第17話 覚悟の問題

 毒盛り討伐作戦当日。エルビ南門の広場には続々と討伐隊の参加者が集まってくる。


「スゴい数……」


「総勢二百五十を超えるからな。これだけの人数を揃えて攻めようってんだから、盗賊たちにとっても光栄な話だろ」


 そんな中、さっきから痛いくらいの視線を感じている。恐る恐るそちらを見ると、一人の男がニコニコしながらこちらに向け右手をヒラヒラ振っている。


 パッと視線を外す。


 何あれ? 誰あれ? あんなやつ知らないけど? 若い男。俺より若いんじゃないか? 赤毛で、パーマかけたみたいに髪がうねってる。ひょっとしてレイシィの知り合いか?


「なぁ、コウ。あれ、知り合いか? こっち見ながらニコニコしてるやつがいるが」


「え、お師匠の知り合いじゃないの?」


「あんなやつ知らんが……お、こっち来たぞ」


 その男はニコニコしながら近付いてきて俺の前で立ち止まった。


「やぁ、初めまして。キミ誰?」


「え? コウだけど……」


「コウ! コウか、うんうんコウね」


 え~……


「あの~、おたくは?」


「ん? あ~、そうだね、ごめんごめん、ボクはヨーク、エルビ支部に所属してるハンディルだよ。まぁ、所属してるとは言ってもあちこち転々としてるからね、ここに飽きたら他の支部に行くかもだけど。よろしくね」


「あぁ、よろしく……」


 ヨークは俺の顔をじっ、と見ながらニコニコしてる。


 え~……


「……あの、何かな?」


「あ~、うん、そうだねぇ……いい感じ、でも……まだ、かな?」


「は?」


 なんだ? 外に漏れ出してた魔力は完全に押さえ込めてるはずだけど……


「まだそっち側だねぇ。」


「……そっち側?」


「うん、まだ時間が掛かりそうだね」


「あの、何を……」


「早くこっち側においでよ、楽しいからさ」


 それだけ言うとヨークは他のハンディルの所へ歩いて行った。


「コウ、一応気を付けておけよ。なんか分からんがあいつ、お前にご執心みたいだからな。背中からザクッ、ってやられないように」


「え? なんでやられるの?」


「得体の知れないやつに気を許すな、って事だ。なんかあのヨークってやつ、上手く説明出来ないが……ん~、嫌な感じがする……」


「嫌な感じって、何?」


「勘みたいなもんだから、説明出来ん。まぁ、気のせいなら良いんだが。お、それより編成が始まりそうだぞ?」


 ウォーディがやって来て、部隊の編成が始まった。



 ◇◇◇



 暗闇の中、ほんのりと光る魔法石の灯りを頼りに奇岩群を進む。もうそろそろ、到着だ。


「ふむ、この辺でよかろう。この距離なら見張りからも見えないであろうな。諸君、ここで作戦開始の合図を待……」


「おいラムズよ、何だあれは!?」


 ラムズの言葉をさえぎるようにレイシィが話し出す。


「む? なんであるか、レイシィ殿?」


「何だ、あのボロボロの門は? 木造だろ? あんなの、どうぞぶち破って下さい、って言ってるようなもんじゃないか」


「むぅ、そんな事を言われてものぉ……そもそも、国や軍を相手にする訳ではないのであって……まぁ、盗賊にしては頑張った方ではないか? 一応使っている木材の色も、周りの岩と似たものを使っているようであるし。遠目で見たら分かりにくくなっておるぞ?」


「名の知れた盗賊団だっていうから気張って来てみればとんだ肩透かしだ。近くに看板でも立ってるんじゃないか? 〈ご自由にお通り下さい〉とか……」


「まったく、ドクトル・レイシィともあろう者が、まるで駄々をこねる子供ではないか」


「なっ……お前だって待ちきれなくて四日も前に迎えに来たじゃないか!」


「もぉ~止めなよ、みっともない……」


 全く困った大人達だ。


「ゴホン、包囲部隊の準備が整うまで、今少し掛かるだろう。その間に突入の段取りをつけておこうかの。まずは――」


 作戦の概要はこうだ。


 騎士団とハンディルからなるおよそ百名の攻撃部隊を三つに分け、盗賊が築いた三つの門にそれぞれ同時攻撃。さらに各街の衛兵百五十名で砦の周りを二重三重に包囲して、脱出しようとする盗賊をも一網打尽にしようとする包囲殲滅せんめつ戦だ。北門はエルビ衛兵隊のカフーが、東門は騎士団のキャブルが、そして南門はラムズが指揮官として部隊をまとめる。俺とレイシィはラムズ率いる南門に配属された。



 ◇◇◇



「――とまぁ、こんな感じで良いかの? コウは初陣であるからな、私に付いていてくれ。それと……本当に大丈夫かの?」


 心配そうなラムズに、レイシィは断言する。


「問題ない、こいつなら出来る。な、コウ?」


「うん、任せてよ」


「あい分かった。では諸君、作戦開始の合図までしばし待機である」



 ◇◇◇



「コウ。分かっていると思うが……」


「分かってるよ」


 レイシィの言葉をさえぎるように答える。今日まで、散々言われてきた事だ。


「……最終確認だ。お前、元の世界に戻りたいか?」


「……戻れるならね」


「そうか……そうだな、そりゃそうだ。じゃあ、ここで死ねないな」


「ああ。死ぬつもりはないよ」


「そうか。じゃあ、敵を殺さなきゃならない。出来るのか?」


「……」


「お前のいた世界では日常的な命のやり取りなんかなかったんだろ? この世界じゃある意味これが日常だ。もちろん、こんな荒事あらごととは無縁の生活を送っているやつも中にはいる。

 でもほとんどの人間が多かれ少なかれ、危険と隣り合わせで生きている。力のない者は死ぬ。全てを奪われて死ぬ。そうだな、理不尽がまかり通る世界、とでも言おうか。それを防ごう、弱者を守ろうとする存在もいるが、とてもじゃないが手が足りなすぎる。

 お前のいた世界の話を聞くとな、私にはまさに理想郷のように思えるんだ。この世界より安全で、文明的で、平和的で、理不尽を許さない、ここと比べたらこの上なく素晴らしい世界だ。

 でも残念ながらこの世界はこうなんだ。人が死ぬ。簡単に死ぬ。いや、殺される……お前、後悔してるか?」


「……何を?」


「魔導師として歩み始めた事を」


「……それしか道はなかったし……いや、違うな。他の道も含めて、自分一人だったら探せなかった。お師匠がこの世界で俺が進めそうな道を示してくれたんだ。だから後悔なんかしてない、感謝してるよ」


「そうか……時々思うんだよ、お前をこの道に誘って本当に良かったのか。お前がこのまま魔導師としての道を進めば、命のやり取りを日常的に行う事になるかも知れない。それを考えると……な」


「なんだよ、らしくないな」


「そう言うな、色々考えるんだよ。これでも師だからな。ひょっとしたら……いや、ひょっとしなくても、お前にとっては相当な重荷になるんだろうな。こういう事とは無縁の生活を送ってきたんだろうから。でもいくら考えた所で、今お前に言うべき言葉は結局一つだけだ」


「なんて言葉?」


 一瞬開きかけた口をすぐに閉じるレイシィ。何かを躊躇ちゅうちょしたのか、それとも言葉を選ぼうとしたのか。ふぅ~、と息を吐き静かに口を開く。




「死にたくなかったら、殺せ」




 その声は低く、冷たく、全てを突き放すような、全てを達観たっかんしているような、全ての慈悲を排除するような、そんな印象の声と言葉だった。


「今回の作戦、こちらには選択肢が二つ。捕らえるか、殺すか。でも向こうに選択肢は必要ない。殺す、その一択だ。

 連中はお前の命を奪いに来る。やらなければやられる。罪悪感とか道徳観とか、そんなものは取り敢えず置いておけ。あとでいくらでも折り合いをつけられる。殺される前に、殺せ。

 捕らえようともしなくていい。お前は経験が浅い。捕らえるか殺すかで迷う。その一瞬の迷いが死につながる。だったら最初から行動を決めておけばいい。捕らえなくていい、殺せ。

 連中は盗賊だ。懸賞金が付くほどの悪党だ。連中を放っておけばまた村や集落が襲われる。犠牲者が何人増えるか分からない。のちの犠牲者を出さないためにも、殺せ。

 それでも抵抗を感じるのなら、苦しむのなら、私のせいにしろ。お前をこの道に引きずり込んだのは私だ。他の道もあったかも知れないのに、だ。お前の苦しみや苦悩が少しでもやわらぐなら……」


「なに言ってんの」


 俺はあきれ気味に答えた。


「変な気回しすぎなんだよ」


「コウ……」


「俺はね、この討伐作戦はある意味通過儀礼だと思ってる」


「通過儀礼?」


「俺が今後もこの世界で生きていく為に必要な儀式、とでも言うか……もちろん人を殺すんだから抵抗があるに決まってる。でも、やらなきゃいけないんなら、やる。やるしかない。これは覚悟の問題なんだ。

 平和な世界で生きてきた俺が理不尽なこの世界で生きて行く、魔導師として生きて行く、その覚悟を示すんだ。お師匠に色々心配してもらうのはありがたいが、これは俺の問題、俺の覚悟の問題だ」


 フフフ、と笑いレイシィは俺の頭をくしゃくしゃ、っとでた。


「なっ……お師匠、ガキじゃないんだぞ!」


「良く分かったよ。じゃあお前の覚悟ってやつを見せてもらおうか?」


 厚い雲が風に流れ月が顔を出した。ぼんやりと辺りを照らす月明かり。そんな中、ただ静かにその時を待つ。

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