかし兄上は私を引き止めると割れた花瓶の
(うわ……)
俺は思わず顔をしかめた。そして俺と同様にノグノやロナも……ジェスタは袖を戻しながら話を続ける。
「私は泣き叫びました。すると兄上は私の顔を覗き込む様に眺め、こう言ったんです。ダメじゃないかジェスタ、危ないだろ、ちゃんと前を見ないと……あまりの恐怖に涙が止まりました。あの目……兄上のあの目を見てしまったから……そして子供ながらにこう思ったのです、これは言えない、誰にも言えない、言えば何をされるか……分からない」
ジェスタは下を向き、ふぅぅ……と息を吐く。その顔は険しい。
「私はこの傷を隠しました。棚の引き出しに入っていた
「あの御方は普通ではない……」と、ノグノがそう呟くとジェスタは小さく
「自分の身を守る為なら、目的を
そして、ある程度の道筋が付くまで手を貸して欲しい、という要望。ある程度の道筋とは、ジェスタの身の安全を図れるまで。今だけではなく、将来的にもそれを
「ご理解頂けたと思うが、状況は極めて厳しいのです。着地点などまるで見えないくらいに……改めてお伺いする。それでもコウ殿、私に力を……お貸し下さるか?」
覚悟している。ジェスタの目はそう
皆の命を背負う覚悟。
生き残る為に死ぬ程険しい道を進む覚悟。
全てを話したその結果、断られても致し方がないと、俺の判断を受け入れる覚悟。
覚悟には覚悟をもって応えなければ失礼だろう。とは言え、俺の答えは決まっている。
「では、改めてお答えします。ジェスタさん、貴方に協力します」
「本当に……?」
「はい。さっきも言いましたが、そのつもりでここに来たんです」
「あぁコウ殿……貴殿の優しさに感謝します。貴殿に引き合わせてくれたイムザン神のご厚意にも……」
ジェスタは両手を組み
「で、あの……目的地を決めたと言っていましたが……」
俺は慌てて話題を変える。そこまでありがたがられるのも気恥ずかしい。するとジェスタは組んだ手を離すと前を向き「はい、マンヴェントです」と答えた。
「現状我らの進む先は、マンヴェントしかありません」
「それは分かります。
「その通りです。果たしてどこまで兄上の息が掛かっているのか……この縁談を持ち掛けたデルン侯爵はどうなのか、そしてダグベ王家は……ひょっとしたら全てが私の敵なのかも知れない。ですが、他に進む道もないのです……」
そしてジェスタは力なく微笑みこう呟いた。
「それにベルカまでもが裏切っていたとしたら、私はもう誰も信用出来ないな……」
その言葉から察するにジェスタの結婚相手であるベルカ王女は恐らく、ジェスタが素直に心を許せる様なそんな女性なのだろう。
向かう先は決まった。ダグベ王国王都マンヴェント。鬼が出るか蛇が出るか、行ってみなければ分からない。願わくばジェスタがほっと一息つける様な、そんな結果であって欲しいと思う。だがそうではなかったら、ジェスタにとって最悪の結果であったならば、その時は強引にでも道を切り開きマンヴェントから脱出する。俺に求められているのはそういう役割だ。
そして俺はここで一つの提案をした。経緯は違えど同じ王冠を
◇◇◇
夕陽が少しずつ沈んでゆく。俺やラベンは馬に
「さて、このまま進めばわしらの行く道が丸分かりだからのぅ。少し戻ってルートを更に東へ変える。さすればいくらかでも連中を混乱させられるだろうて」
マンヴェントへ辿り着くにはまだ
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