第148話 和睦交渉
「グリー様、エスペラームより書簡です」
「うむ、これへ……」
「は」
部屋の奥、机に広げられた書類に目を通しながら、グリーは側近に書簡を渡すよう指示する。グリーの前まで進むと側近は両手で書簡を差し出す。書簡を受け取ろうと手を伸ばすグリー。しかしその手は書簡に触れる手前でピタッと止まった。側近が差し出しているのは細かな装飾が彫り込まれた細長い木箱だった。
「陛下からか……」と呟くグリー。「は。左様に」と返す側近。その木箱の表面にはエイレイ王家の紋章である跳躍する馬が彫られていた。一瞬だけ
エラグ王国
開戦直後、エイレイ軍は難攻不落と言われたこのエバール砦を瞬く間に攻め落とした。エクスウェルが呼び出した
一通り内容を確認するとグリーは「ふぅぅ……」と大きなため息をついた。そんなグリーの様子を見た
「早々にエラグと和睦し帰還せよ、とのお達しだ」
「では……援軍は来ぬと!?」
思わず声を張り上げる副官に、グリーは少しだけ笑いながら答える。
「準備はしているそうだ」
「準備はしているのに送らぬなど……それでは張り子ではございませんか!?」
「ああそうだ。しかし張り子とはいえ、援軍が編成されている
「では、戦後の交渉の為に……」
「うむ、陛下は恐らく通商条約締結までお考えであろう。その交渉を有利に進める為に、あくまで我々が上、優位性を保ったまま和睦を
「なるほど……では、和睦ならなければ……?」
「その事態への対応は記されておらぬ。つまりは和睦一択、だな。だがまぁ、最悪戦争継続ともなれば王都も派兵せざるを得んだろうが……今の所は和睦以外考えていない、という事だろう」
「それは何とも……ならばオルバをここへ
「ハハハハッ、
そう話ながら笑うグリー。スッと立ち上がると続けて指示を出す。
「全軍に待機命令を。同時に至急会談場所の選定をしてくれ。出来るだけ先方の負担にならぬ場所が良い。その
「はっ」
副官は部屋を出ようと扉に手を掛ける。するとグリーは「待て、今一つ……」と副官を呼び止める。
「傭兵達にはまだ話すな。良いな?」
◇◇◇
数日後、エラグ王国
エバール砦から数えて三番目に当たるこの砦は、そのままエラグ軍の第三防衛線と
「軍議中失礼致します! 閣下、宜しいでしょうか!」
「構わぬ、入れ」
扉の外からクライールに呼び掛ける声。配下の兵はクライールの返答を受け扉を開く。「失礼致します!」と入室した兵の手には一通の書簡。つかつかとクライールの
「敵方より閣下宛の密書にございます」
「ほぅ……」
クライールが書簡を受け取ると指揮官達はにわかに色めき立った。
「このタイミングでエイレイよりの書簡、間違いありませぬな!」
興奮気味に声を上げる部下に「早まるな、ぬか喜びで終わるかも知れんぞ?」と話ながら
「ふむ……お主の預言、当たったようだ」
クライールはそう話ながらニヤリと笑った。途端に指揮官達から歓声が上がる。
「三日後、場所はエバールより少し北、エラグ・エイレイ国境付近の小さな廃村。間道を抜ければ一日の距離であるな。会談の目的は……無論、和睦交渉であろうのぅ」
「さすがは閣下、相変わらずのご
「何を
◇◇◇
「失礼、クライール将軍でございますな?」
「
「得物はこちらでお預かり致します。中へはお一人で……すでに我らが主、グリーが中で将軍をお待ち申し上げております」
「うむ」
クライールは取り次ぎのエイレイ兵に腰の剣を渡す。「閣下……」と心配する部下の言葉に「待っておれ」と短く答える。そして一人、少しばかり崩れかけた民家跡へ入っていった。
会談当日。クライールは二十人ばかりの供を引き連れ、指定されていた国境付近の廃村を訪れた。廃村にはすでにエイレイの兵が警備として展開されており、会談場所となる民家跡を案内された。そこは恐らく、かつては村長などの有力者が住んでいたであろうと推測出来る
「おぉ、お待ち致しておりました、クライール殿」
部屋の中央に置かれたテーブルに着いていたグリーは、クライールの姿を確認するとスッと立ち上がり出迎えた。そして自身の向かいに座るよう右手を差し出す。
「何年振りであろうか……ご立派になられましたなぁ、グリー殿」
クライールはグリーの勧める通りに席に着いた。
「初めてお会いしたのは私がまだまだひよっ子の頃でした。クライール殿もお変わりなく、ご
「何の、ただただ歳を経たに過ぎぬ……ふむ、思い出してきた。あの時の若者が今や東の番人と呼ばれる名将となられたとは」
「ハハハハッ、お止め下さい。全くお恥ずかしい……そんな大層なものではございませぬ」
昔を懐かしみ和やかな談笑が続く。しかしそれに大した意味のない事は互いに良く理解している。そして話は本題へと移る。
◇◇◇
「ほぅ、では援軍の進発を止めておると?」
クライールは思わず身を乗り出した。
「左様に。我らが王都では戦争継続派が息を巻いております。陛下の
グリーの発言に「なるほど……」と呟き腕を組むクライール。そしてゆっくりと言葉を続ける。
「貴殿もずいぶんとご苦労されておる様ですなぁ。我らとしても当然和睦は望む所、ぜひ前向きに検討したい。そうそう、それに伴い一つ貴殿のお耳に入れておきたき事がございましてな。実は――」
◇◇◇
「
グリーにそう告げると
◇◇◇
「乗ってきますでしょうか?」
馬を駆けながら問い掛ける部下に、クライールは穏やかに笑いながら答える。
「それ以外に選択肢はないからのぅ。
「それは……長く東の国境を守っていたからでは?」
「強い忠義心と愛国心を持って、国境を守っていたからだ。国に
◇◇◇
「クライールは行ったか……?」
「は。供の者らとすでに」
「そうか……」
そう呟くとグリーは部下から自身の剣を受け取る。そしてシュッと
「……ぬうぅぅぁぁぁぁ!!」
バキィッ!!
グリーは手にした剣を廃屋の横に建っている物置の壁に激しく打ち付けた。
「ぬぅっ! ぬぁっ! ぬぁぁ!!」
更に二度三度、繰り返し剣を打ち付ける。物置の壁は見る見る崩れて行く。
「グ、グリー様……!?」
驚き
「してやられたわ……クライィルゥゥゥ……!!」
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