第147話 核心的な情報
「おいおい、いねぇって事はねぇだろ?」
「いないとは言っていない、変わらないと言っている。アルマドはいつもと何ら変わらない、入り込んでいる
夜。ここはアルマド西地区にある老舗パブ、夜の
さて、他にもいくつかあるこれらの店の役割だが、ここは各地に散っていた諜報部員達が集めた情報を持ち寄る情報の収集場所として機能している。仮に諜報部の事務所に諜報部員達が直接情報を届けたならば、きっとひっきりなしに人が出入りする事になる為、その建物はさぞ怪しまれるだろう。事務所と諜報部員達が特定されないよう、このように情報の届け先を設けているのだ。
一階店舗の賑やかな
当初ゼルよりこの情報を聞いた諜報部は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。それはそうだ。それは諜報部とて
「一番隊がいない今、我ら諜報部はアルマドの防衛には相当気を使っている。街に入り込んだ新顔は確実にチェックしている、どこの間者なのか……徹底的にな。しかしまぁ、アルマドに潜り込んでいるリザーブルの間者に変化がないのは当然だ。そもそもここに必要以上の間者を送り込む意味がない。アルマドからジョーカーの部隊が出陣したら、それは
「まぁそうなんだがなぁ……」とガシガシ頭を
「それよりも、俺が気になって仕方がないのはここの数字だ」
ラクターはトン、とテーブルに広げられた地図のとある地点に指を置く。そこはアルマドの北、リザーブルとジノンの国境線。そのリザーブル側にはいくつもの数字が記されている。
「この数字はリザーブルの国境警備兵の数か?」
「そうだ。現地に潜らせている諜報員からの報告は聞いていた。国境線に点在しているリザーブルの砦の警備兵、ある時を境にその数が減っていっている、とな。当初はこの報告の意味を計れなかった。単に人員入れ替えの為に一時的にその数が減っているのか、くらいに思っていたのだが……しかしお前話を聞いて確信した。リザーブルは間違いなくアルマドに侵攻する。連中はこの減らした警備兵をアルマド侵攻に回すつもりなのだろう。だが不可思議な点が一つ……
アルマドの歴史は戦いの歴史である。過去に
眉間にシワを寄せ険しい表情で地図を
「いや、ジノンは動かねぇ……そう……そうだ! リザーブルの連中はそれを知ってやがるんだ! ジノンの現王は
「待て……」
「あぁ?」
「待て待て……ゼルよ……」
「何だよ、ラクター」
「お前……その話をどこで聞いた……?」
「ああ、ジノンの北、ティモン領を治める辺境伯から聞いた。プラウル・フィンテックだ。奴とは馴染みでな、バウカー兄弟を仕留めるのに馬を用立ててもらってよ、その馬を引き取りに行った時にその話を聞いた。まぁ確かに、ここ二十年くらいはジノンはアルマドに侵攻しちゃあいねぇ……んだが……ラクター?」
「……誰にした?」
「はぁ?」
「その話を誰にした?」
「誰にって……」
「誰にしたかと聞いている!!」
突如鬼の形相で怒鳴るラクター。そんな鬼気迫る様子のラクターに困惑するばかりのゼル。
「待てよラクター……一体何だってんだ!?」
「……順を追って確認する。ジノン王は
「ああ。領土拡大の意思は持ってないって事なんだろ。戦に
「……そんな話は聞いた事もない」
「はぁ?」
「その話が真実なら、これはジノンにとっては相当大きな変革だ。先王の時代にはアルマドやリザーブルだけではなく、隙あらば他国の領土をかすめ取ろうと周りにちょっかいを出していたあの国がだ、現王に代替わりしたとはいえ外征はしないと決めた……国の方針を大きく曲げたという事だ。だがジノンはその話を公表していない。仮に公表していたら当然俺も知っているはずだ。だがそんな話は知らない……聞いた事がない。いや、そもそも公表など出来る訳がない」
「それは……リザーブルが隣にあるからだな?」
「そうだ。四十年程前か、アルマドの北で起きたリザーブルとジノンの戦争。この戦争により北の国境線は大きく描き変えられた。
「ジノンとリザーブルは敵対してるからなぁ、国交なんてありはしねぇ。貿易すら相当制限が掛かってるくらいだ、普通に情報が伝わるなんて事はねぇわな。リザーブルの間者がいい仕事したって事か?」
「その可能性は低い。お前が今話したようにジノンはリザーブルを強烈に敵視している。そんな国の間者が好きに出来る程ジノンは優しい国ではない。そもそもジノンでは他国の間者が発見されれば有無を言わさず処刑される。そのくらい情報漏洩に過敏になっている国だ。故に
「いや……ちょっと待てよラクター……」
「だから聞いたんだ。ゼル、お前この話を一体誰にしたんだ?」
テーブルに両肘を付き「くそっ!」と吐き捨てるゼル。頭を抱えながら必死に記憶を呼び戻す。
「ホルツは知ってる……か。一緒にプラウルに会ったが、その話をした時
ガン! とテーブルを叩くゼル。ビリビリとテーブル全体が振動する。
「済まねぇ、ラクター……これは俺のミスだ」
怒り、苛立ち、焦り……絞り出すかのようにゼルが口にした言葉には様々な感情が
「……まだそうだと断定された訳ではない。ジノンは公表していない。リザーブルに直接情報を伝えるはずもない。間者の活動も難しい。そんな中、
話ながらラクターはテーブルに広げられていた地図をくるくると丸め始める。
「しかしそう考えればなるほど、リザーブルにとっては都合が良い。アルマドだけではなく始まりの家にも間者を潜り込ませておけば、より正確にこちらの守備状況を確認出来る。ともあれ、
自虐的に笑いながら席を立つラクター。「済まねぇ、世話を掛ける」と伏し目がちなゼル。
「しかし、裏切り者だらけだな。お前はリガロとバウカー兄弟にしてやられ、エクスウェルはビー・レイのせいでクーデターが失敗、我らも
そう話すとラクターは部屋を出た。一人残されたゼルは椅子の背にもたれて上を向くと「ふぅ……」と息を吐く。
「よし、やるかぁ」
小さく呟いたゼルは決意に満ちた表情で部屋を
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