第16話 作戦会議

「お前……頭の中、一体どうなってるんだ? いや、それがお前の世界の常識か……?」


 レイシィに俺が考えた魔法をいくつか確認してもらった。どうやら俺のいた世界の発想や常識は、この世界では相当異色なものらしい。レイシィにここまで言わせる事が出来たのだから、俺の魔法は充分通用するのもと考えていいだろう。


 それからはずっとレイシィと実戦形式の模擬戦を繰り返した。新しい魔法の開発は一時中断し、形になっている魔法を磨いた方がいいとのアドバイスがあったからだ。この魔法の使い所はこういう場面だとか、相手を足止めする方法とか、追い詰め方、心理状況など、まさに実戦で必要になる知識や方法も同時に叩き込まれた。


 一ヶ月後、ラスカ領主の使いを名乗る男が手紙を届けに来た。


「それ、領主さんから?」


「ああ、今日からちょうど十日後だな。エルビの街の領主公館で討伐隊の作戦会議だそうだ。エルビには一日あれば着くが、念のため二日前にここを出るぞ。それまでは模擬戦を続ける、総仕上げだ」



 ◇◇◇



 ガンガンガン!


 エルビの街に出発する二日前の早朝、激しくドアを叩く音で目が覚めた。


 ガンガンガン!


「レイシィ殿ぉぉ~!」


 ドアが壊れそうな程のノック、デカい声、覚えがあるぞ。俺は階段を下り、眠い目を擦りながらドアを開ける。


「おぉ、コウ、息災であったか!」


「ラムズ……どうしたの? いや、なんにしても早いよ……」


「盗賊討伐であるぞ! 共にエルビに向かおうと思い迎えに来たのである」


「ラムズよ、エルビに行くのになんで四日も前に来るんだ? そして早いわ……」


 レイシィが起きてきた。


「おぉ、レイシィ殿! 此度こたびはよくぞ誘ってくれたの。久々の実戦であるのでな、待ちきれなくて来てしまったのだ!」


 遠足が楽しみで早く目覚める子供か。


「こっちは二日前に出ようと思ってたんだが?」


「相変わらずであるな、レイシィ殿は。いつもギリギリではないか。ほら、早く支度をするのだ、待っておるからな」


「しょうがない、コウ、ちゃっちゃと済ますぞ」


「ん? コウも行くのか?」


「せっかくだから、実戦を経験させようと思ってな」


「おお、それはいいな。コウ、ひょっとして初陣か?」


「うん、まぁね」


「うむ、そうであるか。任せておけ、しっかりサポートするぞ」



 ◇◇◇



「見るのだ、コウ。奇岩群が見えてきたぞ」


「おぉ、何これ、すげ~!」


 ラスカから乗り合い馬車でエルビに向かう途中、何とも奇妙な風景が見えてきた。緑の少ない見渡す限りの荒野に大きな岩山が点在し、地面からは細長い岩が無数に飛び出ている。岩の高さは二、三メートルくらいだろうか、先端と根元が太く真ん中がくびれている。中には砂時計のように細くなっているものもある。ちょっと押せば崩れてしまいそうだ。


「トラン奇岩群。観光名所にもなっている景勝地けいしょうちだが……ここに潜られると厄介だな。戦いにくそうだ」


「うむ。しかし、他に盗賊が潜伏出来そうな場所となると……ちょっと思い浮かばんな。規模の大きな盗賊団らしいしの、大人数が身を隠すにはここがうってつけである」


「こんな場所で身を隠せるとこなんてあるの?」


「中央付近の岩山にな、古代人が住んでいたと思われる洞窟がいくつか発見されてるんだ。その洞窟ってのも天然のものじゃない。明らかに人が堀り抜いたものでな、中には当時の生活の後が残ってたんだ」


「じゃあその洞窟に?」


「隠れるにはもってこいの場所だが、果たしてどうなのか……」


 半日ほど馬車に揺られ、エルビに到着した。


 エルビはラスカより大きな街で、北へ向かう街道の出発点であり貿易の拠点でもある。オルスニア王国にとっても需要な街で、衛兵の他に騎士団も常駐している。ラスカ、エルビ、そして東のジャルマスはそれぞれが馬車で半日ほどの距離にあり、この三つの街を線で結ぶ三角形の中央に、トラン奇岩群がある。

 なるほど……地形的に考えると、トラン奇岩群をねぐらにすれば盗賊たちも仕事・・をしやすそうだ。



 ◇◇◇



 打ち合わせ当日、領主公館を訪れると会議室に案内された。これから盗賊討伐の作戦会議が開かれるのだ。が、若干体調がよろしくない。二日酔い気味だ。なぜならエルビに滞在中毎晩ワイン祭だったからだ。ラムズ曰く、「エルビはワインが特産なのだ」との事。ひょっとしてこれが目的でラムズは四日も前に迎えに来たんじゃ……


「ラムズ様!?」


 会議室に入ると、一人の男がラムズのもとへ駆け寄る。


「おうキャブルか、久しいな、しっかりやっておったか?」


「はっ、鋭意えいい任務に邁進まいしんしております! ここにいらっしゃるということは、ラムズ様も本作戦に?」


「ああ、参加するぞ」


「元部下か?」


「うむ、そうであるよ。キャブル、こちらはドクトル・レイシィ殿である」


 レイシィを紹介されたキャブルは、驚きながら胸に拳を当て敬礼する。


「大変失礼いたしました! 私はオルスニア王国騎士団、東部方面隊エルビ常駐部隊、隊長キャブル・オリメントと申します!」


「ああ、よろしくな。でも、私はもう城仕えではないから、そんなにかしこまらないでくれ」


「皆さんお揃いですね」


 三人の男が部屋に入ってきた。


「私はエルビ領主補佐、リオ・バリーと申します。こちらは衛兵隊隊長のカフーと、ハンディル協会エルビ支部長のウォーディです。では、早速ですが始めましょう。

 あ、その前に、今回は元宮廷魔導師長のレイシィ様と、元騎士団長のラムズ様にもご参加いただきます。それでは皆さん、お掛けください」


 会議のメンバーは彼らの他にもう二人、ラスカとジャルマスの衛兵隊隊長だ。全員が席につき、領主補佐のリオが話し出す。


「すでに聞き及んでいると思いますが、最近この近辺おける盗賊の被害が急増しています。どうやら南方の数ヶ国が連携してその一帯の盗賊駆逐作戦を実行したのが原因のようです。その網を抜け南方を脱出した連中がこの辺りで活動しているのです。

 すでに捕らえた盗賊達から、厄介な集団がこの地に逃げ込んできたとの情報を得ました。今回はその集団の殲滅せんめつ作戦となります。では詳細はウォーディ、お願いします」


「はい。その連中、南方では毒盛りと呼ばれている盗賊団です。手口は至極単純、その名の通り集落や小さな村に潜入して井戸に毒を投入するのです。住人がバタバタと倒れ始めたら、集団で襲撃し全てを略奪します」


「毒などと……卑劣ひれつな……!」


 ラムズはものすごい形相だ。


「仰る通り、卑劣ひれつ狡猾こうかつです。頭目と思われるのはこの男です」


 ウォーディは一枚の人相書きを広げた。


「バスと呼ばれているこの男、元はどこかの国の軍部に所属していたそうで、毒の扱いに長けているとの事。容姿はご覧の通り、左目が潰れており隻眼せきがんです。集団の中にいても見つけやすいでしょう。

 今回南方諸国は連中を取り逃がした非を認め、連名でハンディル協会に討伐依頼を出しました。宰相さいしょうのシーズ様が南方におもむき話をまとめてくださったそうです。で、その依頼は我々エルビ支部が引き受ける事になりました。

 ターゲットである盗賊達はデッド・オア・アライブ、捕らえても始末しても、どちらでも構いません。しかしこの頭目と思われるバス、この男だけは確実に息の根を止めてください。捕らえた後で逃げられでもしたら厄介ですので」


 確実に殺せ、か……


「では、引き続き人員と作戦案をお伝えします。我々の調査により毒盛りはトラン奇岩群に潜伏していると判明しました」


「やっぱりか……」


「まぁ、あそこ以外ないだろうの」


 ウォーディは奇岩群の詳細な地図を広げ説明を始めた。


「中央の円形に並んでいるこの三つの岩山、ここにそれぞれ洞窟があり、連中はここを根城にしています。岩山の上には見張り台、側面には足場が組まれており射手が警備しています。岩山と岩山の間にはそれぞれ門が築かれており砦化されていました」


「ふむ、これ程になるまで、気付かなかったのかの?」


「中央付近まで足を踏み入れる者はいませんよ、似たような景色が続きますから余程詳しくなければ迷子になります」


「で、敵の数は?」


「五十人以上、という所までは分かりました」


「ほう、かなりの大所帯だな」


「この周辺の盗賊を傘下に収めて成長しています。これに対抗する為には、こちらも相応の数を用意しなければなりません」


「本格的に動き出す前に潰さねばの」


「はい、そう思い準備を進めてきたのですが……昨夜、エルビ北東にある村がやられました。住人は全員死亡、家財のほとんどは持ち去られていました。検死をして井戸を調べた所、レベイラという植物から採取出来る非常に強力な毒物が検出されました。まさに毒盛りの手口です」


「……作戦は?」


 重苦しい雰囲気の中レイシィが口を開いた。


「はい、まず部隊を三つに分け――」



◇◇◇



「では、決行は五日後、準備を整え夕刻までにエルビ南門前の広場に集合してください」


「五日後か。私たちは準備をしてきたからな、このままエルビで過ごすか」


「では、私は家に使いを送り、ハルバードを持ってきてもらおうかの」


「ハルバード?」


 聞いたことないな、何それ?


「ん、知らんのか、コウ? ハルバードとは槍と斧を足したような武器でな、尖端に槍の穂先、両側にそれぞれ斧頭ふとう鉤爪かぎつめが付いておる。突いてよし、斬ってよし、鉤爪かぎつめを引っかけて騎乗している敵を地面に引きずり下ろしたり、鉤爪自体も攻撃に使えるしの、とにかく便利な武器である。まぁ、重いのが難点ではあるが私のガタイにはちょうど良いな」


「へぇ~、そんな武器があるのか」


「ふむ……コウの産まれはどこであるか? ハルバードなど割りとよく見る武器だと思うが……」


 まずいな、ラムズには俺が違う世界から来たと話してない……


「あ~、それなんだがな、ラムズ……ん~、ここじゃなんだから、場所を変えようか?」


 話すのか、お師匠。そうだな、ラムズになら話してもいいな。


 いや、話さなきゃいけないな。



 ◇◇◇



「なんと!? 違う世界だと?」


「ラ~ムズ! 声がデカい!」


「む……すまん、いや、しかし……まことであるか?」


 晩飯を食べるため入った店でラムズに俺の秘密を打ち明けた。


「本当だよ。こいつはここではない、違う世界からやって来た。巻き込まれてな」


「しかし転移の魔法石など、聞いたこともないぞ?」


「すでに陛下にも話はしてある、これは事実だ」


「なるほどの……であれば納得である。コウはやけに物事を知らんな、と思っておった」


 ん? 信じたの?


「……やけにすんなり信じたね」


「事実なのであろう?」


「そうだけど……」


「ドクトル・レイシィの言は信用に値する、のであるよ。まぁ、だからと言って何が変わる訳ではない、コウはコウである」


 あぁ、優しいな、ラムズは……


「うん、ありがとう」


「ガハハハッ、気にすることはない! で、コウのいた世界とはどんな所なのだ?」


「だからラムズ! 声がデカい!」

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