第18話 初陣

 ヒューン……という音と共に北の空に三本の火矢が飛ぶ。


「合図である。では諸君、手筈てはず通り頼むぞ」


 ラムズの静かな号令を合図に、盗賊団毒盛り討伐作戦がスタートした。


「この辺でいいだろう、コウ」


 レイシィに促され俺は奇岩の陰からそっと覗き込む。視線の先には岩山に沿うように組まれている通路のような足場と、さらにその上、岩山の頂上に設置されている簡素な見張り台。木製の足場は砦の内部から門の上を通り外側へ伸びている。岩山をぐるりと取り囲むように組まれているようだ。頂上の見張り台も木製、二人も乗ればいっぱいになりそうなくらいの小さな物だ。足場には二人の射手しゃしゅが、見張り台には盗賊が一人確認出来る。

 と、にわかに砦内が騒がしくなる。どうやら他の攻撃部隊が行動を開始したようだ。射手しゃしゅも見張りもそちらに気を取られている。チャンスだ。


「よし、行く」


 俺は奇岩の陰から飛び出し、足場に向けて三発の魔弾を放つ。そう、南門攻撃部隊は俺の攻撃を合図に行動を開始するのだ。大役に身が引き締まる、本来であれば。今はそんな余裕はどこにもない。とにかく夢中で魔弾を放った。

 シュンシュンと飛んで行く魔弾は、足場に当たる直前にバッ、と無数の小さな魔弾に分裂し広範囲に広がる。そしてそのまま着弾。



 バババババリバリバリバリ……



 大きな音を立て粉々に砕ける足場。足場と共に被弾した射手二人は声を上げる間もなく落下して行く。すかさず頂上の見張り台にも魔弾を放つ。崩れ行く足場に驚き下を見ている見張りの盗賊諸共もろともに、見張り台は大きな炎に包まれる。


「何だ……今のは……?」


 ラムズは唖然あぜんとした。いや、ラムズだけではない。その場にいた全員が呆気あっけに取られた。あんな魔法、見た事もない。


「ラムズ! ボサッとするな! 門を破壊する!」


 レイシィの言葉にハッと我に返ったラムズ。一瞬止まったその場の時が再び動き出す。レイシィが放った魔弾はボン! と派手に門を吹き飛ばした。


「よし、突入である!」


 ラムズの号令で騎士団が二列横隊で突入、その後にハンディル達が続く。


「言った通りだ、皆驚いてたろ?」


 レイシィはイタズラっぽくニッ、と笑うと砦内に向け走り出す。


 正直そこまで驚かれるとは……という思いはあるが、俺が放った分裂する魔弾は散弾、魔弾の散弾だ。ショットガンを撃つように小さな魔弾が広範囲に広がれば、点ではなく面で攻撃出来る。その方が命中率もいいだろう、と、単純に考え練習してきた。少し考えれば出てきそうな発想だと思ったのだが、銃がないこの世界においては大発明なんだそうだ。そう言えば初めてレイシィに見せた時も凄く驚いてたな。


 つまり便宜べんぎ魔散弾まさんだんと名付けたこの攻撃方法は、現時点では完全に俺だけのオリジナル魔法という事だ。


 一発の魔弾を三十個程の小さな魔弾に分裂させるのだが、単にそれだけだと威力は下がりスピードも落ちる。なので少しの工夫が必要だ。分裂した魔弾を再び圧縮し硬化、さらに再加速させる。これにより分裂させた際のデメリットをカバーしているのだ。

 しかしこの作業、本来凄く繊細な魔力コントロール能力が必要らしい。試しにレイシィが真似した所、分裂させた魔弾を維持させる事が出来ず、着弾前に霧散むさんしてしまっていた。大魔導師、ドクトル・レイシィをしてこうなのだ、どれ程難しい作業なのかが良く分かる。いや、単に彼女がガサツだから繊細な作業が苦手というだけかも知れない。掃除とかもやらんし……

 とにかく俺は魔力をコントロールする能力に長けているようだ。実際レイシィも「これはちょっとやそっとじゃ真似出来ない」と言っていた。だが俺は知っている。レイシィが時間を見つけてはこそこそと魔散弾まさんだんの練習をしている事を。余程悔しかったのだろう、かわいい所があるじゃないか。まぁ、こんな事口が裂けても言えないが。俺も命は惜しい。


 そして「まずは魔散弾をぶちかませ」とはレイシィの提案だ。これで皆に一目置かれるぞ、と。そうすれば今後色々立ち回り易くなる、らしい。まぁ俺としてはそんな事どうでもいいんだが、レイシィが言うのだから間違いはないのだろう。


「よし、コウ。我らも行くぞ!」


 一番最後、ラムズと共に砦内に突入する。



◇◇◇



「何だ、騒がしいな……またアホウ共が喧嘩でもおっ始めやがったか?」


 砦内中央の岩山。その内部は古代人が掘り抜いた居住空間が広がっている。それは洞窟などという単純なものではなく、壁も天井も綺麗に平らに削られており、まさに部屋、と言うべき仕上がりである。岩山内部、そしてその地下にはそんな部屋がいくつもつらなっており、盗賊達の寝床の一つとなっていた。


かしらぁ!!」


 そんな岩山内の部屋の一つに飛び込んでくる盗賊。


「何があったぁ? 喧嘩ならさっさと……」


「違う……襲撃だ! 騎士とハンディル、それと多分この辺の街の衛兵なんかも混じってやがる」


 かしらと呼ばれた男はグラスのワインを飲み干すと、バリン! と壁にグラスを投げつける。


「チッ……あとをつけられたアホウがいやがるな。これだから良く分からねぇ連中を抱き込むのは嫌だったんだ!」


 吐き捨てるように怒鳴るかしらの横で、同じくワインを飲み干す男。彼の腹心だ。


「しょうがねぇだろ。勝手の分からねぇ土地で仕事するには、現地のもんを巻き込んだ方が早ぇ。あんたも了承したはずだろ? それよりどうすんだ、バス?」


「どうもこうも応戦だ、それしかねぇ。こんな北まで逃げてきて、今さら捕まる訳にはいかねぇだろ。全員に伝えろ! あれ使って存分にやっていいぜってなぁ!」



 ◇◇◇



 砦の中には岩山にぴったりとくっつくように、いくつもの小屋が建てられていた。岩山には古代人が掘った洞窟があるそうだ、あれらの小屋の中に洞窟の入り口があるのだろうか。


「おらぁっ!」


 不意に右側から二人の盗賊がラムズに向かってきた。しかしさすがに場慣れしている、ラムズは実に落ち着いていた。すっ、とハルバードを構えると、


 ズンッ!


 と、物凄いスピードで前方に突き出した。まるで発射されたかのように飛び出したハルバード。その穂先は盗賊の腹に突き刺さり、そのまま後ろに吹き飛ばした。盗賊もまさかラムズの間合いが、こんなにも広いとは思わなかったのだろう。避けるでも、防ぐでもなく、まるで無防備にその攻撃を受けた。


「ヒィィッ……」


 驚いて声を上げたもう一人の盗賊は、すぐさま手にしていた剣を捨て両手を上げた。


「うむ、賢明である。戦う意思のない者を手には掛けん。おい、こやつを捕らえてくれ」


 騎士が降伏した盗賊を縛り上げ連れて行く。すると今度は左。


「うおぉぉぉ!」


 さらに二人の盗賊が剣を構え俺に向かって走ってくる。


「コウ!」


 心配し声を上げるラムズ。


「大丈夫!」


 と、声を返す。そう、大丈夫、大丈夫だ。俺は……殺せる。


 前方から迫り来る二人の盗賊に魔散弾を放とうと構えた。が、視界の端、わずかに捉えた。後方にある小屋の陰で矢をつがえようとしている射手の姿が見えたのだ。


(まずいぞ、あいつ誰を狙うつもりだ?)


 両方だ。前方の盗賊、後方の射手、両方に対処する必要がある。


 前方の盗賊に魔散弾を放つ。バババババッ、と音を立て命中。さらに直後、後方の射手にも魔弾を放った。射手への攻撃は当たらなくてもいい。一先ひとまずは牽制で充分、射手が矢を射るのを防げればいい。

 魔散弾が直撃した盗賊は前のめりに倒れた。そして後方に放った魔弾は射手の左側、小屋の壁に命中しバリン! という音と共に小屋の壁に大きな穴を開けた。射手はその音と衝撃に驚き、咄嗟とっさに身をすくめながら小屋に背を向けた。


 よし、上々だ。時間は稼げた。改めて、今度はしっかりと狙いを定めて射手を攻撃しようと構える。が、迂闊うかつだった。やはり初陣、スムーズには行かない。倒したと思っていた前方の盗賊、実は倒れたのは一人だけで、もう一人はそのまま俺を目掛けて走り寄っていたのだ。どうやらそいつはもう一人の盗賊の陰に隠れる位置にいた為、魔散弾の被弾数が少なかったようだ。


「てめぇ!」


 剣を振り上げ斬り掛かろうとする盗賊。どうする? どうすればいい?


「コウ!!」


 不意に響くラムズの声。心配してくれている、当然だ。しかしこの程度で心配されるようでは……「任せてよ」などと、どの口がラムズに伝えたのか。何よりこの程度の相手をさばけないようでは、この世界で魔導師として生きては行けない。


 斜めに振り下ろされる剣。充分に引き付けて左へかわす。ブォン……と音を立て目の前を通過する剣に、一瞬背筋が凍りそうになる。萎縮いしゅくし固くなりそうな身体を少しでもほぐそうと「ふぅ」と短く息を吐く。そして全くの無防備になった盗賊の右横腹に至近距離からの魔弾。


 ドン


 と鈍い音と共に盗賊は軽く吹き飛ぶ。そして倒れたまま動かなくなった。すぐさま後方を確認。すると射手は再び弓に矢をつがえようとしていた。


(まずい!)


 今度は正確に射手に向けて攻撃する。放った魔弾は射手が矢を射るより速く命中、ボン、と炎が燃え上がる。


「ふぅ~……」


 上手くいった。安心したのと同時に力が抜けていく感じがする。いや、まだだ。まだ交戦中だ、気を抜くな。


「コウよ、肝を冷やしたぞ……」


「俺もだよ。ラムズ、ありがとう」


「ん? どうしたであるか?」


「ラムズの声のお陰で冷静になれたよ」


「ガハハハハ、役に立てたのであれば何よりである。しかし、よくぞ切り抜けた」


「ああ。冷静になったらね、模擬戦の時のお師匠の方がよっぽど強くて怖いって気付いたよ……」


「フ……ガハハハハッ、それはいい! 確かに、模擬戦とは言えあんな化け物と戦っておったなら、盗賊なぞ怖くはないな」


 そう、模擬戦の時のレイシィはまさに鬼だった。ボッコボコにされても、治癒魔法でいくらでも回復させられる。うん、思い出したくもない……

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