第146話 魔喰い
「んでぇ、ベルーナさん。この剣は一体何なんだぁ?」
壁に手を付き背中の痛みを
「
「
「ああ、正式名称じゃあないよ。名前は勿論、いつどこで誰が打ったのかも分からない。どこにも
「ほぉ~ん。何で魔喰いなんて呼んでんだぁ?」と話ながらホルツは魔喰いを
「魔力を喰うからさ。ただし斬り付けた相手からじゃあないよ、使用者の魔力を喰うのさ。この剣はねぇ、自身を
ベルーナの説明を聞いたホルツは慌てて
「さぁねぇ。工作部員の誰かが打った物なのか、それともどこからか流れてここにたどり着いた物なのか……ホルツはさっき、ここにある武器は全て新品だ、なんて話していたが、これに関してはどうなのか分からない。誰かが使っていた物なのかも知れないが、ただこんな
「こんな危ねぇ
「そうは言うがねぇ、ホルツ。これは中々に珍しい一品なのだよ。非常に面白い魔法が
抜いた者の魔力をごっそりと吸い取る
「それはつまり、剣自体が硬くなって壊れにくくなる……とか?」
「そういう事だねぇ。武器なんて物は消耗品だ、激しく打ち合えば刃こぼれはするし、欠けてしまったり折れてしまったり……そんな事は日常茶飯事さ。今まさに剣を壊したが為に新しい剣の完成を待っているホルツなら、その効果の有用性は充分理解出来るだろう?」
ちらりとホルツを見るベルーナ。「確かに……武器が壊れていざって時に仕留められねぇ、身を守れねぇ、ってのは楽しくねぇなぁ……」とぼそりと呟くホルツ。
「そうだろう? 有無を言わさず大量の魔力を吸い取るが、その見返りとして最高の強度と落ちる事のない切れ味を保証してくれる。これはそういう剣さ。こんな効果が
「ちょい待て」
「何だい、ホルツ?」
「その剣抜いたら皆ぶっ倒れるんだろ? じゃあ何でその効果が分かるんだよ?」
ホルツの疑問に呆れたような表情を浮かべるベルーナ。やれやれ、といった感じでその疑問に答える。
「鈍ちんホルツの割には良い所を突いている……ようでいてやっぱり鈍ちんホルツだねぇ……君、私が一体何なのか……よもや忘れたとは言わせないよ?」
「あ……そうか……」
「そうさ! 私は
「はいはい……調べた訳ね?」と面倒臭そうなライエ。
「その通り! この超絶魔具師の私にかかれば、剣を抜かずとも付与されている効果などまさに透けて見えるが如し! ……とまぁ、その当時はそう思っていたんだがねぇ。これが中々厄介だったのだよ」
「何が厄介だったの?」
「この剣に付与されている魔法、その術式が全く読めないのさ。見た事もない言葉で術式が構築されていてねぇ、術式を読めないとその効果も分からない、全くお手上げだったのだよ。そこで私は大陸中の魔導学園にその術式を丸写しした書簡を送ったのさ。専門家なら知っているんじゃあないかと思ってねぇ。ところが待てど暮らせど返信が来ない。私自身忘れかけていた頃にようやく一通の返信が届いてねぇ。北方、ビルデ山脈に広がるイオンザ王国、その国立の魔導学園からさ。内容を読んで驚いたよ。この術式は古代語で構築されているって言うじゃあないか、ということは当然古代魔法が付与されているという事だ。そしてその魔法の効果は対象に硬化処理を施す、というものだと書かれていたのさ」
「古代魔法って付与出来るんだ……」
「そうみたいだねぇ。しかし良く良く考えたら、そう不可思議な事ではないのさ。古代魔法を使うには大抵呪文の
ベルーナは魔喰いを俺に手渡す。「ん、そうだね」と俺は鞘を掴み
「おいおい、何してんだ!?」
「ちょっとコウ!?」
と、慌てた様子のホルツとライエ。「どうしたんだい、二人共?」と不可思議な表情のベルーナ。
「どうしたって……抜いたらぶっ倒れるんだろ?」
「そうだよ、コウも何普通に抜こうとしてんの!?」
一瞬ポカンとするベルーナ。そしてすぐに状況を把握する。
「ふむ……ひょっとしてコウ、話してないのかい?」
「ああ……話してない、かな? 自分から積極的にするような話でもないし……」
「ま、それもそうだねぇ。話しても?」
「構わないよ」
「では説明しよう。コウはねぇ、もの凄い量の魔力を保有しているのだよ。さっき彼に抱き付いた時に、私が開発した相手の魔力見える君で彼の魔力を覗いてみたのだよ」
「ちょい待て……何だって? 相手の魔力……何?」
「話の腰を折りまくるねぇ、ホルツ。相手の魔力見える君、私が開発した魔導具さ。これを身に付ければどんなに巧妙に
「そんなにすごいの?」と興味津々な様子のライエ。そんなライエを見たベルーナは「コウ、問題なかったら魔力
「きっとコウならば魔喰いが満腹になるくらい魔力を喰わせても、まだまだ余裕があるだろうさ。私は運命やら迷信やらといった不確実なものは信用しない
話ながらホルツの腕を触るベルーナ。「試しにホルツのを覗いて見ようかねぇ?」とニヤッと笑う。「お、俺か!?」とドキドキするホルツ。しかしベルーナは「フッ……」と失笑。
「水溜まりだねぇ」
「へ……はぁ!? ちょ待っ……いやいやいや! そりゃ俺は魔導師じゃねぇしよ、大した期待はしてねぇが……いくらなんでも水溜ま……なぁ!?」
「泥水だねぇ」
「泥……」
絶句し沈黙するホルツをよそに、ベルーナはにこやかに笑いながら「さ、コウ、抜いてみたまえ」と一言。俺はシュッ、と魔喰いを鞘から引き抜いた。
黒い。
鞘、柄はおろか魔喰いはその
ググ……グオォォォ……
と、実際に音はしていないのだが、効果音を付けるとすればこんな感じだろうか? 鞘から解き放たれた魔喰いはグォォォと勢い良く俺の右手から魔力を吸い上げた。「うおっ!」と思わず声を上げる。「どうだい?」と問い掛けるベルーナに「うん、結構吸われた……かも?」と答える。
「どれどれぇ?」とベルーナは俺の首にスルッと両腕を絡ませる。そして「思った通りさ!」と声を上げた。
「湖から少しばかり水を抜いた所で、影響なんて微々たるものだ。コウにとってはこれくらい……」
「いい加減にしなさいよ!」とベルーナの言葉を
「何でいちいち抱き付くの! ホルツにやったみたいに、腕なり肩なり触るだけでもいいんでしょ!」
怒るライエにきょとんとするベルーナ。「おかしな事を言うねぇ、ライエ。君だってあの小汚ない
「や……それはそだけども! でもそういう事じゃなくて! 抱き付く必要はないでしょって事を……」
「お前ら……その辺にしとけよ…………頼むから……」と顔を下げ力なく呟くホルツ。なんか可哀想になってきた。しかしベルーナは「こんな事でヘコんでる場合じゃあないよ、ホルツ!」とバシンとホルツの肩を叩き「何でも良い、その辺の剣を抜いて構えておくれよ」と壁に立て掛けている武器を指差す。
「ああ? 何するってんだぁ?」と言いながらホルツは適当に剣を手にするとスッと鞘から抜く。
「こんなチャンスはそうそうあるもんじゃあないからねぇ。
「なるほど、そういう事なら。ホルツ、いい?」と話しながら俺は魔喰いを構える。「ああ、いいぜ」と答えるホルツはグッと剣を握る。
「行くよ」
俺は魔喰いを振り上げるとホルツが構える剣、その剣身の側面に当たるよう斜めに斬り付けた。
ガチィィィン……!
思わず耳を塞ぎたくなる、そのくらい強く激しく響き渡る金属音。「おお! これはこれは……」とベルーナは嬉しそうに声を上げる。それもそのはず、俺が魔喰いで打ちつけたホルツが構える剣は、仮にここが戦場であればすぐさま別の武器を探さなければならない、というくらいに見事に折れ曲がっている。そして魔喰いはというと、なんと刃こぼれ一つしていない綺麗な状態なのだ。
「すごい……」
俺は思わず呟いた。ホルツの構えた剣は明らかに魔喰いより太く厚い。にも関わらず実に簡単に折れ曲がってしまったのだ。対して魔喰いはというと、あれ程の衝撃が加わったにも関わらず無傷。確かにこれならば、戦闘中に壊れてしまう事などないだろう。硬化の魔法、その効果は相当なもののようだ。
「ふむ……ではコウ、魔喰いを鞘に戻し再び
ベルーナの指示通り俺は魔喰いを鞘に収め再びシュッと引き抜く。
「どうだい? 魔力は吸われたかい?」
「いや、吸われてない。最初だけだね」
「ふむ……一度魔力を吸い取ればしばらくは使用出来るという事か……
「そのままコウから魔喰いを受け取ってみてくれ」
「いぃ!? いやこれ、魔力吸われんだろ!?」
「大丈夫さ、今のを見ただろう? 二度目は魔力を吸われていない。魔喰いは最初にコウの魔力をたっぷりと吸い取って満腹さ」
「本当かよ……」とホルツは恐る恐る手を伸ばす。俺は
「んがぁ!!」
ホルツは大きな声を上げてその場に膝から崩れ落ちた。恐らく魔力を吸い取られ魔力切れを起こしたのだろう。
「ホルツ!!」
「ちょっとホルツ!!」
俺は
「いや、でも……」と
グォォォ……
「うっ……」
思わず声を漏らした俺を見てベルーナは「魔力を吸われたんだね?」と確認する。俺は無言で
「上書き……」
「己の魔力を差し出す事で、魔喰いの使用権利を得る。これはある意味契約。魔喰いとの間に使用契約を結ぶという事さ。そして魔喰いは使用者を見極めている、判別していると考えて間違いない。最初にコウの魔力を吸い取り、二度目は吸わなかった。これはコウを使用者だと認識したからだろう。一度魔力を吸い取ると、同じ者であればしばらくは使用可能という事なんだろうねぇ。時間の制限があるのか、はたまた振り下ろした回数なのか……その
ベルーナは俺が握っている魔喰いをまじまじと見ながら更に話を続ける。
「使用者を完全に限定する訳ではない。資格がある者にはその力を存分に貸す。だがその資格が非常に厳しい。有り余るくらいの豊富な魔力を保有していなければ使用出来ないなんて、これはまるでコウの為にあつらえられたような武器じゃあないか。他の者は手にする事すら出来ない、君専用の武器と言っても過言ではないねぇ。良かったじゃあないか、良い武器に巡りあえて。存分に使うが良いさ」
そう話すとベルーナはニコッと笑う。
「いや、だってこれ……希少な物なんじゃ……」
「確かに、こんな効果を持つ魔道具なんてそうそうないねぇ。そういう意味では希少なんだろうが、道具なんて物は使ってこそ価値があるのだよ。扱える者がいないのであれば、それはここにないのと同じ事さ。ただ眠らせておくなんて勿体ないだろう? 君は使えるんだ、だったら使えば良い。その方がこの剣も喜ぶだろうさ」
「じゃあ、遠慮なく」そう答える俺に対し「ああ、それで良い」と満足そうな表情のベルーナ。すると「それは結構なんだけどさ……」とライエは話に割って入った。そして床を指差しながら「どうすんの、これ?」と一言。床に転がっているのは魔力を吸われて倒れているホルツ。
「あっ……ホルツ……」
すっかり忘れていた……魔喰いに魔力を吸われて魔力切れを起こしたホルツは白目を
「ふむ……目覚めるまでは時間が掛かるだろうねぇ。な~に、死んでいる訳ではない、魔力がある程度回復したら目を覚ますだろうさ」
あっけらかんと話すベルーナ。そんなベルーナに「これ、分かっててやらせたんでしょう……?」とライエは呆れ気味に話す。ベルーナは「おいおい、人聞きが悪いじゃあないか」と反論。
「予想はしていたさぁ。まぁ、それが予想通りだったというだけの話でね」
いたずらっぽくベルーナは笑う。
「コウ、少し時間をくれないか?
魔喰いを受け取ろうと手を伸ばすベルーナ。「いや、ちょっと待って」と俺は魔喰いをベルーナから遠ざけるように頭上へかざす。
「だってこれ……研げるの?」
俺の懸念を理解したベルーナ。軽く笑いながら手を伸ばす。
「柄を握らなければ問題ないさ。切っ先と剣身の根本を持って研げば良いだけの話だろう? やらせておくれよ、コウ。これは工作部の仕事さ」
ニコッと笑うベルーナ。「じゃあ……」と俺は魔喰いをベルーナに渡す。
「さて……」とベルーナは床に転がっているホルツを見る。
「さすがにこのままってのは可哀想だねぇ」
そう呟いたベルーナは武器庫の扉を開く。
そして「おおい! 誰か、毛布か何か、何ぞ掛ける物を持ってきてくれ!」と叫ぶ。「このままじゃホルツが風邪をひいてしまうからねぇ」とこちらを見ながらニヤッと笑う。
どこかに運んでやる訳じゃないんだね……
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