第19話 狂乱の片鱗

「騎士団前面展開! 後方より魔導師、攻撃!」


 騎士、キャブル率いる東門攻撃部隊はすでに辺りを制圧していた。今は東門前を拠点とし、徐々に制圧範囲を広げようと戦っている。充分に訓練を積んだ騎士と腕に覚えのあるハンディルを相手にしては、いかに名をせた盗賊達とはいえ敵う訳がない。蹂躙じゅうりんされるのが道理だ。ただし普通の盗賊であれば、である。


「行けぇぇぇ!!」


 東門正面にある小屋から十人程の盗賊が次々と飛び出してきた。


「迎え撃てぇ!!」


 キャブルは盗賊達を仕留めるよう部隊に指示を出す。


 ガイン!


 盗賊の振るう剣を受け止める騎士。


「何のひねりもない……勝てる訳がないだろう!」


 騎士はその剣を押し返そう力を込める。しかし盗賊はふっ、と力を抜き剣を手放した。急に相手の力がなくなった為、騎士はつんのめる・・・・・ようにバランスを崩す。盗賊はニッ、と笑うと腰に下げたナイフを抜き、装備のない騎士の上腕を斬りつけた。


「っ……くそっ」


 騎士はすぐさま体勢を立て直し盗賊への攻撃を続行する。盗賊は距離を取り騎士の攻撃をかわし続ける。


(何だ……目が……)


 視界がかすみ出した。焦点が合わないような、ぼんやりと見えるような。段々とそれがひどくなり、そして足の力が抜けその場にうずくまる。


「う……うぇぇぇ……」


 突然の吐き気と寒気。もはや身動きは取れない。


「へっへぇ……効くねぇ!」


 地面に落とした剣を拾い、盗賊は笑いながら騎士に止めを刺そうと斬り掛かる。


「むぅん!」


 ガイン! とその剣を下から斬り上げるように弾くキャブル。返す刀で盗賊の胴を斬る。


「おい! どうした? おい!」


 キャブルはうずくまる騎士に声を掛ける。しかし騎士はブルブルと震えたまま動かない。


「キャブルさんよ!!」


 自身を呼ぶ声。振り向くと同じ部隊のハンディルと、彼の足元で倒れている騎士の姿が。いや、一人だけではない。辺りを見回すと倒れている者が数人。


「一旦引こうぜ! こりゃあ、ちょっとマズイ……」


「そうだな……入り口付近まで退避!! 怪我人を……」



 ビュン! ビュンビュンビュン……



 不意に襲い来る矢。前方の小屋の屋根の上に立つ数人の射手が、次々と矢を射掛けてくる。


「クソッ、騎士団! 盾構えぇぇ! 当たるなよ! 入り口まで退避、退避だぁ! 怪我人を運べ!!」


 倒れている者を抱えながら砦の入り口付近まで移動する。と、


「チッ……また来たぜぇ! 手ぇ空いてるもんは応戦だぁ!」


 ハンディルの一人が叫びながら剣を構える。再び十人程の盗賊がキャブル達に襲い掛かる。


(こいつら……その程度の人数でよく突っ込める……)


 キャブルは冷静だった。冷静に状況を見ていた。言っても、こちらの方が数が多い。しかも強い。騎士とハンディルの部隊だ、自分達との練度の違いくらいは、どんなに自惚うぬぼれが強い者でも理解出来るだろう。なのになぜ躊躇ちゅうちょせずに攻撃を仕掛けられるのか……そう、根拠があるのだ。数と力の差を埋められるだけの根拠が。そして、この盗賊団の名は……毒盛りだ!


「全員聞けぇ! 敵の攻撃は完璧に防げ! かすりもさせるな! 奴ら……毒を使っている!! 治癒師は倒れた者の毒抜きの処置を! 騎士団は壁役だ!」


(クソッ! なんて間抜けだ……そのくらいの可能性、なぜ頭に浮かばなかった! これで隊長などと……)


 キャブルは激しく自分を責めた。エルビの領主公館で行われた作戦会議でも言及されていた。毒に気を付けよ、と。


 ボン! ボンボンボン……


 不意に前方で爆発音。盗賊達は次々と炎に包まれる。


「状況は?」


「レイシィ様!」


 キャブル隊を援護に駆けつけたレイシィ。遠目から劣勢に見えた為、様子を見に来たのだ。


「連中、毒を使い始めました。途端にこのザマです、全く情けない……」


「反省会は終わってからだ。騎士を盾にして魔導師と弓兵を中心に攻撃を組み立てろ。自由に動きづらくはなるが、被害も抑えられるだろう。私は……」


 話しながら周りを見回すレイシィ。前方の小屋、屋根の上にいる射手を確認する。


「適当にやってくる!」


 そう言うと走り出すレイシィ。飛んで来る矢をかわしながら小屋に向け魔法を放つ。


(レイシィ様……笑ってなかったか? こんな状況で……あれが狂乱……)





 前方の小屋に魔弾を放つレイシィ。ドン! と大きな音を立て小屋は吹き飛ぶ。当然、屋根の上にいた射手も同様だ。


「うおっ! 何だ……? なっ……てめぇかぁ!」


 側にいた数人の盗賊は突如小屋が吹き飛んだ事に驚き、そしてそれがレイシィの攻撃によるものだと分かると、すぐさまレイシィ目掛けて走り出す。

 レイシィはシュンシュン、と二発の魔弾を放つ。猛スピードでレイシィの手のひらから飛び出した魔弾は、ドンドンと鈍い音をさせて走り寄る盗賊二人に命中。彼らは炎に包まれながらその場に崩れる。さらにもう一発。三発目は盗賊の身体ではなく地面を狙う。着弾した魔弾はボン! と地面をえぐるように爆発する。まるで地雷でも踏んだかのように盗賊の下半身は粉々に吹き飛んだ。


「援護してやる!」


 その後方より二人の盗賊が矢を射掛ける。


「ほう、いい連携だ」


 ニヤリと笑いながら、ビュンビュンと風を切りながら飛んで来る矢を、ステップでも踏むかのようにかわすレイシィ。


「おらぁっ!」


 左。矢をかわしていた間に、盗賊はすぐ側まで近付いていた。斜めに斬り掛かってくる、袈裟斬りだ。レイシィはそれをくるりと右回りに回転してかわすと、腰に提げていたナイフを逆手で抜き、そのまま斬り掛かってきた盗賊の背中に突き刺す。

 さらに盗賊に刺したナイフを順手で抜き、くるりと今度は左回転、反対側から迫っていたもう一人の盗賊に投げつける。不意を突かれた盗賊はかわしきれず、飛んできたナイフが胸に突き刺さる。そして続けざま、矢を射掛けてきた盗賊二人に魔弾を放とうとする。が、


 ビュン!


 顔のすぐ横を矢が通過する。ゆっくりと矢が飛んで来た方を見るレイシィ。矢を放ったのはこれから攻撃しようとしていた二人の盗賊。


「貴様ら、顔に……傷入ったらどう責任取るつもりだぁぁぁ!!」


 鬼の形相で盗賊に向け走り出すレイシィ。


「ひぃ!」

「うわ……うわわ……」


 驚きわたわたとする盗賊。応戦しようとするが、焦りからか中々矢をつがえられない。レイシィはすぐ側まで走り寄ると、至近距離から二発の魔弾。えなく二人の盗賊は吹き飛ばされた。


「まぁ、傷付いても毒喰らっても治せるんだがな。いやでも、綺麗に治せず傷痕きずあと残る可能性も……もしそうなったら、百回殺しても足りんな……」


 ぶつぶつと言いながら歩き出したレイシィ。


「まぁでも、久々の戦場だ。楽しまないとな」


 ニヤリと笑うその表情は、普段皆に見せるそれとはまるで違うものだ。笑ってはいるものの本当に笑っている訳ではなく、冷たく、ある種の狂気を宿した笑み。

 そして最初に吹き飛ばした小屋の前で立ち止まった。小屋は粉々に砕けており瓦礫の山だ。瓦礫の奥、岩山の壁面にぽっかりと口が開いているのが見える。洞窟の入り口だ。恐らく中にはまだ盗賊が隠れているだろう。


 ボン、ボン……


 と小さな魔弾を放ち瓦礫をさらに細かく吹き飛ばす。そうしていくつか魔弾を放っていると、洞窟の入り口までの通り道が出来た。


「うん、こうして掃除にまで使えるのだから、本当に魔法というのは有用な力だな」


 瓦礫をさらに細かく吹き飛ばす事を掃除と言うかはさておき、レイシィはその辺で寝ている・・・・盗賊に近付くと、右手を向けて何やら呪文を唱え始める。


「レッテトビレ、プラビャニ……」


 呪文を唱え終わると「中にまだお仲間がいたらサクッとってこい。頭目がいたらせるんだ」と呟く。するとレイシィの右手から光とも煙とも思えるような得体の知れない何かがうねうねと何本も出てきて、盗賊の身体の中にすぅ~、と入って行く。すると盗賊はゆっくりと上体を起こし、その場に立ち上がった。焦点が合わず虚ろな目、口は半開きで首を斜めにかしげている。恐らく剣で斜めに斬り付けられたのであろう、首筋から胸にかけてぱっくりと大きな傷が開いており、いまだ血がドロドロと流れている。


 レイシィはさらにもう二人、倒れていた盗賊に同じ魔法をかけた。彼らもまた、その身体に致命傷を負っている。三人を目の前に並べ、その辺に落ちていた剣をそれぞれに持たせる。すると三人はヨタヨタと洞窟の中に入って行く。しばらくすると、


「何だ、お前ら……おい、うわぁ!」


 と、叫び声が響いてくる。


「よしよし、いいコ達だ」


 レイシィはうっすらと笑いながら呟いた。彼女が盗賊の死体にかけた魔法は操魂術そうこんじゅつと呼ばれる古代魔法。魂を操ると書くこの魔法は、死体にかりそめの魂を与え、一時的に従者として使役する魔法である。

 最大の特徴は魂自体を魔法で作り出す事だろう。その魂に指示をインプットし、器となる身体に流し込む。ただしあくまで作り物、人工の魂である為に長時間の運用には耐えられないのと、複雑な指示は与えられないというデメリットはある。

 対して、操死術そうしじゅつと呼ばれる似たような魔法もある。こちらは死を操ると書くように、魂は必要ない。術者である魔導師の魔力を動力として動くのだ。魔導師の魔力が尽きるまで駆動させる事が可能であり、流し込む魔力を通して制御する為、状況に応じて様々な指示を与える事が出来る。死体を死体のまま操る魔法だ。

 こうして特徴と違いを上げると操死術そうしじゅつの方が明らかに有用だろう。だが倫理的な観点からすると、直接死体を操るという意味で操死術の方がより禁忌きんきとされている。特に詳しくない者からすればどちらも大差はないのかも知れないが。

 このような性質の魔法は、当然普段から気軽に練習出来るようなものではない。こういう場所、それこそ戦場でもなければ扱えない魔法だろう。昔からレイシィは、覚えた魔法や研究の結果を自ら戦場に出て試していた。言わば戦場とは、彼女にとっては壮大な実験場なのだ。そしてそれは、彼女に狂乱という不名誉なあだ名が与えられた一因でもある。


 しばらくすると魂を与えた盗賊の一人が外へ出て来た。


「頭目はいたか?」


 問い掛けるレイシィに、無言でうなずく盗賊。と、バタンと盗賊はその場に崩れるように倒れる。まるで糸が切れた操り人形のようだ。操魂術そうこんじゅつの効果が切れたのだ。


(久々に使ったが魔法だが、しっかりと機能しているな。こんな状況じゃなければ、何人まで魂を与えられるか試したかったんだが……)


 そう思いながら辺りを見回すレイシィ。砦内はいまだ怒号が飛び交う混戦状態だ。さすがにこの状況でそこまでの実験は出来ないだろう。


「さて……」


 レイシィ小さく呟くと洞窟の中に入って行く。

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