第169話 感情の正体

「よぅベルナディ、調子はどうだ?」


「団長……!? はい、まぁぼちぼち……」


 言葉ずくなに答えるベルナディ。その表情は暗い。


「せっかく拾った命だ、楽しめよ。で、中にいるか?」


 ベルナディは無言で首を縦に振る。


「……その様子じゃまだ難儀なんぎしてる様だな」


「ずっとピリついてます。俺達もあれ以来どうにも話し掛けづらくなっちまって……」


「そうか……あぁそうだ、お前ら出る準備しとけよ」


「準備?」


「おう、六番隊に仕事だ」


 エイレイ王国、ジョーカープルーム支部。エクスウェルは敷地内の別棟にある六番隊の宿舎を訪れた。バルファ攻めに失敗した六番隊は多大な被害を被り、更にはアイロウが信頼を置く三人の腹心をも失った。そんな隊の傷を癒すべく、彼らはプルームに駐留ちゅうりゅうしていたのだ。そしてエクスウェルの耳にはとある情報が届いていた。


 アイロウがずいぶんと荒れている。


 バルファから撤退し真っ直ぐプルームに戻った六番隊は、態勢を整えエイレイ・エラグのいくさに参戦するつもりだった。しかし六番隊が動く前に戦争は終結。バルファでの敗北、そのさを晴らそうとの意味もあった六番隊のいくさへの参戦は叶わなかった。溜まりに溜まったフラストレーションを解消出来ないアイロウの心境は容易に想像出来るだろう。



 ◇◇◇



「入るぜ」


 六番隊宿舎、アイロウの執務室の扉越しに声を掛けるエクスウェル。「どうぞ……」と、部屋の中からはアイロウの声。扉を開けて部屋へ入ったエクスウェルは、アイロウの陰鬱いんうつな顔を見るなりかつを入れた。


「何をシケたつらしてやがる! 負けんの今回が初めてじゃねぇだろ!」


「……これ程手痛くやられたのは初めてですよ」


「パウトらがられたのは聞いた。だがお前はまだ生きてる。六番隊もまだ死んじゃいねぇ。で……そんなに強かったのか?」


「最近じゃ記憶にないくらいの強敵でした。ラムテージとスールーはブロスとデームにられた。あいつらがそこまで出来るとは思わなかった。途中から現れた変な剣士達もそうだが……」


 アイロウの表情が一段と険しくなる。


「何よりあの魔導師だ……パウトは俺を守る為に奴の魔法で死んだ……俺の目の前でパウトは消し飛んだんだ! 絶対に……あの魔導師は絶対に殺す……!」


「ハハハ、意気込みは結構だがな……出来んのか?」


 挑発するエクスウェル。アイロウはギロリとエクスウェルを睨むと噛み付かんばかりの勢いで怒鳴る。


「当然だ! 誰に言っている! 何なら……試してみるか……!」


「ハハハハハッ、怖ぇ怖ぇ~。だがさっきより万倍マシなつらになった。懐かしいじゃねぇか、お前が俺に噛み付くなんてよ。あれは……俺が団長に就任する時か。気に食わねぇって吐きやがったお前をねじ伏せた、あの時以来だ」


「チ……思い出したくもない……」


「さすがに今殺り合っても勝てそうにねぇからな、丁重にお断りさせてもらおうか。だがま、強い奴に従う。実に明確、分かりやすいルールだな。俺はお前のそういうシンプルな考え方が気に入っている。さて、お前の顔に無事生気が戻った所でだ、一つ頼まれちゃあくれねぇか? 東へ行ってこい」


「東? ゼルさんは西から来るはずですが……?」


(ハッ、ゼルさん・・ね……)


 エクスウェルはアイロウが敵であるはずのゼルに敬称けいしょうを付けて呼んでいる事を容認していた。強い者には敬意を払うというアイロウの姿勢を理解しているからだ。そしてそれはゼルが強者であるという事を示している。アイロウの人物評はおおむね正しいと、エクスウェルは常日頃そう考えていた。アイロウが他者をどう判断するか、エクスウェルはそれを自身の判断の材料の一つとしていたのだ。


「怖い顔すんなよ、別にハブろうなんて思ってねぇよ。ラテールがエイレイ国内で大規模な団員募集をかけてな、それに応じた二百程の新米達がプルームに向け移動中だ。が、どうにもモタモタしてやがってな。そこでお前ら六番隊が迎えに行って、連中のケツ叩いて早いとこプルームに連れてこい」


「六番隊が行かなきゃいけない事ですかね」


 憮然ぶぜんとするアイロウ。しかしエクスウェルは軽く笑いながらいなす・・・様に話す。


「だから怖い顔すんなっての。お前ら大分数減っただろ、だから新米達は全員お前に預ける。ま、どれだけ使える奴がいるのか怪しいがな。多分今頃は街道沿いの街、アジャス辺りにいるはずだ。プルームから往復で四、五日って所か。出陣の準備もあと数日掛かるらしいからちょうど良い。お前らが帰還したらすぐに打って出てゼルを迎え撃つ」


「……分かりました。その間にゼルさんが攻めて来ても、簡単に殺られないで下さいよ。笑い話にもなりませんから」


 伏し目がちに吐き捨てる様に話すアイロウ。一瞬の間。そしてエクスウェルは笑う。


「ハハハハハッ、言うじゃねぇか。俺があの甘ちゃんに負けるとでも? そりゃあ確かに笑えねぇ」


 笑いながらアイロウに同意するエクスウェル。しかし直後、すぅ~とその顔から笑みが消える。そしてゆっくりとアイロウに近付くと、座っているアイロウの顔を覗き込む様に身を屈める。




「だがよもや……本気でそう思ってる訳じゃあねぇよなぁ?」




 低く、静かに、怒気どきがたっぷりと含まれた言葉。エクスウェルはアイロウを睨む。アイロウもまた、視線を上げ無言でエクスウェルを睨む。


「フ……まぁ良い。仮にお前らが戻る前に戦端せんたんが開かれたとしてもだ、お前の取り分は取っといてやるから心配すんな。向こうの魔導師とはきっちりケリ付けさせてやるよ。じゃあ頼んだぜ」


 薄ら笑いを浮かべながらエクスウェルは部屋を出た。そんなエクスウェルに強烈な不快感を覚えたアイロウ。エクスウェルが退室した後も、ずっと扉を睨み続けた。



 ◇◇◇



「マスター、いいか?」


 程なくしてベルナディが執務室を訪れた。部屋へ入りアイロウの顔を見たベルナディは緊張した。その顔は強張こわばり、ひきつり、鬼の様に歪んでいる。明らかな怒りの感情が見て取れた。ベルナディは恐る恐る問い掛ける。


「マスター、何があった? 団長と……何を話した?」


「別に……何もない。明日、日の出と共に出る。皆に準備させておけ」


 そう話すと立ち上がり部屋を出ようとするアイロウ。ベルナディはそんなアイロウの腕を掴んで引き留める。


「何もないって面じゃないぜ! 何なんだ! どうしたってんだ!? あんた、ここに戻ってからおかしいぜ? 確かに……あんな負け方はした事ねぇよ。でもよ、だからってあんた……」


「もう一度言う! 準備させておけ……」


 アイロウはベルナディの手を振りほどき部屋を出ていった。


「おい、何だよそりゃ……」





 執務室を出たアイロウは自室へと向かい廊下を歩く。そして歩きながら考えていた。何故なぜこんなにも腹立たしいのか、何故なぜこんなにも苛立つのか、何故なぜこんなにもいかっているのか。まるでコントロール出来ない自身の感情に戸惑っていた。確かにエクスウェルの言っていた通りだなのだ。初めて負けた訳ではない。初めて部下を失った訳でもない。しかしだとしたら、何故これ程までに心に刺が立つのか。


 自室に入ると、アイロウは倒れ込む様にベッドに横になる。そして結論付けた。やはりあの若い魔導師なのだろうと。追い詰めたはずだった。後一息だった。しかしそこから引っくり返された。そしてあろう事かパウトを目の前で失った。


(まさか……嫉妬……!?)


 アイロウはハッとした。


(あの魔導師を妬んでいると?)


 純粋な力の有り無し、経験の有り無しではない。感性。アイロウはあの男に魔導師としてのセンスを感じたのだ。あの男が魔導師としてそこに立ち、そして立ち回る。その姿が未熟ながらもどうっていた。何の違和いわも感じなかった。そして不覚にも、自分より上の存在になるかも知れないなどと、そんな馬鹿げた予感がかすかに頭をよぎったのだ。


 そう、そうだ。あの魔導師が妬ましいのだ。恨めしいのだ。憎らしいのだ。自分を超える可能性があるあの魔導師を。


 だからこれ程までに苛立つのだ。そう仮定すると合点が行く。辻褄つじつまが合う。しかしそれは同時に、自分の醜さを肯定する事にも繋がる。得体の知れなかったこの感情の正体が、こんなにも浅ましいものだったのかと。そして不意に気付いた。先程エクスウェルに強烈な不快感を覚えたのは、そういう自分の醜い部分を見透かされた様に感じたからなのではないか、と。


(クソ……クソッ! 殺す……殺す、殺す、殺す! 殺してやる……!!)


 何人も邪魔はさせない、あの魔導師を殺す。湧き上がる殺意と共に、更に強く決意する。あの魔導師を……殺すのだ。



 ◇◇◇



 翌日早朝、ラテールはエクスウェルの自室を訪れていた。


「団長、六番隊が出たとの話ですが?」


「ああ、東だ。新米達の引率をさせる」


(聞いていないが……)


 出陣準備中の忙しくピリピリとした空気の中、自分に何も伝える事なく話を進めたエクスウェルにラテールは少しだけ不満を感じた。が、そんな素振りはおくび・・・にも出さずに話を進める。


「そうでしたか……荒れていると聞いておりましたが?」


「ああ、久々に噛み付かれたぜ」


「身の程知らずな……最強などと呼ばれてはいるが、無名の魔導師にしてやられたとか……存外軽い最強だ」


「やめとけ、六番隊の奴が残ってたらどうするよ。聞かれでもしたらお前、袋叩きに合うぜ?」


「そもそも団長はアイロウを屈伏させたのです、団長が最強を名乗るべきでしょう」


「ありゃ単に運が良かったって話でな。俺の方にほんの少しだけ天秤が傾いた……まさに紙一重って奴だ。それにあいつはあの時より力をつけた。今やっても勝てねぇよ、あいつは間違いなくジョーカー最強だ」


「しかし負けて逃げ帰ってきた」


「おいおい手厳しいな。面白いじゃねぇか、アイロウをあそこまで追い詰めた魔導師、一体どんな奴なのか……三番隊にしてもそうだ、話を聞く限りずいぶんと出来が良い。以前とは違うって事だろうな。甘ちゃんゼルの甘さが抜けたのか……確かめてやろうぜ。んで、状況は?」


「滞りなく」


「よし、そのまま準備を進めろ」


(危ういな……アイロウは団長の全てを認めている訳ではない。己より強い、ただその一点にいて付き従っているに過ぎない。何かあれば容易にたもとかつ決断をするだろう。いざという時にはどうやってアイロウを仕留めるか……)


 例え身内でさえ害を及ぼす可能性がある者は容易に切り捨てを考える。この非情とも言える超合理的な考え方をする所こそがラテールの怖い所だ。しかしある意味、ラテールという存在がジョーカーを守ってきたのだとも言える。ラテールの思考のその全ては、エクスウェルの為に働いているからだ。


(それはそれとして……)


 ラテールは頭を切り替えた。エクスウェルに伝えなければならない事がある。ジョーカーの為、エクスウェルの為に暗躍したその顛末てんまつだ。


「一つ……よろしいですか」


「何だ?」


「テグザが死にました」




「……誰に殺られた?」




(フ……テグザが死んだと聞いてすぐに殺されたと判断するとは……)


 エクスウェルのその反応だけで、テグザという人間が周りからどの様に見られていたのかが良く分かる。ラテールはつとめて冷静に、つ客観的に伝えようとした。それは無論、テグザの死に自分が関与している事がばれれば都合が悪いからだ。


「テグザを殺ったのは、部下のキュールとの事です」


「キュール……副支部長だったか。フン、締まらねぇな、身内に刺されるとは……バルファはどうなった?」


「キュールがまとめて、ゼルについた様です」


「チッ……厄介な……」


「何故……過去にテグザを手放したのですか? 何か因縁が?」


「ハッ、そんなもんねぇよ。野郎の異常性が目に余る様になっただけだ。仲間内で揉め事が起こると、その渦中には決まってテグザがいた。奴は揉め事を更にこじらせて遊んでやがったんだ。ジョーカー内だけじゃない、しまいには街の連中とも騒ぎを起こしてな。絵に描いた様なトラブルメーカーに仕上がっちまった。だが追放するのは勿体ない、腕は良い。だから南に押し込めた。そこから動くな、ってな」


「そうですか……」


「バルファの話は当然知っている。テグザはずいぶんと好き勝手やっている、際限なくジョーカーの悪名を垂れ流しているとな。それはもう、俺なんて足元にも及ばないくらいにだ。俺がばらいてきた悪名はな、ジョーカーに必要なもんだった。危ねぇ連中だって周りに知らしめる事が出来れば、喧嘩を吹っ掛けてくる奴も減るだろう。任務をスムーズにこなす為にも、恐れられるってのは重要な要素だ。この稼業、ナメられたらしまいだからな。だがテグザは違う。奴が垂れ流してきた悪名にはな、ジョーカーの為なんて殊勝しゅしょうな理由は一つもねぇ。てめぇがそうしたいからそうしてきた、ただただてめぇの都合だけだ。今になってようやく気付いたぜ、奴は百害あって一利もねぇ。そろそろ本気で片付けようと思っていた所だ」


 エクスウェルはそう話すが、しかしラテールは見抜いていた。エクスウェルにはそんな気はなかったのだという事を。


(……違う。団長はテグザを再び迎え入れるつもりだったはずだ。あんな外道の手を欲するくらい今の状況は悪い。先に手を打てて良かった、あんなクソを団長の側には置けない……必要ない……)


「とにかくだ、六番隊が帰還したらすぐに出られる様にしておけ」


「……はい」

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