第149話 屈辱の会談

「それ程までにお怒りに?」


「うむ。側に控えておった兵などは、そのあまりの剣幕にちぢみ上がっておったそうだ」


「むぅ……クライールと一体何をお話されたのか……して、只今ただいまのご機嫌は如何いかがか?」


「帰りの馬車内では終始無言だったそうだ。ここに戻られてからもしばし部屋にこもっておったそうだが、先程様子を見に行った兵が言うには、その時にはすでにいつもの穏やかな将軍であられた、と」


「そうか。であるならばずは一安心だ」


「うむ。詳細はこのあとの軍議にてご説明下さるだろう」



 ◇◇◇



 エバール砦の一室。中央の大きな長テーブルにはすでに指揮官クラスの将達が座っている。すると扉が開き「済まぬ、遅くなった」とグリーが入室する。将達は一斉に立ち上がりグリーを迎える。グリーはテーブルの一番奥の席に着くと「では始めよう」と一言。それを合図に将達は席に着く。軍議の始まりだ。


「ここに居る者達はすでに承知と思うが、一昨日エラグ側との……」とグリーが話し始めたその時「ご報告を!」と一人の兵が部屋に飛び込んできた。「何事か! 騒々しい!」と怒鳴るグリーの副官。兵はその場で敬礼をすると大声で叫ぶ。


「たった今間者かんじゃよりの一報! 西のベーゼント共和国が突如挙兵、その数およそ一万! エラグ西道から入ったベーゼント軍は現在王都エラグニウスへ向け進軍中とのよし!」


「な……何だそれは!?」

「バカな!? 何故なぜベーゼントが……」

「おのれぇ……我らを出し抜き王都を狙うつもりかぁ!!」



「静まれぃ!!」



 怒号が飛び交う場を一喝して収めるグリー。そして「報告ご苦労。これは他言無用ぞ」と兵をねぎらい同時に釘を刺す。


「さて諸君、聞いての通りベーゼントが挙兵した。しかしながらこの軍は、エラグニウスを急襲する為に派兵された軍にあらず。むしろその逆、エラグニウスを守る為の軍である」


 一同は言葉を失った。グリーが何を言っているのか、突然の事で理解出来ないのだ。それはそうだろう。ベーゼントの挙兵、そして何故なぜかその挙兵の理由を語るグリー。頭の中でグリーの言葉を反芻はんすうし、そしてどうにか、辛うじてその意味を理解した副官。「それでは、まるで……」と言葉を絞り出す。するとそれを聞いたグリーは笑いながら答えた。


「フフ……それではまるで援軍ではないか、だろう? その通り、これは援軍だ。エラグとベーゼントはめいを結んでおる」



「「「 !? 」」」



 場は驚きに包まれる。一瞬の静寂ののち、再び飛び交う怒号。


「それは……一体どういう事でありますか!?」

「左様! あの二か国がめいなどと……」

「聞いた事もありませんぞ、そんな話!」


「聞いた事がないのは当然、公表されておらぬからな。極秘裏に結ばれていた盟である。と、クライールはそう申しておったわ……」


 グリーは険しい表情を浮かべる。思い出すだけで腹が立つ。それはもう、気が狂いそうな程に。震える程の怒りをグッと抑え込み、グリーはクライールとの会談を振り返り将達に説明を始める。



 ◇◇◇



「そうそう、それに伴い一つ貴殿のお耳に入れておきたき事がございましてな。実は我らエラグ王国は、大陸中東部の平和と安寧あんねい、そしてこの地域の更なる発展の為に、先達せんだって西の隣国ベーゼント共和国と盟を結びました事をご報告申し上げる」



「な……!」



 グリーは絶句した。絶句し、そののちすぐに思考も止まった。理解が出来ない、頭が真っ白になった。それくらい衝撃的な話だったのだ。


(何を……何を言っている……盟? 同盟……ベーゼントが? 何故なにゆえベーゼントが……)


 ハッと我に返るグリー。どのくらいほうけていたのか? まずい、何か話さなければ。動揺していると悟られてはまずい。そう考えグリーは無理矢理に言葉を絞り出す。


まことで……ございますか……いやしかし、その様な話は一切……」


「伏せておりましたゆえ、ご存知ないのも無理からぬ事。ベーゼントから了承の返答が届いたのはこのいくさの開戦直前、エバール砦へと向かう道中でした。すぐにいくさが始まるゆえ公表はせずに調印をと申し出た所、快く承諾してもらいましてな。そして貴国としのぎを削っていたまさにその時、ベーゼント共和国スウィンガー大統領が人知れずエラグニウスを訪問し、そのまま無事調印と相成あいなった次第に……」


(バカな……いつの間に……)


 グリーは動揺する。当然だ、間者からの報告はない。そんな話は聞いた事もない。必死で頭を整理する。エラグがベーゼントと同盟を組んだ、それが何を意味するのか。いや、整理するまでもない。それが事実ならエイレイにとっては最悪の事態なのだ。しかしクライールは更に驚くべき事を口にする。


「加えて申せば、ベーゼントから一万の軍がエラグニウスへと向かう手筈てはずとなっております」



「!?」



 再びの衝撃。グリーは思わず立ち上がった。


「それは援軍……と?」


「左様に。ありがたい事にベーゼントはずいぶんと今回の戦を気に掛けてくれている様でしてな。少しばかり押されていると申した所、では是非ぜひに援軍を、と。もうそろそろ進発かと思うのだが……」



(バカな…………何だこれは……何なんだ!)



 ドカッと椅子に腰を下ろす。平静を装いつつもグリーは狼狽ろうばいしていた。途中ずいぶんと押されたとはいえ、自分達が優位である事には変わりはないはずだった。いつでもお前達を潰せるのだと、援軍を盾に和睦をまとめその後の貿易交渉を有利に行う。その為の簡単な仕事だったのだ。それがどういう訳か全く立場が逆になってしまっている。こんな馬鹿な話を受け入れられるはずがない。


(クソッ! どうしてこうなった!? 援軍だと……これでは逆ではないか! 援軍をちらつかせ交渉を進めるのは我らの方だったはずだ……それが何故なぜに……!)


「今回の同盟の件、貴国には礼の一つも言わねばならぬと思うておりましてな」


「は……礼、とは?」


「うむ、この同盟の検討を始めたきっかけは、貴国らが締結したエルバーナの大同盟にある故。最初にこの一報を聞いた時には我が耳を疑ったものです。実に五ヶ国の同盟など、古今ここん聞いた事がありませんからな。ずいぶんと無駄な事を考える者がおる、続くはずがない、回るはずがないと……失礼ながらそう考えておりました。しかしながら、蓋を開けてみれば何とも上手く回っている。やはり共通の目的がある、というのが大きいのでしょうなぁ。何方いずかたからか現れ厄災の如く暴れ回るオーク、それを協力して排除しようという共通の目的。この大同盟の成功はわしにとってはまさに、目からうろこが落ちるが如し、でしてなぁ。周辺国など我らの資源を狙う敵ばかりだと、そう決め付けておりました。しかしながらそんな中にも仲間を作る事が出来れば、きゅうするばかりの現状も打破する事が出来るのでは――」


 クライールの話は続く。しかしグリーの耳には届いていない。グリーの意識は別の所にあった。今考えなければならない事は、この状況でどうやって優位に立ち和睦をまとめるか、当然それのみである。


(おかしい。そもそもが早すぎる。盟を結び直後に援軍などと……最初から援軍ありきで話を進めねば、こんな事には……いや、それは良い。今更いまさらだ。ではどうする? どうやって話を展開する? 完全に立場が逆になってしまったこの状況で……やはりエスペラームから援軍を? しかし二ヶ国を相手に戦争継続など……ではこちらも同盟を……頼るか? いや、いやいやダメだ、受ける国などあるはずがない。それ以前に、それは陛下の名をおとしめる事に繋がる……ダメだ、断じてダメだ!)


 そこまで考えてグリーはハッとした。


(まさか……この男、そこまで読んでいたのか……? 大同盟は動かせないと……いや、そもそも私が同盟に話などさせるはずがないと……まさか!?)


 エルバーナ大同盟の根本的な趣旨しゅしは防衛である。外征がいせいを受け入れ派兵する国はないだろう。何より同盟を巻き込んだ戦争の拡大を、エイレイ王に進言するつもりはグリーにはない。それを出来ない、させられない理由があったからだ。


 グリーは思わず食い入るようにクライールの顔を見た。クライールは実に落ち着いて、実に平然と、実に余裕のある表情で話している。そんなクライールの姿を見てグリーは改めて思い出した。目の前のこの男は天才と評される老将だった、と。


「どうされましたか、グリー殿……顔色が優れませぬな。大層な汗を……」


 言われて気が付いた。グリーの額からは大粒の汗がしたたっていた。


「あ、ああ……いえ、心配無用に……今日はとても、暑うございますな……」


 グリーは汗をぬぐいながら咄嗟とっさに取りつくろった。するとクライールは静かに口を開く。


「ふむ……今日はこの辺にしておきましょう。グリー殿の体調も思わしくないご様子なれば……」


「あ……あぁ、これは……お気遣い頂き面目ない。しかし私は……」


「ご案じめされるな。少しばかり時を置き、結論は後日でもよろしかろう。そうですなぁ……三日後再びここで、というのは如何いかがか?」


「三日後!? ……でございますか? それはあまりに……」


「早すぎる、という事はございますまい。我らはそれぞれの国王の名代みょうだいとしてこの場に座っておる。つまりはこの戦に関しての全権を預かっているという事。戦争継続も和睦も、決断は我らにゆだねられているはず。そうでござろう? それぞれの王都へうかがいを立てる必要もなし……しかしながら、我ら双方の思惑おもわくは一致していると考えまする。であるならば、然程さほどに議論する必要もございませんしな」


 そう話すとにっこりと微笑むクライール。しかしその笑みは好感の持てる笑みではない。グリーの体調を気遣った優しさから出た、好意溢れる笑顔では断じてないのだ。全てはこちらの予想通り、思惑おもわく通りに事が運んでいる。交渉の主導権は完全に握った、ここからどうくつがえす? やれるものならやって見せろ、という挑発に満ちた不敵な笑み。少なくともグリーにはそんな不快極まる笑みに見えた。



(ぐっ……ぬうぅぅぅ……ぐううぅぅぅぅぅ!!)



 沸き上がる怒り。それを押し殺す。全力で押し殺す。そうしなければ今にもクライールに掴み掛かかりそうになる。そんな衝動を抑え込む為にテーブルの一点を見つめながら、ギリギリと歯を食い縛りながら、必死に怒りと戦う。しかしそれに注力するがあまり、グリーは席を立つクライールを引き止める事が出来なかった。


しからばグリー殿、三日後、またここで」

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