第168話 サシ呑み✕2
ガヤガヤと騒がしい店内、時折聞こえてくる怒号をどう捉えるべきか。活気があるのか、
「はっはっは、んじゃ乾杯だぁ」
ご機嫌のゼルはグラスを突き出す。「はいよ……」と俺はグラスを鳴らす。バルファ到着の夜、ゼルに連れられ支部から程近いパブにやって来ていた。アルマドから馬を駆りこの街に着いた当日、その日の夜だ。正直な所、今日はゆっくり休みたかったんだが……まぁ、こうしてゼルと二人きりで話をする事もあまりない訳だし良い機会だと割り切ろう。ゼルはグラスのワインをグイッと飲み干すと、早くも二杯目を注ぐ。
「んで、どうだった、リザーブルは?」
「ああ……何て言うか……正義の味方感が凄かった」
「はぁ? 何だそりゃ? 何で向こうが正義の――」
◇◇◇
「ガチン! って衝撃。あれ、骨に当たった衝撃なんだろうな。でも
◇◇◇
「だから俺は言ってやった訳よ。エクスウェル! てめぇの好きにはさせねぇぜ! ってなぁ。そしたら野郎、甘ちゃんゼルに何が出来る? とか抜かしやがってよぉ。大体――」
◇◇◇
「ラスカってそんな大きな街じゃないんだけど、オークに襲われた東地区が丸々灰になっちゃって……だからエリノスの時は――」
◇◇◇
「ハッ、嘘だね!」
「嘘じゃねぇよ! シスカーナっつってな、これがまたいい女なんだ。早いとこアルマドに呼んでやりたぇんだが、どうしても今は北を見てもらわなきゃあ……」
「嘘だ! そんな訳あるか!!」
◇◇◇
どれくらい時間が経ったのだろうか。気付けばテーブルの料理皿はキレイになくなっており、空いた酒瓶だけが無造作に並んでいる。
(う~……酔った)
こんなに飲んだのは……いや、飲まされたのは初めてだ。大学の飲み会だってここまでじゃなかった。すこし前から視界はぐねんぐねん、身体もぐわんぐわん揺れている。
「さて、んじゃそろそろ……」
ん、帰るのか。
「本題に入ろうぜ」
「…………はぁぁ?」
何? 本題? 今から? 何言ってんだ、コイツ?
「コウ、お前にな、頼みたい事がある。あと四、五日もすりぁあ出陣の準備が整う。いよいよ東、プルームに向けて進軍だ。エクスウェルの野郎、打って出てくるのか支部に
「あ~、はいはいはいよ。俺がアイロウの相手すりゃいいんでしょ~、
「コウ、お前……」
「多分向こうもさぁ、同じ事考えてんじゃないの~。決着つけたいってさぁ~。何かそんな気がして……まぁ俺も……そうだし……」
話しながらも前後左右にぐわんぐわん揺れる身体。これはもう……そろそろ……
「だから……そっちは俺に…………任して…………
ぐわんぐわん揺れながら、グラスや酒瓶を押し
「ふふ……はっはっは!」
ゼルは思わず声を上げて笑ってしまった。あれこれと色々考えていたのが全くの
(アイロウと決着つけるってか……自分から言い出すとは思わなかったな。奴と
「頼んだぜぇ?」
ゼルは手にしたグラスをテーブルの端に追いやられた俺のグラスに合わせる。寝入る寸前だった俺はまどろみの中、チンと小さく響く音を聞いた様な気がした。が、すぐに忘れて完全に意識を失ってしまった。
◇◇◇
「う……うぅ……」
目が覚めた。明るい。硬い。首痛い。ここどこ? ぼんやりとしている視界に映ったのはベッド。ベッドの脚。そして床。フローリングの床。
床?
(うう……ここ……宿か……昨日、ゼルと……)
そこは宿の俺の部屋だった。だがどうやって帰ってきたのかはっきりしない。断片的に覚えている記憶を繋ぎ合わせてみると、どうやら酔い潰れた俺をゼルが担いでこの部屋まで運び入れた。そして俺はベッドに辿り着く事なくそのまま床で寝てしまった、という事の様だ。多分……
(今何時くらいだ?)
俺は這いつくばる様に窓まで移動する。空を見るとすでに日は高い。昼過ぎくらいだろうか。
(取り
確か一階の奥に風呂があったはずだ。床で寝ていた為だろう、痛む首や肩をぐりぐりと回しながら俺は扉へ向かう。と、ちょうどその時部屋の外では、今まさにこの部屋の扉をノックしようとする者が深呼吸していた。
「ふぅぅぅ~……よし」
しかしそんな事情など知らない俺はお構いなしに扉に手を掛ける。ガチャ、と扉を開けると、
「うわあぁぁぁぁ!?」と驚きの大声。
「うおぉぉぉぉぉ!?」とその声に驚いた俺も思わず声を上げる。
「おおぉ……なんだ、ライエか……」
扉の前にはライエがいた。「はぁぁ……ビックリした……」と両手を胸に当てるライエ。そしてコホンと咳払いすると「おおおおはよう、コウ」とぎこちない挨拶。
「ああ、おはようライエ。どした? 何か用事あった?」
「あ、うん……あの~、ねぇ……うん、その~、ねぇ……何て言うか~、ねぇ……ね?」
「歯切れ悪っ。どしたライエ?」
「……うん、あ~……うん。あのさ……夜……ご飯行こ? ね? いいね? いいよね!?」
「……ああ、いいけど……何か、どした? いつもと違……」
「は、はぁ!? 何が!? 全然アレだし! いつも通りだし! 何言っちゃってんのかね、全く!」
「いや、いつも通りではないだろ」
「とにかくいいね? 夜! 宿の前! ね! じゃね!」
そう言い残しライエはスタスタと去っていった。何じゃ、一体……?
◇◇◇
夜。部屋を出て宿の外へ。暫く待っていると「お……お待た……せ……」と背後からライエの声。「いや、全然……」と言いながら振り向いた俺は驚いた。「おおぅ……」と思わず声が漏れる。白いロング丈のワンピース、少し細身のデザインだからだろうか、可愛らしさもあり大人っぽさもある。いつもは下ろしている髪は後ろで軽く結ばれていて、リングやネックレスといったアクセサリーも光る。こんな感じのライエは初めてだ。
「な……なななな、何…………変?」と、まじまじと見つめる俺に対しライエは顔を真っ赤にする。
「いや、全然変じゃないよ。いつもの感じと全然違うから何か新鮮で……いやでも、いいんじゃない? 似合ってるよ」
「お……おおお……おぅ、そうかね……」と
「いや、ほら、ね……たまにはさ、こうゆう格好もしとかないとさ、なんて
「ああ、そういう事。確かに傭兵なんてやってたら、おしゃれする機会も少ないのかもね」
「そう! そうゆう事! だから何か意味があったり、意図があったり、わくわくが
話しながらライエの表情は見る見る雲って行く。
(自分で言っててなんだけど……あたし普段どんだけ女捨ててんの……)
ライエは自分で話していて何だか虚しくなってきた。
◇◇◇
静か過ぎずうるさ過ぎず、感じの良い店内。テーブルには肉、魚、野菜、スープとバランス良くおしゃれな料理皿が並ぶ。スマホがあったら写真撮ってるだろうな、これこそ
「宿の人にね、いいお店だよって聞いてさ。ここがいいかなって……でもやっぱ、もっとがっつりなお店の方がよかった?」
「いや、昨日はこれでもかってくらいがっつりだったからさ」
「そ。じゃあよかった」
◇◇◇
「ねぇ、リザーブルの時の炎の怪物、あれ何? なんて魔法? あんなの初めて見たよ。デームがさ――」
◇◇◇
「設置型魔法、あれどうなってんだ? 何をどうやってもあんなスピードで出来ないんだけど。ドクトルだってあんなの無理だと――」
◇◇◇
「たまにエイナとベルーナと飲みに行くんだけどさ、あの二人本当お酒強いんだよ。前にホルツとお代かけた飲み比べ勝負してさ、そしたらベロベロになったホルツが泣きながら勘弁してくれ~、って――」
◇◇◇
「シスカーナって人、本当に……ゼルの……?」
「うん、すごい美人だよ。何でマスターと? って思うけど……きっとシスカーナにしか分からない何かが……」
「嘘だ!」
◇◇◇
(ふふ……楽し!)
酒が進む程にご機嫌になるライエ。美味しい食事に楽しい会話。数日後には命運を決める決戦が待っているなどと、まるで想像がつかない。
(数日後……あと数日かぁ……)
ライエは急に顔を曇らせた。
(マスターにあんな事言われなきゃ、きっともっと楽しかったのに……)
ライエの気持ちが沈んだ原因は、昨日のゼルとの会話にあった。
◇◇◇
バルファ支部に到着直後、俺とゼルの会話を聞いていたライエ。自分も一緒にご飯を食べに行きたいと訴えた。しかし「悪ぃなライエ、今日はコイツと二人だ」とゼルに断られる。するとゼルはガシッとライエの肩を組んで小声でライエに話し始めた。
(まぁ今日は譲ってもらうがよ、出陣まではまだ日がある。んでだ、お前にやってもらいたい事があるんだがよ)
(え、何?)
(俺はな、この抗争が終わってもコウにはジョーカーに残ってもらいてぇと思ってる。お前もだろ?)
(うん……まぁそうだけど……)
(だがな、あいつはジョーカーを離れる。間違いなくな)
(え……)
(まぁあいつにも目的があるからよ。あいつの人生だ、干渉は出来ねぇ。それにな、
(理由?)
(ああ。お前だ)
(……は? どゆ事?)
(お前がその理由になりゃあいい)
(だから、それどうゆう……)
(だからよ、出陣までにコウを落とせって事だよ)
(………………はあぁぁぁ!?)
(はあぁ!? って……お前コウに惚れてんだろ?)
(んな!? そんなんじゃ……!)
(ホルツが言ってたぜ? ライエは絶対コウに気があるって)
(……あんの髭山賊ぅぅぅ!! 違うのマスター! そんなんじゃ……)
(照れんなよ。これはお前の為でもあるんだぜ? 年頃の女が切った張っただけの毎日じゃあさすがに殺伐とし過ぎてるだろ。そこでコウがお前の側にいりゃあ……何つうか、張りとかやり甲斐とか、そんなん出来るだろ?)
(…………)
(だからよ、出陣までにバシッと決めてよ、ズボッと決められちまえよ、な?)
(んな!? ズボッって何!? 何!?)
(なぁに簡単だ。コウを誘って酒飲んでよ、宿の部屋まで送らせて酔っちゃった~、とか言ってよ、んで部屋に引きずり込んで朝まで一緒にいりゃあ……あいつがジョーカーに残る理由が出来んだろ?)
(何!? どゆ事!? すんごい途中
(ガキじゃあるめぇし、分かんだろ? そういう事だよ)
(だからどうゆう事!?)
(はっはっは、上手くやれよ?)
◇◇◇
(ズボッって決められるのを上手くやれって……何なのあのおっさん!!)
「ライエ、大丈夫? やっぱりこの街……辛いか?」
「へ……?」
「いや……嫌な体験した街だし……やっぱ辛いのかなって……」
「あ……ううん! 違うの! そうゆうんじゃないの。確かに嫌な思いはした、怖い思いも……けど、でもそれ以上に嬉しい事があったから……何だかんだベクセールも就職出来たし、それに……コウに……助けてもらったし……あ、コウだけじゃなくて、ブロスとデームと、おまけにユーノルもいたけど! ……とにかく、あの、そうゆうんじゃないよ?」
「ああ……ならいいんだけど……」
「ふふ……」
「ライエ?」
「ううん、飲も?」
ライエはニッコリと笑った。
◇◇◇
「ライエ、大丈夫?」
「んん……? あ……うん大丈夫。大丈夫……」
店を出て宿に戻ってきた。そしてここはライエの部屋の前。ライエは三階、俺の部屋は二階だ。ライエはずいぶんと酔った様子だった。ワイン結構飲んでたし。なので一応部屋の前まで送る事にしたのだ。ライエは無言で扉に手を掛ける。
(……)
(…………)
(………………いやいやいや無理でしょ!! 酔っちゃった~とか絶対無理でしょ!!)
「どした、ライエ?」
「あ、ううん、何でもない! 何でもないよ……あのねコウ……」
「何?」
「あの……その……あ~……あの!」
「ん?」
「よ……」
「んん?」
「よ……よ、よ……」
「……何?」
「よ……よい夢を~、ご覧あそばせ~! オ~ホッホッホッ!」
笑いながらライエは部屋に入りパタンと扉を閉めた。頭の中が疑問符だらけの俺。
(……何キャラだ?)
部屋に入ったライエはその場にしゃがみ込み頭を抱える。
(出来る訳ないでしょ……何やらせようとしてんのよマスター……取り
ライエ、ヘタレた夜……
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